屋上、鎮魂歌
夏、屋上。
授業に身が入らない僕はそこにいた。というより留年が確定したからもう受ける必要が無かっただけなのだが。昔から小説が好きだった。僕は小説家になるために勉強をしていた。だが夢は打ち砕かれた。努力なんて重要でないのだろう、分かっている。だがまだ夢に固執して小説を静かに読んでいる。本を読んでいるとまるで登場人物が自分に話しかけてくれているかのような感覚に落ちる。「やあ」「なぜこんなところにいるんだい?」「君も私と同じなようだ」「おい、聞こえているだろう。無視するな」「おい、おいってば!」驚いて声も出ない。これは小説のキャラのセリフでなく僕に話しかけていた生徒の声だった。
「なんだ、集中してるんだよ今」
「質問に答えろ。なぜ君はこんなところにいるんだ?」
「お前なんかに教えるものか。僕は今本を読んでいるんだからどこかに行ってくれ」
正直いらだちを隠せていなかった。少し可哀想だがこれで去ってくれるだろう。
「いいじゃんか暇なんだよー。私と喋ろう」
「うるさい。」
「私は授業の内容が下らなく思えてしまったからここにいるんだ。」
「なんだそれ。授業は受けていた方が絶対に…」
「いや、僕の言えることじゃなかったな」
「ほんとだよ。」
少女は笑う。
「ねえ君、名前は?」
「更科 來基」
「へんな名前。」
「私は椎良 史丹」
「お前の方が変な名前じゃないか」
少女は大胆不敵な笑みを浮かべる。何を考えているか分からんやつだ。ここで帰りの時刻を告げるチャイムがなる。夕暮れ。思ったより多くの時間が流れていた。カバンを手に取る。彼女は言う。
「もう帰っちゃうの?」
「ああ、いる意味もないしな」
「ふーん、部活は?」
「文芸部に昔入っていた」
「えー、なんで抜けちゃったの」
「それはいいだろ」
「というか、学年は?私3年なんだから敬語使ってよ」
「俺だって3年だ。じゃあ俺は帰るから。後付けたりするなよ」
「頼まれてもしないよーだ。じゃあ、また明日」
屋上を後にする。ドアを閉める。壁の向こうからかすかに彼女の声が聞こえる。校門を出る。屋上を見上げるが誰もいない。彼女は帰ったのだろうなと思う。黄昏時、生ぬるい風。
次の日僕はいつもの様に教室に荷物を置き屋上に向かう。本を開く。猛暑。熱風。右頬は不思議と冷たい。
ふと右を見る。
「やあ」
彼女だ。割と朝早くから来たつもりだが彼女はそこにいた。
「今日は何読んでるの?車輪の下の続き?」
「ああ今いい所なんだ」
ぶっきらぼうに返す。少女は黙ってしまう。チャイム、授業開始。文字を追いながら横目で右を見る。少女はいない。左を見る。少女はいない。右を見る。少女が現れる。
「たらーん!!」
「ビックリしたでしょ」
「していない」
自然と声が震えてしまう。案の定彼女は嘲笑する。
「まだまだだね。」
釣られて笑ってしまう。こいつも案外良い奴なのかもしれない。そう思いながら本に戻る。少女に茶々をいれられても読み続けた。そして下校のチャイム。こんなような生活が2ヶ月ほど続き、風が涼しくなり世界は新たな色を見せた。いつものように屋上にいる。
「お前毎日いるな。単位落とすぞ」
「君みたくね、いいんだよ私は」
「お前が来てから1回も授業出れてないんだぞこっちは」
「またまた〜私と喋りたいからのくせに〜」
そのまま会話を続ける。夏の残り香、暑さ。昼時、猛暑、水道のぬるい水。傍らで彼女は弁当を僕に差し出す。
「一緒に食べようか」
大体毎日同じルーティンを繰り返す日常の中、それは壊された。開くドア、聞きなれた声、懐かしさ。幼なじみの弘美が来た。手紙を差し出す。それがどういう意味を持つのかは知っている。突き返す。
「ごめん、好きな人がいるんだ」
涙、反響、震え声。ドアの閉まる音。
「断るのか。」
「誰なんだ?あいつは」
「小学校から高校まで同じの弘美」
「なんで断るんだ?好きなやつの話はしてたが、そいつの名前も何回か出てきただろう。好きじゃなかったのか?」
「彼女は僕には似合わないからさ」
笑って誤魔化す。嘘だ。いつからか本心に素直になれなくなって、嘘ばかりつくようになった。弘美は以前好きだったが、僕はもう史丹が好きになっていた。だがそれも嘘かもしれない。吐き気。頭痛。
「嘘つき」
「君が嘘をつく時はいつも手のひらを見るんだ」
吐き出す。感情。本心。気持ち。
「なるほど、自分に素直になれない…ねぇ。」
「じゃあ私がそれを解決しよう。」
縁に上る史丹。腕を広げる。
「私さ、出来損ないで、誰からも必要とされてる感じがしなくて、もう死にたいんだ」
「だから君が止めてくれないならもう飛び降りちゃおうかな」
いつものからかいだろう。僕は言う
「好きにしろ」
微笑む史丹。舞うスカート。視界から消える史丹。反射で動く体。手を掴んでいた。涙があふれる。
「ほら、気持ちに素直になった」
全てうちあける。思い。今までの嘘。感情。
「ふーん、私の事好きなんだ」
「じゃあ私も君に言うことがあるな。」
口を開く。たちぼうけ。唖然。
「そういうことだから。」
彼は言った。
「最初から君で遊んでただけ。まんまと引っかかってて、笑っちゃったよね。」
…
「ちょっと仲良くしたらすぐ惚れるんだからバカみたいだよな。」
彼の腕を掴む。涙。震える唇。
「うわ、顔ぐしゃぐしゃじゃん。話せよ野郎。」
縁まで連れていく。憎悪。復讐。後追い。




