第10話 生徒会のお仕事 ~表~
前回は教室での会話シーンだけで丸々一話使うという驚異的な話の進まなさだったが、今回は果たして?
その日の放課後。祐人は早織に連れられ、生徒会室を訪れていた。
「失礼しまーす」
そう言いながら扉を開けると部屋にはすでに青空、心、凪雲の三名が揃っていた。
部屋の中央には大きな横長のテーブルが配置され、その周りには四脚のパイプ椅子が置かれている。入口から向かって左側の奥の席には青空、その向かいには心、心の隣には凪雲が座っている。青空の隣の空いている席には早織が座るのだろう。三人は各々ノートパソコンを広げ、忙しそうに作業をしていた。
入口から入ってすぐ左側の部屋の隅にはコピー機が設置してあり、壁際にはスチールロッカーが鎮座している。ロッカーのガラス戸からは大量のファイルが収められていることが確認できた。部屋の奥には窓があり、その手前にあるホワイトボードメモらしき文字が書き込まれている。広さは普通教室の半分程しかないが、人口比率を考えれば十分すぎる広さだ。
「やぁ、来たね」
二人の姿を見た青空は顔を上げると柔和な笑顔を浮かべ、凪雲は控えめな会釈で応じた。
「……」
一方、心はこちらには目もくれずに黙々と手を動かし続けている。集中しているようだが、意図的に無視をしているようにも見えた。
「今度の全校集会の準備に追われててね。早速なんだけど、君も手伝ってくれないか?」
「いいでしょう。早くも僕の力を見せる時が来たようですね。で、具体的に何をすればいいんですか?」
軽口を叩きながら祐人は尋ねる。
「今、資料の電子化を進めてるんだけど、見ての通り僕らは手が空かなくてね。君にはそっちを頼みたい。広瀬君は五十嵐君にやり方を教えてあげてくれ。それが終わったら、自分の分担を進めて欲しい」
「分かりました」
「やってやるぜ!」
青空の指示に早織は静かに答え、祐人は元気に返した。
早織からやり方を教わった祐人は、早速作業に取りかかった。ファイルから資料を取り出し、紙の向きをチェックする。上下が逆になっているページがあれば、向きを揃える。それが終わったらコピー機に資料をセットし、ファイル形式と保存先を選択してスタートボタンを押す。無事にPDF化が完了したら資料をファイルにまとめ直し、「電子化済み」と書かれた段ボール箱に入れる。その繰り返しだ。誰でもできる単純作業だが、確認を怠れば一からやり直しだ。その上資料の量も多く、悠長にやっていてはいつまでも終わりそうにない。
それから彼らは黙々とそれぞれの作業に取り組んだ。一時間程経った頃、耳馴染みのある電子音が一斉に鳴った。祐人はズボンのポケットからスマホを取り出して画面を見てみたが、通知は何も表示されていない。どうやら自分以外のスマホが鳴ったようだった。
「来たか……この忙しい時に……」
スマホを確認した青空の物憂げなつぶやきに心、凪雲、早織の三人はガタリと立ち上がった。
「それじゃあ、行こうか」
「行くって……どこへ?」
事態が飲み込めずに不思議そうに尋ねた祐人に青空は答える。
「君もよく知っている生徒会のもう一つの仕事にさ」
それから数十分後、彼らは学校の近くにある港へと来ていた。船着き場には何艘もの漁船が並んでいるが、辺りに人の気配はない。もうみんな家に帰ってしまったのだろうか? だが、時刻はまだ夕方だ。家に引っ込むには早すぎるような気がする。
「何か全然、人がいないなぁ」
「人払いしてるからね」
不自然なまでの静けさに祐人が誰ともなくつぶやくと、青空が答えた。
「人払い?」
「秘密を知られないように人を遠ざけることさ」
「いや、言葉の意味は知ってますよ! くっ……思わずつっこんでしまった……! この僕からツッコミを引き出すとはやりますね、浦上先輩。僕がツッコミを入れるのはなかなかのレアケースなんですよ。言わばウルトラレア、その希少性たるやガリガリ君の当たり棒と同等かもしくはそれ以上……」
「そんなことはどうでもいいとして、どこにもいないじゃない。もう終わっちゃったんじゃないの?」
ぺらぺらと喋り出した祐人の話を遮るように、心が強い口調で二人の間に割り込んだ。
「いや、それなら報告があるはずだ。おそらくこの辺りのどこかに潜んでいるんだろう」
「なら、二手に分かれて探しましょ。その方が効率的でしょ?」
「あっ、いいですね。じゃあ、うらおもてで決めます?」
「……凪雲、行くよ」
(む、無視……!)
