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第67話 顔が…良い…




 内匠櫂たくみ かい。12歳。

 32歳の冴えないサラリーマンであった彼は、異世界に転生した際に何故か12歳の美少女に生まれ変わっていた。

 自分の生い立ちに繋がる決定的な手掛かりは見つからないまま、ランスカークの地を離れる事を決意した櫂。その前に無数の暗殺者――『蛇帝の使徒』が姿を現す。







「はわわ……」


 頭上から自分達を取り囲む無数の人影を目にし、ベルタは手にした杖に縋りつく。

 驚きと恐怖に声を震わせてはいたが、その足は大地をしかと踏みしめ、杖の先に設けられた筒状の容器からは燐光が漏れ出している。

 まだ十代の少女ながらもベルタは魔導院の魔導師として、時には単身で超常的な事態の収拾に当たった事は一度や二度ではない。見た目や言動からは想像がつかないほど、彼女は荒事への対処を心得ていたのである。


「ベルタさん、私から離れない様に」


 そして櫂は腰から抜き放った二振りの蛮刀を逆手に構え、何時でも動き出せるように僅かに腰を落とす。

 彼(女)の琥珀色の瞳が見据える相手は上半身を外套のような布ですっぽりと覆い、人相はおろか体格すら定かではないが、細い木の枝に鳥のように屹立している事から身体能力的にも只者ではない事は一目瞭然だ。

 全部で十を数える人影は無言で櫂とベルタの二人を睥睨へいげいしていたが、何かを仕掛けてくる事もなく、ただただ立ち尽くしている。


(――恐らくは私を狙ってきた刺客なのでしょうが、それにしても掴めませんね)


 櫂の瞳は頭上を囲む人影の風体だけではなく、自らに関わる事象を予測する可能性の「みち」を映し出す。みちは二色の線で可視化されるのだが、一撃必殺を約束する赤色の線は自分達を囲む人影に対しては、見えたと思ったらすぐに消えてしまいどうにも安定しない。

 これまで櫂が対峙した相手の中には線そのものが見えない相手もいたが、その場合は櫂では歯が立たない程の猛者ばかりであった為、線が安定しない相手は勝てなくはないものの、考えなしに仕掛けては返り討ちにあう危険性が高い手練れなのだろうと櫂は結論付けた。

 だが――だとすれば余計に腑に落ちない点がある。自分達を取り囲むだけで一向に仕掛けて来ない相手に、櫂は疑念を覚えていた。


「か、櫂殿~どうしましょう~?」


「……どうも仕掛けてくる気はなさそうですが、油断はできませんね。ベルタさん、彼らに心当たりは?」


 ベルタはぶんぶんと首を横に振った。


「そうですか。だとすれば私に用があると考えるべきですね……」


 思えば自分とエルナが帝都から出奔したのも、知らない内に何らかの陰謀に巻き込まれていた可能性が高い。帝都から逃げ出す際に対峙した“人狼”の剣士と言い、自分の命を狙って刺客が送り込まれていてもおかしくはないと櫂は考えていたのだが……


「櫂殿のお命を狙っている⁉ つ、つまりあれは暗殺者なのでしょうか~?」


「そう考えるのが普通なのでしょうが、だとすればとんだ二流ですね。暗殺者が対象を威嚇してどうするんですか」


 櫂がそう皮肉った直後、影の一つが僅かにその身を屈ませる。その仕草が櫂にはまるで湧き出た衝動を抑え込んでいるかのように見えた。


(……私に二流呼ばわりされて、腹でも立てたのですかね?)


 真相は定かではない。しかし仮にそうだとすれば見方が変わって来る。もしかして彼らは「手を出さない」のではなく、侮辱されても報復に出られない様に何らかの理由で「手が出せない」のではないかと。

 だがその推測を確かめる前に、事態は動き出す。影の一つが突然その場から飛び去ると、他の人影も一斉に姿を消してしまったのだ。


「――逃げた⁉」


 まさかの展開に呆然とする二人であったが、櫂は驚くと同時に走り出していた。

 姿は完全に視界から消えても、櫂の琥珀色の瞳は波のように寄せては消えていく可能性のみちを捉えていたのだ。

 “加速”の超能スキルを発動すると、散り散りに消えた影の一つを櫂は追いかける。相手は山頂へと続く林の中に消えていったが、その痕跡は一瞬だけ映る線となって櫂を導いていた。

 しかしここは人の手が入らぬ自然の迷宮。足元はぐすぐずとした腐葉土と乱雑に散らばる根と石が複雑な隆起を発生させ、木々は四方八方に枝を伸ばした上に、平然と人の行く道を塞いでくる。

 逃げ出した影はましらの如くに枝から枝へと飛び移るが、それを追う櫂は自慢の俊足を活かしきる事ができず、その差は徐々に開いていくばかりだった。


「ええい、待ちなさい!」


 思うように進めない苛立ちを顔も知らない相手にぶつけながら、櫂は可能性の路を辿っていく。

 彼(女)の追跡は迅速ではなくとも無駄がなく、相手が視界から消えても痕跡を見失う事はない。追われる側からすれば上手く撒いたとしても、迷いもせず自分を追いかけてくるすみれ色の髪の少女には心底驚いたに違いない。

