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第9話 彼女の笑顔

健太は祐人のことをイガと呼んでいます

「おはよう、今日もいい日だね! さて、突然ですがここで問題です。今日の僕は昨日までの僕とは一味違うのですが、それはどこでしょう?」

「えー、何だろ。髪型変えた?」

「いやー、変わらんだろ」

 翌日。いつものように登校した祐人は、挨拶もそこそこに育美と健太にクイズを出題した。二人は特に疑問を抱くこともなく、それぞれ意見を口にする。彼のフリーダムな振る舞いは、すでにこのクラスでの日常と化していた。

「ヒントはよく見れば分かります」

「よく見れば? んー、少し痩せたとかか?」

「ブー!」

「じゃあ、逆に少し太った?」

「残念!」

「今日は肌のツヤがいい?」

「惜しい!」

「なら、何が変わったんだよ?」

「正解は……越〇製菓!」

「そういうのいいから」

「はよ言え」

 祐人のボケを二人は慣れた様子でスルーする。

「それじゃあ発表します。正解は……『生徒会に入った』でしたー!」

「いや、見て分かるか!」

「ヒント何だったの!?」

 冷静に対応していた二人だったが、このボケにはさすがに全力でツッコミを入れざるを得なかった。祐人は悪びれる様子もなく話を続ける。

「ほら、昨日までは『何の部活にも入ってないんです……すみません……』っていう申し訳なさそうな顔だったけど、今は『今日から生徒会の一員だぜ! かかってこい!』っていう自信に満ち溢れた表情してるでしょ?」

「今まで一度でも申し訳なさそうな顔してたことあったか?」

「そもそもどういうきっかけで生徒会に入ることになったの?」

 祐人の発言に健太はツッコミを入れ、育美はその経緯を尋ねる。

「いやー、実は生徒会長直々に次期会長候補としてヘッドショットされちゃってさー」

「成仏してくれ」

「会長は暗殺者なの?」

「何かそういう漫画ありそうだよね。『会長は暗殺者』。『奥さまは魔女』的な?」

「うるせーよ」

「何でそんなことになったの?」

 育美の問いに祐人は話を続ける。

「昨日の放課後、砂浜で霧人に襲われてさ。そこを生徒会の人たちに助けてもらったんだ」

「きりびと?」

「何だよ、そりゃ?」

(あっ……そうか。記憶を操られてるから、霧人って言っても通じないんだっけ)

 昨日青空から聞いた話を思い出した祐人は、何食わぬ顔で誤魔化すことにした。

「ごめん、釣り人の言い間違いだった」

「釣り人に襲われたの!? 何をしたらそんなことになるの!?」

「いやー、海を眺めてたら突然?」

「理由なき犯行!? もう事件じゃん、それ! 大丈夫だったの?」

「大丈夫大丈夫。生徒会の皆さんが跡形もなく片付けてくれたよ」

「新たなる事件が発生してない!? さっきの会長暗殺者説が急に現実味を帯びてきたよ!?」

「そうなったら、生徒会は暗殺者集団だね」

「冗談に聞こえないんだけど!?」

「なんか全体的に話が嘘くせーんだよなぁ。生徒会ってそんな簡単に入れるもんなのか? 会長に引き抜きを受けたって時点で怪しいし……」

 祐人の話を聞いた健太は彼に疑いの目を向ける。決して嘘を言っているわけではないが、それがかえって話をややこしくさせた。二人は霧人の存在を知らないのだから、当然と言えば当然である。

