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第76話 共観の舌




 内匠櫂たくみ かい。12歳。

 32歳の冴えないサラリーマンであった彼は、異世界に転生した際に何故か12歳の美少女に生まれ変わっていた。

 ロイはオウキに敗北するも一命を取り留める。そうしてオウサの関を奪還した諸国連合軍にもたらされたのは、連合有数の港町が敵軍に占拠されたとの一報であった。







 八萬はちまん諸国連合は24の都市国家とその支配下にある無数の氏族、集落から成る()()()()()である。

 その都市国家の一つ『シンナ』は諸国連合の南西部に位置し、一都市だけでなく海に面した多くの町をも統治していた。

 中でもイマズ港は諸国連合にとって海の玄関口とも呼べる大港で、『海洋帯シーベルト』と呼ばれる諸島国家群との交易を行う海洋貿易の一大拠点でもある。

 夏が去り秋の風が吹きつける時季になっても、イマズの人々は陽に焼けた腕を露わにして、毎日のように海を渡って来る物資を選り分けては、右から左に流れていく富を追いかける日々に忙殺されていた。


 そんなある日の事であった。沖合に大きな帆船が三隻、姿を現したのである。

 帆船は何れもその帆に、長い体をくねらせる竜の紋様を掲げており、それを目にしたイマズの住民たちは驚きのあまり目を見張ったと言う。

 伝説上の生物である『海王竜サーペント』を象ったその紋様は大陸の西に存在する大国、銀鷲ぎんしゅう帝国――その属国である海竜かいりゅう公国公王家の家紋であった。

 なぜ帝国の属国の船が、それも戦争が始まったこの時期に姿を現したのか。素直に考えれば「敵の属国が海上から攻め込んで来た」以外に解釈の余地はないが、そもそも海竜公国とは名ばかりの属国で、実態はその後見人を務める帝国の大貴族、シャイハスティン公爵家が統治している土地なのは公然の秘密であった。

 従って今回の一件は帝国の大貴族が三隻の船で攻め込んで来たと言ったほうがより実情に近い。しかしイマズの住民や領主は今日この時が訪れるまで、ただの一度も帝国が海から攻めてくる可能性を考慮していなかった。


 その理由は海竜公国の帆船三隻を囲むように航行する、無数の帆船にあった。

 帆は所属を示す紋様の代わりに鮮やかな赤に染めぬかれ、艦首には鋭角な衝角ラムを備えた中型の帆船。

 彼らは『海洋帯』が誇る武装商船団にして、大国の戦船であろうとも鮫のように食らいついては船を沈めてしまう、大陸屈指の水上兵力として恐れられていた。

 とは言え、武装商船団の雇い主は都市国家シンナ――ひいては諸国連合と同盟を結んでおり、本来ならばのこのこと顧客の領海内に侵入してきた帝国の船を追い返すのが彼らの役目なのだが、それが何故か侵入してきた帆船を護衛するかのように周囲に控えていた。


 イマズの人々の驚きをよそに三隻の帆船は悠々と港内に侵入する。

 港湾内の警備を行う兵士たちは武装商船団により警告の為に近づく事さえできず、港に居た人々は我先にと逃げ出しながら、しかし建物の二階や窓から遠巻きに様子を伺っていた。

 やがて帆船は湾内に停泊すると、小型のボートを出して乗組員を上陸させようとしたため、イマズの代官が派遣した兵士たちが上陸を阻止せんと港に布陣する。

 すると波止場に近付いたボートの穂先からひょっこりと姿を現した者がいた。まだ幼い少女である。潮風に揺れる桃色の髪と大きなとび色の瞳をした少女は、眼前に居並ぶ兵士たちに向けて、


 「どもども、はじめましてー♪ ボクは超々カワイイ☆カツミちゃんでーす!!」


 無数の鈴を振り鳴らしたかのように甲高く、やたらと耳につく声で名乗り上げた。

 呆気にとられる兵士たちを尻目に、桃色の髪の少女は懐から一枚の羊皮紙を取り出すと、それを見せつけるように目の前で広げた。


「えーーーっと、ボクらは海竜公国所属の使節団っスね。この度はこの港町のみんなと友好を結びにやって来たヨ☆ キャハ☆」


 茶目っ気たっぷりにウインクし、親善を結びに来たと言い張る桃色の髪の少女であったが、その言葉を信用する人間は誰もいなかった。相手が年端もいかぬ少女である事から面と向かって戯言だと一蹴する事もできず、せめてもの意思表示だとばかりに槍の穂先や弩のやじりを突き返す。

 しかし桃色の髪の少女はあからさまな敵意と拒絶を突きつけられても平然と――いやむしろそれが可笑しくてたまらないとばかりに、口の端を引き上げた。


「まぁまぁ、ここはこのボク――斯波勝己しば かつみを信用してくださーい☆ ボクらは皆さんに危害を加える気はこれっぽっちもナイナイ。友好の証として、ボクらの上陸を認めてくれればなーにんもしないっスよ? マジで」


 敵意は無いと桃色の髪の少女——勝己は繰り返し主張するが、そもそも何処の誰とも知れぬ幼子の言葉には何の重みも保証も存在していない。

 侵入者の上陸を阻止するために兵を展開した部隊長も、勝己の言葉を拙い甘言だとして耳を貸そうとはしなかった。しないと頭ではそう判断していた。

 それなのに——


「そ、そうか……何もしないと言うんだな?」


 次の瞬間、自分の口から飛び出した言葉に部隊長自身はおろか、配下の兵士たちも耳を疑った。何を言っている? まさか自分はあんな怪しい小娘の言葉を真に受けているのか? ありえない!

