第16話 ある部員の事情
みんな~げんき~?(おかあさんといっしょ)
前回の投稿から半年近く間が空いてしまいました。
それはそれとして野球部助っ人編、開幕!
「よし、じゃあまずは軽くキャッチボールから始めるか」
「スルー!?」
祐人の発言を無視して練習を進めようとする健太に、祐人は再びツッコミを入れる。
「淡々と続けようとしないでよ! 人がこんなに懸命に声を上げてるのに!」
「どうせまたいつものボケだろ?」
「ボケじゃないよ! ツッコミだよ! 野球部の人数に疑問を呈してるんだよ!」
「疑問?」
「冷静に考えてみてよ。今この場には全部で十人いる。助っ人である僕を抜いても九人。九人いたら試合できるじゃないか!」
そう、祐人の言うように野球部は全部で九人いたのだ。必要最低限ではあるが、試合を成立させるには問題ない人数。わざわざ外部から助っ人を呼ぶ必要はないはずだ。当然の疑問を口にする祐人に、健太は答える。
「あぁ、そのことか。さっきも言ったように山田はレギュラーじゃないだよ。だから試合には出れない」
「欠員が出たのに試合には出れない? 補欠なのに? 妙だな……」
健太の言葉に祐人は訝しげにつぶやく。補欠とは読んで字の如く、欠けて足りなくなった分を補うためのものだ。怪我人が出てメンバーが足りないのならば、山田を試合に出せば済む話だ。それにもかかわらずわざわざ外部から助っ人を呼ぶというのは、明らかに不合理で不自然だ。そこから導き出される結論は――
「『1年生は試合に出さない』という悪しき慣習が横行している……!?」
「横行してねーよ!」
「後輩にこんな仕打ちをして、心が痛まないのか!?」
「だから違うって言ってんだろ! 話を聞け!」
「見損なったぞ鈴木くん! 最低! このブラック企業!」
「企業って何だよ! そこはブラック部活だろ! いや、ブラックでもねーけど!」
「……鈴木先輩、ここは自分が話します。そもそも自分が原因なんで」
二人が騒々しいやり取りを繰り広げる中、その様子を見ていた山田が経緯の説明を申し出る。
「自分は初心者なんです。だからまだまだ下手くそで……とても試合に出られるようなレベルじゃないんです。先輩方からも試合に出るように勧められましたが、今の実力じゃただ足を引っ張るだけだと思います。だから……自分から辞退したんです」
「あ、なんだそうなの? でも公式試合ならまだしも練習試合でしょ? だったら試合に出た方がいい経験になると思うんだけど」
「俺もそう言ったんだよ。『練習試合だからいくらエラーしても気にしなくていいし、実戦経験を積むいいチャンスだ』って。ま、確かに野球初めて1か月そこらじゃ不安なのも分かるけどよ」
「それで経験者を探してたってわけか……よーし! 山田くん、僕と勝負だ!」
「しょ、勝負……?」
「何が『よーし!』なんだよ。今の話の流れからどうしてそうなるんだ」
突然の勝負宣言に戸惑う山田とツッコミを入れる健太に、祐人は発言の意図を説明する。
「確かに僕は中学時代野球部だったけど、助っ人として活躍できるかと言われたら正直あんまり自信はない。辞めてからブランクあるし。そもそも硬式未経験だしさ。その点を踏まえると、今の僕と山田くんには大した差はないんじゃないでしょうか」
「何でいきなり敬語なんだよ」
「練習試合は再来週の土曜日。つまりまだ練習する時間は残されてるわけだ。だったらそれまでに試合に出れるだけの実力と自信をつければいいんだよ。で、試合の日までにどっちが出るべきか鈴木くんに決めてもらおう」
「……悪くないな、それ」
祐人の提案を聞いた健太は、ぽつりとつぶやいた。
「確かに相手がいた方が競争心も芽生えるし、互いの成長にもなる……たまにまともなこと言うよな」
「おやおや、まるでいつもはまともじゃないみたいな言い方ですねぇ」
「だからそう言ってんだよ」
「えー? でも僕なんて家族の中じゃ2軍レベルだよ?」
