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第2話 嵐の転校生

ハートフルなお話と言ったな

あれはあながち嘘ではない

「いってきまーす!!」

 両親に向かって出発の挨拶をすると、祐人は元気よく家を飛び出した。今日は引っ越して来て初めての登校日だ。時刻は午前7時。この島に来る前は毎朝8時過ぎに家を出ていたことを考えると、一時間も早い出発になる。それには大きな理由がある。転校初日からの遅刻を避けるためだ。

 昨夜、前もってG〇〇gleマップを使って家から学校までのルートは確かめていたが、地図と実際の道が違っているということも考えられる。地図上では通れた道が実際は工事中で通行止めの可能性だってあるかもしれない。そんな不測の事態を考慮して、いつもより大幅に早く家を出たのだ。

「フッ、我ながらなんて抜け目のない男だ……」

 祐人は一人ほくそ笑みながら自画自賛をすると、前を向いて歩き出した。春先ということもあって吹いてくる風は少しばかり肌寒いが、降り注ぐ日差しは穏やかで心地いい。雲一つない晴天は新たな門出にぴったりだ。

「いやぁ、いい天気だなぁ。転校初日からこんなに晴れるなんてツイてるぞ。こりゃ幸先がいいや」

 呑気につぶやき上機嫌で歩いていると、あっという間に目的地へとたどり着いた。ズボンの左ポケットからスマホを取り出して時刻を確認すると、画面には「7:22」と表示されている。道を確かめながらゆっくりと来たにも関わらず、およそ20分程で目的地である学校に到着してしまった。

「まだこんな時間か……初日だからってさすがに早すぎたかな」

 そう言いながらきょろきょろと辺りを見回すが、登校する生徒はおろか人影すら見当たらない。やはり早く着きすぎたようだ。

「まぁいいや、行こっ」

 校門が開いているのは、誰かが開けたからだ。つまり校内にはすでに先生がいるということだ。それなら中で待たせてもらおう。そう考えた祐人はそのまま校舎へと向かい、古ぼけた木造の校舎に足を踏み入れた。

 それにしても不用心なものだ。門は開け放たれているのに周囲には誰もおらず、センサーや防犯カメラの類も見当たらない。これでは部外者が侵入し放題なのではないだろうか? 裏を返せば、それだけこの島が平和であるということの表れでもある。

 持参した上靴に履き替えてしばらく校舎内を彷徨っていると、これまた古ぼけた木製のプレートが垂れ下がった扉の前にたどり着いた。プレートには擦れた文字で「職員室」と書かれている。祐人は深呼吸を二度した後に、ドアをノックしてから職員室へと足を踏み入れた。

「失礼しまーす。今日からこの学校に転校してきました五十嵐祐人です」

 その声に反応をした一人の教師がゆったりとした足取りで祐人の元へと歩み寄ってきた。眼鏡をかけた若い女性だ。

「おはようございます。桐原香(きりはらかおる)です。今日からよろしくお願いします。五十嵐さんは私のクラスになるから、何かあったら何でも聞いてくださいね」

「こちらこそよろしくお願いします」

 丁寧な口調に釣られるように祐人はぺこりと頭を下げた。

「それにしてもずいぶんと早い登校ですね」

「いやー、『転校初日に遅刻なんかしたら一大事だ!』と思っていつもより早く家を出たんですけど……少し張り切り過ぎちゃいました」

「いえいえ、いい心掛けですよ。まだホームルームまで時間もあることですし、校舎を案内しましょうか」

 担任となる桐原の提案により、祐人は学校を案内されていた。桐原は簡単な説明を交えながら、様々な場所を案内してくれた。音楽室、体育館、視聴覚室、グラウンド……。転校前に比べれば小さな学校ではあるが、設備は整っているようだった。一通りの案内を終えると、桐原は微笑を浮かべながら言う。

「さて、そろそろ戻りましょうか。諸々の説明は職員室でしますね。朝のホームルームの時にみんなに紹介しますから、自己紹介を考えておいてくださいね」

「あの……先生のクラスってどんな感じですか?」

「仲のいい元気なクラスですよ。いい子たちだからすぐに仲良くなれますよ」

 そう言うと桐原は歩き出した。祐人は期待と不安を抱きながら、その後を追うのだった。


「はい、それでは朝のホームルームを始めます」

 担任の桐原が生徒たちに向かって話すのを、祐人は廊下で聞いていた。学校案内から戻り、諸々の説明を受けている内にあっという間に時間は過ぎ、朝のホームルームの時間となっていた。桐原の紹介の後に教室へと入る手筈となっており、そのために外で待機をしているのだ。

「以前から話していた通り、今日からこのクラスに新しいメンバーが加わることになりました。五十嵐さん」

 桐原は早々に本題に入り、外にいる祐人に入ってくるように促した。祐人はガラリと扉を開くと、教壇の前へと躍り出た。教室中の視線が一斉に集まる中、祐人は自己紹介のために口を開いた。

万創(ばんそう)高校、略してバンソーコーから転校してきた五十嵐祐人(いがらしひろと)です。好きなプリキュアは『トロピカル〜ジュ!プリキュア』と『デリシャスパーティ♡プリキュア』です。気軽に『フィフティストーム』と呼んでください。よろしくお願いします」

「プリキュアって……どういう自己紹介だよ」

「何だフィフティストームって」

「トロピカってんな」

「やべー奴じゃん」

「デリシャスマイルー」

 ざわ……ざわ……

 独特な自己紹介に教室中がざわざわと色めき立つ。しかしそんな混乱の中、穏やかな声が響く。

「はい、ユニークな自己紹介でしたね。来たばかりで分からないことも多いと思うから、みんなも色々と教えてあげてくださいね。それじゃあ五十嵐さん、あそこの空いてる席に座ってください」

