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第69話 攻城戦(前編)




 内匠櫂たくみ かい。12歳。

 32歳の冴えないサラリーマンであった彼は、異世界に転生した際に何故か12歳の美少女に生まれ変わっていた。

 彼(女)が蛇帝の使徒と呼ばれる暗殺者の一人と邂逅したその頃、遥か東の地では約150年ぶりとなる二大国の軍事衝突が幕を開けようとしていた。







 大陸の東と西にそれぞれ広大な版図を持つ二大国、銀鷲ぎんしゅう帝国と八幡はちまん諸国連合。

 南北に延びる竜骸りゅうがい山脈によって地理的にも文化的にも隔たれている帝国と諸国連合にとって、竜骸山脈の南端に広がる平野は陸上に限れば唯一の行路として、古くから人と物とを行き交わしていた。

 その平野を支配するのは、帝国の属国でもある赤狼せきろう公国。

 統一王朝の時代から帝国の防壁として、時に交易の窓口として東の都市国家群と渡り合ってきた小国は、地政学的な要地でもある事から帝国との関わりも深い。古くは帝国の始祖ディアルス帝の娘が赤狼大公家に輿入りし、今は大公家の公女が皇太子の許嫁として嫁ぐ事が決まっている。

 またその一方で赤狼公国は帝国と諸国連合を仲介する立場にあり、表向きは国交が途絶えている二大国が赤狼大公のお膝元で非公式に交流の場を設けている事は公然の秘密であった。


 赤狼公国の領内には帝国と諸国連合を結ぶ街道が走っており、公都アルテンヴォルクから街道に沿って東に進むと、諸国連合の玄関でもある国境沿いの要所オウサの関に辿り着く。

 一年前までそこは諸国連合が治める地であったが、夏に起きた赤狼公国軍の軍事侵攻により赤狼公国軍が関を占拠。侵攻を断念した後も多数の兵士を駐屯させて占領下に於いていた。

 本来であれば交渉を経て諸国連合に返還される予定であったが、今度は諸国連合が帝国に宣戦布告した為に返還交渉は頓挫とんざ。それどころか迫り来る諸国連合の大軍を迎え撃つ防壁として今、数千の兵士がオウサの関に集められていたのである。

 オウサの関は北を竜骸山脈、南を急流として知られるホワル河に挟まれた谷間に建てられた関所であり要塞でもある。

 細くなった川沿いの道を塞ぐようにそびえる城壁。峡谷を吹き抜ける強い風にも身動ぎひとつしない分厚い門扉。狭さゆえに大軍を展開できない立地条件。

 それらの要因からここオウサの関は、赤狼公国軍が諸国連合の大軍を迎え撃つにはうってつけの場所とも言えた。


 そのオウサの関の城壁の上に立ち、吹きつける風に紅玉色の髪を揺らすのは、海のように深い瞳をした美姫だった。年の頃は15と言ったところか。可憐な貌の下には白を基調とした軍服を着込み、更にその上半身は金属製の甲冑に覆われている。

 彼女はその名をマリアリガル・フォン・ヴェルアロートと言い、赤狼公国唯一の公女にしてオウサの関に集う数千の兵を率いる将でもあった。


「見事な行軍ですわね」


 彼女の視線の先には風にひるがる無数の軍旗と、それを掲げて迫り来る大軍勢がある。

 その数は一万を超えようか。街道が狭くなっている分、縦に長く伸びた軍勢はマリアリガルに巨大な蛇を連想させた。あまりの巨躯ゆえに城壁の上からでも尾が見えず、しかしその足取りは焦らす様に緩やかだった。万を超える人馬を一つの生き物のように動かしてみせる――それだけで指揮を執る者の力量や兵の練度を推し量る事ができる。

 マリアリガルの声は純粋な称賛で弾んでいた。

 

