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ソラリスの銀狼  作者: 夕火
第一章 祝福と呪詛
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2話 文明の再起動

2話 文明の再起動

 村を出発して草原に差し掛かる頃、狼少女の足が止まった。


「...ピスリィ...」


 狼少女の瞼は今にも閉じ切ってしまいそうだった。


「ほら、おいで」


 私はその場にしゃがみ、狼少女に背を向け、私の背中に乗るよう促した。狼少女は、そっと私の首に抱きつき、そのまま私に体重を預けた。狼少女を背負うと、彼女の吐息が私の首を撫でて、少しくすぐったかった。

 私は彼女を背負いながら歩を進めるため、干し肉とナイフの入った袋を首から提げ、左手でおんぶしている狼少女を支え、右手でドラゴンの鱗を引きずりながら歩いた。



「お、重い...!!」



 私は現在の自分の体躯と筋力をまだ理解できていなかった。今の私には少女一人でさえ軽々と持ち上げることはできない。加えて今進んでいる場所は丘になっており、それが輪をかけて私の体力を奪っていく。

 そうはいっても、今更歩みを止めることも、彼女を降ろすこともできる訳はないのだが。



ピュウウウウウウウウ

 


「あぁ、涼しい...」


 

 必死な姿で丘を登る少年を一陣の風が後方から吹き抜けた。その風は、彼等の門出を祝い、その小さな背中を押しているようだった。


 

「まるで森の中を歩いているみたいだ...」

 

 

 周囲には所々切り株が残っており、月の光を湛えた鈴蘭のような花が群生し、幻想的な空間を作り出している。



 「昔はここも森の一部だったのかもな」



 

 周囲の植生に想いを馳せたところで、じわじわと減りつつあった私の体力がここで底を突いた。私たちは村から200mほど離れた丘で眠ることにした。

 

 切り株の近くに荷物を下ろし、彼女を草の上に仰向けで寝かせた。彼女の横で自分も仰向けになり、流れる雲と輝く月を眺めながら、私たちは深い眠りについた。


 



 村を出発して一日目の朝、私は寝苦しさを感じて目を覚ました。目を開けると、私のお腹の上で猫のように丸まって寝ている狼少女がそこには居た。

 昨日の時点では分からなかったが、彼女の肌はまるで太陽の光をたっぷりと浴びたような健康的な褐色をしていた。

 私は意味もなく狼少女の頭を撫でた。狼少女の耳はピクピクと反応して、気持ちよさそうに彼女は身体をくねらせた。

 私は身動きがとれなかったので狼少女を私の横に寝かせた。

 

 私は彼女が起きるまで、本を使ってこの世界の言語を少しだけ学ぶことにした。本を呼ぼうとした時には既に本は眼前に出現していた。

 私はそういうものなのかと、特段驚くこともなく本に問いかける。

 

「この本は何語で書かれてるの?」


 本は私の問いに答えるように、空白のページに、二言語の文字が羅列されていく。


「...この”自律型契約式魔法書【ソラリスの星典ソラリスターコード】”は、著者の母国語である"星竜語"を第一言語に設定しています。」

 

「星竜語...それはこの子が使ってる言語と一緒?」

 

「今から音声解析を開始します」

 

「あ、今寝てるから、」

「音声解析の結果、その言語はラニアケア超銀河団、おとめ座超銀河団、おとめ座銀河団、天の川銀河、オリオン腕、太陽系、地球の日本国で使用されている日本語であると推定します。」


「いや、え? ちょっと待って。昨日も日本語を、っていうか日本語を認識できてるってことは、この世界にも日本語、もとい日本人が居るってこと?」


「現在の暦は竜胤暦3742年です。竜胤暦2100年の情報では、日本語の使用者は、焔辰国カタシロに多く在住しています。」


「...? どういうことだ? つまり今、日本語話者はそのカタシロという国に居るってこと?」


「ソラリスの星典が約11時間前に起動するまで、停止状態を保持したまま1642年238日が経過しました。現在のソラリスの星典内に記録された情報は、その期間中に劣化している恐れがあります。そのため、すべての収録情報を最新のものに更新することを推奨します。」


「なるほど...今本から得られる情報は全て1600年以上前の情報ということか...」


「ありがとう、もういいよ」


 私がそう言い終える前に本はその場から消失した。


 

 本を閉じた後、私は狼少女を起こすことにした。


「起きて...もう朝だよ」

「...ん~...ラザーフ...」

 

 狼少女は寝ぼけながら何かを呟きながら、ゆっくりと起き上がった。

 

 私たちは眩い陽光の下を再び歩き始めた。なだらかな傾斜を上り、私たちは丘の頂に辿り着いた。

 

 

「何だ...アレは...」


 

二人が切り株の点在する丘を越えた先には、奇妙な光景が広がっていた。

 

 あれは水の塊か、はたまたゼリー状の何かなのか。数多の不思議な物体がぷるぷると震えながら微かに動いていた。しかし、危険な物体ではないようだ。近くを灰色のウサギらしき動物がゼリー状の物体には目もくれずに平然と飛び跳ねている。

 

 私は初めて見る生き物に困惑していた。対して狼少女は、全く動揺することなく、私の怪訝な様子を不思議そうに眺めていた。

 私達は奇妙な物体と小動物の居る丘と丘の間の窪地を横断した。


 

 「川だっ!!」

 

 

 早朝に歩き出した二人は、ウサギとゼリーの丘を越えた先に小川を発見した。小川の近くには1本だけ木が生えている。

 小川は本に示された地図と比較すると規模は一回り小さく、その位置も違う。

 ともあれ川が見つかって内心ホッとした。狼少女も川を見つけて、嬉しそうに目を輝かせている。


 「タウ!!」


 狼少女は、興奮が抑えられないのか急いで丘を駆け降り、靴を脱ぎ捨て、そのままの勢いで服を着たまま川に飛び込んだ。

 

「まだ安全な水かどうか分からないのに...」


 私は彼女の行動に若干呆れつつも、キラキラと水面に漂う光を見て、彼女と同じくらい感動していた。

 私も彼女に続いて丘を下りた。今すぐに目の前の水を飲みたい欲求を抑えて、私は川を覗き込んだ。

 すると水面には光の反射によって自分の顔がゆらゆらと揺れて映し出された。


 「これが、今の俺...?」



 私はこの世界に来て初めて自分の顔と対面した。その顔は、整った顔立ちで自身の体格同様に幼く、髪は銀髪で好青年という見た目だった。

 私は自分の顔を見ているだけのに、何故か他人を見ているような不思議な気持ちになった。

 水面に映った自分の顔をまじまじと眺めていたら、水しぶきが目の前の水面に降り注ぎ、水面に映っていた顔は瞬く間に搔き消された。

 狼少女は近くで水遊びに興じている。私は当初の目的を思い出し、小川の水質調査を始めた。


 私は小川の水を手で掬って、引きずってきた赤黒い鱗の凹の側に溜めた。ドラゴンの鱗に溜まった水は5分と経たずに鱗に熱されてボコボコと沸騰した。私はその水を水筒に入れようと思ったが水筒には葡萄酒がまだ残っている。水筒に清潔な水を入れる為に葡萄酒を捨てるのは勿体ないと思い、葡萄酒はアルコール消毒液として今消費してしまおうと思った。


「遊んでるところごめんね。ちょっと足出して?」



私は彼女にそう言い、徐に彼女の足を掴んで、彼女の足に葡萄酒をかけた。



「ピャ!! buitrdyere rhhat ogwno ao!?」


「大丈夫大丈夫、僕もやるから」


困惑している狼少女を横目に私は、自分の足にも同じように葡萄酒をかけた。これで水筒の中身は空になった。

 私は空になった水筒で、沸騰した水を掬おうと思ったが、ドラゴンの鱗に溜まった水は既に全て蒸発してしまっていた。



「この鱗、だいぶ火力あるな...」



私はもう一度小川から水を掬って鱗に移し、鱗の熱で煮沸された水を水筒に入れた。煮沸した水は熱すぎて飲めないので、水筒を小川に沈め、しばらくそのまま冷めるのを待った。

 多少熱湯もぬるくなったかなと思うところで、水筒を小川から引き揚げて水筒の水を飲んでみた。


ゴク...ゴクゴク...

 

「...うん、まぁ、ぬるい普通の水だ」


煮沸してはみたものの、飲んだだけでは、清潔な水かどうかは分からなかった。この水が完全に殺菌されたかどうかは、結局のところ神頼みとなった。


 

「oat hif o!i !! ah htucilgstsk !!」


 ジャバジャバジャバ


 狼少女は10cmくらいの魚を咥えて私に見せてきた。彼女の捕まえた魚は光沢のある灰色の鱗に覆われていた。

 


「じゃあそれ、焼いてあげるよ。丁度水も飲めるようにしたから、君も一度飲んでみようか」


「...?」


 先に私は、近くの木からナイフを使って枝と葉を取り、その枝を棒状に整えてから、狼少女から受け取った魚に口から枝を串刺して竜の鱗に置いた。

 その後、私は彼女に水を飲ませることにした。


「じゃあ、あーってして?」


「...???  あーー」


狼少女は戸惑いながらも私の真似をして、あーと口を開けた。私は彼女の顎を支えて、彼女の口に水筒の水を注いだ。


ゴクゴクゴク

「......?」


狼少女は困惑した様子で、その水を飲んだ。



「ただの水だよ」



私は言葉が通じないと知りながらも、彼女にそう言い、安心させるために彼女の頭を撫でた。彼女は嬉しそうに目を閉じて、尻尾をブンブンと左右に振っている。


「あ!魚!裏返さないと!!」


私は慌てて鱗に目をやり、魚に串刺しになっている枝を回して、魚を裏返した。

 魚は鱗の上でジュウジュウと焼かれて、全体に火が通るまで裏返されたり、転がされたりしていた。


 

「はい、焼けたよ」



 私はこんがりと焼かれた魚を、さっき木からちぎった葉の上に乗せて、狼少女に差し出した。すると彼女は、私の両腕をがしっと掴んで、そのまま目の前の焼き魚にかぶりついた。



「えぇ...」



 私は狼少女に両腕を掴まれたまま、彼女が食べ終わるまでその場でじっと待つしかなかった。彼女は、一心不乱に魚を食べている。途中バリバリという音がして、彼女は骨まで食べているようだ。



