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第85話 びっくりするくらい誰も乗ってこなかった




 内匠櫂たくみ かい。12歳。

 32歳の冴えないサラリーマンであった彼は、異世界に転生した際に何故か12歳の美少女に生まれ変わっていた。

 白竜山麗にてミカゲ、そしてロイと邂逅した櫂。思わぬ再会に喜ぶのも束の間、地下迷宮を通らずに里まで飛んで行こうと提案したミカゲにNOを唱えてしまう。







 結論から言うと、櫂はダンジョン童貞(処女?)を捨てる夢は叶わなかった。

 地面に寝そべってイヤイヤと駄々までねたのに、びっくりするくらい誰も乗ってこなかったのである。


 「――皆さん、そんなにダンジョン行きたくないんですかッ!?」


 希少なすみれ色の髪が砂で汚れるのも厭わず、地面に寝そべったまま櫂はその場に居合わせた全員に訴えかけた。

 地下迷宮に行きたくはないのかと。


「うん、飛竜に乗ってた方がカイは安全」


「……申し訳ありません~私も~足がもう痛くて~」


「――えっと、俺も皆と同じかな」


御子おし、幼児帰りした御姿も大変に素晴らしいのですが、地下通路は狭い上に慣れていない者には少々過酷な道程でして……」


「……(全員が揃って飛竜を指す)」


 わざわざ暗く険しい地下迷宮を通りたい(案内してもよい)と考える者は櫂を除いて一人も存在せず、その現実を突きつけられた櫂は渋々と身を起こした。そして当てつけるかのように距離を置いたところで膝を抱えてしまう。

 要するに拗ねてしまった。


「はいはい、結論が出たところで行くわよカイ。後はエルナとそれと……蛇帝の使徒さん、誰か一人ついて来てくれる?」


 櫂の奇行とその扱いに慣れていたミカゲは、櫂の外套がいとうえりを掴んで有無を言わさず引きずって行く。

 飛竜は成人なら三人、小柄な少女なら四人程度まで背中に乗せて飛ぶことができた。その為、全員を上層の里に運ぶには人数を分けて往復しなければならない。

 一行の中心人物である櫂とその護衛であるエルナは当然として、ミカゲはサピアを始めとした蛇帝の使徒に同行を求めた。何せこれから向かうのは大陸最凶と恐れられている暗殺者たちの里である。いくら櫂やエルナが「彼女達は信用できる」と判を押しても外部の者たちだけで飛び込むのはあまりに危険であり、里の住民にも警戒されてしまうだろうと判断しての提案だった。


「はい、ならば我をお連れ下さい」


 ミカゲの意図を汲んでか、即名乗りを上げたのはサピアだった。そもそも櫂を里まで案内するように命じられたのは彼女なので、実質的には彼女以上の適任者は存在しなかったのだが。

 こうして櫂、エルナ、サピアの三人と騎手たるミカゲが第一便として里に向かう事になった。飛竜の背に設けられた特製の蔵に跨り、その体をベルトで固定してもらいながらも櫂は頬を膨らませて不機嫌をアピールしていたが、ミカゲは気にもせずテキパキと準備を整えていく。


「それにしても、まさか本当に極北の地まで来るなんてね」


「……先ほども話した通り、私は招待されだけですからね。そりゃまぁ……ちょっとくらいは興味がありましたけれど。それよりもミカゲさんのほうこそ、どうして私がここにいると知っていたのですか?」


 夏に開催された銀鷲ぎんしゅう帝国の建国祭以来、櫂とミカゲは一度も顔を合わせていないし文を交わしてもいなかった。それなのにどうして帝国から遠く離れた北の大地、それも人気のない険しい山中まで追いかけて来たのか。当然の疑問を口にするとミカゲは一瞬だけ口籠った。


「……盟主様からの託宣でね。櫂が白竜山麗にいるから様子を見てこい、って命じられたのよ」


「盟主――と言うとラキのことですか!? えぇ……もしかしてあの子、千里眼か何か持っているんですかね?」


「盟主様よ。私なんかが知る事じゃないけれど、確かに盟主様は森羅万象を見通す力をお持ちね。或いは――」


 そこで一旦言葉を止め、ミカゲはチラリとエルナに視線を移す。そして首を横に振った。


「いえ、いくら天鼠コウモリと言えどエルナが気付かないわけがないわね。だから盟主様はカイの事も神通力か何かでお見通しだったのよきっと」


 櫂はミカゲがぽつりとこぼした「天鼠コウモリ」なる名を知らなかったが、ミカゲの物言いから恐らくは間者の類なのだろうと推測した。


「さぁ――行くわよ!」


 同行者全員の搭乗を確認するとミカゲも飛竜に跨り手綱を手にする。

 そんなものがなくても飛竜は人と意思疎通できるので、どちらかと言えばそれは騎手たる人間が振り落とされない為に必要な騎乗具であった。

 ミカゲのかけ声と共に飛竜は巨大な翼を大きく羽ばたかせ、そのまま垂直にふわりと浮き上がる。そしてあっと言う間に空の高みまで浮上すると翼の角度を変え、後方に風を送るように羽ばたいた。

 すると飛竜は滑り落ちながら前方へと一気に加速する。櫂に言わせればそれはまるで遊園地のジェットコースターのそれであり、飛竜が鳥類とは似て非なるメカニズムで飛翔する生命体である事を物語っていた。