 「連合の総大将は古の大英雄と聞き及んでいますが、ご威光の賜物でしょうか」


 一方でマリアリガルの傍らに控える長身の女性――上級騎士でありマリアリガルの親衛隊を率いるイヅミ・フォン・アルバレスタの声は張り詰めた弦のように硬い。

 マリアリガルの副官として戦場経験を重ねてはいたものの、万を超える大軍同士が激突する大戦など書物の中でしか聞いた事がない。もちろんそれは彼女だけでなく、オウサの関を防衛する公国軍の将兵も同様であった。何故ならこの規模の軍事衝突はおおよそ150年ぶりの出来事であったのだから。


「それもあるでしょう――しかし名ばかりではなさそうです」


 マリアリガルの深い碧眼が、赤地に金の虎を象った軍旗を捉える。

 諸国連合の軍隊は都市国家ごとに異なる守護獣を象った旗を掲げるのだが、虎の軍旗を掲げる事が許されているのは古より東の地を守護する大英雄、八萬諸国連合永代打大将軍である虎頭ことう将軍オウキのみ。

 つまり敵の総大将にして生ける伝説が直接軍を率いている――その事実に震えそうになる声を無理矢理飲み込むイヅミに対し、マリアリガルの桃色の唇は半月状に吊り上がっていた。


 ・

 ・

 ・


「――ほう、あれがオウサか」


 馬上から街道を塞ぐように立ち憚る城壁を眺め、()は感心したように呟いた。

 そう――虎である。金色の毛皮に覆われ、横に深く裂けた口すら鋭い牙を覗かせて、滑らかな統一言語ことばを話す人身虎頭の巨漢。彼の名はオウキ。

 八幡諸国連合の盟主国の名の由来となった、数百年前の史書に名を残す大英雄にして御柱みはしらの遣いの一柱である。


「おや、オウサの関に訪れたのは初めてでしたか?」


 その傍らには真っ赤な鎧で身を固めた美丈夫が一人。

 それぞれ彩度の異なる色が混ざった赤茶色の髪を長く伸ばし、両肩からハシバミ色の小さな翼を覗かせる炎翼の民である彼は、名をシュガイ・ジンヨウと言う。

 都市国家ゴジマの藩主の息子にして、諸国連合軍副将軍の一人として先遣隊を直接指揮する立場にある。


「いや、この道を何度も通った覚えはあるがな。あんな厳めしい城塞があったかと思うてなぁ?」


 物忘れかもしれんと豪快に笑うオウキであったが、オウサの関が城塞化したのは今から百年以上前の話であり、それを実体験として語るオウキの姿にシュガイは、改めて目の前の人虎が人を超えた存在である事を実感していた。

 彼らが率いる一万の諸国連合軍・先遣隊はオウサの関を視界にとらえる場所で足を止め、攻城戦の準備に入っている。

 敵である赤狼公国軍が討って出てこない事は織り込み済みだった。彼我の兵力差もあるがそれ以上にこの地は狭い。北は断崖絶壁、南は岩が無数に突き出て曲がりくねった急流で敵も味方も戦力を展開する事ができない。狭い道幅いっぱいに兵を展開すれば正面からぶつかるしかなく、ただでさえ寡兵には不利な地形なのである。

 一方で攻める側も大兵力での包囲戦術がとれないものだから、堅牢な城壁に立て籠もられると攻め手を欠いてしまう。

 もちろん諸国連合軍はそうした地勢を把握した上で先遣隊を派遣しているので、敵である赤狼公国軍が籠城を決め込んだところで驚きも焦りもしない。事前の計画通り、淡々と準備を整えるだけだ。