「骨1つ残らなかった...」



狼少女は魚の頭も背骨もはらわたも全て、食べ切ってしまった。食べ終わると彼女は私の腕から手を離し、自分の服で汚れた口を拭いた。



「あぁあぁ、替えの服無いのに。...上だけでも洗ってあげようかな」


 

ちょうど目の前が川なので、私は彼女の上の服を洗ってあげることにした。


 

「ごめんね、一回服洗うから脱がすね。バンザイできる?バンザイはこうだよ?」


「...? ebntiWh ye rgditub,arhaor go o?」

 

 私は彼女にバンザイのポーズをして見せ、彼女が真似してくれるのを待った。しかし、狼少女は私の意図がよく分からないようで、首を傾げて私の行動を見つめていた。

 そこで私は、彼女の両腕を掴んで、空に向かってピンと優しく上げさせた。私は、その状態の彼女の袖を掴んで、上の服を脱がせた。


狼少女は上の服を脱がされても全く赤面することなく、それどころか下のズボンまで脱ぎ始めた。


「いや、下は大丈夫だよ?」



そう言い終わる頃には、彼女はズボンを握りしめて全裸になっていた。彼女は私にズボンを差し出し、くるりとその場で半回転して川へ走り出した。

私は彼女の脱いだ服を抱えながら、彼女が川へ向かうのをぼんやりと眺めていた。



「ん?今何か、模様が見えたような...」



私は川へ走りながら揺れる彼女の髪の束の隙間から、彼女の背中に円形の模様が刻まれているのが一瞬見えた。

 私はその模様が気になり、彼女のもとへと駆け寄った。


「ごめんね、ちょっと見せて?」


 私は服を川の傍に置いて、川へと足を入れ、流れる水に足を取られながら彼女の背中に回った。

 先ほど見えた模様は見間違いではなく、狼少女の背中にはしっかりと黒色で魔法陣のような幾何学的模様が刻まれていた。


「これは、何を意味する模様なんだろう...」


「oeir shahgkec bitt,b trtl...」


「ごめんね、もう少しだけ見せて。んー、本に聞いたら何か分かるかなあ。ソラリスの星典出てきて」


もじもじしながら狼少女は尻尾をゆらゆらと揺らしている。ソラリスの星典は私の呼びかけに応じ、私の前に顕現した。


「彼女の背中に刻まれた模様について調べたいんだけど、参照できるものはある?」


 「解析対象の詳細をお伝え頂ければ、収録情報内に類似する意匠との照合を開始します。それとも、光子検索を使用しますか?」


 「ん?光子検索って何?」


「光子検索とは、ソラリスの星典が保有する一機能です。ソラリス・アイと神聖魔法【イルミア(光茫)】を同時使用し、視覚情報の読み取り及び解析、検索、記録を実行します。」


「神聖魔法? この世界には魔法が存在するのか...!? 調べなきゃいけないことがまた増えた...。魔法については...また後で調べよう。取り敢えず今は、彼女の背中の模様を調べないと。

 ええっと、原理は分からないけど、その光子検索っていうのを実行して。」


「了解しました。ソラリス・アイを起動します。」


パタン

 

すると本は勝手に閉じられ、重さに耐えられなかったかのようにポチャンと小川に落ちた。


「ああっ!! 本がビショビショに!!」


私は慌てて小川の水底に沈んだ本を拾い上げた


「凄いなこの本、全く濡れてない。触り心地は紙なのに...」

 


そうして本の表紙を眺めていたら、淵が金色に装飾された眼球が一つ表紙の中心から生えてきた。


「これが、ソラリス・アイ?...なんというか、この見た目は結構悍ましいな...」


ソラリス・アイは遥か上空を仰ぎながらパチパチと目を瞬かせている。


「ええっと、これをこの子の背中に向ければいいの?」


私は本の表紙に生えた眼球を狼少女の背中に向けた。加えて左手で彼女の髪を模様にかからないように優しく避けた。


キュイーーーーーーン


突如、眩い光を放ちながら白い文字で書かれた魔法陣が彼女の背中に向けた本の眼前に浮かび上がった。更にその魔法陣はソラリス・アイと平行してその場で回転した。


 

「awt!? htawh!?」


彼女は後方からの機械的且つ奇怪な音と光に驚きを隠せない様子だった。



シューーーーーン.......パチン


「あれ...もう終わった?」


本から発せられる異様な音と共に魔法陣は消失し、ソラリス・アイは役目を終えたように目を閉じた。その後再び、ソラリスの星典は私の手から離れ、空中で言葉を紡ぎ始めた。


「光子検索の結果、対象パターンは、深淵魔法【グレアネクス(赫鎖)】の低級赫鎖印と一致しました。」


 「深淵魔法グレア..ネクス...赫鎖?初めて目にする単語だ。それはどういう魔法?」


 「深淵魔法【グレアネクス(赫鎖)】は、主に低位・下級・賎民・罪人・奴隷の地位の者に対して使用される魔法で、特級帝国統制下魔法に指定されています。深淵魔法【グレアネクス(赫鎖)】の魔法概要は、魔法行使者が被魔法行使者に赫鎖印を刻銘し、魔法行使者の音声命令を赫鎖印を通して被魔法行使者に強制する魔法です。」


 「ちょっと待って...説明が難しいなぁ。うーん...つまり、支配する魔法ってこと?」


「Cani kw bhev gyg raa amunhtBohlveoo? e,bi btteaero notI wun?」


「あ、ごめんごめん、ありがとう、もう大丈夫だよ。遊んでおいで」


彼女は終始、訳も分からずにじっと微動だにせず、私のやることに付き合ってくれていた。私は彼女に感謝を伝えるため、彼女の頭をわしゃわしゃと撫でまわした。

彼女は、ひとしきり頭を撫でまわされた後、再び水浴び、若しくは水遊びに戻っていった。


「あっ! 服洗うの忘れてた!」


 私は、彼女が着ていたボロ切れを川で濯ぎながら、引き続き本との対話を続けた。

 

 「前述の説明を要約すれば、深淵魔法【グレアネクス(赫鎖)】は術者と被術者が主従関係を構築し、術者が被術者を支配する魔法であると言えます。」


 「なるほど、何となくその魔法については分かった。この子は、僕と出会う前に、この支配の刻印をどこかで刻まれてしまったんだ。それはもう仕様がない。

 ...じゃあ、その刻印を消す方法ってある?」


 「赫鎖印保持者に対して神聖魔法【リベリオン(還祈)】を使用することで、低級赫鎖印の抹消及び深淵魔法【グレアネクス(赫鎖)】の完全な無効化が可能です。

 また、術者の生命活動の停止によって、低級赫鎖印は残留しますが、深淵魔法【グレアネクス(赫鎖)】の無効化が可能です。」


「また神聖魔法が出てきた。...でも魔法なんて使えないからなぁ。どうしよう...。」


「魔法の習得・獲得・覚醒は、大脳魔導野不全症の場合を除き、如何なる種族の者でも可能です。」


「ホント!? じゃあ、今からでも魔法覚えられたりする?さっき言ってた、神聖魔法を覚えたいんだけど。」


「神聖魔法は、熟練の魔導士であっても習得が困難であり、神聖魔法の原理・本質を理解した者にだけ扱える魔法と言われています。その為、先ずは【魂炎の知覚(魔力知覚)】を行い、原四属性魔法の習得を推奨します。」


「やっぱりいきなり神聖魔法は難易度が高かったか。原四属性魔法は何となく想像がつくけど、魂炎の知覚って何?何をすればその【魂炎の知覚】が出来るの?」


「【魂炎の知覚(魔力知覚)】は、魔力を操作可能にする為の最初の儀式であり、魔法を習得する上でこの儀式を省略した前例は一例も存在しません。」


「なるほど、魔法を覚えるには魔力を扱えるようになる必要があって、その為に【魂炎の知覚】という儀式を通過する必要があると。」


「その通りです。【魂炎の知覚】という儀式は、統計によれば48時間から100時間の絶食を伴います。」


「え!? 絶食!? 100時間って言ったら...丸4日。つまり、最低でも100時間は絶食確定なんだ。耐えられるかなぁ...」


「魔導士資格保持者1327805名の儀式【魂炎の知覚】を終了するまでの所要時間の平均は、約80時間です。」


「80時間かぁ...日数にして3日超。3日間の絶食でも、だいぶキツいと思うけど...。そもそも何で絶食なんてするの?」


 「儀式【魂炎の知覚】は、生来真人系種族に備わる魔力生成機能を活性化させる為に行います。絶食によって擬似的な飢餓状態を創り出し、五感の鋭敏化を促進させ、日夜生産し排出され続ける真人系種族の体内を流れる魔力の知覚可能性を向上させます。やがて、飢餓状態が極値に達すると、全ての魔導士に共通する【魂炎(魔力源流)に触れる】という神秘体験をします。この神秘体験は、後に魔術研究によって飢餓状態に起因する一種の幻覚症状だと明らかになりました。」


「何それ...幻覚見るまで絶食を続けないといけないってこと...?」


「過去の統計上、【魂炎に触れる】という体験を経ずに、魔導士となった者の記録は存在しません。加えて、【魂炎に触れる】という体験は神秘体験に数えられ、人々の間での完全な共有が困難であり、また再現性がありません。すなわち、儀式【魂炎の知覚】は、著者曰く、「魔法への信仰なくして、至れる境地ではない。」ということになります。」


「魔法への信仰か...、確かに習得できるか分からないものに命を賭ける行為は信仰と呼べるかもしれない。儀式に絶食が不可欠なのは分かったけど、水は飲んでもいいんだっけ?」


「水分摂取が飢餓状態の維持に深刻な影響を与えたという研究論文や報告は、竜胤暦2100年時点では確認されていません。」


「うん、水は飲んでもいいってことね。...流石に水無しだったら本当に死んじゃうか。逆に、水を飲まなかった人は皆死んで魔導士になれないから、記録として残らなかったっていう生存者バイアスみたいな怖い話じゃないよね?それは考えすぎか。ーーよしっ! じゃあ、儀式【魂炎の知覚】を始めよう!!」


「契約者様の幸運を祈ります。」


 絶食する覚悟を決めた私は、再び服を濯ぎ始めた。いくら洗ってもボロ切れはボロ切れのままだったが、多少は綺麗になったかもと思うくらいには洗えたみたいだ。

服を濯ぎ終わった私の元に、狼少女が駆け寄ってきた。彼女は魚を口に一匹咥え、両手に一匹ずつ掴んだ状態だった。川から連れてこられた3匹の魚は息苦しそうにピチピチと小刻みに震えていた。

