第15話 嵐の助っ人
バトル回からの日常回からの野球回
「じゃあ練習参加の許可も出たことだし、さっそくグラウンドに向かおうか」
「だから急に正気に戻んなって。温度差で風邪引くわ」
「体調大丈夫?」
「比喩だよ!」
「あんたら……もういいからさっさと行きなさいよ」
例のごとく漫才を初めた祐人と健太に対し、呆れたような口調で心が言う。
「じゃあそういうわけで僕がいない間、生徒会のことは任せましたよ」
「はいはい」
あしらうように適当に返事をする心に祐人はなおも続ける。
「僕がいなくなって寂しくなると思うけど、泣かないでください」
「泣かんわ」
「そこに私はいません。眠ってなんかいません」
「千の風かお前は。いつまでもアホなこと言ってないで行くぞ」
今度は健太がツッコミを入れ、移動を促す。
「それじゃあ、行ってきまーす」
間延びした挨拶を残して祐人は部屋を出ていった。
「……行っちゃいましたね」
「静かになって、これでやっと集中できるわ」
「でも何だか……静かすぎません?」
「……(コクリ)」
早織の言葉に凪雲も小さく頷いて同意を示す。彼女の指摘通り、室内はしんと鎮まり返っている。まるでさっきまでの賑やかさが幻だったかのように。
「反動でそう感じるだけでしょ。大体、あいつが来る前はずっとこうだったじゃない」
「とにかく僕らは今まで通りに役目を果たそう」
青空にそう声をかけられた二人は話を切り上げて、各々自分の仕事に取りかかった。生徒会室には元の静寂が訪れる。
「……とはいえ、確かに少し静かすぎるかもな」
それぞれが黙々と自分の仕事に取り組む中、青空はぽつりとつぶやいた。
「そういや聞いてなかったけど、野球部ってどんな感じ?」
グラウンドへの移動中、祐人は健太に疑問をぶつける。
「雰囲気は悪くはないと思うぜ。みんな仲いいし、上下関係も厳しくないし。そもそも三年の先輩がいないしな」
「……ってことは一、二年だけ?」
「一年が一人で、あとは全員二年だ」
「ずいぶん偏ってるなぁ。今の二年が引退したら、一人になっちゃうじゃん」
「そうなんだよ。だから言ったろ? 人数不足で困ってるって。今でさえ人数ギリギリだってのに来年以降どうすんのかね、ほんと……」
健太はそうぼやいて溜め息を吐いたが、切り替えるようにして祐人に告げる。
「さ、着いたぞ」
案内されたのは白いプレハブ小屋だった。健太は入口の扉を開きながら説明する。
「ここが野球部の部室だ。ところで練習の方はどうする? 今日から参加するか?」
「うーん、早いとこ硬球に慣れたいからそのつもりだけど、道具がないんだよね。練習着もないし」
「それなら大丈夫だ。確か使ってないのが余ってたはずだから。えーっと……あったあった。こいつを着てくれ」
そう言って渡されたのは、白い無地のユニフォームと茶色の外野手用グローブだった。
「ユニフォームなんて久しぶりに着るなぁ」
感慨深げにつぶやくと、さっそく渡されたユニフォームに袖を通す。サイズはピッタリだ。やはりこれを着ると気分が引き締まる思いがする。
「靴はとりあえず今履いてるやつでいいや。グローブはこれでいいか?」
健太から古びたグローブを渡された祐人はあることに気が付き、そしてつぶやく。
「これ右用か……」
「あれ、お前左利きだっけ?」
同じく着替えを済ませた健太が祐人に尋ねる。
「そうだよ。知らなかった?」
「そういえば左でペン持ってたような気もするな」
「そして僕がスープバーのおたまを敵視してることを」
「いや、それは本当に知らん」
「……駆逐してやる!」
「そんなに恨んでんのかよ。しかしまいったな。左用のグローブなんて……いや、あるにはあるな。とりあえずグラウンドに行こう。助っ人の件は話してあるから、軽く自己紹介してくれ」
「自己紹介か……人見知りだから緊張するなぁ」
「嘘つけよ」
「あー、ドキドキしてきた。ドキドキプリキュア!」
「余裕じゃねーか!」
軽口を叩きながら部室を出てグランドへと移動すると、同じ白いユニフォーム姿の部員たちが集まって準備運動をしていた。
「集合ー!!」
健太がグラウンドに向かって号令をかけると、部員たちがこちらへと向かって来る。いくつもの視線が向けられる中、健太が口を開く。
「今日から助っ人として練習に参加してもらうことになった五十嵐君だ。イガ、自己紹介頼む」
「あれは今から十七年前のある秋の日。その日はひどい嵐だった。そんな嵐の夜に僕は産声を……」
「誰が生い立ちから話せって言ったよ! 名前を言え名前を!」
「鈴木健太」
「俺のじゃねーよ!」
「爆笑のトークで場も温まったことだし、話を進めようか」
「温まってねーよ。みんなポカンとしてるわ。頼むから普通に自己紹介してくれ」
「では改めまして生徒会から来ました五十嵐祐人です。好きなキャプテンは僕の名前からも分かる通り、谷口です。気軽に『不死鳥』もしくは『不死身の五十嵐』と呼んでください。軟式しかやったことないので硬球は不慣れですが、よろしくお願いします」