「さて翼の、どう攻める?」


 教師が生徒を試す――いや翁が童をからかうような調子でオウキから城攻めの方策を問われたシュガイは、長い髪を指で弄びながら回答する。


「先ずは、公女様の魔法とやらを拝ませてもらいましょう」


 ・

 ・

 ・


 戦端が開かれたのは、諸国連合軍がオウサの関を臨む街道に布陣してから二刻ほど過ぎた頃であった。

 地面を揺らしながら城壁に向かって進軍する無数の巨人――土塊の手足を引きずるように歩を進める“塊人ゴレム”を先頭に、槍と盾で武装した歩兵が後に続く。

 その歩みは実に鈍重であったが、城壁から降り注ぐ矢も、人間を一撃でぺちゃんこにする投石も“塊人ゴレム”の足を止められはしない。巨大な土塊である“塊人ゴレム”は、言うならば歩く土石流だ。如何なる兵馬も彼らに挑みかかればその質量に押し潰されるのが関の山。

 そんな“塊人ゴレム”も一体では城壁を抜ける事は叶わないだろうが、それが前後に並んで厚みを増した隊伍を組んでいるとなれば話は別だ。仮に城壁を崩せなかったとしても、土塊である彼らを土台に万を超える兵士が()()()()()城壁に押し寄せれば、オウサの関はあっという間に陥落してしまうだろう。

 四方六道しほうりくどうという魔術体系を成立させ、その術者を軍略に組み込だ諸国連合軍はそうして無数の城塞を陥落させ、東の大国へと登り詰めたのだから。


 だが――それを知らぬマリアリガルではない。

 押し寄せる無数の“塊人ゴレム”に向けて、紅玉色の髪をした公女は高らかに唱える。


「――“盾”よ!」


 マリアリガルが右手を突き出した直後、オウサの城壁を覆うように巨大な光の壁―ーいや盾が一斉に展開する。

 第三の勇者マリアリガル・フォン・ヴェルアロートの契約神能“(けいやくしんのう)『潔壁の盾』。如何なる武具も魔法も弾く権能に阻まれ、“塊人ゴレム”たちは一斉に足を止めてしまう。知能など持たない“塊人ゴレム”はその身に刻まれた命令通りに前に進もうとするのだが潔壁の盾はびくともしない。

 そうして立ち往生した“塊人”を後列の“塊人”が押し潰し、やがて巨大な土塁と化してしまう。

 そこへ――


紅炎姫こうえんきエルフリードより賜わりし紅玉の魔法――“焔砕刻印ブレイズシール”!」


 マリアリガルが短い杖を掲げると周囲は一瞬だけ闇に包まれ、杖の先端にはめ込まれた紅玉が燃え上がるように光を放つと同時に闇の帳は陽光に掻き消される。それと同時に“塊人ゴレム”だった土塊の足下に、燃え盛る巨大な刻印が出現した。

 地面に刻まれた刻印に内包された膨大な熱エネルギーが解放された瞬間、無数の巨人がその身を賭して築いた土塁は文字通り爆散した。大量の土塊は粉塵と化し爆発の衝撃は後方に控えていた諸国連合の兵士たちをも打ち据えた。

 だと言うのに、城壁に立つ赤狼公国の兵士やマリアリガルは無傷どころか身動ぎ一つせず城壁の上に立っている。城壁を覆うように展開された潔壁の盾は凄まじい爆風をも防いでしまったのである。

 立ち込める粉塵が風に散らされると、尖兵を文字通り砕かされた諸国連合軍は後退し始める。潔壁の盾に守られていなかった彼らは爆風を受けて損害こそ出してはいたものの――


「あら、存外としぶとい」


 マリアリガルがそう呟いたように、巨大な盾を構えて壁を作った諸国連合軍は複数の負傷者こそ出したものの、一万を超える大軍にあってはかすり傷程度の損害でしかなかった。

 しかも予め対策を講じていた事から、マリアリガルの使う契約神能や魔法だけでなくその戦法も敵は把握していると見て間違いない。


「ふふっ、流石は大英雄が率いる大軍――相手にとって不足はありませんわ!」


 それでも帝国最強の魔法使いの異名を持つマリアリガルの戦意を挫く事は叶わない。むしろ彼女の闘志は強大な敵と言う薪をくべられてより一層燃え盛る。

 オウサの関をめぐる攻城戦はまだ――始まったばかりであった。




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