第14話 健太の依頼
野球部助っ人編、開幕!
「たなびたいこと?」
「言ってねーよ。『さあ、早くチャージング棒♂を見せてくれ』じゃねーんだよ」
「よーし! やってやろうじゃねぇか!」
「何で乗り気なんだよ! まだ何も言ってねーだろ! 野球部の助っ人を頼みたいんだよ」
「助っ人?」
「なんで五十嵐くんにそんなこと頼むの?」
健太の言葉に祐人と育美は順番に質問を口にする。
「再来週の土曜に内地の学校と練習試合の予定なんだけど、怪我でメンバーが足りなくてさ。試合までに治るか微妙なとこなんだよ。治ったとしても怪我明けじゃ十分に動けないだろうし」
「それで僕に助っ人を? でもいきなりそんなこと言われてもなぁ……」
「やっぱ難しいか?」
「や、急に言われても」
「ダジャレかよ」
突然の依頼に祐人はダジャレを返しつつ、腕組みをして眉間に皺を寄せた。その様子に健太はあくまでフランクな口調で言う。
「別にそこまで真剣に考えなくてもいいって。とりあえず試合が成立すればそれでいいんだ。打席だって別に打てなくても構わないからさ」
「練習試合なら断っちゃえばいいんじゃないの? 怪我で人数足りないならしょーがないじゃん」
育美のもっともな提案に健太は首を振る。
「それがこっちから散々頼み込んでようやく受けてもらったとかで、断れないらしいんだよ。何か信用問題とか、大人の事情とかでさ」
「とは言っても結構ブランクあるしなぁ。それに中学の時は軟式だったから、いきなり硬球に対応できるかどうか……」
「なら試合の日までに硬球に慣れたらいいんじゃない? 実際に野球部の練習に参加するとかしてさ」
「それだ! 田中さん、ナイスアイディア!」
「えー? そんなにいい考えだった?」
「正直に『怪我人が出て人数が足りません』って言えば、相手だって分かってくれるはずだよ」
「あ、ナイスアイディアってそっち?」
「俺、断れないって言ったの聞いてた?」
「でも全員疲労骨折で全治三か月ってことになれば、相手だって文句言ってこないでしょ?」
「大嘘つきじゃねーか! どこが正直だ!」
「それはそれで指導体制を問題視されると思うよ!?」
祐人の発言に育美と健太はそれぞれツッコミを入れる。
「……仕方ない。別の手を考えるか」
「別の手っていうか、お前が試合に出てくれれば解決するんだけど……。硬球に慣れてないんなら、育美が言ったように野球部の練習に参加してくれてもいいし」
「練習ってことは放課後でしょ? うーん……」
「時間取れないか?」
「前は時間あったんだけど今はほら、生徒会がさ」
「あー……」
「何か暴力沙汰とか起こさないの?」
「起こさねーよ! 何でだよ!」
「何か問題でも起こして活動停止になれば、正式に練習試合も中止になるんじゃないかと思って」
「とんでもないこと言い出したぞ、こいつ!? 『正義と秩序を愛する』とかよく言えたな!」
「ほんと、この二人はほっとくとすぐ漫才始める……広瀬さんはどう思う?」
「え、私?」
育美は呆れつつ、祐人と健太のやり取りを楽しそうに眺めていた早織に意見を求めた。早織は答える。
「私は大丈夫……だと思うけど。でも会長たちは何て言うか……」
「あー、なるほど。他のメンバーの許可が必要ってわけね」
早織の意見を聞いた育美はうんうんと頷くと、未だ不毛なやり取りを続ける二人にある提案をする。
「ここであーだこーだ言っても仕方ないし、直接聞いてみれば? 今日の放課後にでもさ」
放課後。育美の提案を受けた祐人は、早織と健太と共に生徒会室へとやって来た。
「……というわけなんですけど」
「何が!?」
「野球部の助っ人の話ですけど?」
「『野球部の助っ人の話ですけど?』……じゃねーよ! いつそんな話したんだよ!」
室内に心のツッコミの声が響く。それもそのはず、祐人は部屋に入るなり「……というわけなんですけど」としか言っておらず、野球部の助っ人の依頼のことなど何一つ話していないのだった。
「詳細はこのお話の前半部分に書いてるんで、少し戻ってそこを読んでもらえれば……」
「いや、何の話だよ!!」
「まぁ……とりあえず詳しい話を聞こうか」
「何であんたはそんな冷静なの!?」
ツッコミを続ける心とは対照的に青空は祐人の言葉に動じることなく対応する。そんな青空に、心は動揺しながらも見事にツッコミを入れた。それはさながらお笑いトリオのようであった。激しいボケとツッコミの応酬に圧倒されながら、健太は早織に尋ねる。
