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第81話 イケメンは死なない




 内匠櫂たくみ かい。12歳。

 32歳の冴えないサラリーマンであった彼は、異世界に転生した際に何故か12歳の美少女に生まれ変わっていた。

 一夜の宿を求めて立ち寄った村で、翠馬すいば公国の上級騎士によって村に足止めされてしまった櫂たち。打開策について議論するなか、その翡馬公国の公子を発見したとの一報がもたらされる。







 ラスティフ・フォン・ヴィストヤード。

 現・翠馬大公ガルン・フォン・ヴィストヤードの嫡男であり、第一公子として様々な政務を取り仕切っている24歳の青年。既婚。

 癖のある金髪と翡翠色の瞳をした容姿端麗の貴公子――と言う如何にも帝国の貴族然とした容貌だが、彼は幼少の頃より城館を抜け出しては遊牧民族や極北の地からの移住者たちの子供とともに広く果てない草原を馬で駆け巡っては、狩りの獲物を手に帰還するのが常という破天荒な性格であった。

 彼の六人の妻の一人は遊牧民族の長の娘、もう一人は奴隷として売られていた黒髪の賤民、更にもう一人は「魔女」と呼ばれた齢400年を超えると言う(自称)老婆であるのは、息子の破天荒さに対して「どうしようもない」と父である大公が匙を投げ飛ばした結果だと言われている。


「――で、そのギャルゲーの主人公みたいなイケメンがどうしたんですか? ハッ、捕まって処刑されれば良いのに」


 ラスティフ公子の人となりを聞いた櫂は、文字通り吐き捨てるように呟いた。自分の卑屈な嫉妬心を。


「……ふふ、美男子は何をしても許される。んでもって仕事もデキるからパーペキ」


 櫂達に公子発見の一報を届けた「蛇帝の使徒(ザハーク)」の一人はそう言うと、泥魚のように大きな口に得意げな笑みを浮かべる。

 彼女は名をマルフィーと言った。


「‟パーペキ”ってこの世界にもある言い回しなんですね。イケメンはもうそれだけで気に食わないですが、沢山の奥さんを未亡人にするのも気が引けます。仕方ありません、もう少し詳しく教えていただけますか?」


 私情を一先ずは押し殺して、櫂はマルフィーに報告の続きを促した。

 櫂達は今、村で一軒の宿屋に宿泊しており、部屋の中には櫂の他に護衛のエルナ、同行者のベルタ、道先案内人のサピアの計5人が集まっている。

 女が三人寄れば何とやらと言うが、部屋はおろか宿屋の外にも姿を見せない複数の蛇帝の使徒(ザハーク)が監視の目を光らせている。そのため櫂たちは聞き耳を立てられる心配もなく話し合う事ができていた。


「……ふふ、はね、村の外でキョロってる変なおっさんを見つけたの」


「申し訳ありません御子おし、このは妙な言葉を好んで使いたがる悪癖がありまして……」


「大丈夫ですよサピアさん、私は何となく分かりますので」


 きっとネットミームでコミュニケーションするようなオタクの“異邦人エトランゼ”が、かなり前にこの世界に転移していたのだろうな……と想像しつつ、櫂はマルフィーの独特な語り口に耳を傾ける。


