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第82話 もう一度、逢いたい




 内匠櫂たくみ かい。12歳。

 32歳の冴えないサラリーマンであった彼は、異世界に転生した際に何故か12歳の美少女に生まれ変わっていた。

 翠馬すいば公国公子ラスティフは櫂が密かに送り届けた文を読み、身を潜めていた洞穴を後にする。彼を捜索していた上級騎士も後を追い、櫂たちは晴れて村を後にするのだった。







 季節は冬を迎えていた。

 大陸を東西に分断する山麗から吹き下ろす風は時に雪を孕み、大陸北部の極北の地は止むことを知らぬ吹雪と重苦しい曇天どんてんの空が、人々の足だけでなく心にまでの重石おもしを課していく。

 その一方で極北の地から南東に下った赤狼せきろう公国と八萬はちまん諸国連合の国境――より正確には二つの国を繋ぐ街道上に設けられた城塞「オウサの関」では、吹き下ろす寒風は土木工事に勤しむ兵士たちの火照った体を冷ます一時の清涼剤でもあった。


「おうい坊主、飯だぞ飯!」


 頭に猫の耳を生やした諸国連合軍の壮年の兵士が声をかけたのは、日に焼けた肌に映える赤土色の髪と赫灼かくしゃくの瞳を宿す少年だった。


「はい、こいつを置いたら休みます!」


 少年は右肩に木材を担いだまま、二回り年上の壮年の兵士に愛想よく応じる。

 彼は銀鷲ぎんしゅう帝国の騎士見習いであり、諸国連合軍の兵士とは敵同士の関係であるのだが、交わす言葉には気心の知れた気安さと信頼があった。赤土色の髪をした少年は、名をロイ・ディ・ガーラントと言う。


 一月ほど前、オウサの関をめぐる赤狼公国軍と諸国連合軍の戦いに援軍として駆け付けたロイはであったが、公国軍は関を捨てて撤退。殿として諸国連合の大英雄に挑んだロイは重傷を負い、囚われの身となったのである。

 現在は捕虜としてオウサの関に抑留されていたのは、ロイの他に傷を負い撤退が叶わなかった負傷者、味方を無事に逃がすために最後まで城塞に残った隊長格の公国軍兵士ら十数名であった。

 しかし諸国連合軍の捕虜に対する扱いは「寛大」の一言に尽きた。

 最大の理由は負傷者が大半を占めていた為であるが、それと同じくらい両国の兵士たちは互いに敵意を募らせる事を良しとしなかったのである。

 捕虜となったロイたちは城塞の修繕に駆り出されたが、彼らもまたその労役に文句ひとつ言わず就いた事が互いに良い結果を招いていた。


 ロイは運んできた木材を正門前に置くと、資材の管理をしている諸国連合の兵士――顔の一部が鱗状になっている鎧亀がいきの民に報告する。ひょろりと背が高く禿げあがったその兵士は「うむ」と頷いた後、


「お前、昼からは休んでいいぞ」


 そう言って再び手持ちの帳面に目を向ける。素っ気ない態度ではあったがロイは「はい、ありがとうございます!」と律義に頭を下げた。

 その足でロイが食事の配給場所に向かうと、そこには同じように作業を終えた同胞の兵士たちが列を作っていた。


「よう騎士少年、病み上がりだってのに働きものなこって」


「いやもう大丈夫だって。痛みもないし」


 皮肉めいた言葉にも素直に応じるロイの姿に、他の兵士たちは口元に優しげな笑みを湛える。ロイはまだ十代前半であり、素直で実直な性格から他の兵士たちにとっては息子あるいは歳の離れた弟のような存在であった。

 そんな少年が諸国連合の大英雄オウキと単身で渡り合い、敗北して重傷を負うも一命を取り留めたという武勇伝が、敵味方関係なく多くの兵士たちの好意を集めたのは当然の話とも言える。


「おう()()()()の小僧、くたばらないように精々食っておけ」


 捕虜に食事を配給する諸国連合の兵士も憎まれ口を叩きながら、香辛料で煮込んだ肉と野菜を器から溢れんばかりに盛りつけていく。添え物の乾パンは一切れ多かったが、誰もそれを咎めようとはしない。


