第18話 練習開始
ボケを考えるの大変だけど、楽しい
紆余曲折を経てミゾノスポーツで新しいグローブを手に入れた祐人。しかし誕生日プレゼントとして父から買ってもらったのはグローブのみだった(カード払い)。憧れのかっこいい競泳水着を買うために、祐人はお金を貯める決意をするのだった。
そしてその翌日。おニューのグローブを携えた祐人は、喜び勇んで野球部の練習に参加した。
「よーし、行くぞー!」
「バッチコーイ!!」
バットとボールを持った健太が声を張り上げると、祐人もまた負けじと大声で返す。祐人の掛け声を聞いた健太はボールをトスすると、思い切りバットを振った。カキンという小気味いい金属音と共に、ボールは高々と舞い上がる。頂点へと達したボールは上昇から一転、ふらふらと風に揺られながら、山なりの放物線を描き始めた。祐人が前方へと駆け出して右手を掲げると、ボールは見事にグローブの中に収まった。
「ナイスキャッチー! よーし! もう一球!」
キャッチしたボールを投げ返すと、健太は再びバットを振る。今度は弾道の低いライナー性の当たりだ。急いで後方に下がって落下地点へと移動すると、同様にグローブを構えてボールを受け止めた。
「よーし、次ッ!」
健太の掛け声と同時に三度、カキンという金属音が響く。再びライナー。しかし今回の打球は先程よりもさらに低く、そして速い。弾道はほぼ水平に近い。
(これは間に合わない)
咄嗟にそう判断した祐人はダイレクトキャッチを諦め、ボールの行方を見極めた。落下したボールは数回小さく跳ねた後、猛烈な勢いで地面を転がり始めた。軟球と比べると明らかにバウンドが小さい。祐人はボールの正面に回り込むと軽く膝を落とし、グローブを差し出してゴロを迎え入れた。その後も祐人は無難にノックをこなしていく。
「よーし、次ラストーッ!!」
健太は一際大きな声で叫ぶ。放たれたのは青い空へと高々と舞い上がる大飛球だ。上空に吹く島風と未だに傾かない太陽の日差しに邪魔されながらも、祐人はどうにかそれをキャッチした。
「ナイスキャッチ! いい感じだな!」
ノックを終えて戻って来た祐人に健太は労いの言葉をかける。
「久々だから『大丈夫かな?』と思ったけど、意外と動けた。でも何球か捕り損なっちゃったよ」
「久々なら仕方ねーよ。それにグローブも昨日買ったばっかで、まだ手に馴染んでないだろうし」
「でも軟球だったら……!」
「そんな気にすんなよ。ブランクある上に慣れてない硬球であれだけ守れりゃ十分だって」
「軟球だったら『何球か捕り損なっちゃったよ。軟球だけに』っていうダジャレが言えたのに……! くっ……!」
「そんな理由かよ! どうでもいいわ! 『くっ……!』じゃねーよ!」
「ちなみにエラーしたことに関してはこれっぽっちも気にしてない」
「少しは気にしろ!」
「気にするなと言ったり気にしろと言ったり! どっちなんだ一体! 僕にどうしろって言うんだ!」
「もう黙ってろ!」
「おーい、健太。ちょっといいか? 安達が来てるぞ」
二人が例の如く漫才をしていると、部員がやって来て健太に声をかけた。
「安達が?」
「あの安達くんが!?」
「お前面識ねーだろ! 黙ってろっつったろ!」
「様子見ついでに話があるってよ」
「分かった、今行く。イガ、適当に素振りでもしててくれ」
そう言うと健太は祐人の返事を聞くこともなくグラウンドを後にした。
「よぉ」
「安達! 足の方は大丈夫なのか?」
健太は男子生徒にそう声をかけた。健太が白いユニフォームを着ているのとは対照的に、安達と呼ばれた男子生徒は学校指定の黒い学ラン姿だ。
「あぁ。軽い捻挫だとさ。普通に生活する分には問題ないが、練習試合までには治りそうにないな」
「そうか……ならやっぱり安達抜きで組むしかないな。ところでせっかく来たんだから、顔出していったらどうだ? みんな心配してるぞ」
「そうだな。みんなには迷惑かけてるしな」
健太の提案に安達は軽く頷いて同意した。そして二人はグラウンドへ向かった。
「よーし、来い!」
二人がグラウンドに向かうと、威勢のいい掛け声が聞こえて来た。声の方に目を向けると、左打席に入った打者がバットを構えていた。マウンドには投手が立ち、他の部員たちはそれぞれ守備位置に就いている。どうやらシートバッティングの真っ最中らしい。だが、キャッチャーだけがいない。
「お、安達じゃん」
「ほんとだ、安達だ」
健太と安達の二人に気付いた部員たちが練習を中断し、彼らに駆け寄る。
「久しぶりだな」
「怪我は大丈夫なのか?」
「軽い捻挫だよ」
安達は集まってきた部員たちに応じる。
「久しぶり。元気?」
「……いや、誰だ!?」
安達は思わず驚きの声を上げた。さっきまで打席に立っていた人物だ。だが、見覚えがない。にもかかわらずそのユニフォーム姿の人物は、まるで知り合いであるかのように振る舞っている。
(何で部外者が練習に……?)
