第6話『“久留米”の意味を、世界に』
ステージは闇に包まれている。
巨大スクリーンが回転し、観客の期待を煽るように光を散らす。
その中心に立つのは、小柄な少女——いぶき。
「Final performance… IBUKI from JAPAN!」
轟くアナウンスに、客席がどよめいた。
(いよいよ、うちの“くるたび”が世界の真ん中に立つときや)
いぶきは、深く息を吸い込んだ。
この舞台に立つ直前、ある“お願い”を大会側にした。
「この曲で、踊らせてください」
——流れ出す、三味線とヒップホップが融合した和風トラック。
観客が一瞬、静まり返る。
いぶきは静かにボールを地面に置く。
そして、跳ねた。
—
足袋の底から地を掴み、絣の袖が風をはらむ。
和と現代、伝統と自由、全てが交差するステップ。
“蹴鞠”のように空中でボールを優雅に捌き、背中で止め、片足で押し上げる。
まるで舞。
観客がざわつく。
その足元に、いぶきの個性が宿っていた。
“久留米”の文化。
“つちや足袋店”の歴史。
“祖母”が縫ってくれた布の温もり。
それらをまとい、いぶきは蹴り続けた。
—
最後のトリック。
いぶきはボールを空高く放り上げ、ジャンプしてくるりと一回転。
空中でボールを首の後ろで受け止め、笑顔でフィニッシュ。
会場が爆発するように沸いた。
「KU-RU-ME! KU-RU-ME!」
誰かが叫び、コールが広がっていく。
久留米という地名が、今、遠いヨーロッパの空に響いている。
—
表彰式。
優勝は、やはりブラジルのレオ。
技術も難易度も圧倒的だった。
だが、会場の空気は明らかに——いぶきを称えていた。
メダルこそなかったが、運営から特別賞が贈られた。
「Cultural Expression Award」
“もっとも文化を昇華させた表現者”として。
ステージで賞状を受け取るいぶきに、司会がマイクを向ける。
「IBUKI、君にとってフリースタイルとは?」
いぶきは少し考えて、言った。
「うちにとってフリースタイルは、“ふるさと”そのものです。
地元の人が作った布を着て、昔ながらの足袋を履いて、自分の好きなようにボールを蹴る。
そいが、うちの“くるたびスタイル”です」
会場が静まり返り、やがて拍手が起こる。
だれもが“帰る場所”を思い出したのかもしれない。
—
帰国後、久留米空港でいぶきを出迎えたのは、理紗、祖母、商店街の人たち、そして知らない顔の子どもたち。
「テレビで見たよ!」「たび、カッコよかった!」
少女が小さな声で言う。
「わたしも、くるたびで蹴ってみたい」
いぶきは微笑んで言った。
「いいよ。今度一緒に、舞おっかね」
—
この街に戻ってきたボールが、また新しい輪を描き出す。
“世界”を蹴った足袋が、今、久留米の風を蹴っている。