第7話『つちや足袋と祖母の時間』
「おかえり、いぶき」
障子越しに差し込む夕陽の中、祖母がいつものように縁側でお茶を飲んでいた。
世界大会から帰国して最初に向かったのは、やっぱりこの古い平屋だった。
「ただいま。ばあちゃん、動画見てくれた?」
「見たよ。テレビで言いよったもん。“久留米の女子高生、くるたびで世界へ”って」
いぶきは照れくさくて笑いながら、あの足袋を膝の上に置いた。
あれからずっと履いてきた、白地に絣をあしらった一足。
もうすっかり、いぶきの“足”のようだった。
「ばあちゃん。この足袋、最初に履いた時のこと、覚えとる?」
「覚えとるよ。玄関開けた瞬間、いぶきが“協調性ないってさ”って拗ねとったもんね」
祖母はくすっと笑い、少し首を傾けた。
「でも、不思議やった。あの時、座敷の奥にあったひいばあちゃんの足袋が、まるで“呼んどった”みたいやったけん」
「……ばあちゃん、ひいばあちゃんってどんな人やった?」
祖母は湯呑みを持ち直し、懐かしむように遠くを見つめた。
「芯が強い人やったよ。戦争が終わって、何もない時代に、つちや足袋店で買うたその足袋ば、ずっと大事にしとった。
“この足袋は、土の音がするけん”って、よく言いよった」
「土の音……」
あの日庭で感じた、草の感触や砂のきしみ。
地面とつながってる感じ——あれが、ひいばあちゃんの言う“音”だったのかもしれない。
「それからいぶきが、それ履いて舞うごとなったけんね。
ひいばあちゃんも、空の上で笑っとるよ。“うちの足袋、世界の土まで踏んだばい”って」
—
数日後、いぶきは祖母と一緒に“つちや足袋店”の展示館を訪れた。
ムーンスターとしてリニューアルされた空間の一角には、昔の足袋や製造道具が静かに並んでいた。
「ばあちゃん、これ……」
ショーケースに展示された一足に、いぶきは思わず足を止めた。
白い布地に丁寧な縫い目。黄ばみと柔らかさが、ひいばあちゃんの足袋と重なる。
「ほんと似とるねぇ……あの頃のまんまや」
祖母が目を細める。
スタッフに尋ねると、年代も素材も、ひいばあちゃんの足袋と近いという。
「ひょっとしたら、これもひいばあちゃんが履いてたやつかもしれんね」
いぶきは胸の奥がじんと温かくなるのを感じた。
「展示の横に、“この足袋で世界へ跳んだ女子高生の話”を載せてもよかですか?」
スタッフが申し出てくれた時、祖母は少し驚いてから、そっと頷いた。
—
夜。いぶきは、祖母から一枚の絣の布を受け取った。
古い箪笥から出してきたそれは、ばあちゃんが若い頃に着ていたという反物の端切れだった。
「それ、最後の一枚。うちも、もう縫えんけん。いぶきが使うてやって」
「ばあちゃん……」
いぶきはその布を、新しい“くるたび”のパーツに使うことにした。
ひいばあちゃんの足袋に、祖母の布。
家族三代の“型”が、ひとつに重なるような気がした。
—
そして翌朝。
境内の朝日を浴びながら、いぶきはゆっくりと足を蹴り上げる。
くるたびの絣がふわりと舞い、足の裏から伝わる土の音がボールと響き合う。
跳ねるたび、誰かの想いが背中を押してくれる。
ひいばあちゃん。ばあちゃん。
——私、今、ちゃんと“自分の型”で蹴ってるよ。