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この”声”に耳を傾けて

作者: 狭間梗也



 いつも聞こえてくる、自分自身を否定する声。


 内側から囁く“声”を聞きながら過ごす日々。


――――ほら、また失敗した。何をやっても上手くやる事ができないだろ?


 時にあざ笑い、時に叱責を。


 そんな言葉の数々に、「違うっ。そんな事は無いっ」と反発していたのは最初だけ。


 失敗したり、否定されたり、行動を起さずにいたりとしている内に、囁き続けるそのいくつもの声に、いつしか「その通りだ」と思うようになって。


 今では――


「なんでこんな自分が生きているんだろう」


 そう思うようになった。


 人と上手く関われない。


 どんな事も、途中で投げ出してしまう。


 最終的に何もできないまま。


 そんな自分が心底嫌になり、気づけば「死にたい」というのが口癖になってしまった。


 さすがに人前では口にしないよう気をつけているが、一人になった途端、その言葉は止まらなくなる。


 誰もいない場所で、内側から聞こえる声を、実際に吐き出していく。


「俺は駄目な奴、逃げ出す奴、どうしようもない奴……」

 

 それが、尚更自分を縛り続け。


 そんな生活を何年も何年も続けて。


 今日も――――。













「なんで、こんなくだらないミスをするんだっ」


 仕事でミスをして、その事を上司に咎められる。


 そのミスは、絶大な損害を与えるというものではないが、色んな人に迷惑をかけてしまう、そんな類のモノだった。


 だから上司が、俺を咎めるのは理解できる。


 俺は上司の怒鳴り声に、ただただ頭を下げる事しかできなかった。


 そんな俺に上司は叫ぶ。


「普通の人間だったら、こんなミスをしないぞ! お前は当たり前の事も満足にできないのかっ!」


 心のどこかで、「いつもミスをしているわけではないし、今回も事前に確認はした」などと浮かぶが、言ったところで、ミスをした事に変わりは無い。


 なので「すみません、すみません」と謝り続ける俺。


「俺だったら絶対しないぞ! やる気がないなら会社へ来るなっ!」


 散々どなり散らした後で、そう言い捨てて上司は去っていった。


 去り際も「何でこいつの尻拭いを俺が……」と言っているのが聞こえてくる。


 上司が去った後、同僚が近寄って来て「気にすんな、ミスは誰もあるし、お前にはいつもみんな助けられてる。今回の事だってみんな笑って許してくれるよ。あの人はいつも人のミスに文句を言いたいだけだからっ」


 そう声をかけてくれ「今夜仕事が終わったら呑みにいこうぜっ」と提案してくれるが俺は断った。


 気が乗らないのもあったし、それに別に間違っていないと思ったのだ。


――普通の人間だったらしない。

 

……なら、普通の人間じゃないんだろうな俺は。

 

 そんな事を考えていた時に、内側から聞こえた“声”は。


――当たり前の事も満足にできない。常に人様に迷惑をかけ続ける。そんな自分は死にたいと思っている。なら、もう本当に死んでしまったらどうだ?


 侮蔑を隠そうともしないその言葉に。


「そう、しようかな……」


 確かにその通りだと頷いたのだった。













 そうして、仕事終り。


 ふらふらと家路ではなく、目的もなく辺りを彷徨って、「どこで死のうか?」その事で頭を埋め尽くしていると、思い浮かんだ事が一つ。


「……どうせだったら、見晴らしのいい場所がいいな」


 呟いた言葉通り、そうしようと決めた俺は、住宅街の一角から展望台へと向かう事にした。

 

