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KURUTABI STYLE  作者: やしゅまる
2/10

第2話『つちや足袋店の一足』

「いぶき、あんたまた怒られたと?」


玄関を開けると、祖母の静かな声が出迎えた。

久留米の郊外。瓦屋根の古い平屋。母が忙しい時はいぶきがここに泊まっていた。


「まあね。協調性がないってさ」


靴を脱いで上がりながらそう答えると、祖母はふうんと笑った。


「人に合わせるのが、いつも正しいとは限らんよ。自分の“型”を持っとる人は、強かけんね」


「“型”……?」


ふと、座敷の隅に目が止まった。

桐の箱。小さく、“つちや足袋店”と筆文字の焼き印がある。


「それ、あんたのひいばあちゃんの足袋。戦争が終わってすぐ、つちやで買うたらしいよ。今はムーンスターっちゅう会社になっとるけどね」


「へぇ……ってムーンスターってあのスニーカーの?足袋ってスニーカーの祖先じゃん!」


蓋を開けると、白く柔らかい布地の足袋が出てきた。

少し黄ばんでいるけど、縫い目は丁寧で、底は分厚い。


「……履いてみていい?」


「よかよ。どうせ捨てきらんし、いぶきに使うてもらえたら嬉しかよ」


縁側で足袋に足を通す。シュッとしたつま先、ぴったり吸い付くような履き心地。


(なにこれ……裸足みたい)


思わず、庭に出た。草の感触、砂のきしむ音。足の裏で地面を感じる。


そのまま、ポーチに入れていたボールを取り出す。

トウでリフティング。内側、外側、ヒール、肩、頭。

昨日見たパフォーマンスを真似してみる。

すると、不思議なほど動きが“決まる”感覚があった。


(これ……合ってる。ボールとの距離が、いつもより近い)


軽く跳ねながら足袋でボールを蹴る。

風が吹いて、祖母の干していた絣ののれんが揺れた。

ボールがその下をすっと抜ける。


「……私の蹴り方、これかもしれない」


祖母が縁側に座り、お茶を啜りながら言った。


「昔はみんな足袋ば履いてたとよ。畑仕事も、踊りも、祭りも。

 地面とよう繋がっとったと。……今の人は、そういうの薄うなったね」


いぶきは頷いた。

“地面とつながる”——それは、自分が失っていた感覚だったかもしれない。


部活では周囲に合わせろと言われた。自由に蹴れば叱られた。

でも、この足袋を履いて蹴る自分は、誰にも縛られていなかった。


夜、帰り際。


「これ、借りていい?」


「持っていきなさい。けど、踊るならちゃんとおしゃれにしなさいよ」

祖母がそう言って、古い刺繍糸の箱を出してくれた。


「可愛かとが、いちばんよ」


いぶきは笑った。


その夜、スマホで「フリースタイルフットボール 女子」で検索した。

まだ少ない。でもゼロじゃない。

「足袋」を履いた、自分なりの“型”が、そこから始まろうとしていた。


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