 私は、魚よりも終始素っ裸な彼女の状態を心配して、自分の上の服を差し出した。


「ずっと裸だと風邪引くから、僕の服着てていいよ。」


狼少女は、目の前に差し出された服を前にして、何を思ったか口に咥えていた魚をぺっと地面に吐き、両手の魚も手から離した。そして彼女は私に近づき、目をぎゅっと瞑って頭をこちらに倒してきた。


「服を着せて欲しいってこと?」


僕は、服を彼女の頭に被せて、両腕が通せるように両側の服の袖を持ってあげた。狼少女は、被せられた服の中でもぞもぞと頭を振り、服の穴から顔を出した。狼少女は遊んでいるのか、まるで袖に腕を通す気がない。そこで僕は、頭だけ出ている彼女の服の下に手を入れて彼女の腕を探り、左右の袖に通してあげた。これで彼女は下半身裸、僕は上半身裸となった。狼少女は、服が着れて満足げな様子だった。


「スイナ ルメス ザーフラ...」


「んー?どうしたの?...そうだ!!!忘れてた!!本に翻訳してもらえばいいんだ!!!」


「ピャッ!!」


ここで僕は、ソラリスの星典に翻訳機能があることを思い出した。狼少女は突然の大きな音に驚き、小さな叫び声とともにその場でビクッと跳ねた。

 僕はすかさずソラリスの星典を呼び出し、本に翻訳をお願いした。


 「ソラリスターコード、彼女の言葉を翻訳して」


 「音声解析を開始します。」


「ごめん、もう一回言ってくれる?」


「ザーフラ クッビ トーワ?」

 本書に保存された情報内に一致する言語が見つかりませんでした。

 しかし、星竜語と部分的に一致する単語が確認されました。よって以降は、星竜語で翻訳を行いながら、新言語としての登録及び学習・解析を実行します。加えて、日本語と星竜語の同時翻訳、二言語及び片仮名での表記を実行します。


 

 兄 何 (ザーフラ トーワ)


 

「兄?僕の事をそう呼んでるのかな?さっき言った言葉は何か分かんなかったなぁ。」


「ルェザトゥ トーイ ツッレ ソー シュッフィ ボ トッロ ア トーコ ザーフラ クッビ!」


 

兄 魚 獲得 一緒 食べる(ザーフラ シフ トーコ ルェザトゥ トーイ)


 

「魚獲った、一緒に...食べる、かな? なるほどなるほど、ええっと、ここから翻訳して。魚は焼いてあげるね。でも僕は食べれないんだ。魔法を覚えるために3日間何も食べちゃいけないから」


 

シフ ルリグ

(魚 焼く)

トーイ トンキャ イア ルイスイスデ

(食べる 不可能 私 3日)

オルフ ジクマ アルーン

(理由 魔法 覚える)


 

僕は、本に浮かび上がる翻訳された文章をそのまま読み上げた。


「オルフ ジクマ アルーン」


「???――ジクマ スイ トッワ?」


彼女は犬が頭を左右に傾けて音をよく拾おうとするような仕草をして、不思議そうに僕を見つめていた。


 

魔法 何 (ジクマ トーワ)


 

「僕も詳しくは知らないんだけど、魔法は、僕たちが生きる為に必要な力、かな?」


 

ジクマ デニード ヴァイサウ パウ

 (魔法 必要 生きる 力)


 

「ジクマ デニード ヴァイサウ パウ」


「フルム ルェザトゥ アルーン!!!」


 

一緒 覚える (ルェザトゥ アルーン)


 

「えぇ、君までご飯を我慢する必要はないんだけど...。もしかして、フルムって...君の名前?」


僕が「フルム」と口に出した瞬間、彼女の耳がピョコンと反応し、彼女はより一層目を輝かせてこちらを見つめていた。


「フルム」


「!!!」


彼女の名前を確かめる為にもう一度「フルム」と言ってみると、彼女は嬉しそうに尻尾をぶんぶんと左右に振り始めた。そこで僕は確信した。


「君の名前は、フルムって言うんだね」


狼少女は、久しぶりに自分の名前が呼ばれた事に興奮が抑えきれないのか、僕に飛びかかって来た。


「わぁ!! どうしたの!?」


「――――――!!!」


フルムは声にならない嬌声を上げ、僕のお腹に顔をぐりぐりと押し付けていた。その後、少し落ち着いたと思ったら次は僕の顔を舐めまわしてきた。


「フルムちゃん、落ち着いて! 取り敢えず、少し離れよう!」


僕はフルムの脇を掴んで持ち上げ、芝生の上に座らせた。近くで弱った魚がまだピクピクと動いている。

 僕は思い出したように、フルムに話をする。


「さっきの話だけど、フルムちゃんまでご飯を我慢しなくてもいいんだよ?」


 

トーイ ナク

(食べる 可能)


 

「トーイ ナク フルム」


「トン!! ザーフラ イアム ズア イムセ イザービ ウト ヲント フルム!!!」


 

 否定 兄 同一 (トン ザーフラ イムセ)

 

 

フルムは突然ガバっと立ち上がり、芝生の上で息も絶え絶えになっている3匹の魚を掬い上げ、小川に帰しに行った。フルムは、僕と同じく3日間絶食する気のようだ。


「うーん...まぁ、フルムちゃんの意思を尊重するか...。すぐに根を上げるかもしれないけど。」


フルムは魚を小川へ逃して、ニコニコした表情で戻ってきて、ちょこんと私の前の芝生に座った。座ったというより、お座りした、という表現の方が正しいかもしれない。


「タオウ リドクン フルム レト ウユウ タウ ナク ザーフラ クッビ?」


 

兄 水 飲む 欲しい (ザーフラ タウ リドクン タオウ)


 

フルムは、僕の方に口を開けて、尻尾を揺らしながら口に水が注がれるのをじっと待っている。


「お水ね、はいはい。」


僕は水筒を取り出し、彼女に促されるままに、彼女の口の中に数時間前に煮沸消毒した小川の水を注いだ。フルムは、ゴクゴクと音を鳴らしながら飲んだ。

僕はここで、他愛もない疑問を彼女に投げかけてみることにした。


「フルムちゃん、僕の名前って何て言うの?」


 

イムネ イム トーワ フルム 

(名前 私 何 フルム)


 

「イムネ イム トーワ フルム?」


僕は、自分でもおかしな質問をしていると思いながら、彼女に問いかけた。


「トゴーフォ ウユ ディテ イホワ? ザーフラ、スーノ フルム アーゼルブ クッビ ロア ザーフラ アウユ ウフ!?」


奇妙な問いかけに、フルムは表情を曇らせた。戸惑いと不安が混ざった目でじっと僕を見つめ、眉間に小さな皺を寄せた。


 

忘れる 兄 知る 兄 あなた 誰 (トゴーフォ ザーフラ アーゼルブ ザーフラ アウユ ウフ)


 

 「ロア ザーフラ? もしかして、”ロア”が僕の名前?」


僕は、彼女の話す未知の言葉から、繰り返し使用される単語の前に付随している名詞が、自分の名前なのではないかと推理した。


 

ロア イア イムネ 

(ロア 私 名前)


 

「ロア、イア イムネ?(ロア、それが僕の名前?)」


「ザーフラ!! スグニス ジネルトス イス トンド!! フルム グンジーテ イトヘ!!?!??」


フルムはその質問が彼女の逆鱗に触れたのか、突如自身の髪と尻尾の毛を逆立てて、グルルと唸りながら両手を地面につき、まるで四足歩行の獣のように僕に向かって臨戦態勢をとった。


「え? え?? どうしたのフルムちゃん!?」


僕は突然の彼女の豹変に驚きつつも、冷静に彼女を落ち着かせようと努めた。


 

兄 奇妙 言う 揶揄う 不快(ザーフラ ジネルトス イス グンジーテ イトヘ)


 

「あー違う違う!! 揶揄ってる訳じゃないんだけど...分かった! 翻訳して、村を出る前に頭を打った、だから記憶曖昧。」


 

ジェレヴィ グニーヴィル オーフィブ ドエ トヒ

 (村 出る 前 頭 打った)

グイヴェ イーリモメ ウオス 

 (不鮮明 記憶 結果)

 

 

「ジェレヴィ グニーヴィル オーフィブ、ドエ トヒ。グイヴェ イーリモメ ウオス。」


グルルルル


どうやら彼女は興奮した状態で、僕の声が聞こえていないようだ。


「とにかく、フルムちゃんを落ち着かせないと...!!」


 僕は落ち着いた様子で、今にも飛びかかってきそうなフルムにゆっくりと近づいた。

 すると彼女は、こちらがじりじりと距離を詰めているのを察して、さらに威嚇するように牙を剥き、瞳孔を開いた。

 僕は危険だと理解しながらも、彼女を宥める為に、彼女の頭を撫でる為に、フルムの頭に手を伸ばした。


――ガブッ!!!


フルムは、頭に触れようとしてきた僕の手を割と強めに、それでいてしっかりと噛んだ。僕はフルムに手を噛まれた瞬間、初対面の犬を触る時は、頭上からは触らない方が良いという犬に関する雑学を思い出した。犬を頭の上から触ろうとしてはいけない理由は、犬にとって頭上は死角になっていて、突然視界に手が入ってくるように犬は感じ、それが犬の警戒心を高めてしまうから、ということらしい。

僕は、噛まれた事など意にも介していない様子で、フルムを抱き寄せた。僕は噛まれていない左手で彼女の頭と髪を優しくゆっくりと撫でた。


「大丈夫だよ...僕は敵じゃないよ...落ち着いて...」


フルムは、撫でられると全身の力が抜けたように萎らしくなり、噛んでいる僕の右手から口をそっと外した。


「フルムちゃん、落ち着いた? ほら、お水飲んで」


僕が水筒を出して、彼女の顔に近づけると、フルムはぷいっと顔を背けた。


「今はいらないか」


「ザーフラ、フルム シウ シモルプ アズ アーブメリ ウー ウト?」


 

兄 約束 覚える 保持 (ザーフラ シモルプ アーブメリ ウト)


 

「約束? 何のことだろう...いや、僕がフルムちゃんと出会う前の話か? 