「……こいつ、生徒会でもあんなやりたい放題なの?」
「うん。いつも通りだよ」
「マジか……すげーな。上級生相手でもお構いなしか」
「それが五十嵐くんのいいとこだから」
「いいとこねぇ……むしろ短所のような気もするけど」
二人が話していると、青空が健太に向かって訪ねる。
「それで……君は?」
「イガと広瀬さんと同じクラスで野球部の鈴木健太って言います。今度内地の学校と練習試合があるんすけど、怪我人が出てメンバーが足りないんすよ。それでイガに助っ人を頼みたくて」
「助っ人ね……」
健太の説明を聞いた心がぼそりとつぶやく。
「よく他校との練習試合なんて組めたわね。この学校、有名なのに」
「へー、そんなに有名なんですか?」
「そりゃもう。毎年一回戦敗退の弱小ヘボチームだって」
「悪い方で有名だった」
「……何かあの人、いちいち言い方キツくないか?」
心の物言いに眉をひそめた健太は、小声で祐人に話しかける。
「根はいい人なんだよ、多分」
「多分って何だよ」
「最近生徒会に入ったばかりだから、まだあんまりどういう人か理解してないんだよね」
「じゃあ根はいい人かどうか分かんねーだろ」
「そうなんだよね。とりあえず口が悪いことだけは確か……」
「聞こえてんだよ全部」
こそこそと話をする祐人と健太を威圧するような低い声で、心が言う。
「……だけど美人で強くて仲間思いで素敵な人だと思うなぁ、僕は。うん」
「保身に走りやがったな、こいつ!」
「……話を戻しますね」
一向に話が進まない状況を見かねた早織が、二人の代わりに口を開く。
「試合は再来週の土曜日らしいんですけど、色々と事情があって断れないそうなんです。それで生徒会としての活動もあるから、会長の意見を伺おうってことになったんです」
「ただ試合に出るだけなら別にいいんですけど、軟式しか経験ないんで硬球に慣れる時間が欲しいんですよ。そうなると放課後とかに練習しないといけないわけで……」
早織の説明に祐人が補足をすると、青空はあっさりと答える。
「なるほど……そういうことか。いいんじゃないかな。生徒会としては別に構わないよ」
「えっ、いいんですか? そんなにあっさりと……僕が抜けたら困りません?」
「試合が終わるまでの間だろ? それなら特に問題ないよ」
「そもそも今までずっと四人で回してたしね」
「……(コクリ)」
青空の言葉に、心と凪雲の二人も同意する。
「あざっす! 助かります!」
「うーん……」
晴れやかな顔で礼を言う健太とは対照的に、祐人は険しい顔をしている。早織はその理由を尋ねる。
「五十嵐くん……どうしたの? せっかく了承を貰えたのに」
「そうだぜイガ。何が不満なんだよ?」
「いや、もっとこう……以下のようなやり取りがあると思ってたからさ」
『五十嵐君は生徒会のエースなんだ。そう簡単に手放すわけにはいかない』
『それは分かります……けど、野球部にとってもイガは必要な人材なんです! お願いします! そこを何とか!』
『どうしても五十嵐君が必要だと言うのなら、その"覚悟"を見せてもらおうか』
『いいでしょう、望む所です。いくぞ!』
『来いっ!』
『止めて! 僕のために争わないで!』
「……みたいな?」
「『みたいな』じゃねーよ!」
「……何なんだそのやり取りは」
「いつあんたが生徒会のエースになったわけ?」
「五十嵐くんはどういう立ち位置なの? ヒロインなの?」
祐人の空想に凪雲以外の全員が一斉にツッコミを入れる。その様子はまさに四面楚歌、あるいはツッコミの四重奏だった。
「それで練習についてなんだけど……」
「こいつ、急に正気に戻るな」
「練習がある日は全部参加したいんだけど、いい?」
「それは全然構わないけど……逆にいいのか? 別に出れる日だけでいいんだぜ?」
健太は祐人の申し出を受け入れると同時に、そう尋ねる。
「硬球に慣れるためにも練習時間は多めに取っておきたいからさ。ブランクもあるし。それに……せっかく友達が頼ってくれたんだから、その期待に応えないと。僕はみんなの役に立ちたいんだ」
「イガ……やっぱお前、いい奴だな。ただふざけてるだけのおちゃらけ野郎だと思ってたけど」
「それに『ひろがるスカイ!プリキュア』でも、野球部の助っ人をやるお話があったし」
「やっぱただふざけてるだけだろ、こいつ!」
生徒会室に健太の鮮やかなツッコミの声が響いた。