第7話 神の災い
当初は霧神島にするつもりだったけど、諸事情で止めました
「きりびと……? 何かどこかで聞いたような……」
青空が発した単語は聞き覚えのある言葉だった。それもつい最近聞いたような気がする。祐人は腕組みをすると、いつどこで聞いた言葉なのかを考え始めた。
(きりびと……釣り人みたいだな……。漢字で書くと『霧人』か……? 霧の人……むじん……無人島……島……)
連想ゲームのように言葉を繋ぎ、たどり着いたある記憶。祐人はその時のやり取りを思い返した――
『何て言ったかしら? この島の名前……』
『霧人島だよ。ほら、ここに書いてある』
『そうそう、霧人島! 面白い名前よねぇ。だって音読みにしたら『むじんとう』よ? 人がいるのに無人島って……プッ……クク……!』
『ハッハッハ! 相変わらず母さんは笑い上戸だな――』
祐人が思い出したのは、この島を初めて訪れた日のことだ。引っ越し先の家へと向かう車の中、両親はそう言って笑い合っていた。件の言葉はその時のやり取りの中で、他ならぬ彼自身が口にした言葉だった。
「霧人島……」
「そう、この島の名前だ」
青空はそう付け加えると、さらに話を続ける。
「君が見た……いや、襲われたあの黒い霧を僕らは『霧人』と呼んでいる。そしてその名が示す通り、この島の名前の由来でもあるんだ」
「霧人……」
青空の話を聞きながら、祐人はもう一度その名を口にした。霧の人で「霧人」とは、ずいぶんと安直な呼称だ。
「あれがそういう名前だってことは分かりましたけど……そもそもあれは何なんですか?」
「古来よりこの島には神が棲むと言われてきた。強大な力を有したその神は人々に様々な恵みを与えると同時に、大いなる災いをもたらした」
突如質問の答えとは程遠い話を始めた青空に、祐人は戸惑いながら尋ねる。
「……この島の言い伝えか何かですか? でも何でいきなりそんな話を?」
「言い伝えなんかじゃない。全て本当のことさ。君を襲った霧人は、"神による災いの一つ"なんだ」
「か、神による災い? いやいや、それはさすがに……」
祐人は思わずその話を否定しようとした。しかし青空の表情は真剣そのもので、嘘や冗談を言っている風には見えない。他の三人の少女たちも同様だ。その様子に祐人はさらに戸惑う。
「え、マジで言ってます? 要は霧なんですよね? ってことは自然現象ですよね? いやまぁ、黒い霧が自然に発生するのも、それが人の姿になって襲ってくるのも明らかにおかしいとは思いますけど」
「あれは絶望が具現化したものさ」
矢継ぎ早の質問に青空は端的に答えた。だが、祐人には相変わらずその意味が分からなかった。
「……ぜ、絶望が具現化?」
「そのままの意味さ。この島の住民の怒りや悲しみ、そして憎しみといった負の感情が人の形となって現れたもの……それが霧人なんだ」
「それが神様の災い……なんですか?」
祐人の言葉に、青空はこくりと頷いた。
「あぁ。遥か昔、僕らが生まれるずっと前から神はこの島に存在していた。さっきも言ったように神は人々に恵みと災いの両方をもたらす存在で、その災いの代表例が霧人なのさ。奴らは厄介な存在で、いつどこで発生するか予測ができないんだ。古来の人々は奴らを『霧人』と名付け、いつしかこの島はその名を冠して『霧人島』と呼ばれるようになった」
「この島にそんな由来が……」
「そして奴らは見境なく人を襲うから、放っておくこともできない」
「人を襲う!? 何でまたそんなことを?」
「自らの存在を消すためさ」
「存在を……消す?」
「霧人は人間の負の感情から生まれた絶望そのもの。人を襲うのは自らを取り込ませることで、絶望を薄めるため」
「???」
「そう難しい話じゃないよ。たとえば君が傷付いて挫けそうになった時、君はどうする?」
(……『Believe』みたいだな)
話を理解できずに頭の上にいくつもの疑問符を浮かべた祐人に対し、青空は尋ねる。その言葉に祐人は合唱曲の歌詞を思い浮かべたが、ここはボケている場合ではないと悟り、真面目に答えることにした。
「うーん、そうですねぇ……体を動かしたり、友達に愚痴ったり、楽しいことを考えたりとかですかね? あとはもうさっさと寝ちゃうとか」