 だとしたら、今の僕はその約束の内容を絶対に知らないんだけど、覚えてないって言ったら、またフルムちゃん怒るよなぁ。

 よし、こうしよう...翻訳して。勿論覚えてるよ。逆に、フルムちゃんこそ、約束ちゃんと覚えてる?」


 

アーブメリ ウト スーコ

(覚える 保持 当然)

アーザル シモルプ アーブメリ ウト

(対して 約束 覚える 保持)


 

「アーブメリ ウト スーコ。アーザル フルム シモルプ アーブメリ ウト?」


「フルム アーブメリ ウト イーラパロプ!!!」


 

覚える 保持 絶対(アーブメリ ウト イーラパロプ)


 

僕は、予想通りの返答に、笑みがこぼれた。すかさず僕は、彼女に対してその約束の内容を開示させた。


「じゃあ、どんな約束か言ってごらん?」


 

ナク イセ ドニアク シモルプ

(可能 言う 種類 約束)


 

「ナク イセ ドニアク シモルプ?」


「ザーフラ クッビ ルェザトゥ エウ ルフラト!!!」


 

兄 一緒 旅(ザーフラ ルェザトゥ ルフラト)


 

フルムは、元気よく約束の内容を明かしたところで、ハッと僕の作戦に嵌められた事に気付き、焦りながら口を両手で押さえた。僕はその彼女のコロコロと表情の変わる様子を微笑みながら眺めていた。

しかし、彼女は先ほど威嚇してきた時とは違う覇気の無い雰囲気で、僕を上目遣いでギロッと睨んだ。


「ザーフラ クッビ センニーム!」


 

ザーフラ 邪悪センニーム


 

「旅をする約束をしていたのか、過去の僕は。厳密には僕ではないが。――ん?フルムは迷子じゃないのか? ...一層謎が深まったな。」


僕は、自分を睨みつけているフルムを軽くあしらうように彼女の頭をくしゃくしゃと撫でた。

思いがけないアクシデントはあったが、フルムは落ち着きを取り戻し、僕は本を通して彼女と意思疎通を図ることができた。

これでやっと、魔法について調べることができる。


「フルムちゃん、お話しながら魔法について勉強しよっか。ソラリスターコード、左のページで翻訳を、右のページで魔法の歴史とその体系について表示して。」


 

 グンキート ウト ルェザトゥ ジクマ イダツス

(話す 保持 一緒 魔法 学習)


 

「グンキート ウト ルェザトゥ ジクマ イダツス」


「フルム イダツス!! トーワ ソライス?」


 

学習イダツス トーワ


 

「ソラリスターコードは、この本の名前だよ。」


 

ソラリスターコード クフ イムネ

(ソラリスの星典 書物 名前)


 

「ソラリスターコード、クフ イムネ。」


「クフ イムネ ソラ!」


 

書物クフ 名前イムネ


 

「ふふっ、可愛らしい名前になったね。それじゃあ、一緒に魔法の勉強をするよ?」


僕たちは木陰に入り、濯いだフルムの上下の服を木の枝に引っかけて干した。それから二人で芝生に腰を下ろし、木の幹にもたれながら、本を眺め始めた。


    魔法とは、惑星ソラリスの大気中に含まれる魔素を利用した神秘的技術の総称です。


「なるほど、酸素みたいに魔素も大気中に存在するんだ。」


「フルム、アテレ ドリー トンキャ...」


 

文字 読解 不可能(アテレ ドリー トンキャ)


 

彼女は文字が読めず、目をうるうるとさせて今にも泣きそうになっていた。


「大丈夫だよ、僕が代わりに教えてあげるから。」


 

トンド イロウ

(否定 憂慮)

ドッツネイ チーテ イア

(代わり 教える 私)


 

「トンド イロウ、ドッツネイ チーテ イア。」


「トゴ...トイ トーワ ズダ イセ クフ?」


 

了解 何 言う 書物(トゴ トーワ イセ クフ)


 

「本には、魔素を燃料として魔法が使えるって書いてあるよ?」


 

ルエフ アムナ ジクマ グンジュ クフ イセ

(燃料 魔素 魔法 使用 書物 言う) 


 

「ルエフ アムナ ジクマ グンジュ、クフ イセ。」


「ルオ トア ドンタスアダ トンキャ イア...」


 

全く 理解 不可能(ルオ ドンタスアダ トンキャ)


 

「大きくなったら分かるようになるから、心配しなくても大丈夫だよ。」


 

トンド イロウ ウログ タイレ ドンタスアダ ナク

(否定 憂慮 成長 後 理解 可能)


 

「トンド イロウ、ウログ タイレ ドンタスアダ ナク。」

 

「ケオ!!」


 

同意ケオ


    


     ”魔素”は、【世界樹】によってのみ生成される特異な物質です。加えて、この【世界樹】は、もともと惑星ソラリスに自生していた植物ではなく、惑星ソラリスに飛来した隕石によって持ち込まれました。【世界樹】は初め、隕石の内部で【星喰いの朱子せいぐいのしゅし(ピオネア)】として休眠状態にありました。しかし、【星喰いの朱子】は惑星ソラリスに墜落した際の衝撃と墜落地点の水のある環境によって、惑星ソラリスで発芽を開始しました。それから【星喰いの朱子】は、光合成によって養分を生成し、その身に栄養を蓄えながら、気の遠くなるような年月をかけて、雲海に達するほどの巨大な【世界樹】へと成長しました。その後【世界樹】は、葉を生い茂らせ、枝を無数に伸ばしていき、”魔素”を主な構成要素とする【星果ての禍日せいはいてのかじつ(ガデンフラウド)】を実らせました。【世界樹】の近くに生息していた原棲生物たちは、その”魔素”を大量に含んだ【星果ての禍日】を食べるようになりました。しかし、原棲生物たちは【星果ての禍日】の種子は排出できても、”魔素”を分解・排出する能力がありません。”魔素”は、原子構造上互いに引き合い、結合すると結晶化し”魔晶石”となる性質がある為、【星果ての禍日】を食べた原棲生物たちの体内では”魔素”を材料に”魔晶石”が形成されていきました。この症例は「魔素凝結石化症(MCO:Mana Crystallized Ophiracy)」といいます。原棲生物たちの体内で長い歳月をかけて生成された”魔晶石”は、原棲生物たちの血管や気道、臓器などの主要な内部器官を圧迫するほどに肥大化し、最終的に原棲生物たちを循環障害や器官不全に陥らせ、死に至らしめます。原棲生物たちの死骸は、半径約100キロに及ぶ広大な範囲にわたって地中深くに築かれた【世界樹】の根系によって分解・吸収され、【世界樹】は互いに根圏が重ならぬよう間隔を保ってその大地に根付きました。そうして【世界樹】は、1000年余りの短い期間で瞬く間に惑星ソラリス全土を覆い尽くしました。この【星喰いの朱子】が隕石によって運ばれ、後に【世界樹】となって惑星ソラリスの生態系の頂点として君臨し続けた時代を、【創星樹時代】といいます。


 


「この世界には【世界樹】という外来性の植物がいて、【世界樹】が繁栄した時代を【創星樹時代】という、と。それにしても【世界樹】の生存戦略には恐怖すら覚えるな。でもちょっと待って、魔素を誰も分解できないのなら、全ての生き物絶滅しないかな?――あ、いや、海の生物がまだ残ってるから大丈夫なのか?」


先ほどからやけに静かだと思ったら、フルムは僕にもたれかかって気持ちよさそうに寝ていた。


「フルムちゃん寝ちゃった...」

 


    「魔素凝結石化症」に起因する死は、いかなる生物種においても生殖期以前には発現しません。「魔素凝結石化症」の発症には少なくとも10年以上の時間を要するため、【星果ての禍日】を食べたすべての原棲生物は本症に罹患しながらも、繁殖活動を行うことが可能です。加えて、湖畔や海洋等水中領域も【世界樹】の生息圏内であり、【世界樹】は海底や湖の水底に根付き、地上と同様に大樹を形成します。



「なるほどなるほど。継続的に栄養を摂取するための、合理的な戦略なんだね。」



    【世界樹】の繁栄が栄華を極めて約1000年が経過した頃、惑星ソラリスで唯一の【世界樹】の天敵となる生物が出現しました。その生物は【星樹の碩竜始せいじゅのせきりゅうし(プログニトドラコナム・エンデュラデボアボルマステラプト)】という名の有隣種の始祖といわれる原棲生物です。【星樹の碩竜始】は【世界樹】の到来以前、原棲生物たちの死肉を唯一の食糧としていました。しかし、【世界樹】の登場によって、原棲生物たちの死骸は急速に大地に吸収され、唯一の食糧としていた死肉さえも食べることができなくなっていきました。そこで【星樹の碩竜始】は、その苛烈な環境変動に適応する為、鋼鉄に等しい硬度を持つ【世界樹】の樹皮を齧って摂食する食性へと進化しました。

 

 

「おぉ、ここから時代の主役が世界樹から星樹の碩竜始に変わっていくんだね。でも何で星樹の碩竜始は星果ての禍日を食べなかったんだろう。今となっては、食べなくて良かったんだろうけど、他の原棲生物たちは普通に食べてたわけだし、何でなんだろうね。」


 

    星歴神代文明遺構研究学会の見解では、【星樹の碩竜始】の体長約2mと他の原棲生物に比して小柄な為、他の原棲生物との縄張り争いに敗れ、果実を得ることが出来なかったと思われます。


 

「体長約2mで小柄って事は、他の原棲生物たちはそれ以上に大きかったんだ。それで縄張り争いに負けて、パンダみたいに肉食だけど笹を仕方なく食べざるを得なくなったみたいなストーリーがあったんだね。」


    【星樹の碩竜始】は、【世界樹】の樹皮を食糧とすることで、次第に"魔素"への耐性と分解能力を獲得していきました。これは、【世界樹】の樹皮に含まれる"魔素"をエネルギーに変換する細胞小器官【マギリスドリア】を、樹皮と同時に摂取したことが大きな要因とされています。

 


「確かに生物は自分の生産する毒で死んだりしないから、当然世界樹にも魔素という毒を分解・無毒化する能力はあった訳か。」


 

    【星樹の碩竜始】は、こうして【世界樹】の樹皮という尽きることの無い食糧を確保しました。しかし、彼はその時代の頂点捕食者ではありません。その為、食物連鎖という絶対的な自然法則によって【星樹の碩竜始】は、【星樹の碩竜始】よりも上位の原棲生物によって捕食され、【星樹の碩竜始】が獲得した"魔素"を分解・無毒化する能力は他の原棲生物たちに移っていく事になります。