 理由なんて特にない。


 最期くらい、綺麗なものが見たいと、そう思ったから。


 俺が住む町の展望台は、さびれきっていて普段は人が来ない。


 花火大会とか、初詣などの行事があれば多少の賑わいを見せるが、何もなければ、申し訳程度に設置されたベンチがぽつんと置かれているだけ。


 だから、人がいないから丁度いいと展望台の道のりを登りきった時―――



「ふっざけんなぁ!」



 そんな女性の叫び声が聞こえて、思わず肩をびくりと震わせる。


 何事か、と目を凝らしてみると、月明かりに照らされた人影が、転落防止にと設置された柵付近で、辺りに向かって怒鳴り散らしているらしい。


「……なんだろう?」


 目を凝らしても、シルエットが見えるのみで、詳しい事は何もわからなかった。


 他に誰かいるのだろうか? 一瞬そう思ったけど、他に人影は見当たらない。


「私が、どんな格好しようが、何を好きかとか、お前らに全然関係ねぇだろうがっ!」


 力の限り叫んでいるのだろう。


 距離が離れていても、しっかりと聞き取れる声量だった。


 その叫び声に、びっくりしてそのまま立ち尽くす。


「私はっ、私のしたいことしているだけなんだからっ、私に興味ないならほっとけーー!!」


 聞こえてくる言葉は、どれも女性が誰かに向けられたであろう、否定的な言葉に反発するものばかり。


 どうしてこんな所で? と思わずにはいられなかったが、きっと女性なりの理由があるに違いない。


 ……まあ、どんな理由があっても、話しかける勇気もなければ、関わり合う気にもなれないが。


「――――ふぅ」


 そんな事を考えている内に、ある程度叫んですっきりしたのか、人影は展望台から降りるための道へと向かって――――。


 あ、ヤバイ。


「……」


「……」


 丁度登りきった時にその場所で立ち尽くしていた俺は、その人物とはち合わす事に。


「……」


「……」


 え、ええと、どうすればいいんだろう?


 こんばんは、と声をかければいいのか。


……いや初対面だしおかしいな。


 軽く会釈して通りすぎるにしても、先ほどまでの出来事がインパクトありすぎて、それをするのが正解なのかがわからない。

 

 けれど他に選択肢も思い浮かばなかったので「何事もなかったように振舞おう」と結論付けて足を動かそうとした時。


「……た?」


「はい?」


 目の前の人物は、何事か小さく呟いた。


 しかし内容が聞き取る事ができず、首を傾げると。


「さっきの……見た? というか、聞いてた?」


 目の前の女性は先ほどより声を大きくして、俺に言った。


 その言葉に、「あと、いや、えと、まあ……」先ほど見た光景を思い浮かべながら曖昧に返事をする。


 すると。


「うわぁぁぁぁぁ! 見られたぁーーーー!」


 女性は叫んだ。


 更に。


「あんな所を見られたら……もう、死ぬしかないっ!」


「はっ?」


「そこから飛び降りて死んでやるぅーーーーー!」


 叫び終わった直後、くるりと体を反転させ女性は真っ直ぐ走る――


「って、そのまま行ったら落ちる! そして死ぬ!」


 慌てて女性の下へ走り、後ろから羽交い締めにして飛び降りるのを阻止した。


「離してっ、あんな所見られたら死ぬしかないのっ」


「大丈夫、俺だけだから! 他に誰も見ていないから! それに俺も誰にも言わないから!」


「もう、いやぁぁ!」


 俺の言葉は聞こえていないのだろう。女性は錯乱し、じたばたと暴れる。


 女性を傷つけないように考慮しながらも必死に押さえつけた。


……俺死ぬために来たのに、何で人が死ぬのを止めてるのだろうか?


 そんな疑問を頭の片隅に置きつつも。


「はーなーしーてー!!!」


「だからっ、飛び降りようと、するなって!」


 女性が疲れ果て、静かになるまでその時間は続くのだった。













「……ふぅ」


「……」


 女性を必死に止めて、どうにか飛び降りるのを阻止した後、正気に戻ったのか、それともただ疲れたのかはわからないが、暴れるのを止めておとなしくなった。

 

 おそるおそる拘束を解いても動かない女性。


 飛び降りようとしないのは良かったけれど、今度は身動き一つしない事に不安を覚えた。


 こういう時は、どうするのが一番なんだろうか?


 優しく声をかければ良いのか、それとも全てなかった事にして立ち去ればいいのか。


 あーでもない、こうでもないと頭を悩ませている時に。


「……お兄さんはなんでここに来たの?」


 女性はそう言ってじっと俺を見る。


「……お兄さん?」


「だってその格好、どう見ても、社会人でしょ? 私大学生だから、だからあなたはお兄さん」


「……」


「そんな事より、さっきの質問の答えがまだだよ?」


 呼び方について何とも微妙な気分になっていた時に、先ほどの質問を再度ぶつけられる。


――死ぬために来たんだよ。


 思わずそう返しそうになるのを慌てて止めた。


 自殺未遂を止めた後でいう台詞じゃないなと思ったからだ。


 かといって、じゃあ何しにここへ? と聞かれてもすぐに違う理由を思いつけなかった。


「……1人になりたかった、とか?」


「へっ?」


「だってお兄さん、疲れた顔してるし」


 そう言って、距離を詰めて俺の顔をのぞき込む。


「……それはあんたが暴れたせいだろ? ……ていうか、急に顔を近づけないでくれないか?」


「あ、あはは。先ほどはどうも……それに確かに私達今日会ったばかりだもんねー。でもさ……」


 目をそらして「……あんなとこ見られて、散々暴れ回って、もう、そういうのいいかなーって思って」目をそらして言う女性の言葉に納得できる部分もあったので、思わず「なるほど」と頷いてしまった。


