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第27話 ゲームセット

野球部助っ人編、閉幕! 長かった!

 早織の声をかき消すように響いた甲高い金属音。ベンチで打順を待っていた部員たちは一斉に立ち上がり、興奮した様子で歓声を上げた。祐人もまた早織からグラウンドへと視線を移す。

 鋭いライナー性の打球はぐんぐんと伸びていき、相手の右翼手(ライト)はそれを阻もうとジャンピングキャッチを試みた。伸びてきたグローブが打球に触れる。だが、それが精いっぱいだった。グローブの指先に弾かれたボールは、無人のファールゾーンを転々と転がる。

「おっしゃー!!」

「いいぞー! 長打コース!長打コース!」

「回れ回れーッ!!」

 味方ベンチからの声援を受けながら、バッターランナーは一塁を回り二塁へと向かう。さらにボールの処理にもたついている隙を見逃さずに二塁を蹴ると、猛然と三塁に滑り込んだ。

「おっしゃー! スリーベース!」

「いいぞー! ナイスラーン!」

「チャンスチャンス―!」

 1アウト三塁。ようやく訪れた得点のチャンスに沸き上がる部員たち。さらにチャンスは続く。

 相手バッテリーは、スクイズを警戒するあまりストライクが入らない。その結果、二者連続の四球で全ての塁が埋まる。1アウト満塁。

「ごめん、広瀬さん! 何だっけ?」

 この試合初めての大チャンスに白熱するベンチで、祐人は思い出したように早織に尋ねる。

「えーっと……」

「……(ふるふる)」

 祐人の言葉に早織が困ったように目配せすると、凪雲はうつむきがちに首を横に振った。その直後に再び響いた金属音。バッターの放った打球は、レフト方向へぐんぐんと伸びていく。先程は素晴らしいプレーを見せた左翼手(レフト)も、今度ばかりは打球を目で追うことしかできなかった。

「うぉぉぉぉ!!」

「やりやがった!!」

「マジかよあの野郎ッ!」

 まさかの満塁ホームランに部員たちは驚愕し、そして叫んだ。お祭り騒ぎの部員たちを尻目に早織は言う。

「ううん、何でもない。よかったね。ようやく点が入って」

「え、いいの? でも腕がどうとか……」

「やったぞイガ! 満塁ホームランだぞ!!」

 声を弾ませた健太が祐人と早織の間に割って入り、興奮した様子の部員たちが続々と祐人の周りに集まる。

「満塁ホームランなんて初めて見たぞ!」

「4-0だぜ! ヒャッホー!」

「見たか! これが生まれ変わった俺たちの実力だ!」

「どんなもんじゃーい!」

「……」

 早織は部員たちに囲まれる祐人を遠巻き眺める。二人の会話はそこで途切れた。


 さらに試合は進み、9回表の攻撃が終わった。6回に4点を挙げて以降試合は動かず、スコアは依然として4-0のまま。

 そして4点リードで迎えた9回裏。セカンドゴロとキャッチャーフライであっさりと2アウトを取り、いよいよあと1アウトというところまでこぎつけた。

「いいぞー! 最後まで落ち着いてこー!」

 メガホン越しに祐人が叫ぶ中、プレーは続く。鈍い金属音を残して打球はふらふらと上がっていく。しかしボールに力はなく、同じようにふらふらと落ちてくる。平凡なセンターフライ。それを捕って試合終了(ゲームセット)。そのはずだった――

「なっ……!?」

 祐人は驚愕する。何てことのないフライを中堅手(センター)が落球したのだ。

「おっしゃー! ラッキー!」

「いいぞー! ナイスー!」

 首の皮一枚繋がり、元気を取り戻す相手ベンチ。

「ドンマイドンマーイ! 切り替えてこー!!」

 それに負けじと祐人はメガホンでナインを盛り立てる。しかしそんな必死の声援も虚しくピンチは続く。次の打者が放った打球は平凡なサードゴロ。それを三塁手(サード)の健太がお手玉(ジャックル)し、一塁はセーフ。2アウト1・2塁。さらに次の打者には四球を与え、2アウト満塁。ここでキャッチャーはたまらずタイムを要求し、内野陣がマウンドに集まる。