 

「そうなんだぁ...ちょっと切ないね、それ。まぁでも、弱肉強食ってそういう事だもんね。」


 

    【星樹の碩竜始】の捕食者の中には、全ての真人系種族の祖先にあたる類人猿が含まれており、その【星樹の碩竜始】を食べた類人猿は、【マギリスドリア】を体内に取り込み、"魔素"分解能力を獲得するに至りました。

 

 

「はぁー、そうやって人は魔素分解能力を獲得したんだ。星樹の碩竜始が居なければ、この世界の人間は永遠に”魔素”に苦しみ続けることになってたと思うと、星樹の碩竜始には頭が上がらないね。」


    

    ”魔素”を分解する能力を獲得した類人猿は、かつて原棲生物たちに独占されていた【星果ての禍日】を、積極的に摂取するようになりました。類人猿はこの果実に含まれる高濃度の”魔素”を、体内で安全に分解・吸収し、単なる代謝エネルギーとして利用するだけでなく、”魔素”に適応する形で変容した脳の神経系【魔導野】から分泌されるホルモン【マギシン】と結びつき、体内を循環させることで、”魔力”そのものを生成・操作する器官系へと進化を遂げていきました。このようにして、”魔力”を生成・操作できるように進化した類人猿を、【神人】と呼称します。


 

「なるほど、完全には理解できてないけど、人は進化の過程で”魔素”を利用できるようになったんだね!それにしても”神人”って名称凄いな。」



    ”魔力”を獲得した【神人(類)】は、その”魔力”の使い道を模索し、試行錯誤の末に【魔法】という神秘的な技術を発明しました。彼らはその後、【世界樹】の周囲を縄張りとしている原棲生物たちを追い払い、【星果ての禍日】を独占する為、そこに集落を築きました。


 

「前言撤回、魔法の発明は、神人という名に相応しい偉業だね。ただ、果実の独占は全然神っぽくないね。」


 

    【世界樹】を囲むように集落を築き、その【世界樹】を中心に形成された森で暮らす【神人】は、後に【星樹族】と呼ばれるようになりました。そしてここから、【星樹族】を祖として、人の種族が枝分かれしていく事になります。【星樹族】の者の内、【世界樹】を離れ、都市や国家を築いた者達は【真人族】となりました。他の種族についての説明は省略しますが、【星樹の碩竜始】が”魔素”分解能力を獲得し、類人猿から進化した【神人】の一族【星樹族】から【真人族】など複数の種族へと種分化していった時代を【星別時代】といいます。以上が、人が【魔法】を習得するに至り、【真人族】へと進化していった大略の歴史になります。

 


「類人猿が神人になって、神人が星樹族になって、星樹族が真人族になって現在という感じかな? だいぶ詳細を省いてくれたんだろうけど、それでもこの情報量は、一回では覚えきれないね。」


 

    次に、【魔法】の体系について説明します。――


 

気づけば辺りは赤く染まり、夕陽が夜の到来を告げていた。


「あ、もう夕方か。その話は、また明日聞くよ。」

 

 僕は、木の枝に干していたフルムの服を取って、そばで眠っている彼女にそっと着せた。代わりに、それまで彼女に着せていた自分の服とフルムの服を交換する形で僕は上の服を着用した。それから、水筒の水が少なくなっていたので、水を補充することにした。


「あっつっ!!」


ドラゴンの鱗に小川の水を溜め、その水が沸騰したら、水筒でそのグツグツと煮えたぎる水を掬う。掬う時は、細心の注意を払う必要があるが、いくら注意を払っても、掬う時に沸騰した水が跳ねたり、水筒の外側に触れたりする。そのことによる若干の火傷は、必然のものとして受け入れないといけなかった。


「ふぅ、水の補充終わった。水を補充するだけでも一苦労だな。」


気づけば夕刻は過ぎ去り、夜の到来と共に辺りは一際深い静寂に包まれた。

僕は、月光に照らされた芝生を眺めながら、静かに眠りについた。




絶食を開始して2日目の朝。僕たちは、森の奥から響いた奇妙な鳴き声で目を覚ました。


「フルムちゃん、おはよう...」


グンノーム クト (早朝)


「フルム、グンノーム クト。」


「ザーフラ...グンノーム、クト...」


「大丈夫?フルムちゃん。取り敢えずお水飲んで。」


僕は横向きに丸まって寝ているフルムを仰向けにし、自分の膝に彼女の頭を乗せた。それから水筒を取り出して彼女に飲ませた。


彼女は水をひと口飲むとぷいっと顔を背けて、もう要らないと無言で意思表示をした。

フルムは、僕の足を枕にして、すーすーと寝息を立てて寝ている。

 僕は、目を覚ます為、小川の水で顔を洗い、水筒の水をぐいっと勢いよく飲んだ。

 まだ頭は覚醒していないが、何もせずに時間を過ごすのは勿体ないので、昨日に引き続き魔法について学ぶことにした。


「ソラリスターコード、魔法の体系について教えて。」


僕は宙に浮かぶ本に向かって、そう話しかけた。


 

    惑星ソラリスの魔法体系を次の図式にまとめました。

 

惑星ソラリスの魔法体系

├─ 無属性魔法 [第一階梯:魔力操作系統]

│ ├─ 汎用魔法{【ノイト(失影)】・【アルム(白明)】などの基礎的な魔力操作系魔法)}

│ └─ 戦術補助魔法{【ヴァルネス(靭化)】/【マギアヴェール(法護)】/【アイヒバリオン(法鎧)】などの応用的な魔力操作系魔法}

 

├─ 原始属性魔法 [第二階梯:元素操作系統]

│ ├ 火属性魔法(熱量操作系魔法)

│ ├ 水属性魔法(流動体操作系魔法)

│ ├ 風属性魔法(大気振動操作系魔法)

│ └ 土属性魔法(土壌粒子操作系魔法)


├─ 高位属性魔法[第三階梯:高位性質系統]

│ ├─ 火焔属性魔法(火の上位属性魔法)

│ ├─ 氷結属性魔法(水の上位属性魔法)

│ ├─ 千嵐属性魔法(風の上位属性魔法)

│ ├─ 礫岩属性魔法(土の上位属性魔法)

│ ├─ 雷冥属性魔法(火×風/電撃・磁力系魔法)

│ ├─ 霧幻属性魔法(火×水/蒸気・陽炎系魔法)

│ ├─ 熔核属性魔法(火×土/溶岩・火砕系魔法)

│ ├─ 波渓属性魔法(風×水/振動・波動系魔法)

│ ├─ 砂尽属性魔法(風×土/風化・砂塵系魔法)

│ └─ 泥濁属性魔法(水×土/沼化・粘性系魔法)


├─ 神代属性魔法 [第四階梯:法則操作系統]

│ ├ 神聖魔法(魔力共鳴による祝福・再生系魔法)

│ └ 深淵魔法(魔力分散による呪詛・破滅系魔法)


└─ 星界属性魔法 [第五階梯:節理干渉系統]

├ 戦略魔法(広域殲滅・天災規模の戦術系魔法)

├ 妖精魔法(星霊契約・召喚魔法など)

└ 古代魔法(錬成・時空干渉・封印などの失われた魔法)

 


「すごい...!! 魔法って、こんなにも種類あるんだ...!! ちょっと、目覚めたかも。」



    【魔法】は、【第一階梯】から【第五階梯】までの五層に分類されており、それぞれの階梯は異なる”属性”と”魔法特性”に基づいて大別されています。階梯を上るごとに魔法の修得および行使の難易度は上昇し、魔法修得の順序は原則として【第一階梯】から段階的に行う必要があります。よって【第二階梯】やそれ以上の魔法を、【第一階梯】の魔法より先に修得することはできません。【第二階梯】以降の魔法を修得するには、少なくともその直前の階梯に属する【魔法】を一つ以上修得していることが前提条件となります。

 


「なるほど。基礎の魔法から、順番に修得していかないとダメなんだね。」


    

    次に、各階梯についての概略をお伝えします。【第一階梯】の魔法( 無属性魔法・魔力操作系統)は、全ての魔導士が最初に学ぶ領域であり、魔力の流れを知覚し、操作する初歩的な術式を中心とし、属性を持たない「無属性魔法」が主となります。具体的には、魔力を物体に纏わせて物体そのものを空中に浮かせる汎用魔法【ノイト(失影)】、魔力を凝集させて発光させる汎用魔法【アルム(白明)】、魔力を体内の筋組織や感覚器官などに巡らせて身体能力を一時的に向上させる戦術補助魔法【ヴァルネス(靭化)】などが含まれます。この階梯の魔法は”日常に溶け込む魔法”として重宝されますが、戦闘用途には限定的であると考えられています。


 

「初歩的な魔法で物を浮かせられて、明かりが確保できるのか...! それはもう魔法っていうか、奇跡だな。」

 


    【第二階梯】の魔法(属性魔法・基本四大元素)は、属性を帯び始め、火・水・風・土といった原始属性が顕在化します。術者の魔力操作能力が大きく問われ、魔力を属性変換して行使する必要があるため、発動の難易度も上昇します。火属性魔法【ロアグ(火玉)】、水属性魔法【オーヴァス(流玉)】、土属性魔法【テライア(堅壌)】、風属性魔法【ゼフラン(裂日)】など、戦術的に使用される攻防一体の魔法がこの階梯の主力となります。術式の構成も【第一階梯】に比して複雑化し、属性への深い理解と精確な詠唱が術者には要求されます。



「まだ魔法を使うスタートラインにさえ立ててないから、何が何だかサッパリだ。一応、魔法には属性があって、術式と詠唱、魔力操作が必要ということは分かったけど。」

 


    第三階梯の魔法(上位属性魔法・複合制御)は、原始属性同士を組み合わせた上位原始属性魔法(例:炎、氷、雷、岩など)で構成されています。魔力の精密な制御と術者の高い魔法練度が求められ、未熟な者が扱えば魔法の暴発や魔力の過剰消費を引き起こし、戦闘不能に陥る可能性があります。この階梯からは、魔法に"術者の個性"や"詠唱構成美"が現れ始めます。


 

「火と炎は何が違うんだろう。修得や発動の難易度が高いのは予想してたけど、暴発や戦闘不能という文言が気になるな...。どんな感じになるんだろう。」


 

