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第66話 個人的な崇拝です



 内匠櫂たくみ かい。12歳。

 32歳の冴えないサラリーマンであった彼は、異世界に転生した際に何故か12歳の美少女に生まれ変わっていた。

 ベルタの先祖が残した地下工房――研究殻ケミア・シェルに足を踏み入れた櫂がそこで発見した物。それは“推し”のアクリルスタンドであった――






 「ほぅほぅ~その置き物はアクスタと言うのですか~?」


 櫂が手にした“それ”を物珍しそうに眺めまわした後、ベルタはそう問いかける。

 しかし櫂はすぐには返答できなかった。何故なら“これ”は本来ならばこの世界に在る筈のない――かつて自分が生きていた別世界の嗜好品だからである。

 透明なアクリル板の中で恥じらいつつも華奢な肢体を披露しているのは、櫂と同じ菫色の髪をした美しい少女――のイラスト。オンラインゲーム『プリンセア・ティアーズ』のキャラクターで、名前をフリンと言う。

 もちろんそれは櫂がかつて生きていた世界に限った話であるのだが。


「え、えぇ……こうして透明な樹脂、いえ板で絵を挟んだ物をアクリルスタンド――略してアクスタと呼ぶのです」


「絵? 言われてみれば~確かに~裏は白くなっていますね~。しかしこんな小さいのに線も細いし~色も鮮やかなのですね~」


 ベルタは芸術には疎いが、それでも透明な樹脂の板で恥じらう薄着の乙女が世に出回る絵画と比べて、驚くほど繊細で流麗な線と鮮やかな色彩で描かれている事は一目で理解できるようだ。

 そしてベルタのその反応も見て櫂もまた確信に至る。これは間違いなく自分と同じ世界からやって来た代物なのだと。


(……透明なガラスや水晶の加工品はこの世界にも存在していましたから、そこはあまり驚かないのですね。ただしアクスタに使われているのは印刷物なのに、直接紙に描かれた絵だと誤解しているのでしょう。

 つまりそれはこの世界にはまだ多色刷りの印刷技術は存在しないか、或いはここまでの精度は有していないと考えるべきですか)


 だとすれば更に疑問が湧いてくる。それは――誰がこのアクスタを異世界ここに持ち込んだのかと言う疑問である。


(フリンちゃんのこのアクスタは、去年の『プリティア』のリアルイベントで販売された物で間違いありません。と言うか私これ買いに並びましたからね!

 加えて今年のリアイベは私が生きていた頃にはまだ未開催でしたし、事前の物販情報にも水着フリンちゃんのアクスタが並んでいた記憶はありません。

 となれば……これをこの世界に持ち込んだ人間は私と同じ時代を生きたオタクいや『プリティア』ファンだと仮定して問題ないでしょう)


 櫂は思索を巡らせながらアクスタを眺めまわす。もちろん持ち主の名前などは何処にも書かれていないが、よく見ると僅かに汚れて曇っていたり、透明な板に付いた細かい傷が琥珀色の瞳に映し出される。


「開封されてからしばらく飾られていたようですね。……まさかとは思いますが、この世界の錬金術師はこういった置き物を好んでいたとか、聞いてます?」


 このアクスタが置かれていたのは、ベルタの先祖であるらしい錬金術師の机の上だった。となれば所有者の第一候補はそのご先祖さまと言う事になる。もちろん櫂はそうだとは信じていなかったが。


「はて~? 他の錬金術師の工房を~幾つか見せてもらった事はありますが~見た事はないですね~? そもそも~これは何を目的とした物なのですか~?」


「個人的な崇拝です」


「なるほど~」


 櫂の返答にベルタは疑問を抱くことなく即納得した。そもそもアクスタはおろか二次元美少女と言う概念を知らないのだから当然の話ではあるが。


「まぁそうだとは思っていましたが、やはりこれはスマホと同じく“異邦人エトランゼ”の持ち物だと考えた方が良さそうですね。……つまりベルタのご先祖様は“異邦人エトランゼ”と親交があったのでしょうか?」


「う~~~~ん……その可能性は十分にありますが~なにせ100年以上は前の話ですし~私には何とも~」


 “異邦人エトランゼ”とは櫂が生きていた世界から異世界ここに転移してきた人間を指す言葉である。様々な技術や知識を持ち込んだだけでなく時には文化や歴史にも影響を与えた事は、自明の出来事として帝国でも知れ渡っている。

 だから櫂は次にこれがベルタと先祖と関わりのあった“異邦人エトランゼ”の物かと考えたが、ベルタの申し訳なさそうな返事を聞いて、改めてこの工房が100年以上も前に存在していた遺物である事を櫂を思い出した。


(むむ……しかしUSBに対応した手製の充電器が100年以上前から伝わっている事からして、同じ時代の人間だからと言って同じ時代に異世界転移するとは限らないですからね。このアクスタの持ち主がよしんば私と同じ時代の人間だったとしても既に亡くなっている筈です)


 仮に櫂の推測が正しければ、アクスタの由来を確かめる事は今となっては不可能に等しい。しかしそれでも櫂は「知りたい」と強く欲していた。確証は無いがこの嗜好品は恐らく、転生した自分の出生と深く関わっている筈だ。その予感を櫂はどうしても捨てきれなかった。或いは何としてでも自分の出生の秘密を知りたいと欲したが故の執着なのかもしれない。