 ・

 ・

 ・


「おぉ……」


 飛竜の背に乗って空を飛ぶ櫂の目に映る光景――それは神の視座とでも呼ぶべき圧倒的な景観であった。地上からは見上げるしかなかった山の頂は足元に、ともすれば山の稜線に引っかかった小さな雲すら眼下に追いやられている。

 けれども視線を反対に向ければ、そこには白く染まった鋭鋒がその腹を見せていた。ひときわ高く、それ故に異質な白竜山麗の威容に言葉を失いながら、櫂は騎手たる少女にしがみ付く腕に力をこめた。あまりの高さゆえに「逃れられない死」がすぐ足下に口を開けていると実感するが故に。


「――ねぇカイ、盟主様のこと覚えている?」


「? ええ、忘れたくても忘れられませんよ」


 ミカゲが言うところの盟主様とは、八萬はちまん諸国連合における最高権力者であり絶対的権威の半神――神狐しんこラキニアトス・イヅナのことである。初めて拝謁した時、明白な敵意と嘲弄ちょうろうを浴びせられ、けれども何処かで自分を試しては喜んでいるようにも見えた事を思い出して櫂は顔をしかめた。

 その表情を拝むことはできないが、ミカゲは可笑しそうに笑いをこぼし――ぽつりと呟いた。


「今回の戦はね、盟主様が直々にお命じになったの」


 詫びるでも弁明するでもなく、ただそうなってしまった運命を嘆くような声だった。


「――そうでしたか」


 しかし櫂は帝国の人間ではない。従って諸国連合が銀鷲帝国に宣戦布告し戦端が開かれてしまった事をミカゲが詫びたり、後ろめたく感じる事はない――そう思ってはいるものの、建国際の後も帝都に身を寄せ続け、帝国やその属国に生きる人達とよしみを結びながら生きている者として、戦火に焼かれる日が来ないとは言いきれない。或いは敵として互いの大切な人を手にかけてしまう時はこないなんて誰も約束できないのだから。

 だから、櫂はミカゲの言葉やそこに秘めた想いをただ受け止める事しかできなかった。


「私の知る()()()は――こんなこと絶対にしないと、そう思っていたのに」


 けれども続くその言葉には、思わず聞き返さずにはいられなかった。

「あの子」とは誰か。そして何故ミカゲがその言葉を()()()()()()()のかと。


「あの――」


 けれども櫂の口から言葉が紡がれることはなく、意味を成さない声は風にかき消されていく。その頃には櫂達の眼下には天然自然の風景ではない、明らかに人の手が加えられた地形が見えてきた。

 山の斜面を切り拓いた耕作地、蛇行しながら伸びていく道に添うようにして建てられた石造りの家屋、そこからこちらを見上げる無数の人影――獣すら寄せ付けないと思われる高所に確かに存在する人里。それこそが櫂達が目指してきた場所――ソルコブであった。


「あれがの里です、御子」


 懐かしさを声に滲ませ、サピアは眼下の人影に向けて手を振るう。そこには単なるサイン以上の意味が込められていたに違いない。

 サピアは里の中でもひと際大きく、そしてなだらかな平地に建てられた屋敷に降りるようミカゲに伝え、飛竜はゆっくりとそこへ向けて降下していった。

 屋敷の中庭に相当するその平地には建造物や施設はなく、剥き出しの地面とそこをまばらに覆う草だけの荒れ地であった。それでも飛竜が着地して翼を伏せると、その周囲を無数の住民が囲んだ。

 何れも陽に焼けた浅黒い肌をして、せた衣服の上に無数の布を巻きつけた女性や子供ばかり。突如として飛来した飛竜を警戒する者はほぼ存在せず、せいぜい年老いた男性が興奮して走り出そうとする子供を静止するくらいであった。


「――皆、ただいま戻ったぞ」


 真っ先に飛竜の背から降りたサピアが集まって来た住民に声をかけると、彼女達はわっとサピアにかけ寄って帰省と無事を祝い始めた。

 後から合流した櫂達もたちまち子供や年配の女性達に囲まれてしまい、興味津々な目を向けられるどころか「どこから来たのか」「年齢はいくつなのか」と質問攻めにあう始末だった。


(こ、この距離感の近さと遠慮の無さ――田舎の親戚ですねこれ!)


 懐かしい記憶を蘇らせながら、服の袖やら手を遠慮なく引っ張って来る子供に戸惑う櫂。その度に彼(女)の脳内から「険しい高地に隠れ住む暗殺者の里」という幻想が音を立てて崩れ去っていく。


「こらお前達! 御子おし様に失礼だぞ」


 流石に見かねたサピアが子供達を引き剥がすが、その姿はどう見ても面倒見の良い姉貴分のそれでしかない。


「皆様、失礼いたしました。何分こんな山奥ですから外の人間自体が珍しくてつい――ってお前らーーーーーーーーーー!!!」


 詫びる途中で絶叫したサピアの視線の先には、飛竜の背に登ってキャッキャッとはしゃぐ里の子供たちの姿があった。そんな彼らを飛竜は穏やかな目で眺めているだけだったが、さりとて放置しては置けないとサピアは慌てて飛竜のもとへと飛んでいく。

 それでも一向に遊ぶのをやめない子供たちに彼女が手を焼く光景を眺めていた櫂だったが、ふと視線を逸らすと視界には石造りの屋敷と――そこから更に高所へと延びていく長い石段が映る。


「そこに本当にいるのですかね? ……ドラゴンが」





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