 焦って判断を誤ったのか、追われる人影は自分から開けた場所に逃げ込んでしまう。そこは林の中にぽっかりと生じた空間であり、遮るものの無い空のかなたにはランスカーク地方を囲う高い山々の稜線が見て取れた。足元は短い草が絨毯のように規則的に地面を覆い、行く手を塞ぐように伸びる樹木も見当たらない、非常に見晴らしの良い空間であった。

 そんな所に逃げ込むなど追跡者に自ら身を晒すも同然なのだが、櫂にしつこく追い立てられた影はとうとう樹上から飛び降りて、開けた空間を一直線に駆け抜けようとする。


「――逃がしません!」


 千載一遇の好機を逃すまいと、遅れてその空間に足を踏み入れた櫂は視界にとらえた影に向けて、超能スキルを使い一気に距離を縮めた。

 もはや可能性の路を辿らずともこの場所ならば相手を見失う事はない。

 だが、二人の間に生じた時間的・空間的な距離を縮める事はできても、その背中に手を伸ばすまでには至らなかった。

 広い空間を走り抜けた影の眼前には木々が密集する林が広がっている。櫂にも劣らぬ脚力で跳躍した影は、大の大人よりも高い木の枝に飛び移ろうとする。


「――無空剣むくうけん!」


 直後、影が跳び乗った太い枝が、何の前触れもなく切り落とされた。

 着地した直後に足場を失った影はそのまま地面に墜落する。体勢を崩す事はなかったが高所から落ちた衝撃が足に走り、影はすぐには動けなくなってしまう。


「――しまった!」


 予想外の事態に影は初めて声を漏らす。だがその首筋にそっと置かれた白刃は、これ以上の逃亡を封じてしまった。


「動くな」


 冷たい声が抵抗を封じる。それを無視して抵抗しようとすれば、声の主は容赦なく刃を引いて頸動脈を断ち切るだろう。それを察したからこそ影は蹲ったまま口を閉ざしてしまう。

 櫂が追いついたのはそれからすぐの事であったが、彼(女)の目はうずくまる影よりもその逃亡を封じている人物を真っ先に捉えていた。


「まさか……エルナですか!?」


 黒い髪を伸ばし、濃い肌の色と左右で色の異なる瞳をした小柄な少女。

 ここからはるか遠くの帝都で別れたエルナは櫂の姿を確認すると、少しだけ口元を緩めて「カイ」と名を呼び返した。

 約束したとは言え、再び出会えない可能性に無視する事はできなかったが故に、櫂はこみ上げる感情に目を潤ませ――しかし今は再会の喜びに身を任せてはいられないと、敢えて慎重に歩を進める。

 彼(女)が追跡していた影はエルナの剣で抵抗を封じられ、地面に蹲ったまま動こうとはしない。近くで見ると軽やかな身のこなしとは裏腹に大柄な体格をしており、上半身を覆う布からは浅黒い肌と蛇を象った金属の腕輪が伸びていたが、それが意味するものを櫂は知らずにいた。


「申し訳ありません。顔を見せてもらえますか」


 抵抗を封じられていると言っても不用意に近づくほど櫂は不用心ではなく、エルナに目配せして自ら顔を晒すように要求した。

 エルナが僅かに刃を首筋に押し付けると影は頭を覆う布に手を伸ばし、素直にその顔を二人に晒す。

 銀と呼ぶには褪せた灰色の髪を幾重にも編み込み、浅黒い肌と半分ほど伏せられた大きな目、そしてぽってりとした肉厚の唇が印象的な——女性であった。櫂の基準では十分に美人と呼べるが、自分やエルナのような可憐さは感じられず、年齢も自分達よりずっとに上に見える。

 櫂は驚きに目を見開くが、エルナは顔色一つ変えることなく、その女性を見張り続けていた。


「とりあえず確認しますが、あなたの目的は私――で合っていますね?」


 櫂の問いかけに影の女性はしかと頷いた。しかしそれは言うまでもなく察せられる事だ。

 とりあえず言葉は通じるし、質問に応じる気もない訳ではないらしい。相手が秘密を抱え込んだまま自害する可能性も考慮していだけに、櫂は少しだけ気を楽にする。


(「斬命ざんめい」の赤い線は今はハッキリと見えている――という事は下手に抵抗する気はないと考えて良いのですかね。しかし魅了の線はまるで見えませんし、超常的な力に対する耐性を有しているのかもしれません。油断は禁物ですね)


 櫂の琥珀色の瞳が予測するのは一撃必殺の“超能スキル”「斬名」だけでなく、契約神能けいやくしんのう“幻惑の瞳”による魅了が通じるかどうかも可視化される。

 しかし目の前の女性から必殺の赤い線は伸びていても、魅了の捻じれた金色の線は見えてこない。その理由は定かではないが、尋問に応じない場合に相手を魅了して情報を引き出す事は難しいと考えるべきだろう。

 であれば問いかける内容だけでなく、言葉遣いにも気を付けないといけません――と思案する櫂の顔を、影の女性は闇を湛えたかのような暗い紫の瞳で凝視し始める。

 その顔からは何の感情も読み取れず、櫂が自分に向けられた視線に気付いても目を逸らす事はない。

 やがて肉厚の唇を僅かに動かし、その女性は呟いた。


「顔が…良い…」




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