久々に部活に顔を出してみれば、見知らぬ部員が練習に参加していた。その上、旧知の仲であるかのように親し気に声をかけてきた。安達が困惑するのも無理からぬ話だった。そんな彼の困惑などお構いなしにその人物は話を続ける。
「僕だよ、僕!」
「そんなオレオレ詐欺みたいに言われても……どっかで会ったか?」
「いや、初対面です」
「初対面じゃねぇか! どうりで見覚えないと思った! なんで最初『久しぶり』って言ったんだ!」
「どうも初めまして」
「初対面の対応に切り替えてきた!? っていうか誰なんだ!」
「よーし、みんなで安達くんを胴上げだ!」
「全然答えねぇな! 何なんだ! 誰なんだ! 胴上げするような場面でもねぇ!」
「僕の名前は五十嵐祐人」
「よ、ようやく名前を……」
「ひょんなことからこの霧人島にやって来た僕は、ひょんなことから生徒会に加入する。そんなある日、ひょんなことから野球部の助っ人をやることになった僕は、早速練習に参加する」
「違った! 自己紹介かと思ったら、何かのあらすじだった! 何回『ひょんなことから』って言うんだ!」
「だが、この野球部には大きな秘密が隠されていた。果たして野球部に隠された秘密とは? そしてそれらの秘密は僕に何をもたらすのか?」
「まだ続いてた! 何ださっきからこの引き込まれないあらすじは!? 別に何ももたらさねぇよ! この野球部に秘密とかねぇから!」
「……安達」
困惑しきりの安達の肩にぽんと叩きながら、健太が声をかける。
「健太! 何なんだこの変な奴は!? 何でこんなにボケてくるんだ!? いい加減、つっこむのが面倒になってきたぞ!」
「それがこいつの芸風なんだ」
「芸風!? 芸人なのか!? それよりもまず、これが誰なのかを説明してくれ!」
「俺が呼んだ助っ人だよ」
「助っ人?」
「今度の練習試合、お前の怪我でレギュラーが足りないだろ? その穴埋めさ」
「穴埋めって……それなら山田を出せばいいだろ。何でよりによってこんな変な奴なんだよ」
「さっきから変変って……本能寺じゃないんだから」
「そこは本人の意思を尊重してさ。とりあえず試合までの練習を見て、どっちを試合に出すか決めるつもりだ。まだ保留中だけどな」
「本人の意思……ね」
「(む、無視された……!)」
山田の姿をちらりと一瞥した安達はぽつりとつぶやき、二人に無視された祐人は軽くショックを受けた。切り替えるように健太が言う。
「それで……今は何をやってるんだ?」
「守備はさっきやったから、次は打撃練習したいなーと思ってさ。で、ただ打つだけだと効率悪いから、ついでにみんなの守備練習も兼ねようってことになって」
「それでシートバッティングか……」
「というわけで、鈴木くんも守備に入ってよ」
「分かったよ」
「よーし! バッチコーイ!」
「バッターはお前だろ」
斯くして健太のツッコミと共に、再びシートバッティングが始まった。
「……」
一人残された安達は、その練習風景を静かに眺めるのだった。