「本当なのに……どうして信じてくれないんだ!」

「普段から冗談ばっか言ってるからだろ」

「そ、そんな……! 冗談なんて生まれてから一度も言ったことないのに……!」

「さっそく言ってんじゃねーか!」

「私はむしろ冗談であって欲しいと願い始めてるよ……」

「……おはよう」

 三人が和気藹々と話していると、早織が姿を現した。育美は挨拶を返しつつ、ある提案をする。

「おはよー、広瀬さん。ねぇねぇ、広瀬さんに聞けば分かるんじゃない? 五十嵐くんの話が本当かどうか。ほら、広瀬さんも生徒会の一員だし」

「うーん、確かにこいつに聞くよりは信憑性あるな」

「まるで僕に信憑性が無いみたいな言い方」

「『まるで』じゃなくて、そう言ってんだよ」

「……何の話?」

「ねぇ、広瀬さん。生徒会は暗殺者集団じゃないよね?」

「本当に何の話!?」

 育美の質問に戸惑いながらツッコミを入れる早織に、健太が補足説明をする。

「イガの奴がおかしなこと言うもんだからさ。会長にヘッドショットされただの、釣り人に襲われただの、生徒会に入っただの……」

「ヘ、ヘッドショット……? 釣り人……? その辺はよく分からないけど、五十嵐くんが生徒会に入ったのは本当だよ?」

「えっ、本当だったの? じゃあ、会長から勧誘されたっていうのも?」

「うん」

「マジか……絶対嘘だと思ったのに」

「広瀬さんの言うことだとあっさり信じるな、君ら」

「そりゃまぁ……広瀬さんは冗談とか言わないし」

「信用の差だな」

「ひどいや!」

 祐人がショックを受ける中、健太は疑問を口にする。

「でも何でまた会長はイガを生徒会に引き入れたんだ? それも選挙もなしに」

「確かにー。何か時期も中途半端だよねぇ。普通は秋とかに選挙じゃなかったっけ?」

「それは……」

 二人の疑問に早織は口ごもった。ありのまま事実を話せば霧人についても言及しなければならず、色々と不都合があるからだ。

「それだけ僕が生徒会にとって魅力的な人材ってわけさ!」

 早織をフォローするように口を開いたのは、祐人だった。

「魅力的ねぇ……」

「きっと会長は今になって僕の存在に気付いたんだろうね。ほら、転校生だからさ。もし僕が一年の頃からこの学校に通ってたら、入学早々スカウトされてたよきっと」

「まーた適当なことばっかり言って」

「でも現にスカウトされて生徒会に入ったわけだし? そう考えるとやっぱり、すぐにでも僕の力が必要だったってことだと思わない? いやー、優れた才能ってのは、隠しててもバレちゃうもんなんだねー。(のう)中の錐だねー。ためになったねー」

「……生徒会はこいつのどこをそんなに評価したんだ?」

「ムードメーカーが欲しかったんじゃない?」

 祐人の調子のいい口ぶりに、二人はとりあえずは納得した様子だった。

「……」

 ふと早織と目が合った祐人は、彼女にだけ分かるように小さく合図を送った。まるで二人だけの秘密を共有するように。それを見た早織は小さく微笑んだ。

「じゃあ、次期会長候補ってのも本当だったんだな。疑って悪かったよ」

「いいよ。間違いは誰にでもあるから」

「……次期会長候補?」

 健太の言葉に早織が不思議そうに反応を示す。

「そういう名目で会長直々に勧誘されたって言うもんだからさ。どうせいつもの嘘だろうと思って疑ってたんだけど」

「確かに会長から勧誘されたのは事実だけど……そんなこと言ってたっけ?」

「は?」

「え?」

 早織の言葉に健太と育美は短く声を上げて、祐人の方を見た。当の祐人はというと、わざとらしく口笛を吹きながら窓の外を眺めていた。

「おい、どういうことだ。こっちを向け、おい」

「いやー、今日もいい天気だなぁ。あっ、そろそろホームルームの時間だ! みんな、そろそろ席に着こうね」

「露骨に話を逸らし始めたよ、この人……」

「お前、確か次期会長候補とか何とか言ってたよな? ありゃ嘘か?」

「まぁ、嘘っていうか……場を盛り上げるためにちょっと大袈裟に言ったっていうか……ちょっとしたサービス精神? みたいな?」

「あ?」

「……すみません! 出来心なんです!」

「やっぱり嘘じゃねーか! 何が『間違いは誰にでもある』だ!」

「場を盛り上げるためとはいえ、嘘ついてすみませんでした……次からは気を付けます……」

「ま、まぁ……別にそこまで神妙にならなくてもいいけどさ」

「バレないように」

「そっちかよ! 反省してると思ったら、こいつ!」

「いや、反省はしてますけど?」

「反省の方向性が間違ってんだよ!」

「まったくもう……仕方ないなぁ、五十嵐くんは」

「プッ……あはははは!」

 三人のやり取りを見ていた早織は思わず吹き出すと、声を上げて笑い出した。それを見た祐人はぽつりとつぶやく。

「……広瀬さんの笑ってるとこ初めて見た」

「……俺も」

「……私も」

 そのつぶやきに呼応するように、健太と育美の二人も口を揃えて同意した。

「えっ、二人も?」

「あぁ、一年の時も同じクラスだったけど、笑ってるのは初めて見た」

「一年以上付き合いがあって、一度も笑顔を見たことないってこと?」

「クールだからねぇ、広瀬さん」

「つまり、広瀬さんと僕は似たもの同士ってわけか……」

「いや、どこがだよ」

「五十嵐くんがクールキャラは無理あるでしょ」

「いやいや、僕なんか生まれてから一度も笑ったことないからね」

「さっそくすぐバレる嘘ついてんじゃねーか! 反省はどこ行ったんだよ!」

「笑ったことのない発言の時点で、すでにニヤついてたし」

「あははははは!」

 三人のやり取りに、早織はさらに激しく笑い出した。その様子は普段の物静かな彼女からは想像もつかない程に賑やかなものだった。

「プッ……」

「ふふっ……」

「ククク……」

 早織があまりにも楽しそうに笑うので、祐人たちも何だかおかしくなった。そして四人は声を上げて笑い合った。

「なんだなんだ?」

「ずいぶん楽しそうだね」

「広瀬さんが笑ってる……!」

「っていうか、広瀬さんが一番よく笑ってるな」

「フッ、ヘヘ……何かこっちまで笑えてきた」

「アハハ!」

 笑いは次々と伝播し、いつしかクラス中の誰もが笑い声を上げていた。中でもその発生源である早織の笑顔は、一際輝いていた。

(広瀬さんってこんな風に笑うんだな……)

 祐人は笑いながら、そんなことを思った。

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