    第四階梯の魔法(神代属性魔法・魂原操作)は、神話の時代にその原型が存在したとされ、魂原法則への介入を可能とする魔法体系です。物理現象や生命の根本原理に対して直接作用し、魔力を媒介として【祝福】や【破滅】といった超常的な現象を発生させます。術者には極めて高度な魔力制御と精神干渉耐性が求められ、神代属性魔法の未熟な使用は術者の精神崩壊を招く恐れがあります。【神聖魔法】は、魔力共鳴によって対象と魔力波長を同調させ、肉体・精神・魂に干渉する【祝福】に関する魔法で、再生・加護・浄化といった生命の正循環を促す力を発現します。【深淵魔法】は、魔力を意図的に分散・乱流化させることで因果を撹乱し、呪詛・侵蝕・崩壊といった負の因子を顕在化させる魔法で、神聖魔法と対を成す危険な神代属性魔法となります。

 


「ほぉー、かなり抽象的な話になってきた。この階梯の神聖魔法を覚えたいんだけど、修得の仕方がよく分からないな。そもそも魔法を覚えるって、どうやるんだろう。既存の魔法陣を書いて覚えるのかなぁ。」


 

    第五階梯の魔法(星界属性魔法・節理干渉)は、宇宙的視座から存在と事象を操作する、次元干渉系の最高位魔法体系です。自然法則そのものの上位に位置する【星界摂理】に接続し、空間、時間、因果、存在といった抽象的領域への働きかけを可能とします。この階梯の魔法を扱うには、異質な思考構造と星霊との親和性が不可欠であり、現代魔術体系の常識を逸脱した特異的な才覚や修練を要します。【戦略魔法】は、一国を覆う規模での殲滅・支配を目的とした超広域戦術魔法です。天災と称されるその破壊力は戦争の概念すら塗り替える事ができます。【妖精魔法】は、星霊や妖精種との契約を通じて行使される"召喚・契約魔法"です。使用には異界存在との霊的親和と精神共鳴が必須となります。【古代魔法】は、失われた文明が残した魔術技法の断片で、時空操作、次元干渉、錬金術など現代には再現困難な魔法理論の総称です。

 


「第五階梯は、もう異次元過ぎてよく分かんない。そもそもこの階梯の魔法使える人居るのかなあ。」



    以上が、惑星ソラリスの魔法体系の概略です。


 

「頭がパンクしそうだ。これ以上の魔法の詳細は聞かないでおこう。ソラリスターコード、閉じていいよ。いや、手で閉じればいいのか。」


僕は本を閉じて、芝生に寝転がった。


「肝心の魔法の覚え方が分からないからなぁ...感覚とか言われたらどうしよ。」


「ザーフラ クッビ...」


どうやらフルムが目を覚ましたようだ。僕はすぐに本を開いて、翻訳を開始した。


「フルム、グンノーム クト。(おはよう)」


「ザーフラ クッビ、イリグナフ ムイ...」


 

兄 空腹 (ザーフラ イリグナフ)


 

「どうする? ご飯食べる?」


 

トーイ ドフ

(食べる 食糧)


 

「フルム、トーイ ドフ?」


「トンド トーイ。トブ イリグナフ ムイー。」


 

無為 食べる しかし 空腹 (トンド トーイ トブ イリグナフ)


 

「フルムちゃんは、無理せずお魚食べていいんだよ?」


 

グニシュプ トウディウ ナク トーイ シフ 

(我慢 不要 可能 食べる 魚)


 

「グニシュプ トウディウ、フルム ナク トーイ シフ。」


「トンー、ザーフラ クッビ イム ジウ イブト トナウ イア ルェザトゥ。」


 

否定 兄 希望 一緒 (トン ザーフラ トナウ ルェザトゥ)


 

「分かった。じゃあ、あと2日頑張ろうか。」


 

ドンタスアダ トフレ オト・ジデ トルオフ

(理解 残余 2日 努力)


 

「ドンタスアダ トフレ オト・ジデ トルオフ」


「ケオー、トルオフー。」


フルムは、気だるそうに返答し、僕の手を甘噛みし始めた。


「フルムちゃん、それはご飯じゃないよ。」


「うー」


グルルル


不意に僕のお腹が鳴った。


「僕もお腹空いてきたみたい。...水でも飲んで紛らわすか。」


僕は水筒を取り出し、なまぬるい水で喉を潤し、空腹を紛らわした。


「儀式を終えるまですることが無いな。一眠りしようかな。」


僕はフルムに手を噛まれたまま芝生に寝そべり、目を閉じて川のせせらぎに耳を澄ませた。

爽やかな風が草原を渡り、木陰の涼しさに包まれた二人は、いつしか眠りに落ちていった。





――次に目が覚めた時には、既に陽も落ちていて、周囲は夜の装いをまとっていた。


「もう夜か...まぁ起きててもやることはないんだけど。」


草原を通り抜ける風は木の葉を揺らし、その葉の擦れる音に紛れて、隣からフルムの寝言が聞こえた。


「...ムルア...」


「ん? あぁ、寝言か。」


彼女の寝言に驚いていると、突然フルムの身体が光り出した。


「わっ!? なんだ!!? 急にフルムちゃんの身体が発光し出した!!」


彼女の身体はただ発光するだけでなく、漏れ出た水のように彼女の身体からごく極彩色の光の結晶がいくつも浮かび上がった。


「この虹色の光は何だろう。触れは...しないのか。」


フルムの身体からあふれ出た極彩色の光は、掴もうと手を伸ばしても触れた感触は無く、そのまま貫くように手をすり抜けた。


「そうか! これが【魂炎の知覚】なのか!!」


フルムの身体は黄金色に輝き、極彩色の光の粒がフルムの身体の周りを漂っている。その様はまるで身体が燃えているかのようにも見えた。


 「”魂炎”の”炎”要素どこだろうって思ってたけど、確かに言われてみれば、光ってる様子が燃えてるみたいに見えなくもないな。」


フルムの身体の発光は数分続いた。僕はその間、儀式の妨げになると思い、彼女を起こすような事はしなかった。

次第に彼女から出る光の輝きが収まると、フルムは何事もなかったかのように目を覚ました。


「トーワ...ルグンテ イディホ...」


「あ、フルムちゃん起きた? おはよう、よく頑張ったね。よしよし。」


「ん~~!!」


僕は、彼女の頑張りを称えるように、フルムの頭を優しく撫でた。フルムは嬉しそうに身体をくねらせた。


「明かりが欲しいなぁ。ソラリスターコード、光源を出して。」


僕は、スマホのライト機能をオンにするような感覚で、ソラリスの星典に無茶な要求をしてみた。

するとソラリスの星典は目の前の空中に出現し、両開きの状態になり、眩しいくらいの閃光を周囲に解き放った。


「眩しっ!!!!」

「わぁ!!! トイラブ!!!」


僕たちは、突然の閃光に視界が真っ白になり、すぐに本のあるであろう位置から目を逸らした。その閃光は、今が昼なのかと勘違いしてしまうほどに明るかった。


「ソラリスターコード!! 光源を消して!!!」


僕は、急いで本に閃光を止めてもらうよう頼んだ。その懇願を受けたソラリスの星典は、パタンっと自ら本を閉じて、そのまま重力に従って地面に落ちた。


「ふぅ...目が潰れるかと思った....わぁっ!」


本の一閃が止んだ後、フルムがすごい勢いで抱き着いてきた。フルムは、怯えた子犬のようにブルブルと小刻みに震えていた。

僕は、本が光を放った経緯を知っているが、フルムからすれば、いきなり本が自爆でもするかのように見えたかもしれない。僕は、彼女の不安を受け止め、彼女が安心するまで頭を撫で続けた。


「アエムサ ング タンサ ジ スフ?」


「ごめん、何て言ってるか分からないけど、もう大丈夫だよ。フルムちゃん、干し肉食べる?」


僕は、上目遣いで何かを問いかけてきたフルムに、ご飯を食べたら落ち着くかもしれないと思い、彼女に干し肉を袋から取り出して見せた。


「ウナ トーイ イア ナク?」


「はい、あーん」


僕は、口を大きく開けて見せ、彼女にも自分と同じように口を開けるよう促した。彼女は、僕の意図が理解できたのか目をぱっと見開いて、口を大きく開けた。僕は彼女の口に干し肉をそっと近づけると、彼女はすごい速さで差し出された干し肉を嚙み千切った。


「危なかった...!!」

 

 僕は、よほどフルムはお腹が空いていたのかと思う一方で、もし彼女が目算を誤っていたら、噛み千切られたのは自分の指の方だったかもしれないとも思い、彼女のその無邪気さに少しばかり動揺した。


「今日はもう遅いから、寝よっか。ね?」


「???」


僕は、また閃光を放たれても困るから本は開かなかった。それに、今急を要する問題に直面している訳でもない。僕は、彼女に自分の言葉が伝わらないと知りながら、日本語で優しく話かけた。


「寝る前に、水を少し飲んでおこうか。」


そう言って僕は、おもむろに水筒を取り出し、先にフルムに飲ませた。フルムは困惑した様子で目をパチパチと瞬かせながら水筒に口を近づけ、コキュコキュと水を少しずつ飲んだ。

今朝水を拒んでいたフルムは、その晩になってようやく水分を摂取した。その姿に、僕は内心ホッとしていた。

彼女が飲み終えた後、僕も同じように水筒の水を飲んだ。水筒は空になってしまったが、二人の心は幾分満たされた。

僕達は、再びななだらかに隆起した芝生の生えた地面に横たわり、目を閉じて朝が訪れるのを待った。二人は、そのままいつの間にか寝てしまった。







大海は激しくうねり、その波は全てを飲み込まんとしている。鈍い灰色の雲を支えるように、海水と魚を巻き上げる巨大な竜巻が何本も海面からそびえたっている。僕は、その恐ろしくも異様な光景に、愕然として為す術もなく、荒波に揉まれ、ただ荒れ狂う波にさらわれていた。すると、海を漂う自分の身体が、突然海中に引きずり込まれるような感覚がした。気づいた時には、自分は、巨大な渦の中に居た。僕はその渦の回転に巻き込まれ、最終的に海中に引きずり込まれてしまった。僕は、真っ黒な海中で呼吸も出来ず、ゴボゴボと口から息がこぼれ、水面へと気泡が昇っていくだけだった。息が出来ないとこんなにも苦しいのかと、初めて体感する苦痛に、自身の死期を悟った。徐々に自分の意識レベルが低下していくのが分かる。僕は朦朧とする意識の中で、自分がなぜ海を漂っていたのか、ふと疑問に思った。その次の瞬間、腹部を強く押されたような痛みで、僕は目を覚ました。


ゴボァァッッ!!!