「なんだこの展開は!? 僕のデータにないぞ!」

「お前はいつデータキャラになったんだよ。それにしても2アウト満塁か……不味いな」

 タイムによる中断中、祐人のボケにツッコミを入れた安達が重々しくつぶやく。

「確かにちょっと雲行きが怪しくなってきたね。でもあとアウト1つなんだし、ここを乗り切れば……」

「そのアウト1つが取れなくて、バタバタしてんだぞ?」

「うーん……まぁ、4点差だし大丈夫でしょ。勝てる勝てる。それにもし逆転されても、その分取り返せばいいだけだよ。取られたら取り返す……倍返しだ!」

 のん気な祐人の発言を否定するように、安達は冷たく言い放つ。

「いや……ここで逆転でもされたら、俺たちは確実に負けるぞ」

「どういうことですか? 解説のロベルト安達さん」

「誰がロベルト安達だ! じゃあお前は何だよ!」

「実況のフィフティストーム五十嵐です」

「だっせぇな、おい!」

「そんなこと言ってる場合じゃないよ」

「お前が言い出したんだろうが!」

 安達はツッコミを入れつつも、スコアブックを開いて説明を始める。

「いいか? 俺たちは6回表に4点を取った。それを受けて相手はピッチャーを代えてきた。問題はそこだ。ピッチャーが代わってからヒットどころか、四球すらない。6回途中からの2回と3分の2を完璧に抑えられてるってわけだ。もしこの回で逆転されたとして、そんな相手から点を取れると思うか? 今の俺たちにそれをひっくり返す力はない」

「じゃあ同点に抑えれば……」

「それでも同じだ。打てなきゃ点は入らん。仮に同点でしのいだとしても、あのヘロヘロの状態じゃ10回でノックアウトだ。うちにはこれ以上ピッチャーがいないからな。この試合勝つには、何としてもここを抑えるしかねぇ」

「なーるほど。でも急にみんなどうしたんだろう? 2アウトまではサクサク行ってたのに」

重圧(プレッシャー)……じゃないかな」

 二人の会話を聞いていた早織がぽつりとつぶやく。

「キュアプレシャス……!?」

「言ってないよ。確か……野球部ってずっと試合に負け続けてるんだよね?」

 祐人のボケを軽くあしらい、そう尋ねた早織に安達が答える。

「……あぁ。記録上、最後に勝ったのは5年前だ」

「あと1アウトで初めての勝利……そう考えたら重圧で体が動かなくなっちゃったんじゃない?」

「……ここが俺らが本当に変われるかどうかの瀬戸際ってわけか」

 安達がぼそりとつぶやくと同時にプレーが再開された。3球連続のボールの後、ストライクを取りに行った球をあっさりと痛打された。走者一掃のタイムリーツーベースヒットにより、スコアは4-3となった。その差は僅か1点。

「いいぞいいぞー!」

「あと1点で同点ー!」

「このまま続けー!」

「ここで決めろー!」

 土壇場の大チャンスに、相手チームのベンチは息を吹き返したように盛り上がる。流れは完全に相手チームに傾いていた。

 対照的にこちらのベンチは暗い。ベンチだけではない。マウンドのピッチャーは顔面蒼白で、グラウンドで守備に就いている部員たちは皆一様に沈んだ顔をしている。1点リードしていながら、追い込まれているのはこちらの方だった。はっきりと見えていた勝利の背中が遠ざかり、敗北の輪郭が徐々に姿を現し始めた。

(変わるなんて無理だったんだ。何も変わらない。今日も負けだ。いつも通り……)

 誰もがそう諦めかけた。その時だった。

「ターイム!」

 グラウンドに向かって、高らかな声が響く。

「どうするつもりだ?」

 突然のタイムの要求に、安達は驚きながら声の主に尋ねる。

「ちょっといってくるよ」

 そう言うと祐人はマウンドに向かって駆け出した。さらに祐人は内野手だけではなく、外野手までマウンドに集まるように指示を出した。指示に従いマウンドに集まる部員たち。すると――