「お前で2軍レベルって、やべーな五十嵐家。どんだけ選手層厚いんだよ」
「この野球部も家ぐらい選手層厚ければよかったのにね」
「そしたら野球部が面白集団になっちゃうだろ!」
「あ、あのー……」
漫才を始めた二人に、山田は恐る恐る声をかける。
「ん? どうした?」
「今の話……本当ですか……?」
「僕が2軍レベルって話? 残念ながら本当だよ。父さんは隙あらばボケてくるし、母さんはド天然だし。あと僕には兄がいるんだけど、それがまた両親のボケとド天然のハイブリッドで……」
「いや、そっちじゃなくて! 誰も五十嵐さんの家族事情なんて聞いてませんよ! 試合までにどっちが試合に出るか決めるって話です!」
「あ、なんだそっち?」
「普通、そっちでしょ!」
祐人のボケに山田が激しいツッコミを入れる中、健太は淡々とした口調で質問に答える。
「あぁ、そのつもりだ。実力に差がない以上、どっちかに絞らなくちゃならんからな」
「で、でも……! 残された時間で上達するとはとても……」
「お前には実績があるだろ?」
「実績……?」
「入部したばかりの頃を思い出してみろ。お前は慣れない環境の中、文句も言わずに練習に取り組んできたじゃないか。確かに周りの連中に比べれば、まだまだ経験は浅いかもしれない。でも比べるべきは他人じゃあない、過去の自分だ。入部したばかりの頃に比べれば、お前は確実に成長してる。それは実績と言えるんじゃないか?」
「……」
黙り込んだ山田に健太は続ける。
「とにかく、試合までまだ日はあるんだ。それまでもう少し頑張ってみようぜ」
「……」
「はい!」
「お前じゃねぇ!」
元気よく返事をした祐人に健太はツッコミを入れる。
「……ぷっ」
祐人のボケと健太のツッコミに、山田は思わず噴き出した。それに気を良くした祐人は、さらに畳み掛ける。
「そうだよ、鈴木くんの言う通りだよ。まだ練習する時間はあるんだ。頑張って一緒にプロを目指そう! ドラフトの目玉になろう!」
「そこまで頑張れとは言ってねーよ!」
「というわけで練習頑張ろう、山田くん!」
「どういうわけだよ」
「そういうことなら……はい、分かりました」
「お前もよく今の話の流れで納得できるな」
「よし、一緒に頑張ろう! 鈴木くん、疑ってごめんね!」
「ついでに謝んな! いい加減練習始めんぞ! 山田、悪いけどイガにグローブ貸してやってくれ」
「分かりました。どうぞ」
「やぁ、これはどうも。使わせていただくぜ!」
「よし、じゃあ行くぞ」
健太は5メートル程距離を取ると、軽くボールを投げた。祐人は山田から借りたグローブでそれをキャッチすると、健太に向かって投げ返す。受け取った健太は再びボールを投げ、祐人はまたそれを投げ返す。
「どうだ? 初めて触る硬球は? どんな感じだ?」
「石に更って書いて、王に求めるって書く」
「そっちの"漢字"じゃねーよ! 感触を聞いてんの!」
「あ、そっち?」
「普通、そっちだろ!」
「やっぱり軟球と比べると硬いし重いね。それに軟球より滑りやすいし」
「一番の違いはそこだな。そういう時は縫い目を意識して投げると滑らないぞ。よし、ちょっと距離伸ばすか」
そう言って健太はさらに5メートル程後ろに下がると、ボールを投げた。先程よりもスピードの乗ったボールが祐人の胸元に向かって真っ直ぐに伸びてくる。捕球点にグローブを構えると「パシィン」という小気味よい音が辺りに響く。
「おっ、いい音! やっぱ硬球は違うねー。軟球じゃこんないい音しないよ」
「ま、ボールからして違うからな。ところでグローブの件なんだが、とりあえず今日は山田のを借りてるからいいとして明日はどうする?」
「明日?」
「何で英語なんだよ」
「確かに毎日山田くんに借りるわけにもいかないからなぁ。家にあればいいんだけど……」
「そういうことなら、今日の練習終わりに行ってみるか?」
「行く……ってどこへ?」
祐人の質問に健太は答える。
「お前の新しいグローブを探しにさ」