「それに、お兄さん悪い人じゃなさそうだし」


「……見た目だけでわからないだろ、それ。自分からこんな事言うのもあれだけど、そうやって初対面に気軽に接するのはどうかと思うぞ? 人間内心で何を考えているのかなんてわからないんだから」


 そう言うと、少しだけ目を丸くした後、「にしし」と子供っぽく笑って


「やっぱりお兄さんはいい人だ」


 そういって、女性は俺を指さす。


「……」


 そして俺の返事を聞かないまま「少し持ってて」と展望台に設置されていた自販機まで歩いて行き「お兄さ-ん、コーヒーでいーいー?」と声を上げる。


 いらない、と返事をしようとしたが、その前にしゃがんでごそごそとやったかと思えば、女性は小走りに戻ってきていた。













「はい、ブラックが飲めるかわからなかったから、こっちにしたよ」


 ブレンドの缶コーヒーを手渡し、彼女は柵の近くに設置されたベンチに腰掛ける。

 せめてお金を手渡そうと近寄った所で「いいって、さっき迷惑かけたおわびってことでっ」と手を振り、頑なにお金を受け取ろうとしなかった。


 結果、お金を渡すのを諦めて、ベンチに腰掛ける。そして「いただきます」というと、「頂いてください♪」軽い調子で返された。


「……」


 沈黙し、ここからどう会話を繰り広げて良いのかわからない。


 なので受け取った缶コーヒーのプルトップを開けて、缶コーヒーに口をつけた。


 女性も散々騒いで喉が渇いていたのか、缶コーヒーと一緒に買ったであろうジュースを勢いよく飲んでいた。


 喉を鳴らしてある程度呑んだ後「ぷはー」と口を離す。


 そして、ちらりとこちらを見て。


「――私さー」


「……うん?」 


「コスプレが好きなんだよね」


「はい?」


 知ってる? と首を傾げながらこちらをのぞき込む女性に「……ゲームやアニメのキャラの格好するもの、だっだか?」と聞くと「そうそれっ」と顔を輝かせて頷く。


「色んな作品の、色んな登場人物が好きで「こんな風になってみたいな」っていうのが始まりだったんだけど、やってみるとさ、本当に楽しくて――――」


 顔を輝かせながら、自分がいかにコスプレが好きなのか、熱く語る。


 専門用語が飛び交う中、理解できたのは、女性は本当にコスプレというものが好きなんだ、と言うこと。


 初対面の俺でさえそう思えるほどに、楽しそうに語っていた。


「――――あっごめん、熱く語りすぎちゃった」


「いや、別にいい。正直意味がわからない事が多かったけど、でも、好きだって気持はよくわかった」


「……」


「共感はしてやれないけど、好きだって思えるモノがあって、笑顔でそれを言えるのは、良い事だと思う」


 ありのまま思った事を告げると、女性は恥ずかしそうにではあるが、「ありがとっ」と明るく返事をした。


「……別に、思った事言っただけだ。だからお礼なんて――――」


「それがと~っても、嬉しかったからっ。だからっ、お礼を受け取ってほしいなっ」


「……わかった」


 ニコニコとそう言われてしまえば、それ以上は何も言えない。


 ただ黙って頷くだけだ。


 俺の反応を確認した後、彼女はぽつりぽつりと語り出した。


「私は自分が好きなものは好きだって言いたいし、それに「いいねっ」て言ってくれる子もいるんだけど……たま~にさ、凄い変な目で見られたり、そんな趣味をもっているなんて馬鹿にされる事もあるんだ」