()()()()()()()()()()のにボロボロの服着てて変だコレ、と思って後を尾けたら……村から半里離れた崖の下に洞穴があった」


「その中に公子が? 顔は確認できたのか?」


 同僚のサピアが問うと、マルフィーは「モチのロン」と頷いた。


「西の人、“影技”知らないから気付けない。洞穴はトンネルみたいになってて奥で数人の男達が野営してた。そこにいた金髪翠眼の美男子……ふふ……」


 どうやら彼女は肉眼で公子の存在を確認したらしい。だとすれば確定だと櫂は手を叩く。


「あの上級騎士はやはり公子を探していたのでしょう。御子、如何いかが致しますか?」


 サピアは具体的には口にしなかったが、その情報を上級騎士に流して、一刻も早く村を出て行けるように企てるのかと櫂に判断を仰ぐ。

 櫂は花弁の如く色づいた唇に指を当てて思案したのち、首を横に振った。


「そのイケメン公子様、この村の住民が誰一人口を滑らせていない程度には好かれている方なのでしょう。だとすれば私が一人だけ悪党になるのも気分が悪いですね」


「つ、つまり櫂どのは~公子様のことを~見逃すと~?」


 それまでハラハラしながら話の流れを追っていたベルタがおずおずと確認すると、櫂は「ええ」と頷く。それを確認してベルタは胸を撫で下ろしていた。


「とは言え、このままでは私達もここに足止めされ続けますし、あの陰険そうな上級騎士殿がそんな近場に隠れている獲物に何時までも気付けないとは思えません。どう思いますエルナ?」


 会話には加わらず櫂のすぐ隣で干し肉を齧っていたエルナは櫂に意見を求められ、干し肉を口から離すと開口一番こう言った。


「住民に信用されている人間の()()()()()()()。そうすれば大抵は()()()()()()()


 脅す意図もなくさらりと言い放ったエルナにベルタは青ざめ、櫂は目を見開いて息を吐く。エルナは銀鷲ぎんしゅう帝国において“人狼”と呼ばれたマン・ハンターの一人でもあり、捕獲対象を炙り出す方法にも精通していると櫂は踏んだのだが、どうやら予想以上だったようだ。

 ちなみに大陸屈指の暗殺者集団と噂される「蛇帝の使徒(ザハーク)」のサピアとマルフィーはそうだそうだと頷いていた。


「……では、私達のやるべき事はひとつですね。公子にそれとなく出て行ってもらいましょう」


 それが櫂の下した判断であった。


 ・

 ・

 ・

 ラスティフ・フォン・ヴィストヤードは、ほのかに湿った地面に腰を下ろしている。鎧は身に着けておらず、薄汚れた軍装を深草色の外套に包んでいた。

 彼は焚火たきびあぶったパンを一口齧ったところで、視界の端にそれとなく置かれていた紙片を発見した。

 誰かが落としたものだろうか。ふと手に取ると、それは四つに折りたたまれた驚くほど滑らかで真っ白な紙であった。この世界ではそうした紙を「コピィ紙」と呼んでいる。

 ラスティフが身を潜めている洞穴は、山を穿つ巨大な亀裂によって生じた地下空間であり、鬱蒼とした森に知らず穿たれた岩壁と山向こうの洞穴を繋げる通路でもあった。僅かに差し込む日光を頼りに紙を広げ――そこに記されていた統一言語ことばに、彼は翡翠に例えられる瞳を細める。


「マリゼン郷、これを」


 ラスティフは折りたたまれた紙片を、配下である上級騎士に手渡した。

 上級騎士ハイン・ド・マリゼンは怪訝そうに目を通すと、今度は「何ですかこれは」と途方に暮れた顔で言った。


「私が聞きたいくらいだが――部下たちの報告とも内容が一致する。あの村には世話になった。これ以上迷惑をかけるのは忍びない」


「ですが殿下、その……罠としか思えません。何故、縁もゆかりもない()()が、我々がここに潜んでいる事を知っているのですか。いやそもそもこの文は何処から……」


 刺客を警戒し、ハインは周囲を見回す。薄暗い洞穴内はいくら目を凝らせども視界の大半が闇に閉ざされており、その深淵に何が潜んでいてもおかしくはない。


「そうだな実に怪しい。しかしね、私はこの差出人を信じてみようと思うのだよ」


 ラスティフの声は不思議と明るい。頬は僅かにこけ、端正な顔は伸び放題の髭に覆われていたが、翡翠の瞳に宿る意思はいささかも輝きを失っていなかった。

 公都エウスヴェルデが陥落した後、深手を負った彼を命懸けで連れ出してくれた騎士達と共に、彼は帝国領を目指して逃避行を続けている。

 それを執念深く追跡してきたのが同じ翠馬公国の上級騎士イラスタリアだと知り、失望と怒りに足が竦みそうになったものの、それでもラスティフは歩みを止めなかった。

 厳しい逃避行の果てに、ようやく帝国北西部のランバート公爵領まであと数日と迫ったところで、彼らはイラスタリアに先回りされ、やむなくこの洞穴に身を潜めて逃れる機を伺っていたのである。

