第4話『広がる輪、跳ねる想い』
「え、久留米でフリースタイルフットボールの大会?」
高校の職員室で先生が眉をひそめた。
「そげん訳わからんもん、ほんとに人が来るとや?」
企画書を手にしたいぶきは、深呼吸して答えた。
「来ます。……来させます。久留米に、ボールと音と自由を」
—
事の始まりは、理紗との何気ない会話だった。
「ねぇ、いぶきの演技、ひとりじゃもったいないよ。大会とか出てみたら?」
「福岡市内のイベントならあるけど、うちの足袋スタイルってちょっと浮くしさ……」
「じゃあ、作れば? いぶきに合った大会。久留米で」
その一言が、火をつけた。
—
「やりたいのは、大会というより“お祭り”です!」
商店街の自治会、文化振興課、神社の宮司さん、地元の中学生たち。
いぶきは毎日、自転車で町を駆け回った。
提案したのは、パフォーマンスと文化を融合させた一日限りのイベント。
・境内でのフリースタイル演技
・足袋ワークショップ
・小学生向けのキッズパフォーマンス体験
・高校生達の久留米絣のファッションショー
・豚骨ラーメンの屋台と焼き鳥!地域の酒蔵のお酒
最初は皆から「そげんの誰が見るとや?」と渋られたが、祖母がぽつりと言った。
「見せるとよ、いぶき。あんたが信じとる“蹴り方”を、みんなに」
その言葉で迷いが晴れた。
—
「KURU-FES」開催当日。
境内の特設ステージに、いぶきは紅白の“くるたび”を履いて立った。
背中には、祖母が仕立ててくれた久留米絣のハッピ。
音楽が流れた瞬間、空気が変わる。
跳ねる、回る、蹴り上げる。
足袋のソールが石畳を叩き、ボールが陽を浴びて輝く。
人々が集まり、歓声が響く。
子どもたちが手拍子を送り、年配の観客も笑顔を浮かべていた。
「楽しそう……!」
そう呟いた声が、いぶきの背中を押した。
—
競技部門には、福岡市や北九州から集まった猛者たちも参加していた。
いぶきは技術では一歩劣っていた。
だからこそ、彼女は“表現”で勝負した。
蹴るときの間合い、目線、リズム。
そしてなにより、観ている人に届く“楽しさ”を。
結果、準優勝。
——だが、夜。意外な知らせが届く。
「いぶき!見て見てこれ!動画が拡散されとる!」
SNSに投稿された彼女の演技動画が、海外のダンスメディアで取り上げられていた。
“Japanese girl with Tabi shoes performs freestyle like a poem.”
(足袋を履いた日本の少女が、詩のように舞う)
再生回数は数十万回を超えていた。
翌朝、DMが届いた。
件名は——
『FIFA FREESTYLE WORLD INVITE/IBUKI』
—
祖母の家。縁側に座るいぶきは、足袋を手に言った。
「世界って、遠いと思っとった。でも、ボールでここまで来れたよ」
祖母は、笑ってお茶を差し出す。
「その足袋、今度は海を渡るんやね」
—
足袋は、ただの布とゴムでできた履き物。
でも、いぶきにとっては“自分らしく蹴るための型”だった。
久留米の空の下で見つけたその一歩が、いま、世界へ跳びはねようとしていた。