僕は覚醒と同時に、口から大量の水を吐いた。


「はぁ...はぁ...何だ、夢か...。」


「あ! ラザーフ クッビ プア エコウ!」


 起きた時、フルムが僕の顔を覗き込んでいたのか、彼女の頭は僕が吐いた水でびしょびしょに濡れていた。フルムは、自分の濡れた頭を左右に激しく振り、髪にかかった水を払った。彼女のその身震いで、逆に僕が濡れてしまった。しかし、不思議なことに、僕は起きてから上半身だけ通り雨に降られたみたいにずぶ濡れだった。起きてからずっと、身体が重いなと思っていたが、彼女は僕のお腹に両手を置いて体重をかけている。どうやら、僕の腹部を押していたのは、フルムだったようだ。

 フルムは、僕が溺れそうになっていたから助けてくれたのだろうか。それにしても、なぜ僕は水を吐いたのだろう。空は快晴で、地面も湿っておらず、急な激しい雨も恐らく降っていない。僕はふと、水筒を手に取り、残りの水の量を確かめた。しかし、水筒は思った以上に軽く、振ってもチャプチャプという音は聞こえなかった。言わずもがな、水筒は空のようだ。


「そういえば、昨日寝る前に飲んで、空になったんだった。」


「ザーフラ クッビ! クルウ クルウ!」


フルムは突然、興奮した様子で両手を前に出し、壁に手を突くように手の平を前方に向け、何かを念じ始めた。僕は、彼女のその不可思議な行動を、生温かく見守っていた。


「タウ~...タウ~...」


フルムが謎の呪文を唱え始めると、彼女の瞳は宝石のように赤く輝き、突き出した両手の前には青色の魔法陣が出現した。


「フルムちゃん、もう魔法使えるようになったの!?」


彼女の出現させた魔法陣の前には、段々と水の粒が形成され始め、最終的にその水の粒は、直径約20センチの球体となった。


「おぉ! これが水属性の魔法か!! すごいね!フルムちゃん!」


僕は、いつの間にか彼女が魔法を使えるようになっていた事に驚きつつも、彼女の行動は図らずしも僕の疑念を一層深めることとなった。


「...ん?もしかして、寝てる間に僕を溺れさせようとしたのはフルムちゃん?」


「ラザーフ クッビ! タウ トアウ ムイケ!!」


「うんうん。フルムちゃん、もう水の魔法が使えるようになったんだね! すごいね!!」


僕は、すぐに彼女を問い詰めるようなことはしなかった。先に僕は、彼女の頭を撫でて、魔法を修得した彼女を大いに祝った。

 さて、彼女の成長を一通り寿いだところで、今朝僕が何故ずぶ濡れだったか、その真相究明に移ろう。


「ソラリスターコード、翻訳して。フルムちゃんは、いつ魔法が使えるようになったの?」



ジクマ ノイチシウカ ネウ

(魔法 修得 何時)



「フルム、ジクマ ノイチシウカ ネウ?」


パァァァァァン


フルムが魔法で維持していた中空に形成された水球は、彼女の両腕を大きく外側に開く動作と同期して、その場でクラッカーのような音を鳴らして弾けた。


「フルム、ツジュ ウナ バーリ イルプ ムタ タウ トーロフ」



今 川 遊戯 水 浮上(ウナ バーリ イルプ タウ トーロフ)



「今、川で遊んでたら...水が勝手に...浮いた? どういう事?」



トーワ ネアム

(何 意味)



「トーワ ネアム?」


「イア トンド ドンタスアダ...トブ! ネウ イア イセ タウ、タウ エナラエパ ナオ スチ ノア!」



私 否定 理解(イア トンド ドンタスアダ)


逆説 言う 水 水 出現(トブ イセ タウ タウ エナラエパ)



「んー、分からない...でも、水って言ったら水が出てきた? 無意識の内に、魔法を発動しちゃったって事なのかなぁ。とにかく、その辺りで魔法が使えるようになったんだね。」


「じゃあ、寝てる間、僕に水を飲ませようとしてくれたのは、フルムちゃん?」



私 寝る 間 水 提供

(イア プリス ルイワ タウ トイハロプ)


 

「イア プリス ルイワ、フルム タウ トイハロプ?」


「セウ! ザーフラ クッビ ルェザトゥ タウ イルプ ノイタチキロス!」



兄 一緒 水 遊戯 勧誘(ザーフラ ルェザトゥ タウ イルプ ノイタチキロス)



「僕と一緒に...水遊びしようと思ったのね。なるほど、翻訳して。水遊びは全然してあげるけど、寝てる人に水をかけたらダメだよ。どうしてだと思う?」



タウ イルプ ケオ

(水 遊戯 同意)

プリス ノスレパ タウ トイハロプ ティビホルプ

(寝る 人間 水 提供 禁止)

ノサエル ドンタスアダ

(理由 理解)



「タウ イルプ ケオ。トブ、プリス ノスレパ タウ トイハロプ ティビホルプ。フルム、ノサエル ドンタスアダ?」


「イア トンド ドンタスアダ。」


僕は、その回答を聞いて、若干呆れた様子でフルムのほっぺたを優しくつまみ、横に引っ張った。

 フルムは、自分の頬をつままれている僕の両腕に手をかけながら、キョトンとした顔で僕を上目遣いで見つめている。


「ラザーフ クッビ、タルフー...」



兄 痛い



「溺れちゃうからダメなんだよ? 分かった?」



ネオルド オルス ティビホルプ

(溺水 順接 禁止)

ドンタスアダ

(理解)



「ネオルド オルス ティビホルプ? フルム、ドンタスアダ?」


「セウ...」


フルムの耳と尻尾は、萎れた野菜のように力なく垂れ下がり、見るからにしょんぼりとした心境を表していた。

 僕が彼女の頬から手を離すと、彼女は俯いたままとぼとぼと僕に歩み寄り、そのまま僕のお腹に顔を埋めるように抱きついてきた。彼女が存分に水遊びに興じた為か、彼女の服は少し湿っていた。


「大丈夫だよ、怒ってる訳じゃないから。」


僕は彼女を宥めようと、その垂れ下がった耳と尻尾を優しく撫で続けた。恐らく彼女の機嫌が戻るまで、僕はその場から動けないだろう。


「喉乾いたな...水を沸かさなきゃ...」


僕は、フルムを自分の体から剥がして、水筒を持って小川へ水を汲みに行った。彼女は、慌てて僕の後ろをトコトコと着いてきた。

小川へ着くと、僕は水筒を小川の水で満たし、芝生の上に無造作に置かれているドラゴンの鱗へ注いだ。小川とドラゴンの鱗の間を数回往復し、ドラゴンの鱗に小川の水を溜め、ドラゴンの鱗の熱で煮沸させて清潔な水を前回と同じように作成した。その後、ドラゴンの鱗で煮沸された小川の水を水筒で掬い、アツアツの水筒を冷却する為、水筒の蓋を閉めてから小川に水筒を浸した。ある程度水筒内のお湯が冷めたなと思うところで、水筒を引き上げ、僕は水筒の水を飲んだ。


「全然冷めてないな。」


フルムは僕の背後で、もじもじとこちらの様子を窺っている。


「フルムちゃんも、水飲むでしょ?」


僕は、くるりと後ろを振り向き、彼女に明るく話しかけた。僕と目が合った彼女は、驚きの余り自分で尻尾を前で抱えて、地面に蹲ってしまった。


「フルムちゃん、何でそんなにご機嫌ななめなのー?」


 僕は地面にダンゴムシのように丸まった彼女をそのまま抱き抱え、自分も地面に背中をつけて彼女を抱き抱えたまま寝転がった。

 フルムは、僕のお腹の上で綺麗に丸く収まっている。僕は、彼女が今どんな顔をしてるのか確認しようと、フルムの両頬をムニムニと両手で揉んだ。フルムは、顔をもみくちゃにされても丸まった状態で微動だにせず、じっと僕の悪戯に耐えていた。


「柔らかーい。フルムちゃん、固まっちゃった。ご飯でも食べたら機嫌直るかなあ。」


僕はフルムを再び抱き抱えて、小川の近くまで運び、そこにダンゴムシ状態の彼女を下ろした。

彼女を小川近くに下ろすと、僕はその足で小川に入り、魚を獲り始めた。


「魚めちゃくちゃ速い。石で逃げ道を塞がないと、流石に獲れそうにないな。」


僕は水底の石を集めて、小川の中に魚を誘き寄せる為の石垣を作った。魚はそれでも、必死に逃げ回り、僕の手を華麗に躱していく。僕は、最終手段として、小川の一区画を石で堰き止め、魚の逃げ道を完全に無くした。そして漸く、1匹の魚を捕まえることができた。


「よっしゃあ!やっと捕まえれた!」

 

 その捕まえた魚を、近くの木から取った木の枝に串刺しにし、ドラゴンの鱗に置いた。僕は、お皿用に木から葉も何枚か毟っておいた。

 フルムは、身体を丸めたまま耳だけピョコピョコと動かし、周囲の音を拾おうとしている。

 僕は、魚をひっくり返し、両面にこんがりと焼き色をつけていく。

 

「よしっ、完成! 塩があれば完璧だけど。まぁ、そのままでも十分美味しいか。」


僕は、フルムの目の前に葉を3枚並べてそれをお皿に見立て、そこにこんがりと焼かれた魚を置いた。

フルムは、まだいじけているのか身体だけこちらに向けて、天敵に遭遇したアルマジロのように丸まっている。


「フルムちゃん、焼き魚だよー。」


フルムは、恐る恐る顔を上げた。


グゥゥゥゥゥ


彼女のお腹からカエルが潰れたような低い音が鳴った。彼女は、涎を垂らして何故か僕を見つめている。


「しょうがないなぁ。」

 

僕は、魚に刺した枝の両端を持ち、フルムの顔の前に運んだ。すると、彼女は、ガシッと力強く僕の両腕を掴み、一心不乱に魚にかぶりついた。僕は彼女がようやく機嫌を直してくれたことに、少し安心した。


