第6話 現れた者たち
今日はひな祭りですね。内容とは何の関係もないけど。
目の前の人物の姿を見た祐人は驚きの声を上げた。彼はその人物をよく知っていたが、よくは知らなかった。毎朝挨拶交わす程度でそれ以上の関わりはないのだから、無理もない話だ。
(どうしてこんなところに?)
祐人の頭にはそんな疑問が浮かんだが、今はそんなことを考えている場合ではない。
「広瀬さん、ここは危険だ! 早く逃げないと黒い霧が……!?」
祐人はここが危険であるということを伝えるために後方を指差して叫んだ。だが、その叫びはすぐに驚きへと変わり、最後まで言い終わる前に途切れた。
「えっ!? なっ……き、消えた!?」
祐人は大袈裟なまでに驚きの声を上げた。指差した先には黒い霧など影も形も見当たらず、ただ白い砂浜が広がっているだけだった。
「いや、違うんだこれは! さっきまで本当に黒い霧が広がってて……しかも! それが人の姿になって襲って来たんだよ!? 実は昨日も同じことがあって、クラスのみんなにも話したんだけど、誰もそんなの見たことないって言うんだ。それで僕も『そうか、あれは夢だったんだ』と自分を納得させようとしたんだけど、昨日に引き続き今日もまた現れたもんだから、『やっぱり夢じゃない! 現実だ! どーなってるの、この島は?』って感じで……」
祐人は自分の話が嘘ではないこと主張するために熱弁を振るった。しかしかろうじて「人の姿をした黒い霧に襲われた」という要点は抑えられていたものの、余計な部分が多く、全体的にとっ散らかった内容だった。
「いきなりこんな話を聞かされても信じられないとは思うけど、全部本……」
「……うん、分かってる」
「当のことなん……えっ?」
興奮した様子でまくし立てる祐人の言葉を遮るように、広瀬早織はぽつりと答えた。さらに続ける。
「だって私たちは、あなたを追ってきたんだから」
「えっ? えっ? どういうこと? 僕を追ってきた……? それに私たちって……」
「どうやら無事のようだね」
「あの状況で何ともないって……どうなってんのよ、そいつ?」
早織の言葉の意味を理解できずに困惑していると、背後から二つの声がした。振り返ると声の数と同じ二つの人影。一人は黒の学ラン、もう一人は黒のセーラー服を着ている。いずれも祐人たちの通う高校の制服だ。
「だ……誰!? ねぇ、誰なのあの人たち!」
「あの人たちは……」
「こんにちは、初めまして。浦上青空です」
早織が答えるよりも早く、学ランの男子生徒がそう名乗った。
「うわぁ! 普通に自己紹介してきた! でも名前だけ言われても、依然として何者なのか分からない……あれ?」
祐人が相変わらず困惑していると、現れた二人の後ろに隠れるようにして、もう一つ人影が見えることに気が付いた。それはセーラー服姿の小柄な少女だった。その顔を見た祐人はさらに気が付く。
「あれ、君は……昨日も会ったよね?」
「!!」
そう声をかけると、少女は驚いたようにびくりと肩を震わせた。
「覚えてないかな? ほら、公園でさ。いやー、まさかまた会うなんて奇遇だねー」
「……」
祐人は親し気に話を続けるが、少女は何も答えない。
(むっ、これは……)
その態度に何かを察した祐人は、一転して真剣な顔をして少女に語りかける。
「昨日も言ったけど、僕は怪しい者ではありません。あの時奇声を上げていたのは、公園にいた猫に噛まれたからで……今日だって静かに海を眺めてたら、常識では考えられない出来事に巻き込まれて……」
「……」
完全に不審者だと誤解されている。だから何も喋ってくれないのだ。そう考えた祐人は弁明を試みたが、やはり少女は口をつぐんだまま不安そうな表情を浮かべるだけだった。やがて少女はセーラー服のの胸元をぎゅっと掴むと、俯いて困ったように首を振った。
「……無駄よ。失声症だから、その子」
「シッセーショー?」
もう一人のセーラー服の女子生徒が冷たく言い放ち、祐人はその音の響きを繰り返す。
失声症。読んで字のごとく、声を失う症状だ。しかし祐人の頭に浮かんだのは、全く別の漢字だった。
「つまり……選ばれし者ってコトですか?」
「……」
「……」
「……」
「……」
意味不明な発言に、その場にいた全員が黙り込んだ。
「……どうして……そう思うんだい……?」
少しの沈黙の後、浦上青空と名乗った男子生徒が絞り出すような声で祐人に尋ねる。
「字面的にそんな気がして……」