 思考は疑義を唱え、理性は異を唱える。けれども彼の感情だけはその判断に納得してくれない。


「隊長、何を言って……あいつらはどう見ても兵を上陸させる気ですよ? いや、その……多分の話ですが……」


「いや、それならいちいち断りなど入れずに上陸しようとする筈だ。理由は分からんが西の奴らはまだ一度足りとて攻撃を仕掛けてはいない。だから、その…もしかすると……」


 あり得る筈がないと理性が異を唱え続けても、「しかし」「でも」と感情は次から次に都合の良い言い分を持ち出してくる。しかもそれは部隊長に意見した兵士にしても同様で、冷静で妥当な判断は揺れる気持ちに逆らえなくなっていた。

 何時しか他の兵士たちも構えを解き、それぞれが勝己の出した要求に納得できるかいないかと煩悶し始める。

 そうした動揺はすぐに伝播し、兵士たちはおろか遠間から様子を伺っていたイマズの住民達もまた一人また一人と、勝己の要求を受け入れるべきなのではないかと言い出し始めた。


「――てへ☆ ああ、ボクは自分の可愛さが恐いッ☆」


 目論見通り「敵」が動揺し始めたことを確認した勝己は、可愛らしく舌を突き出しておどけたあと、艦首から波止場へと飛び移る。

 そうして軽やかに上陸を果たした勝己は、白を基調とした貫頭衣の裾をみせつけるように揺らしつつ、部隊長へと近付いていった。


「お願いしますぅ~。帝国の人間は信じられなくてもボクのことは信じて☆ ね?」


「あ、ああ……何もしないと約束してくれなら、こちらも何もしない……しない?」


「えへっ☆ やったぁ! おーい、みんな『降りてきて良い』ってさー」


 戸惑いながらも勝己の言葉に首肯してしまう部隊長。すると待ちかねていたかのように他の帆船からもボートが下ろされていく。

 後はもう誰にも止めれない。小型のボートで次から次に上陸してきたのは、海竜公国の軍装に身を包んだシャイハスティン公爵家の私兵と帝国軍の兵士たちであり、本来なら武器を交えて敵兵の上陸を阻止するはずのイマズの兵士たちは、目の前で起きている事態に目を白黒させながらも何もできずにいた。

 やがて百を超える兵士たちが上陸を果たすと、勝己はその先頭に立ち


「よーし☆ じゃあみんなで領主様にカチコ……挨拶しにいこっか♪」


 ・

 ・

 ・


 後の事は詳しく語るまでもない。

 敵国の港町を堂々と進軍する帝国の兵士たち。驚愕と混乱で顔色を失う住民達に、勝己は空々しい笑顔と媚声で「敵対の意思はない」とうそぶいた。

 すると百を超える兵士たちは一度たりとて槍の穂先を人に向ける事なく歩を進め、たちまち領主の館を取り囲んでしまう。

 あまりにも不可解で唐突な侵攻を受けたイマズの領主は残された兵と共に立て籠もるが、勝己の説得に安々と門を開け放つのであった。

 かくしてただの一日で、諸国連合の海の玄関口イマズは500名の帝国軍によって占拠されてしまう。イマズに住む者達は上も下も「これで良かったのか」と自問自答し、誰一人抵抗できずに敵を招き入れてしまった現状に戸惑うしかなかった。

 誰もがペテンにかけられたように困惑する中、勝己は領主の館の一室に居座り、ソファーに寝転がってのんびりと足を延ばしていた。


「いやーーーーー流石はカツミちゃん。まさか本当にイマズを無血占領するなんて、悪夢を見てるみたいだ」


 言葉とは裏腹に陽気に笑うのは、炒った豆のように日焼けした肌と輝くような赤髪の持つ青年だった。彼の名はサイレン・ド・シャイハスティン公爵。若干21歳の若きシャイハスティン家当主である。

 帝国の貴族が好んで着用する白い上着は胸元が大胆に開かれており、引き締まった胸板が露わになっている。美男子だが軽薄そうな雰囲気を備えている事から、帝国貴族の大半は彼を「血筋に恵まれただけのおぼっちゃん」と見下していたが、 シャイハスティン家の重鎮たちは彼こそが祖父譲りの策謀と叔父譲りの闘争心を兼ね備えた若き野心家である事を知っていた。

 その証拠に彼はこうして、たった500の兵で諸国連合の要地を占領してしまった。それもただ一滴の血を流す事もなく。


「悪夢って言い方は気に入らないなぁ。ボクの……えーっと確か契約神能けいやくしんのう? のおかげなんスからね?」


「いやだって、あんな雑な物言いなのに他の皆がハイハイ頷くんだもの。妖術か魔法の類としか思えないじゃん。ま、助かってるけどさ」


 シャイハスティン公爵はそう言って、グラスに注いだ葡萄酒ワインに口を付ける。それは彼が自分の領地から持ち込んだ一本であった。


「魔法っスか……まぁそうっスよね。種明かしは何とも味気ないけれど……っと」


 仰向けに寝転びながら突き出した舌の先端で、勝己は指に付いた焼き菓子の残滓を舐めとる。

 鮮やかな桃色のその器官こそ、彼(女)が第六の勇者たる所以ゆえんであり、“機構かみがみ”より貸し与えられた権能そのものであった。


「契約神能『共観きょうかんの舌』——ボクが口にした言葉は、それだけで他人の心に抗いがたい共感シンパシーを呼び起こす。だからまぁ、ボクは大抵の人にワガママを通す事が出来るんスけど――」


 勝己の目が、足を組んでグラスを傾けるシャイハスティン公爵に向けられる。


「キミはボクのこと――可愛いと思う?」


「いいや、頼りにはなるけれど俺の好みじゃないし」


()()()()の返答に、勝己は軽く息を吐く。


かいセンパイもそうだけど――この舌が通じない奴も、ぼちぼちいるんスよね……」






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