第5話『世界は遠くて、すぐ近く』
空港の滑走路が遠ざかる。
いぶきの心は、少しだけ浮いていた。
「本当に来ちゃったんだ、世界大会…」
FIFA主催の国際フリースタイルフットボール大会「FREESTYLE WORLD INVITE」。
会場はスペイン・バルセロナ。出場者は世界中から選ばれた20名。
いぶき以外、全員が男子。
ユニフォームは派手なスポーツウェア、シューズは最新のパフォーマンススニーカー。
その中で、いぶきは“くるたび”と久留米絣の羽織をまとっていた。
—
「足袋?」「なんでそんなの履いてるんだ」
「日本の伝統?これはパフォーマンスじゃないだろ」
控室で聞こえる英語の声に、いぶきは背中を丸めた。
持ち込んだ足袋を手に取る。
あの境内で、商店街で、笑顔に囲まれていた時間を思い出す。
(私はここに、“うちの蹴り方”で来たんやけん)
—
予選ステージ。
ステージに上がると、客席はすり鉢状に広がり、巨大なLEDビジョンがいぶきを映した。
「Next: IBUKI from JAPAN!」
地面に足袋の裏が吸いつく感覚。
音楽が流れる。リズムが鳴る。
いぶきは舞った。
回す、止める、蹴り上げる。
流れるようなステップと、布のようにしなやかなボール捌き。
足袋のソールが地を掴み、身体が空に浮く。
観客のざわめきが、手拍子へと変わっていく。
「Hey! Look at her moves!」
「What kind of shoes are those!?」
掛け声が飛ぶ。
いぶきの蹴り方は、ただ技を競うものじゃなかった。
“誰かと一緒に笑える踊り”だった。
演技が終わった瞬間、スタンディングオベーション。
いぶきは、思わず胸に手を当てた。
(自由って、ここにもある)
—
結果は予選突破、決勝進出。
宿に戻ると、足袋の裏が薄く黒ずんでいた。
初めて踏んだ異国のアスファルト。
だけど、自分の“型”は、何ひとつ変わらなかった。
—
決勝前夜。
いぶきは、階段に座って空を見上げていた。
すると、隣にひとりの選手がやってきた。
決勝常連のブラジル代表、レオナルドだった。
「イブキ。あなたの“蹴り方”、俺にはできない」
いぶきは肩をすくめた。
「うち、技術はそこまでうまくないっちゃん。みんなみたいにすごいこと、できんし」
レオナルドは笑って首を振る。
「でもね、あなたのプレイが一番“楽しそう”だったよ。観客も、俺も。それがいちばん大事なんじゃない?」
—
その言葉が、いぶきの胸に火を灯した。
遠く見えた世界は、こんなに近くにあった。
久留米で見つけた足袋とボールで、ここまで来た。
「うちは……くるたびで世界に蹴りかけるっちゃん!」
—
ステージに再び立つ。
赤い絣のリボンを結び直す。
ボールが跳ねる音と、地を蹴る音が、世界のど真ん中に響いた。