心は祐人の発言を完全に無視して凪雲に声をかけた。祐人がショックを受ける中、青空が苦言を呈する。
「心、勝手な行動は慎むんだ」
「はんっ! 勝手におかしな奴を生徒会に招き入れたのはどこの誰なんだか?」
「まだそんなことを言ってるのか? 不満があるなら、その時に言えばよかったじゃないか」
「反対したところで、どうせ聞く耳持たなかったんじゃないの?」
「まぁまぁ、落ち着いてくださいよ二人とも。分かりますよ……佐上先輩の気持ち」
口論を始めた二人を宥めるように口を開いた祐人に対して、心はギロリと睨みつけるような目で尋ねる。
「あんたに何が分かるって?」
「チーム分けをする時は、グッパーで決めるという確固たる信念をお持ちなんですよね? それを僕がうらおもてなんて言ったから、そんなに怒って……」
「ねーわ、そんな信念! よくそれで気持ちが分かるとか言えたな!」
「じゃあ、何をそんなに怒ってるんですか?」
心からツッコミを引き出した祐人は自然な流れで尋ねる。
「……あたしはね、あんたのそのヘラヘラした態度が気に入らないの。なんにも知らない部外者のくせに生徒会に入ってきたこともね。はっきり言っとくけど、あたしはあんたを認めないし、仲良くするつもりもないから」
「そ、そんな……!」
激しい敵意に満ちた心の言葉に、祐人は動揺した。
「だってさ、広瀬さん」
しかし秒で気を取り直すと、隣にいた早織に他人事のように話を振った。
「わ、私!?」
「お前に言ってんだよ、お前に! あたしはあんたのそういうとこが……! もういい! 行くよ、凪雲!」
話を振られた早織は驚き、心はすかさずツッコミを入れた。指名を受けた凪雲は驚いたようにびくりと肩を震わせる。
「じゃあ、僕も……」
「お前は何でこの流れでついて来ようとすんだよ! 来んな!」
祐人を一喝すると心は足早に去っていった。凪雲は困ったようにおろおろと遠ざかっていく背中を見つめていたが、ぺこりと頭を下げると心の元へと走っていった。その場には祐人、早織、青空の三人が残された。
「さて、僕らも張り切って探しましょうか」
「いや、切り替え早いな、君!」
「まぁ、くよくよしても仕方ないですからね。それにしても……何であんなに僕のことを目の敵にするんですかねぇ? 僕がウザいからですか?」
(自覚はあるのか……)
(自覚はあるんだ……)
青空と早織が同じ感想を抱く中、祐人は話を続ける。
「でも、いくらウザいと言われても今さら変えられませんよ。これが僕のやり方だから。もしこの手法を封じられたら、もう僕はまともに人とコミュニケーションを取ることもできず、ただただ黙って俯くばかり」
「いちいちボケないとコミュニケーション取れないんだとしたら、それはそれで問題だと思うけど……」
「痛いとこつかれた」
「……心は別に君を嫌っているわけではないと思うよ。ただ……認めたくないだけなんだ」
二人のやり取りを聞いていた青空がぽつりとつぶやいた。祐人は尋ねる。
「『認めたくない』って……一体、何を? 若さ故の過ちですか?」
「五十嵐くんの存在とか……」
「ぜ、全否定じゃないか! それで嫌ってないんだとしたら怖すぎる!」
「……彼女は以前、大事な人を亡くした。そしてそれを今でも引きずっているんだ」
珍しくボケとツッコミが入れ替わった早織と祐人をスルーし、青空は説明を始める。
「大事な人を……?」
「あぁ。その人は……陽気な人だった。いつも冗談を言っては周りを明るくしてくれていた。ちょうど今の君と同じように」
「そういえば昨日、そんなようなこと言ってましたね。でも佐上先輩は全力で否定してたような……」
「心にとってその人は特別な存在だった。だからこそ認めたくないんだろう。君とその人が似ているということを」
「そんな悲しい過去があったんですね……あとで謝っておこうかな」
「別に君が謝ることじゃないさ。知らなかったんだし、そもそも君に非があるわけでもない。きっと心もそれが分かってて、自分に対しても苛立っているんだろう。落ち着くまでそっとしておいてやって欲しい」
「そういうことなら……分かりました」
祐人は頷くと、努めて明るい口調に切り替えて話を変えた。
「それにしても僕と似てるってことは、最高にクールで頼りになってみんなから愛されるリーダー的存在だったんでしょうね、その人も」
「……自己評価が高いな、君は」
「……フフッ」
祐人の軽口に青空はツッコミを入れ、早織を思わず笑みをこぼした。和やかなムード。だが、そんな和やかなムードに水を差すように、湿り気を帯びた嫌な風が吹いた。