戦慄のバス
その夜は家族揃って疲れていた。
妻の無謀な旅行計画を忠実に遂行した結果、体中が悲鳴を上げていたのだ。
疲れ果てて文句を言う気にもならない。
でももう少し。
このバスに乗れば自宅に戻れる。
駅前始発なので席にも座れた。
寝過ごさないように気をつけよう。。
そんなことを思いながら眠りそうな時だった。
「ご乗車ありがとうございます。お立ちのお客様は事故防止のため、つり革などお掴まりください。」
運転士さんのいつもの口上が聞こえる。
が、いつも通り出発しない。
違和感を感じた瞬間だった。
「事故防止のため、つり革などお掴まりください!」
再度のアナウンス。
良くあることではあるが、再度注意するのは珍しい。
外国人と思われる当の乗客は自分のことと気付いていないようだ。
バスは出発しない。そして、
「Do you understand!?」
更に注意が飛んだ。声は怒りを帯びている。
乗客皆が驚く。僕も驚いた。
それでもその人は状況に気付いていないようだった。
聴こえていないのか。まさか発音が悪かったのか?
とうとう運転士さんは運転席から降り、乗客に指を指して言った。
「You!」
そして乗客の眼の前まで行き、つり革を掴んで言った。
「Catch the pole! OK!?」
ようやくその乗客は気付いたようだった。
ピリピリと張り付いた空気のバス内。
ところで「pole」で良いのか?
いや、そこじゃないか。
「お待たせしました。これより発車いたします。」
運転士さんの抑揚は戻っていたが、車内の空気は戻っていなかった。
この空気感。どこかで感じたことがある。
そうだ。学校の教室だ。
先生が怒ったときの空気感に似ていたのだ。
「バスが停車し、ドアが開くまで立ち上がらないよう車内事故防止にご協力ください。」
「お忘れ物のないようご注意ください。」
運転士さんの注意に重みを感じる。
言う事聞かなかったら停車からやり直すんじゃないか。
次男が歩き回ってやらかすんじゃないか。
不安に感じているとき、妻がぼそっと言った。
「英語喋れるんだね。」
そこかよ。