「字面……?」
「ほら、『しっせいしょう』ってそんな感じじゃないですか? 賤ヶ岳の七本槍みたいな……」
「……はぁ? さっきから何を意味の分からないこと言ってるわけ? ふざけてんの?」
要領を得ない説明に、セーラー服の女子生徒は苛立ったように祐人に食ってかかる。
「七つの星のように輝く将……だから七星将と言うんでしょう?」
女子生徒の質問に祐人はしたり顔で答える。"しっせいしょう"という音の響きを聞いた彼が思い浮かべたのは、七つの星の将、すなわち「七星将」だった。
「違ぇーわ! どういう聞き間違い!? 七つの星ってことは七人いんの?」
「僕を入れても五人なんで、あと二人足りませんね」
「なんでしれっとお前が入ってんだよ!」
「何かそういう流れかと思って」
「何だよ流れって!」
「あの……漫才やってる場合じゃないと思うんですけど……」
掛け合いを始めた二人を見た早織がおずおずと口を開く。
「あたしに言わないでよ! やりたくてやってんじゃないよ、こっちは!」
「じゃあ、漫才じゃなくてコントにします?」
「お前は黙ってろ!!」
激しさを増すボケとツッコミの応酬に、それを見た青空は感慨深げにつぶやく。
「驚いたな……心のあんなに楽しそうな顔を見るのは久しぶりだよ」
「あれ、楽しそうですか……? っていうか会長までそんな感じだと、いよいよ収拾がつかなくなるんですけど……」
「……」
早織の白けた視線と小柄な少女の不安そうな視線を同時に受けた青空は、自分に注目を向けさせるために、こほんと咳払いをした。
「そろそろ本題に移ろう。君にはいくつか聞きたいことがある。協力してくれるかい? 五十嵐祐人君」
「あれ、何で僕の名前を? そもそもあなたたちは何者なんです? 広瀬さんはどうしてここに?」
「そうだね、君から話を聞く前にまずは君の質問に答えよう」
そう言うと青空は落ち着いた口調で話し始める。
「改めまして僕は浦上青空。こっちは浦上凪雲」
「浦上?」
「妹なんだ」
「へー、妹さんですか。そう言われればどことなく似てるような気もしますね」
同じ苗字に反応した祐人に、青空がそう説明する。紹介された小柄な少女はぺこりと頭を下げた。
「さっき話にあった通り、妹は声を出すことができないんだ。心理的な問題でね。別に君のことを避けているわけじゃないんだ。気を悪くしないで欲しい」
「そうだったんですか……こっちこそ、そんな事情も知らずにぺらぺらと話しかけてすみませんでした」
祐人が申し訳なさげに頭を下げると、凪雲と呼ばれた少女も釣られるように再度頭を下げた。
「それで、さっきまで君と話していたのが……」
「……佐上心」
青空が言い終えるよりも早く、女子生徒がぶっきらぼうに言う。心が名乗り終えると同時に、青空は再び話し始める。
「広瀬君に関してはもう知っているね。君と同じクラスだと聞いているよ。君の名前も彼女から聞いたんだ」
「なーんだ、そうだったんですか。てっきり、いつの間にか名前が知られるくらい有名になったのかと思いましたよ」
「……まっ、ある意味ではそうかもね」
「えっ、そんなに有名ですか? 大谷翔平ぐらい?」
「そんなに有名じゃねーよ! いちいちボケんな! 腹立つ!」
祐人の軽口に心が再び激しくツッコミを入れる中、青空は続ける。
「次に僕たちは全員生徒会に所属している。今この場にいるのも、生徒会の活動の一環でね」
「あぁ、確か島内の美化活動やボランティア活動をしてるとか……」
「そう、表向きはね」
「……表向き? 何だか裏があるみたいな言い方ですね」
「実はそうなんだ」
「ちょっと! まさか全部話すつもり!?」
あっけらかんと答える青空に対し、心は慌てたように制止する。飄々と青空は答える。
「今さら隠したって仕方ないだろう? もう見てしまったのだから。それに……どうやら彼は気に入られているらしい」
「だからって部外者に事情を話すのはどうかと思うけど?」
「関わってしまった以上、秘密にはしておけないだろう? それにいざとなったら忘れてもらえばいい」
「まぁ……そういうことなら……」
「あのー、何が何だかよく分からないんですけど……気に入られてるって僕が? 誰に?」
二人のやり取りを黙って聞いていた祐人だったが、いまいち釈然としない会話内容に思わず口を挟んだ。
「……霧人さ」
質問を受けた青空は穏やかな……しかしどこか冷たさを感じさせるような口調でそう答えた。