「はは……どうも……」


 流石に量が多すぎるとは言えず、ロイは苦笑しながら食事を受け取ると同胞が集う一角に向かった。

 そんな時、聞き慣れたない声が渇いた空に響き渡る。

 ふと顔を上げると滑空する巨大な生物の姿が視界を横切った。伝令や荷物の運搬に用いられる巨鳳おおとりではない。長い首と尾を持ち、大きく広げた翼のシルエットは鳥類のそれではなかった。


「――飛竜だ」


 同じように空を見上げていた誰かが漏らした言葉に、ロイは数カ月前の記憶を蘇らせていた。


 ・

 ・

 ・


「確かに預かり申した。ご足労感謝する――眷獣司けんじゅうしどの」


 オウサの関を守護する諸国連合軍の将マルバス・タズミは、書簡を携えて来た一人の少女に丁寧に礼を述べた。

 王虎の民ではある彼は猫を思わせる獣の耳を持つが、左の耳はその半分が抉れている。それこそが武人たる彼の証であり誇りでもあった。

 一方で彼に書簡を手渡した少女もまた王虎の民であり、銀色の髪の上ににょっきりと同じ色の毛でおおわれた獣耳を有している。こちらは傷一つなく見事な左右対称になっていた。

 銀髪の少女はまだ十代の半ばほどではあったが、自分よりはるかに年齢も身分も高い相手を前に臆する様子も見せない。


「いえ、これも任務です。それに個人的な用事もありましたし――」


「ほう個人的な用事――いや、“揚羽”の眷獣司たる君の事だ。探るつもりはないので好きにしたまえ」


「あ、いや別にそんなに剣呑けんのんな話ではなくて――とは言え、ご理解いただき感謝します」


 交わす言葉が気安いのは同族のよしみもあったが、それ以上にマルバスは孫ほど歳の離れた少女の肩書に対し敬意を払っていた。

 “揚羽アゲハ”の眷獣司。それは諸国連合を構成する各都市国家の当主よりも上位に位置する「盟主」――その直属の配下である事に起因している。


「ご報告の通り、竜骸りゅうがい山脈への兵の配置は完了し、既に二度、帝国の工作隊を退けています。予想通りではありますが、敵も本気ではないようで」


「だろうな。わざわざ冬の山を越えて兵を送り込もうとしたところで数は知れている。我らが既に山道の要所を押さえていると知れば、西の連中も手を出せなくなるだろう」


 マルバスが机の上に広げていたのは一枚の地図だった。諸国連合と銀鷲帝国との間に壁のように聳える竜骸山脈、そこを横断する幾つかの山道の位置を簡便に描き表している。

 二大国を繋げる街道は一つだけだが、その他に険しい山脈を横断するルートもいくつか存在していた。尤もその道は人目を避けたい者が危険と隣り合わせなのを承知した上で使う抜け道でしかない。

 それでも戦争となれば、狭く険しい山道をから兵士を敵地に送り込もうと考える者は出てくる。故に諸国連合は宣戦布告より前から、幾つかの山道に兵を配置して迎撃準備を整えていた。

 その作戦に深く従事していたのが“揚羽”の眷獣司の少女――すなわちミカゲ・アゲハであった。彼女は兵の配備が完了した報告と戦果の子細をマルバスに届ける為、ここオウサの関を訪れていたのである。


「背中の護りは十全と来れば、後はこのオウサの防衛を固めるだけ。それも天がひとつ巡る頃には完了するだろう」


 “天が巡る”とは、諸国連合の暦でおおよそ一月の事を指す。

 天は十三回めぐる事で新たに生まれ変わり、それを一年として数えるのが諸国連合の暦であった。ちなみに銀鷲帝国の暦では一年は十二の月で構成されているので、諸国連合の民は年齢が同じでも帝国の人間より一月分は長じている――と考えている。


「眷獣司殿、今宵はこちらで部屋を用意させてもらう。飛竜ともどもゆっくり羽を休めたまえ」


 ミカゲはマルバスの厚情に礼を述べた後、少しだけ彼の機嫌を伺いながら――こう切り出した。


「――将軍閣下、ひとつお聞きしたい事があります。帝国の捕虜についてです」


 ・

 ・

 ・


 夜が訪れた。

 ロイを含めた捕虜の兵士たちは城塞の救護室に集められ、そこで寝起きを共にしていた。捕虜としては寛大に扱われているとは言え、日が昇っている間は城塞の修繕工事を課せられていた為、陽が沈んで暫くすれば兵士たちはすぐ眠りに就いてしまう。