 近くの村の長はラスティフに食料や馬の飼葉を届けてくれていたが、そこにイラスタリアがやってきて村を封鎖してしまった。イラスタリアは追い求めている公子がすぐ近くに潜んでいる事を知らなかったが、この村が密かに公子の逃亡に手を貸している可能性があると踏んでいたのだ。


 村へと偵察に赴いた部下の報告からそれを知ったラスティフ達は迂闊に動く事が出来なくなり、こうしてじっと身を潜め続けていたのだが――そこに何者かが文を届けた。まさかそれが大陸最凶と恐れられる「蛇帝の使徒」によるものであるとは知らないままに。

 文には村が上級騎士イラスタリアとその兵によって封鎖されたこと、一軒一軒(しらみ)潰しに捜査を続けていること、故に公子達には一刻も早く村から離れるようにと記されていた。

 ハインがいぶかしむのも無理はない内容であったが、ラスティフが信じると判断した理由は手紙の内容ではなかった。


「ほら、これを見たまえ卿。驚くほど細くて真っすぐな字だと思わないかい?」


 ラスティフが指摘したのは手紙に記されていた文章の、その筆跡であった。


「ええ、これは……ただのインクとペンではありませんね。驚くほど濃淡が無いのも不思議です」


「だろう? 帝国に遊び……いや視察に赴いた時に魔導師殿から見せていただいた事がある。これは“ボォルペン”なる()()()で書かれた文字であると」


「魔導師殿が――で、ではまさかこの手紙は帝国の人間から――」


「この紙も含めて、少なくとも公国の上級騎士や北の蛮族どもがおいそれと手に出来る代物ではないよ。何より——この名前が実に良い」


 笑いを噛み殺しながら、ラスティフは文末に添えられた差出人と思わしき人物の名を指す。

 そこには少し角ばった文字で『カイ・タクミ』と記されていた。


「ランバート公か公の信頼が厚い家名を持ち出した方がまだ信憑性が増すと言うのに、怪しげな噂の美女の名をわざわざ使うところが()()()()()


「それは確かにユニークですが……信頼、できます?」


 愉快でたまらないと笑うラスティフに対し、ハインは全く信用できないと眉間に皺を寄せている。だがその一方で彼は、若き公子の才覚と人を見る目の確かさを信じていた。


()()()()()()のさ。——よし、出立は明日だ。今のうちに馬たちにはたらふく食わせて、たっぷり走ってもらうとしよう」


 もう決めたとラスティフは立ち上がり、カイ・タクミが差し出したと主張する紙片を懐にしまいこむ。

 その背中がとても楽しそうに見えたハインは苦笑を浮かべ、離れた場所に控える部下たちに明日にはここを立つと告げた。

 反対する者は誰もいなかったと言う。


 翌日の朝――ラスティフは六人の部下と共に洞穴を後にし、南方の帝国領目指して馬を走らせる。偶然にもそれを発見した兵士からの報告で、昼過ぎには上級騎士イラスタリアも兵を率いて公子の後を追ったと言う。

 密かに公子に物資を届けていた村長は胸を撫で下ろすとと共に、彼の旅の無事を御柱の主に祈り、事情を知らない多くの村人もまた、同じように公子の無事を祈る。


 錬金術師ベルタとその妹弟子たちが村を後にしたのは、それからすぐの事であった。








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