 直接言わなくても、表情を隠そうともしない人間や、わざと聞こえるように「コスプレってキモい」と言われることが何度もあるんだと彼女は言った。


「私は、自分のやりたい事をして、楽しむ事は大事だと思ってるの」


 視線を上げ、空を眺めながら女性は続ける。


「だから、誰が何を言っても、私がやりたいと思っている内は、誰がなんといおうと関係ないっ。……って思ってるんだけど」


 そこまで言うと、視線を下げて地面を眺め。


「だけど、周りからの目とかで、ストレスがたまらないってわけじゃないから、たまーにガス抜きに人気のいない所で発散してて……」


 その現場を、お兄さんに見られたというわけです。と言い切った後に、顔を上げて、恥ずかしそうに目をそらした。


「なるほど、そういう理由で」


「そうなのです、そういう理由だったわけですっ」


 恥ずかしさをごまかすためか、少しだけわざとらしく、大きな声で彼女は言って立ち上がり。


「さぁそんなわけでっ、お兄さんも言ってみようかっ」


「えっ」


「ここまで恥ずかしい所を見られて、普段の私だったら言わない事を言った。それは多分普段の私を知っている人間には言えなかったと思う。だからさ……」


 俺の前まで歩み寄り、少しだけ腰をかがめて、俺の鼻先に指で触れる。


「そんな相手だったら、普段なら言えない気持ち、言えたりしないかな?」


 ふわりと笑う姿は、先ほどとは打って変わって、優しくて大人びて見えた。


「……」


 その柔らかい表情と、こちらを包み込むような温かい言葉で、今日の事が頭をよぎり、いままでの自分の否定の言葉が溢れて止まらなくなって。


「……疲れたんだと思う」


 思わず、本音をこぼした。


「今まで、自分なりに精一杯生きてきたと思うけど、でも、駄目だ、違う、もっと頑張れる、そんな事を聞き続けて、駄目なりに一生懸命しようとしても、上手くいかない事が多くて、その内考えている事も、行動も、全部が無意味なようなそんな気がして」


 思っている事をただ吐き出していく。


「周りの否定の言葉と、自分自身が否定することばかり聞こえて、聞き続けることに疲れて、嫌になって――――」


 もう自分の中には何も残っていなかったから。


「これ以上何も考えたくないから、俺はここに来た」


 言い切った後で、何をわけのわからない事を言っているんだ、と恥ずかしくなった。


 自分の気持ちを、こんな風に吐き出せば、きっと聞いている人間は意味がわからない。


 目の前の女性だって、きっとそう思っていると顔を上げてみれば。


「ふむふむ」


 俺の言葉に耳を傾けてくれていた。

 

 あんなただ感情を吐き出しただけの言葉に、嫌な顔をせず聞いてくれている。


「ねぇお兄さん」


 そして女性は言った。


「多分お兄さんは、周りから否定されて、自分自身も否定し続けて疲れたって言っていると思うんだけど――――」

 

 そこで、わざとらしくニヤリと笑い。



「お兄さんは自分の気持ちをちゃんとわかってるかい?」



 そんな事を言い出したんだ。


「……聞いてるというか、聞こえてくるっていうか」


「違うなー」

 

 ちっちっち、と人差し指をふる女性。


 わかっていないとでも言いたげな態度に首を傾げると。


「自分を否定するっていうのは、周りの言葉に影響されて生まれたものでしょ? 私が聞いているのはそういうモノじゃないよ」


 人指し指で俺の胸をとんとんと軽く叩く。


「否定する声じゃなくて、プラスになるような言葉だよ」


「プラスに? そんなもの、今の俺には――――」


「ないとかわからないとか、それは聞いてあげてないだけ」


 今度はとん、と一回だけ俺の胸に触れる。


「一回さ、頭真っ白にして、聞いてあげなよ」


 あれだったら、目を瞑った方がいいかも、と女性は俺に目を瞑るように促し、戸惑いながらも俺はそれに従う。


「今まで何も感じずに生きてきたわけじゃないでしょ?」


 そして、聞こえてくる彼女の声に耳を傾ける。


「周りや自分の心から聞こえるっていう否定の言葉は全部消してみて――――」


 そうしていく内に、内側に溜まっている数々の否定の言葉は。


「例えばご飯は美味しいと思った事は一度も無い? 今まで生きて楽しかった事は? お兄さんは何が好き? どんなモノを見たらいいなと思えた?」


 彼女の言葉に阻害されるように徐々に小さくなっていき。


 俺はただ彼女に聞かれた事に対して、たどたどしく答えていく。


「……俺は、カレーが好き、かな?」


「へー意外だね、ま、でも確かにカレーは美味しいよね、私も好きだよ。それで? 他には何が出てくる?」


「……子供の頃、ばあちゃんに、読書の感想文を褒められた事、かな」


 思い返せば、ばあちゃんはいつもニコニコしていて、たまに怒ると怖い所もあったけれど、俺が何か出来た時、とても嬉しそうに褒めてくれた。

 