「子育てって本当に大変なんだね。」


僕は、子どもの行動に右往左往し、一喜一憂する親の苦労というのを初めて理解できたような気がした。

僕は彼女が魚を食べ終えたところで、彼女の口元についた汚れを手で拭き取り、水筒の水で自分の手を洗った。


「ラザーフ クッビ、イロミナ トン リグナ...?」



兄 否定 怒り(ラザーフ トン リグナ)



「トン リグナ(怒ってないよ)」


僕は、笑いながらフルムの頭を撫で回した。フルムは、目を閉じて気持ち良さそうに尻尾をぶんぶんと左右に振っている。


「さて、今日は何について調べようか。」


フルムのダンゴムシ事件が解決したところで、僕はソラリスの星典を使って、今日何を調べようかと考えていた。

今調べたい事はというと、昨日の見たフルムの身体に起こった発光現象についてだ。昨日のフルムの身に起きた発光現象は、調べるまでもなく【魂炎の知覚】の副産物である事は間違いないだろうが、一度ちゃんとした解説を受けておきたい。


「ソラリスターコード、儀式【魂炎の知覚】について詳しく教えて。」


僕は本にそう言い放ち、フルムを抱き抱えて木陰に移動した。僕達は木の根元に並んで腰を下ろし、木漏れ日が丁度本を照らすように場所を調整して、肩を寄せ合うようにして本を覗き込んだ。



儀式【魂炎の知覚】は、体内を巡る魔力の流れを知覚する唯一の通過儀礼です。儀式の内容は、数日間の絶食で、自身を飢餓状態に陥らせる事が目的です。真人系種族が飢餓状態に陥ると、感覚の鋭敏化を伴い、魔力知覚に至る事が可能となります。

 次に、魂炎の色相と魔法適性との関連について説明します。帝立魔導技術研究院の魔導士面接記録によると、儀式過程内で触れる魂炎の色相は八種ほど確認されており、以下にその魂炎色の特徴と魔法適性との関連について詳述します。


◇魂炎色の主観的外観と魔法適性との対応


[星海色] … 銀河や夜空を彷彿とさせる青紫に輝く魂炎を呈し、第五階梯魔法への適性を持つ。その保有者は極めて稀少であり、出現率はおよそ一億人に一人とされている。


[漆冥色] … 漆黒に冥光を帯びた魂炎を呈し、第一階梯魔法への適性を持つ。その出現率はおよそ五千万人に一人とされ、星海色に次ぐ希少性を示す。


[鏡月色] … 月光を映す鏡のような錫色の魂炎を呈し、第四階梯魔法への適性を持つ。稀少性は非常に高く、一千万人に一人の確率で出現する。その色相は、神秘性と冷ややかな輝きを帯びている。


[燦眩色] … 燦然と眩い黄金の魂炎を呈し、第三階梯魔法への適性を持つ。稀少性は非常に高く、一千万人に一人の確率で出現する。その輝きは力強く、"栄光"を象徴する色とされる。


[純焔色] … 純粋なる焔を宿す赤橙の魂炎を呈し、火焔属性魔法への適性を持つ。"情熱"と"破壊"を象徴する典型的な炎色である。


[流清色] … 澄み流れる清水のような淡青の魂炎を呈し、氷結属性魔法への適性を持つ。その魂炎には、冷徹かつ静謐な力が宿るとされている。


[揺厭色] … 揺らめく力動を具象した透明の魂炎を呈し、千嵐属性魔法への適性を持つ。制御困難で不安定な色相とされ、その魂炎は"暴走"を象徴するとされている。


[煤枯色] … 煤けた火山岩と茶褐に褪せた大地を思わせる魂炎を呈し、礫岩属性魔法への適性を持つ。その魂炎は、大地の守護者たる"山嶺"と、永劫に続く"安寧"を象徴するとされている。



「へぇー、魂炎に色とかあるんだ。じゃあ、フルムちゃんの魂炎は、何色だったんだろう。」


「ンー?」



ヤドレセア チュオト エマルフ ロロク トーワ

(昨日 触る 火 色 何)

 

 

「ヤドレセア、フルム チュオト エマルフ ロロク トーワ?」


「ンー、ロロクー ビーメ...ローエ!!」



ロロク ローエ



「黄色かー、黄色に近い魂炎色は黄金の「燦眩色」と通常の「純焔色」の二つだけど、黄色だけでは、どっちの魂炎色か分からないね。少なくともフルムちゃんは、火焔属性魔法に適性があるみたい。」


「フルムちゃん、火属性魔法で火を出せる?」



エマルフ ジクマ エナラエパ ナク エマルフ

(火 魔法 出現 可能 火)



「フルム、エマルフ ジクマ エナラエパ ナク エマルフ?」


「ジクマ フルム エス ナク!?」



魔法 使用 可能(ジクマ エス ナク)



「うん、フルムちゃん、使っていいよ。」

 

「ワーウ!! フルム オド ルイ ジクマ!!」

 

フルムは慌てて立ち上がり、水球を出した時と同じ構えをして、独特な呪文の詠唱を始めた。


「エマルフー...エマルフー...エナラエパー!!!」


シーーン


辺りには彼女の声だけが虚しく響き渡り、それすらも草原を渡る微風に溶けて消えた。


「トン エナラエパ...」



否定トン 出現エナラエパ



「出なかったね。水を出した時とは違う手順が必要なのかも。魔法を修得する正式な手順についても調べておかないとな。」


「ンーー」


フルムは不服そうに眉をひそめ、僕の足の上に腰を下ろすと、本を手で払いのけ、丸太にしがみつくような格好で僕の胸に顔を埋めて抱き着いてきた。


「あぁ、重い...ダメだ、力が入らない...ずっと何も食べてないからなぁ...フルムちゃん、体温高いね...何か...眠くなってきた...」


僕はフルムの温もりを全身に感じ、温度だけは快適な環境の中で、急激な眠気に襲われた。僕は彼女を抱きしめたまま、気絶するように眠りに落ちた。







 


「...ここは、どこだ? 森の中...なのか?」


私は森の中を彷徨っていた。周囲には、青々と生い茂った草花が広がり、緑を湛えた何本もの大木が私を見下ろしていた。


「何で僕はこんな所にいるんだろう。...何も、思い出せない。」


幸い、木々の合間から差し込む陽光が行き先を示してくれている。私はその木漏れ日に導かれるまま、ふらふらとおぼつかない足取りで歩を進めた。


「ん? 何かある。 あれは...何だ...」


あれは篝火だろうか。真っ白な石材で出来た円形に窪んだ台座の中心を、灰色に輝いた炎がメラメラと揺らぎながら燃えている。私は、その幻想的な情景

に吸い寄せられるように、白い石畳の上を歩いていった。

 

「白い...火?」


その炎は、これまで目にしてきた赤い炎とはまるで異なる色調をしていた。にもかかわらず、揺らめき方だけは通常の炎と変わらず、その違和感がいっそう私を惑わせた。


「普通の炎では無さそうだな。」


私は目の前で燃え続ける奇妙な炎に興味が湧き、地面に落ちているまだ瑞々しい緑の葉をその炎に近づけてみた。しかし、木の葉がその炎によって燃える事はなく、まるでそこには何も存在しないかのように木の葉がすり抜けるだけだった。


「全く熱を感じない...これは火じゃないのか...?」

 

私は木の葉を地面に落とし、その鈍く輝く炎へと手を差し入れた。手を炎に差し込んだその瞬間、全身が白い炎に包まれ、雷に打たれたかのような衝撃が身体を貫いた。


「うぐっ!! ...何かが...身体の中に...入ってきた...!!」


 私は、体内を何かが這い巡るような奇妙な感覚に襲われた。やがて纏っている白い炎の輝きは次第に強まり、ついにはその眩しさに、僕は目を覚ました。

 

「はぁ..はぁ..何だ...眩しい....」


ぼやけた視界の中で、日が暮れた世界の中で自分の身体が白く発光し、小さな光の粒子が宙を舞っているのが分かった。


「ラザーフ クッビ、ケオ ヨー エラ?」


フルムは、僕の横に中腰で立って不思議そうにこちらを見つめている。


「んー? 大丈夫だよー...」


僕は掠れた声で彼女に返事をした。身体の発光は次第に弱まり、光の粒子もいつの間にか消えていた。


「これで【魂炎の知覚】は完了したと思う...そんなことより喉が渇いた...水...」


 僕はここ数日の絶食で身体に力が入らず、水筒のある場所まで芝生の上を這って移動した。喉が裂けるような渇きを覚えながら、僕は水筒を掴み、その中身をゴクゴクと豪快に飲み干した。


「ふぅ...お腹空いた。」


喉を潤しても満たされない物はある。これまで空腹感と闘ってきたが、いよいよ限界が迫って来ていた。僕は、袋から干し肉を2枚取り出し、それを一枚ずつゆっくりと噛み締めるように咀嚼した。


「ラザーフ クッビ! フルム ジウ トーイ!」


「ん? フルムちゃんも食べる? はい、あーん。」


フルムは僕の傍にちょこんと座り、口に運ばれた干し肉を奥歯で美味しそうに噛み切って食べていた。

二枚目の干し肉を彼女に食べさせている最中、彼女はふいに咀嚼を止め、大きな耳をパタパタと前後に傾けながら、出発した村の方角を見つめ始めた。


「シヴォ ラエフ...」

 

「どうしたの?フルムちゃん。そっちが気になるの?」


彼女が何に反応しているのか確かめようと、僕は丘を登り、村の方角を眺めた。

すると、向こうの丘から微かな火の光と煙の立ち昇る様子が見えた。


「人が居る...!! 今すぐここを離れないと...!!」


「ラザーフ クッbわぁ!!」


僕はフルムの手を取って、駆け足で丘を下った。その後、木の下に向かい、そこにある水筒を袋にしまってそれを首から提げた。フルムに靴を履かせて、旅支度は早々に完了した。後は、ドラゴンの鱗を引きずって運ぶだけだ。


「それじゃあ出発するよ、フルムちゃん。」


「ケオ!!!」


 フルムは僕の言葉の意味が分かっているのか、爆ぜるように明るく大きな声で、僕の鼓膜をつんざいた。僕は右手にフルム、左手にドラゴンの鱗という状態で、小川に沿って森へ歩みを進めた。

 二人の足取りは、村を出発した時ほど重くはなかった。だが決して軽い訳でもない。彼等は、儀式【魂炎の知覚】を通して、この旅路が覚悟と知恵の試練であることを身をもって思い知った。

 二人は、一歩一歩確かな歩みと共に、この広い草原を後にした。

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