 救護室の出入り口は諸国連合の兵士が数名、監視を務めていたが、彼らもまたうつらうつらと舟を漕いでいる。捕虜が誰一人として逃亡したり反抗する事はないと見なされていたが故の光景だった。

 そんな折、石畳の上を音もなく滑る影がひとつ。そのまま救護室に潜り込んだのを誰も気づけないでいた。


(……私の声が聞こえていたら起きなさい、()()()()


 耳元で囁かれた声に、ロイはふと目を覚ました。

 夢でも見ていたのかとぼんやりしていると、再び耳元で何者かの声が響く。


(動かないで。目だけ開けて私の言葉を聞きなさい)


「……ああ」


 その頃にはロイの意識はすっかり覚醒し、言われた通りに目だけを開けて薄暗い天井を眺めていた。

 気配はまるで感じない。それなのに誰かが側にいて話しかけているのは分かる。

 まるで部屋を包む影の奥に誰かが潜んでいるかのように。


(夏の武闘大会で赤狼の公女様やカイと手合わせたしたのは、あなたで間違いはないわね? 返事は不要よ。首だけ動かして)


 ロイは素直に頷く。久しぶりに耳にした一つの名前が彼の心臓を不意に高鳴らせたが、その鼓動を聞き留める者は誰一人存在しなかった。


(やはりね……ところで魔術師の彼もここにいるの?)


 ロイは首を横に振った。彼の相棒であるハディンは公女マリアリガルと共に赤狼公国へと撤退した筈だ。無事である事を疑ってはいないが、きっと自分の事を怒っているだろうな……と懐かしさに胸を詰まらせる。


(——そう、なら話が早いわ。私はこれから北に向かう。あの子に――カイに会いたければ、今すぐ部屋を出て城壁へと向かいなさい)


 ロイの返答を待たず、その声の主は部屋を出て行った。その姿はおろか気配さえも感じ取れなかったが、もうこの部屋にはいない――それだけはロイにも理解できた。

 何かの罠だろうか。その疑念はすぐに立ち消えた。

 ロイはお人好しではあっても騙されやすいわけではない。彼が貧民から騎士見習いにまで成り上がる事が出来たのも、人を見る目が確かだったからに他ならない。

 空を横切る飛竜、聞き覚えのある謎の声、そして胸をざわつかせる()()の名前。

 それらが彼の記憶の中で、銀色の髪をした一人の少女の姿を描き出している。

 粗末な寝台からゆっくり身を起こすと、ロイは救護室に集まった同胞たちの寝姿を眺め回した。

 もしここで自分が姿を消したら、彼らが諸国連合の兵からどんな扱いを受けるのか――仔細や程度は分からなくとも容易に想像がつく。何より国も民族も超えて自分に良くしてくれた人達に不義を働く事を考えると、少年の胸に絞めつけられるような痛みが走った。


 それでも――眩しい陽光を弾いて輝くすみれ色の髪が、胸に焼きついて離れない。


 上着を羽織り、ロイは何気ない素振りで救護室の出入り口へと向かう。

 見張りの兵士に「便所に行く」と告げると、彼は「勝手に行って来い」と手だけ振って部屋を出る事を許可してくれた。

 自分がここから逃げ出すもつりでいるとはまるで考えていない様子に、心の中で詫びを入れたあと、ロイは便所ではなく城壁に上がる階段を目指して歩き出す。

 本来ならば複数の兵士が巡回し、監視の目を光らせている筈の道中には不思議と誰の姿もなく、ロイの歩みは次第に速くなっていった。


 やがて――月の光を浴びた巨大な飛竜とその背に跨る少女の元へと辿り着いたロイは手を伸ばし、胸の奥から溢れ出す想いを口にする。


「一緒に連れて行ってくれ――もう一度、逢いたい」


 一匹の竜と少女は頷き、彼を乗せて夜空へと飛び上がった。

 かくてミカゲ・アゲハとロイ・ディ・ガーラントは共に北の地を目指す。

 内匠櫂と再会する、その為に。





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「主人公、王子と結婚する未来はやめてくれない? 百合が見たいのに男が割り込んでくるのは嫌なんだ。」
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