 夏休みの読書感想文、先生に褒められた事が嬉しくて、見てみてと急かす俺に、ばあちゃんは「えらいねぇ」と俺の頭を撫でてくれた事を覚えている。


 そのばあちゃんの笑う姿と、頭を撫でてくれた事がとても嬉しかった。


「いいねいいねっ、そういうの大事っ。他には?」


「夜空の景色が、好きで、子供の頃みた、田舎の空に感動した事があった」


 子供の頃に、市役所の近くにあるプラネタリウムを何度も見にいった。


 毎年、星を映しながら、物語を語るそれが楽しくて、綺麗で、わくわくしながら見上げていたのを覚えている。


 それが原因かわからないが、夜になると空を見上げて星を眺めるのが日課になり、その中でも明りの少ない田舎の星空が好きになったんだ。


 目の前に映るそれが、まるでどこかの物語から飛び出したように綺麗で、わくわくしながら見上げていたっけ。


「ほうほう、お兄さんってロマンチストな所もあるんだ……そういえば、今日は星が綺麗だね~。ここって住宅街から離れて明かりが少ないせいかな、いつも通っている大学や、自宅のアパートよりも綺麗に見える」


 そう言われて、思わず目を開ければ、星空が俺の目に飛び込んで来て。


「――――あっ」


 彼女の言うとおり、目に映る景色はとても綺麗だった。


 濃い青色は、月光に照らされて、神秘的に映り、星の光は、小さくても確かに存在を主張している。


「……っ」

 

 俺が気づかなかっただけで、見上げれば、こんなにも空は澄んでいた。


 そうやって、自分の好きなモノ、良かったと思えるモノ、大事だったモノを思い返していくと、今日怒鳴った上司の姿だけでなく――――


『気にすんなっ、今日じゃなくてもさ、パーと騒ごうぜっ、嫌な気分残したままなんて楽しくないだろっ!』


 俺の事を心配して、気さくに声をかけてくれた明るい同僚。


『全く、いつも注意しているんだが、すまないね、何度も言っても、ああいう言い方しかできないんだ、君がしたミスは、今後しないでくれたらそれでいいし、それに君の頑張りは私も知っている、いつも会社のために頑張ってくれてありがとう』


 何だかんだと世話をやいてくれた、別の上司。


『……元気、だしてくださいねっ』


 普段おとなしい後輩が、お疲れ様ですと声をかけてくれたこと。


 そんな事が思い返されていく。


「……」


 ああ、確かに俺は多くの人に駄目だと否定されてきたけど。


「……」


 いつも自分の事を否定ばかりしてきたけど。


「……」


 それだけじゃ、なかった。


「声が大きかったりするとさ、それ”だけ”のように思うかもしれないし、周りの声はなくなったように思えるかもしれない。けどそれは違うんだよ」


「……」


「胸の中に存在するモノや、自分を受け入れてくれるモノは、聞こえてないだけで、ちゃんと存在する」


「……」


「だから、その“声”を聞いてあげることが大事だと私は思う。それが聞こえたら、否定の“声”ばかり聞こえても、しっかりと、はっきりとそれは聞こえるはず」


「……ああ、そうかも、な」

 

 俺が頷くと、女性は笑った。


「私はコスプレが大好きで、嫌な事があっても、やっぱりわたしは自分の好きなモノがこれってことがはっきりとわかってる」


「……それは凄い」


「ん、いや、まあ、嫌な事があったらこうやってガス抜きするぐらいには、私も良い事だけ聞こえてるってわけじゃないんだけど」


 それでもやっぱり凄いと言ったら、彼女は「ありがとう」とはにかんだ。


 そんな女性を見ていると、ふと思い出す。


 自分の好きなモノ、やり続けていた事。


 上手く出来なくなって、仕事だなんだと言い訳にして、やめてしまったもの。


「……小説」


「えっ」


「俺小説、書いてた」


「え、お兄さん、小説書いてたのっ?」


 目を丸くする女性に頷いて、俺はポケットからスマホを取り出し、とあるサイトを開く。


 それは小説の投稿サイトで、気軽に誰でも小説を投稿できて閲覧できる場所。


 そこで自分の投稿していた小説を彼女に見せた。


 こんな事、普段なら絶対にできないが、女性のいう通り今だからこそ出来る事だ。


「あわわわっ」


「?」


 すると女性は慌て出した。その慌てっぷりは、急に見せられた事に対して、にしては慌てすぎているように見える。

 