「ぷっ……!」

「くくく……」

「あーっはっはっは!」

 突如、彼らはおかしくて仕方がないというように大笑いを始めた。その光景に祐人は満足そうに頷くと、ベンチへと引き上げる。戻ってきた祐人に安達が尋ねる。

「なんて言ったんだ?」

「打撲で死んだ僕」

「……は?」

「だから打撲で死んだ僕」

「く、くだらねぇ……」

「……まぁ、五十嵐くんらしいと言えばらしいけどね」

「……」

 呆れる安達、苦笑いを浮かべる早織、目を白黒させる凪雲。その反応は三者三様だ。

「この状況で言うことかよ?」

「いや、むしろこのくだらなさが重要なんだよ」

「……どういう意味だ?」

「今みたいに絶対にミスできないという極限の緊張状態では下手に上手いことを言うよりも、くだらない方が笑いに繋がるんだ。いわゆる緊張と緩和っていう……」

「どうでもいいわ!」

「でも何だか……みんなの表情が明るくなったような……」

 早織のつぶやきに安達はグラウンドに目を向ける。それぞれの守備位置(ポジション)へと戻る彼らの足取りは、心なしか軽やかに見えた。

「やっぱり思った通りだ。緊張を解すには笑いが一番だからね」

「もしかしてそのためにタイムを……?」

「いや、ボケたかっただけ」

「ボケたかっただけかよ!!」


 ガキィーン!!


 安達がツッコミを入れる同時に、辺りに鈍い金属音が響いた。空高く舞い上がった打球に伸びはなく、ライト方向にふらふらと落ちてくる。

 4対3、1点リードで迎えた9回表。2アウト2塁の場面で打ち上げられた、何てことのない平凡なライトフライ。エラーによって逆転負けを喫し、野球を離れる契機(きっかけ)となったあの時とよく似た状況(シチュエーション)

 だが、彼は無心だった。恐れも不安も気負いもない。考えるより先に自然と体が動いていた。素早く打球の落下地点に入ると、彼は右手を差し出した。

「ゲーム!」

 力なく落ちてきた打球は、構えたグローブにすっぽりと収まった。完全捕球を認めた球審の溝野が高らかに試合終了を宣言する。その直後、守備位置に就いていた部員たちが歓喜の声を上げながら、一斉にマウンドに向かって駆け出した。

「うぉぉぉぉ! 初勝利だぁぁぁ!!」

「何とか逃げ切ったぜー!」

「これが俺らの底力だ!!」

「よくやった山田!」

「今日が生まれ変わった俺たちの門出だー!」

 大興奮の部員たち。ベンチにいた安達も、いつの間にか歓喜の輪の中に加わっている。

「……五十嵐くんは行かないの?」

 笑顔を浮かべながら遠巻きで彼らを眺める祐人に、早織は尋ねる。

「ほら、僕助っ人だし。一時的に加わっただけの部外者だから。それに何の活躍もしてないし」

「そんな言い方……」

部外者(アウトサイダー)だから」

「そんな言い方……」

「でもよかったよ。無事に試合が終わって。昨日色々あってさ」

「昨日……その腕以外にも何かあったの?」

「うん。最後にレフトフライ捕ったの山田くんって言うんだけど、試合に出るの悩んでたんだよ。自信がないって。それで僕と山田くんのどっちが試合に出るかでちょっと揉めてさぁ。最初は普通に試合に出るつもりだったんだけど、もし僕の活躍で勝っても意味がないと思ってさ」

「それは……どうして?」

「僕はあくまでも助っ人だからね。これからの野球部のことを考えるなら、助っ人なんかに頼らずに自分たちの力だけでやっていかないといけない。それでこうなったわけ」

 ギプスが巻かれた左腕を見せるように差し出した祐人に、早織は尋ねる。

「……どういうこと?」

「僕がこんな状態じゃ、どうしたって山田くんが出るしかない。そういう状況を作ったんだ。山田くんに足りないのは、勇気だけだったから」

「そう……だったんだ」

 そう答えながら早織は歓喜に湧く部員たちをちらりと見遣った。

「すごい喜びよう……練習試合で勝っただけなのに、まるで優勝したみたい」

「みんなそれだけ嬉しいんだよ。何たって待望の初勝利なんだから」

「そっか、そうだよね。5年ぶりの勝利だもんね」

そう言って微笑んだ早織はふと、何かに気付いたように祐人に尋ねる。

「じゃあ……骨折したっていうのは、野球部を一つにするための嘘だったの?」

 その問いに祐人はふっと笑った。そして答える。

「いや、骨折は本当。全治1か月」

「こ、骨折は本当なの!?」

 雲一つない抜けるような空の下、爽やかな初夏の風の吹くグラウンドには初勝利に湧く部員たちの声と、早織のツッコミの声が響き渡るのだった。

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