「生徒会にこんな奴いたか?」
「どういう異名だよ……」
「好きなキャプテン、イガラシじゃねーのかよ」
「やべー奴じゃん」
ざわ……ざわ……
「えー、この通り愉快な奴だ。不慣れな部分も多いだろうから、色々と教えてやってくれ」
独特な自己紹介に部員たちがざわざわと色めき立つ中、健太が慣れた様子でその場を捌く。
「少しの間だけどよろしく」
「ま、適当でいいよ適当で」
「どうせ人数合わせだしな」
口々に祐人に挨拶をする部員たち。その雰囲気は非常に緩やかで、健太が言っていたように「上下関係も厳しくない」という気風が感じられた。
「よし、それじゃあさっそくランニングから始めるぞ」
部員たちが挨拶を済ませたのを確認すると、健太は彼らにそう指示を出した。どうやら野球部を取りまとめは健太の役目らしい。斯くして助っ人である祐人を合わせた総勢十名は元気よく走り始めた。
「いーちにー! いちにー!」
「そーれ!」
「いーちにー! いちにー!」
「そーれ!」
二列になって掛け声を出しながら走る。「いちにー」の部分は一人ずつローテーションで変わっていき、それに全員で「そーれ」と返す。その繰り返しだ。
グランドを五周したところで先頭を走る健太が速度を緩め、後ろを走る部員たちもそれに従いペースを落とす。
「あーいい汗かいた。それじゃあ今日はありがとうございました」
「いや、帰ろうとすんな。まだウォーミングアップしかしてねーよ。次は二人一組になってストレッチだ」
祐人の小ボケを軽くいなしつつ、健太は次の指示を出す。部員たちは指示に従い、それぞれペアを組んでストレッチを開始した。
「お前、相変わらず体かってぇな。俺が押してやるよ」
「やめろ! 股が裂ける!」
「ぎゃはは!!」
賑やかにストレッチをする部員たちの様子を見た祐人は健太に話しかける。
「みんなのびのびやってるね」
「それが野球部の空気だからな」
「いやー、安心したよ。もしガチガチの体育会系のノリだったら、『実家に帰らせていただきます!』って言って帰るとこだったからね」
「夫婦喧嘩か」
「中学時代は割と上下関係厳しかったからさー。仲良く野球できるってのはいいもんだよねー」
「……いいことばかりじゃないけどな」
「?」
健太は神妙な顔をしてぽつりとそうつぶやいた。その言葉に祐人が疑問を抱く中、健太は誤魔化すように話を変える。
「そういやグローブないんだったよな?」
「グローブはないなぁ。バットなら立派なの持ってるけど」
「下ネタじゃねーか!」
「いや、長年愛用してる金属バットの話だけど……」
「ややこしい言い方すんな! グローブの話をしてんだよ!」
「昔使ってた軟式用があったはずだけど、実家に置きっぱなしだったと思う」
「実家?」
「生まれ育った家のことだよ」
「知っとるわ! 家族で越してきたのに、何で実家に荷物置きっぱにしてんだって意味だよ」
「事情があって家はそのままにしてるんだ。ちなみに今は兄が残って一人で暮らしてるから、ご心配なく」
「何か可哀想! 兄貴も連れて来てやれよ!」
「いや、これは兄が自分で選んだ道だから、僕がとやかく言うことじゃないんだ」
「そ、そうなのか。とりあえずお前ん家の事情は置いといて……おーい、山田ー!」
そう言うと健太はストレッチをする部員に向かって声をかけた。すると、一人の小柄な少年がこちらへと駆けて来た。
「一年の山田だ」
「あぁ、例の唯一の一年生?」
健太の簡潔な紹介に祐人が反応を示すと、山田と呼ばれた部員は帽子を脱いで挨拶をする。
「一年の山田翔です」
「どうも五十嵐祐人です。それにしても一人だけ一年なんて大変だねぇ。大丈夫? いいようにパシられたりしてない?」
「パシってねーよ!」
「いえ、先輩方にはよくしてもらってます」
「ほら、聞いたか?」
「そう言うように脅されて……」
「脅してねーよ! どんだけ疑うんだ!」
「あ、あはは……」
健太のツッコミと山田の愛想笑い受け、祐人は話を戻す。
「で、その期待のゴールデンルーキー・山田くんがどうしたの?」
「山田も左投げなんだよ」
「ってことは山田くんも左利き?」
「はい、そうです」
「じゃあ左利き仲間じゃん。ウェーイ」
「う、うぇーい」
「無理してこいつのペースに合わせなくていいぞ。話を戻すが、今日のところは山田のグローブを共有で使ってくれ。ポジションも同じ外野だしちょうどいいだろ」
「でもそしたら、山田くんが練習できなくなっちゃうんじゃ?」
祐人の疑問に山田本人が答える。
「それなら大丈夫です。自分、補欠なんで」
「あ、そうなの? じゃあ頑張ってレギュラー目指さないとね。っていうか……」
祐人は健太の意見に同意しつつ、声を潜めた。
「十人いるやんけ!!」
そして叫んだ。しばらく泳がせてからの渾身の一言。それは見事なノリツッコミだった。