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第73話 神威




 内匠櫂たくみ かい。12歳。

 32歳の冴えないサラリーマンであった彼は、異世界に転生した際に何故か12歳の美少女に生まれ変わっていた。

 単騎で城門を破壊し、城内に侵攻した虎頭ことう将軍オウキ。彼に挑むのは第五の『勇者』ロイ。その契約神能けいやくしんのうが今、真なる権能を発動する――







「俺もあいつを止める! 公女様は頼んだハディン!」


「お、おい待て! クソ――()()()()こうなりやがった!」


 オウサの関を守護する赤狼せきろう公国軍――それを率いる公女マリアリガル・フォン・ヴェルアロートが落ち延びる。その時間を稼ぐために腹心である騎士イヅミがマリアリガルの側を離れた直後、ロイ・ディ・ガーラントはそう言って後を追いかけた。

 彼の相棒であり帝国の魔導師となったハディンが呼び止める間もなく、ロイは城壁を下り、騎士たちとオウキが激突する城門前に辿り着く。

 しかしその時にはもうイヅミ率いる騎士たちは壊滅状態にあり、オウキの振るう刃が膝を着いたイヅミの首に添えられたその時——ロイは城壁の上からオウキにとびかかっていた。

 それにいち早く気付いたオウキが振り上げた偃月刀と、ロイが手にしていた槍が空中で激突する。

 その結果は二つに折れた槍と、地面に着地したロイの姿が物語っていた。


 ロイが生まれたのは、極北きょくほくの地と呼ばれ小国家群が乱立する北の大地と、帝国の属国であり北の玄関口でもある翠馬すいば公国の間に広がる草原地帯であった。

 遊牧民の一氏族――その奴隷の子として産まれたロイは広大な草原を走る風を受けて育ち、物心付いた時にはさらに北の山岳地帯の豪族に買われていった。

 ロイは良く働き、性格は真面目で、誰よりも他人の為に骨を折る事を厭わなかった。いつしかロイは身分を超えて同年代の子供達のまとめ役となり、彼を買い上げた豪族やその家臣たちからも一目置かれるようになる。


 そんなある日、彼が寝起きする集落を一匹のオークが襲撃した。

 家畜を奪い、追い払おうとする大人や兵士たちを返り討ちにしたその怪物に彼は一人で挑み――そして己が体に宿るもう一つの心臓こころに気付く。

 其の名は“義心ぎしんぞう”。

 “義心”の機構かみより授けられた、第五の『勇者』の契約神能。

 それが今――鼓動こえを上げる。


「――あるじよ。星より降り注ぐ魂の故郷たるあめ御柱みはしらよ。地に落ちたる我らに祝福を――善き心に恩恵を」


 握りしめた拳を眼前に抱えて唱える、簡易的な聖句。

 敬虔な信者でも善心教の経典をそらんじる聖職者でもない彼の祈りはしかし、その身に奇跡を授ける。

 拍動するもう一つの心臓。それが収縮と膨張を繰り返すたび、赤毛の少年の全身を血潮の如くに力が駆け巡る。血管ではなく皮膚の外側を走る無数の経路は、まるで蜘蛛の巣のように放射線状に広がり四肢の隅々、毛先の一本一本にまで力を行き渡らせた。


「行くぞ! 連合の大英雄!」


 膝を着いた姿勢から立ち上がり、自分よりもはるかに大きなオウキを正面から見据えるロイ。その肌には無数の赤い線が走り、赤土にたとえられる髪は今や足下にまで届くほどに伸びていた。


「――来い、坊主」


 挑戦を受けると口にした直後、ロイの足が地面を蹴る。

 ただの一振りで重装の兵士の大楯や鎧を破壊し、手練れの騎士たちが総がかりでも傷一つ負わせられなかった虎頭の巨漢に、彼は真正面から挑みかかった。

 その髪は彼の内なる闘志を示すかのように風になびき、炎のように咲き誇るく。そしてそのまま――ロイの全身に絡みついた。


「――――⁉」


 オウキの目がそれを捉えた時にはもう、咲き誇る炎に包まれた少年は全身を赤土色の鎧で覆う闘士へと変貌を遂げていた。

 いや、それを“鎧”と称するのは正確ではない。足元まで伸ばされた赤土色の髪はその一本が空中で糸のように束ねられ、そうして出来た無数の糸は縦横に織り込まれて布と化し、ロイの体を覆ったのである。

 無数の布で覆われたロイの四肢には筋肉にも似た隆起が生まれ、胸や腹には何層にも重ねられたそれが板金のように貼り付いていた。

 最も特徴的なのは頭部だろう。口元はつるりとした仮面のようなもので覆われ、波打ちながら前から後ろへと流れていく複雑な装甲は獅子のたてがみを連想させる。

 だが何より異質なのは詰り上がった四つの目。

 左右それぞれ上下に二つ並んだ目——の様な半透明の覆いの奥で、ロイの瞳は赫灼かくしゃくと燃えていた。


「はッ――面白い!」


 オウキは口元に悦びを湛えながら、手にした偃月刀えんげつとうを横薙ぎに振るう。

 暴風にも等しいその一撃をロイは避けなかった。右手を頭の横で構え、偃月刀の刃を受け止めようとしたのである。

 破城槌はじょうついの一撃にすら耐える分厚い城門をただの一撃で切り裂き、重装歩兵を盾ごと薙ぎ払うのその一撃は過たず、赤土色の鎧に覆われた少年の右腕と激突し――そして止められてしまう。