 担任の桐原は祐人の無謀な自己紹介に動じることもなく、そう告げた。その態度に生徒たちも冷静さを取り戻し、教室内は再び秩序を取り戻した。祐人は会釈をしながら席と席の間を進み、指示された窓側の一番後ろの席に座る。

「俺は鈴木健太。何か分からないことがあれば何でも聞いてくれよ」

「あたしは田中育美。これからよろしくね!」

 祐人が席に着くと前の席の男子生徒とその隣の女子生徒が、フレンドリーに声をかけてくれた。

「五十嵐祐人です。不束者ですが末永くよろしくお願いします」

「……結婚の挨拶か?」

「あはは。五十嵐くんって面白い人だね」

 ジョークが受けたことに気を良くした祐人は、その流れで隣の席にも挨拶を投げた。

「五十嵐祐人です。不束者ですが末永くよろしくお願いします」

「……どうも」

 隣の席の女子生徒はにこりともせずにそれだけ言うと、すぐに前に向き直った。

(やっぱり同じネタじゃウケが悪いな……もう少し捻るべきだったか……)

「はい、それでは出席を取ります」

 祐人が心の中で反省会をしていると、朝の出欠確認が始まった。そのため会話はそれきりで終わってしまった。

「鈴木健太さん」

「はい」

「田中育美さん」

「はーい」

 担任の桐原が出席を取り、名を呼ばれた生徒は返事をする。先程から反復的に行われているこのやり取りを、祐人はぼんやりと聞いていた。初めは新しいクラスメイトの名前を覚えるチャンスと思い張り切って聞いていたが、顔と名前の一致しない状況で名前だけ聞いても意味がないことを悟り、早々に諦めたのだった。今のところ顔と名前が一致しているのは前の席の健太と育美だけだ。

「広瀬早織さん」

「……はい」

 その時、隣の席から短く涼やかな声が響いた。祐人は隣の席の生徒の顔をぼんやりと眺める。もう一人顔と名前の一致した生徒が増えた瞬間だった。


「五十嵐くんだっけ? こんな辺鄙な島によく来たねー」

「YOUは何しにこの島へ?」

「どこら辺に住んでんの?」

 一時間目終わりの休み時間。祐人はクラスメイトたちに囲まれて質問攻めを受けていた。片田舎の小さな島ということもあり、外から来た転校生が珍しいのだろう。

「親の仕事の都合で引っ越してきたんだ。ここから20分ぐらいのとこにある一軒家に住んでるよ」

「あぁ、あの家か」

「あっ、知ってる? 何でも父さんの会社の社宅らしいんだけど、これがまたやたらと広くてさぁ。僕の見立てでは東京ドーム8個分はあるね」

「そんなにはないでしょ……」

「見立てガバガバじゃねーか」

「何か部活とかやってたの?」

「中学の時は野球部で、前の学校ではキケン部に入ってたよ」

「危険部!? 何その危なそうな部活!?」

「全然危なくないよ。色んな大会に片っ端から参加しては、棄権するだけだから」

「そっちの棄権!? というか何でそんなことするの!? 目的は何なの!?」

「……というのは冗談で」

「冗談かい!」

「結局どういう部活なんだ?」

「アッハッハ!」

「アハハじゃねーよ!」

 祐人が集まったクラスメイトたちと爆笑のトークを繰り広げていると、隣の席の女子生徒は席を離れて教室を出て行った。

「あっ……」

「んっ? なになに? もしかして広瀬さんに興味ある感じ?」

 遠ざかる背中を見つめながら溜め息を漏らした祐人に、斜め前の席の育美がからかうような顔をして尋ねる。

「興味は……ありまぁす!」

「マジで!?」

「おー!」

「気が早いな」

「どういうところに惹かれたわけ?」

 祐人の宣言に生徒たちは沸き立ち、育美は目を輝かせてさらに尋ねる。祐人はあっけらかんと答える。

「せっかく隣の席になったのに、『全然話もできてないなー』と思って」

「……それだけ?」

「『それだけ』とは?」

「一目惚れしたとか恋愛感情とか、そういうんじゃないの?」

「やだなぁ、そんなんじゃないよ。あっ、違った。そんなんじゃ……ありませぇん!」

 祐人の宣言に生徒たちはがっかりした様子で口々に不満を述べる。

「STAP細胞みたいに言うな!」

「なーんだ、つまんないのー」

「そんなこったろうとは思ったけどな」

「解散解散」

 明らかに場が盛り下がる中、祐人はめげることなく尋ねる。

「まぁまぁ、それは置いといて……広瀬さんってどんな人?」

「うーん、どんな人……どんな人……ねぇ」

「物静かな人かな」

 祐人の質問に育美は歯切れの悪い言葉を返し、隣の席の健太が代わりに答える。その答えは祐人が抱いた第一印象と全く同じだった。

「あー、確かにそうかも」

「いつも本読んでるよねー」

「読書家なんだよ、きっと」

 祐人の席に集まったクラスメイトたちも口々に健太の意見に同意する。祐人はさらに尋ねる。

「他には何かないの?」

「他に? うーん……確か生徒会に入ってたんじゃなかったかな」

「あー、そういえばそうかも」

「へー、生徒会に?」

「うん。島の美化活動とかボランティア活動とか色々やってるみたいだよ」


『キーンコーンカーンコーン……』


 わいわいと盛り上がっていると予鈴が鳴り響き、短い休み時間の終わりを告げる。生徒たちはお喋りを切り上げて、各々自分の席へと戻っていった。

 結局分かったことと言えば彼女の名が「広瀬早織」で、生徒会に所属しているらしいということだけだった。

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