 俺が疑問に思っていると、女性は言った。


「わたし、わたしっ、あなたのファンなの!」


「??」


 興奮して言う女性の言葉を、すぐに理解出来ない。


 俺が固まっている間に、自分の携帯を取り出して、画面を操作し始める。


「どんな事を書いて良いのかわからなかったから、ただ面白かったです、としか書けなかったけど、ほら、これ私っ」


 見せられたのは、感想欄に書かれた一つのコメント。



――――とっても、面白くて、素敵な話しでしたっ。


 

「あっ」


 覚えている……いや、思い出した。


 小説を投稿し続けて、流行に乗れず、技術が拙いこともあって、俺の書いた小説は、ほとんど誰にも見てもらえていなかった。


 仕方ないよな、なんて思いながらも書き続けていた時、初めて感想が届いた。


 その感想が、今女性が見せてくれたモノだ。


「……」


 何で、俺忘れてたんだろう?


 あの短くて、率直な言葉は、何より大切なモノだったはずなのに。


「友達は文章が下手だって言っていたけどっ」


 熱に浮かれたように女性は喋り続ける。


「でも、あなたの書いた話はとても綺麗で、登場人物の言葉一つ一つに、ぐっときたっ。……ああ、もうっ、私がもっと上手い事が言えたら、もっとたくさん良い所が言えるのにっ」


 それでも吐き出したりないのか、悔しそうに唇をかんで、俺をじっと見つめて言った。


「――――とにかく、私は、あなたの書いた作品が、大好きっ」


 その言葉を受けて、俺は不覚にも泣き出してしまいそうになった。


 ありがとう、と。そんな言葉すら返せず、涙をぐっとこらえる。


 そんな俺を見て、「よしっ」と女性は少し離れて。


「お兄さんはー!」


 突然大きな声で、叫んだ。


 急な出来事に俺が目を丸くしている間にも、女性は続けて言った。


「自分が思っているより! 凄い人だと、私は思うー!」


 叫んだ後、女性は俺に近寄って、悪戯が成功したような笑みを浮かべる。


「ね、これだけ大きな声でいったら少しは聞こえたかな?」


「……」


「お兄さんが自分を否定する声より、私の声が大きかったらいいなって思うんだけど」


 女性の笑顔を見ながら思った。


「……」


 生きる意味なんてあるのか?


 否定ばかりして、何もないと思っていた時、常々抱いていた疑問。

 

 この言葉に、あったよと。


 生きる意味は確かにあったよ、と自分に言った。


 自分を認めてくれる人がいて、自分の書いたものを良かったと言ってくれる人がいる。


 その事実が、こんなにも満たしてくれるのだから。


 だから、否定ばかりする自分にそう”声”をかけてやれば。


 この時初めて。


―――よかったな。


 そう返してくれた気がした。














 それから。展望台のベンチで色々話した。


 今日初めて会ったハズなのに、まるで、十年来の親友かのように。


 そして、


 別れの最後にお互いのSNSをフォローし合い、交流を始めた。


 女性がUPするコスプレの写真を眺めたり、俺の活動にコメントしてくれるのが主流で、あとは時々メッセージでやりとりしたり。


 普段なら、絶対親しくならないであろう、新しい友人とのやりとりはとても楽しい。


 仕事して、友人と交流して、趣味である小説を書く。


 これが現在俺の日常。


 相変わらず、否定する声はなくならず、時には俯いてしまう事もある。


「……」


 けれどそんな時は、目を閉じて、自分に向かって語りかけた。


 それだけじゃないよな?と。


 すると色んな言葉が思い浮かんで、そこから、大事だと思えるものを拾っていく。


 ある程度気持を持ち直した時、最後に浮かんだ言葉は。


『お兄さんはー! 自分が思っているより! 凄い人だと、私は思うー!』


「――っし」


 俺は、その言葉をしっかり聞き届けて、胸に刻みこんで。


 今日という日を精一杯生きていくんだ。

 

最後までお付き合い頂き、ありがとうございました。

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[良い点] 自分を自分自身で否定するのが当り前になってしまって、仕事でも普通の人間以下だと言われてしまうの、辛いですね。 けれど、現れた女性のせいで、自分のことだけを考えるわけにはいかない状況になって…
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