「らぁッ!」


 それでも勢いを殺しきれず左方向へと横転しながらも、ロイは素早く身を起こし再び地面を蹴った。

 その身が宙空を矢のように滑空し、勢いを乗せて蹴り出した脚がオウキを襲う。ロイの飛び蹴りをオウキは偃月刀の柄で受け止めたが、ロイの一撃は常人の倍以上ある巨躯を一歩とは言え後退あとずさりさせてしまう。

 驚きの声を漏らしたのは、周囲で二人の相対を見持っていた赤狼公国の兵士たちだった。手練れの騎士をことごとく返り討ちにした異形に、初めて攻撃を届かせた赤き異形。彼らの驚愕が感嘆へと変わる頃、ロイとオウキは再び激突する。

 オウキは偃月刀を短く持ち、今度は槍のように突き入れてきた。

 遠心力を乗せない分、一撃の威力は払いよりも劣るが、その速度と手数は先程の比ではない。ロイは全身を覆う鎧でその突きを弾いては受け流していたが、あまりの手数にその場に縫い付けられたかのように動けなくなってしまう。


「どうした坊主、かかって来んか!」


「勝手言うな!」


 オウキの挑発に怒りを露わにするロイであったが、オウキの攻撃はあまりに執拗で容赦がなかった。このままでは文字通り突き崩されてしまう――だが――


(武器が、武器が無いし!)


 ロイは帯剣していたが、それでは短すぎて敵に届かない。

 人間には大きすぎる偃月刀はそれ故にリーチも長大で、仮にロイの手に槍が握られていたとしても、その穂先を敵に突き立てるにはまだ距離を詰める必要があった。


「――騎士様、負けるな!」

 

 その時、何処から聞こえてきた声がロイの耳を打った。

 まだ若い男性の声。赤狼公国軍の兵士である事は疑いようはないが、それにしたって自分はまだ準騎士で、騎士様なんて呼ばれるのはまだ早い。

 でも——その声に込められていたすがる様な希望が、ロイの胸の中心――()()()()()第二の心臓を更に脈打たせる。

 誰かを勇気づけたい。誰かを笑わらせたい。 涙を拭い悲しみを止めてあげたい。

 社会を営み、その中で生きる事を良しとした者だけが持つ純粋な利他の心。

 欲望をいさめ己を律する言葉に変えた“利他の心を、人は「義」と呼ぶ。


「――ああ! 俺は、負けない!!」


「義」を抱く心に応え、その臓腑は権能を発動させる。

 曰く魔力、マナ、加護、霊力、神通力――様々な名で呼ばれた、世界に奇跡を起こす奇跡の源。「神威かむい」とも呼ばれる力が再びロイの全身を駆け巡り、その腕に新たな刃を授けた。


「――これだ!」


 ロイは後方へ飛びずさり、その右手を一気に振り抜いた。

 目の前の空間を薙ぎ払う一閃。それに一瞬遅れてオウキとロイの間の空間を、赤い光が稲妻のように走り抜ける。

 それが遠方からの攻撃だと悟ったオウキが偃月刀を引き戻そうとした瞬間、巨大な長柄の武器は絡みつく赤い縄に捕らわれていた。


「――ぬ、むち……いや鎖か」


 オウキが言い当てた通り、それは赤土色の糸を鎖状につないだ縄であり、その先はロイの右腕に繋がっている。


「さながら蜘蛛姫アラクニ呪糸いとよ! なるほど坊主、貴様も――『勇者』か!」


「知るか! そんな風に俺を呼んだのは、お前とこの盟主様だけだ!」


 もしこの時、オウキ以外の諸国連合の武人がロイの返答を聞いたならば、驚きに声を失ったに違いない。何故なら彼が「盟主様」と呼んだのは――諸国連合の盟主である神狐ラキニアトス・イヅナその人であったからだ。


「……イヅナの末裔が? 此度の『勇者』とは“あやつ”とは違うのか?

 まぁ良い――ふんッ!」


 ロイの言葉に何か疑問を抱いたのか、オウキはふと遥かな過去に想いを寄せるが、それも一息を吐く僅かな間だけ。追憶を断ち切ったオウキは赤い鎖に絡みつかれて動かせなくなった偃月刀の柄を、その手で二つに圧し折ってしまう。

 人間の腕ほどもある太い木製の柄を軽々と圧し折るその膂力りょりょくよりも、自らの得物を破損させるという行いがロイを戸惑わせた。

 しかしオウキは奇をてらう為に偃月刀を圧し折ったのではない。二つに折れたことで拘束を揺るませ、偃月刀の刃の部分を引き抜いたのである。長大なリーチは失われても、元々が巨大な扁平の刃はそれだけで片刃の大剣と化す。


「さて、今度はこちらから行くぞ、坊主!」


「あんたさっきも自分から仕掛けてきたし!」


「知るか!」


 一瞬で肉薄したオウキの一振りを、ロイは真横に跳んで避ける。そしてそれと同時に右手の鎖を振り抜いていた。

 ロイとオウキが対峙する空間のその上、城壁を赤い光が走り抜けると、それによって切り裂かれた城壁の煉瓦がオウキの頭上に落下してくる。


「――“牙亞”!」


 オウキはそれを咆哮一つで吹き飛ばしたが、一瞬だけ視界から免れたロイは距離を取って体勢を立て直す。


「肉弾戦なら――やり様はあるッ!」


 右手から伸ばした鎖をそのまま巻きつけ、肥大化して腕を振りかぶったロイは再びオウキへと迫る。

 オウキの振るう刃を鎖を巻き付けた右腕で弾きながら、異形同士の激突は次の局面を迎えようとしていた。





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