「それと同じことだよ。人間は様々な方法で絶望を和らげることができるけど、霧人にはそれができない。なにしろ奴ら自身が絶望そのものなんだからね。奴らは人間に自らを取り込ませて、その存在を消そうとしているんだ。絶望を消すには自分たち自身が消滅するしかない。奴らは消えたがっているんだ」
「じゃあ……二日連続で襲われた僕は、霧人に狙われてるってことですか?」
祐人の質問に、青空は曖昧な返答をする。
「どうだろう、はっきりとは答えられないな。奴らとは意思の疎通ができないからね。そもそも意識や知能といったものを持ち合わせているかどうかすら不明だ。単なる感情の集合体だからね。僕個人の考えとしては、奴らにそんな高尚なものがあるとはとても思えないけど」
「なるほど……ちなみに襲われたらどうなるんですか?」
「そうだな、絶望に蝕まれて発狂して廃人になるか……もしくは命を落とすか……」
「どっちも嫌すぎる! 最悪の二択じゃないですか! ……っていうか下手したら死んでたの!?」
青空の返答を聞いた祐人は、半ばパニック状態になりながら叫んだ。けっこう呑気してた祐人も「一歩間違っていたら死んでいたかもしれない」という事実にはビビった。
「だから言ったろ? 奴らは厄介な存在だって。そして……そうならないために僕らはいる。被害が出る前に一刻も早く災いを取り払うことが僕たちの生徒会の役目であり、真の目的なんだ」
「そ、そんなまさか……!」
「信じられないかい? こんな話」
「……絶望が具現化なんて、そんなことが現実的にあり得るのか……?」
「まだその段階!? 割と大事な話してたんだけど、ちゃんと聞いてた!?」
想定外の返答に青空は驚き、思わずツッコミを入れた。
「まぁ、何となく」
「何となくって……」
「美化活動やボランティア活動は、島に発生する霧人を探すための口実なんですね?」
「ちゃんと聞いてるじゃないか!」
「人の話はちゃんと聞く男ですからね僕は。まぁ、たまに他のこと考えてて一切頭に入ってこない時もありますけど」
「じゃあ、ちゃんと聞いてないじゃないか!」
「あー、もう! いちいちこいつの戯言に付き合わなくていいから!」
祐人のペースに乗せられ、再びツッコミを入れた青空を諫めるように心が声を張り上げた。
(ざ、戯言……)
心無い心の言葉が祐人の心を傷付けた。それと同時に、祐人の頭にはある一つの疑問が浮かび上がる。
「はい、質問があります」
「……」
そう言って高々と左手を上げた祐人を、心は何も言わずにじろりと睨んだ。顔には「どうせまたくだらないことを言い出すに決まっている」と書いてあるようで、その視線は非常に冷ややかだった。そんな白い目にめげることなく、祐人は話を切り出した。
「今日、学校でみんなに話したんですよ。『昨日の夕方に人の姿をした黒い霧に襲われた』って。そしたら黒い霧についてはみんな知ってたのに、誰も人の姿の霧なんて見たことないって言うんです。それってつまり……誰も霧人を知らないってことですよね? この島に来たばかりの僕がもう二回も遭遇してるのに、この島で生まれ育ったクラスのみんなが誰も知らないなんて変じゃないですか? 島の名前の由来にまでなってるのに」
思いがけないまともな質問に意表を突かれた心は、ちらりと青空を見遣った。まるで答えを求めるかのように。
「それは広瀬君の……いや、説明するよりも実際に体験してもらった方が早いだろう。広瀬君、頼めるかな?」
「分かりました。」
早織はそう短く答えて前へと躍り出ると、こう質問をした。
「×××くん、あなたの名前は?」
「僕の名前?」
そう聞き返すと、早織はこくりと頷いた。
「何で今さら名前なんて? そんなの……」
意図の分からない質問に疑問を抱きつつも、聞かれた通りに自らの名を名乗ろうとした。しかし彼はそれきり、黙り込んでしまった。
「……」
言葉が出ない。必死に絞り出そうとするが、何も出てこない。いや、違う。出てこないのは言葉ではない。名前だ。
『×××くん、あなたの名前は?』
早織は質問の前に、はっきりと声に出して彼の名を呼んだ。しかしどういうわけか、それが自分の名前だとは認識できずにいた。まるで生まれて初めて耳にする言葉のようで、上手く聞き取ることができなかった。
「……」
自分の名前が思い出せないという不可解な事態に、彼は驚き黙り込む。沈黙の中、聞こえるのはザーザーという穏やかな波の音だけだった。