 それをベルタに話すと、彼女は真剣な面持ちで頷いた。


「……やはり~櫂殿は“異邦人エトランゼ”だったのですね~」


「……気付いてましたか?」


「はい~、それはもう以前から」


 にへらとだらしなく口の端を緩めるベルタ。物腰や口調こそのんびりしているが、彼女は帝国屈指の魔導師であり自称・錬金術師である。魔術と奇跡の解明を生業とする国家お抱えの知的エリートが、櫂の正体について気付かない筈がない。

 何より手にしたアクスタを“異邦人エトランゼ”が持ち込んだ物と断定した上で、自分に話を振ってきた事から確信に至ったとベルタは説明した。


「今更隠すつもりはありませんが、実を言うとエルナやミカゲさん、それから公女様にも私がこの世界の人間ではない事は話していません。あなたが初めてです」


「わ、私が櫂殿のはじめてっ⁉」


 顔を赤くして取り乱すベルタ。しかし櫂はその事に気付いていない。


「ついでに言うと……()()()()()()()()()()()()()()()()()のです。だからベルタさんが私を被造物だと疑ったのは何も間違っていないのですよ」


「うぅ……その節は大変な非礼をお詫びします~。

 でもそうだとすれば~ご先祖様ないし別の誰かが~ここで櫂殿を創造、ああいえ……何と言えば良いのでしょうか~?」


 ベルタは適切な言葉が見つからないと頭を抱えるが、櫂は最初から彼女のその言葉通り、この場所で自分は創り出されたのではないかと考えていた。アクスタの存在はそれを裏付ける証拠のひとつであり、己の創造主に至る手がかりなのだとも。


「例えばの話ですよ? 私の魂とかを人造の肉体に宿す技術なんてありますか? ほら禁断の魔法とかそんな感じの」


「それは~ええと~神話や伝説にそうした類型があるのは確かなのですが~、少なくとも~錬金術は()()でして~」


 要するに聞いた事がないとベルタは首を横に振った。それでも櫂はこの世界の錬金術にも人造人間の理論があると食い下がったが、ベルタは「魂そのものを扱えるのは、御柱の主しかいない」ときっぱり否定してしまう。


「……そうですか。つまり今の私の現状は奇跡の類なのですね」


「……櫂殿を疑うつもりはありませんが~そもそもが現実離れした話ばかりでして~、敢えて言うならば全ては御柱みはしらの主の思し召しかも~」


「御柱の主」とは銀鷲帝国の国教で言うところの唯一神だ――と櫂は認識している。自分が異世界に転生した上に性転換までさせられた事を考えると、確かにそれは人知の及ばぬ神の御業としか思えない。


(神様ですか……そう言えば異世界転生ものって異世界の神様が気さくにチュートリアルしてくれたりしますが、私の場合はそう言うの全くありませんでしたね……)


 目覚めた時は路上に放置されていたので、自分の場合はそのパターンなのかと櫂は深く考えていなかったが、もしも自分が転生した事に神様が関わっているのだとしたら何て不親切で説明不足なのだろうと櫂は思ってしまう。と言うか何故性転換させたと文句の一つも言ってやりたいくらいだった。


 ・

 ・

 ・


 それ以上は何の発見もなく、ベルタと櫂は一旦研究殻を後にする。

 幸いにしてベルタの目的は研究殻の中にある資料を持ち出す事だったので、彼女も櫂も暫くはこの地に留まる必要があった。

 滞在先に選んだのは櫂がかつて巨大なオークを倒した集落で、そこに新たに移り住んで来た夫婦の家に二人は泊めてもらえる事になった。ベルタはもちろん路銀を支払ったが、それ以上に嫁いでいった娘を思い出すと夫婦は二人を快く受け入れてくれたのである。


「……今日も収穫なしでした」


 木製の皿に盛られた野菜と塩漬け肉の煮込みを口に運びながら、櫂は深く嘆息する。この集落に滞在するようになって三日が過ぎたが、アクスタ以外に櫂の出生に繋がる(かもしれない)手掛かりは見つからず、一方でベルタは明日には資料の運び出しを終えようとしていた。

 ベルタは「もう暫くは逗留しても良い」と気を遣ってくれたが、櫂としては彼女を徒らに拘束するのを好まなかったし、これ以上彼女の厚意に甘えてはいられないと考えていた。

 だから翌日――櫂はこれ以上の調査を断念して、研究殻を離れた。

 手掛かりは机の上に置かれていた“推し”のアクスタだけ。ベルタの許可を貰って持ち出したそれを鞄にしまうと、櫂とベルタは研究殻が置かれた地下空間の出口を目指す。闇にとざれた階段をカンテラとベルタが掲げる杖の灯りを頼りに上り、分厚い石扉を抜けると、そこは丘の一角に建てられた社の敷地内であった。


「櫂殿~本当によろしかったのですか~?」


「ええ、構いません。何時までも未練を引きずるのは好きではないですしね」


 ベルタの心遣いに感謝しつつ、櫂は空を見上げた。中天に差し掛かっていた筈の太陽は何時の間にか西の空に傾きつつある。あと一刻もすれば周囲を囲む高い山の峰に陽は隠れ、帝国本土よりも早い暮れがこの地にも訪れるだろう。

 出立は明日の話だとしても、櫂は未だに自身の身の振り方を決められずにいた。

 一先ずはここランスカーク地方と帝国本土を結ぶ大回廊までベルタと共に戻るつもりだが、その後の目的地は未定だ。その地でエルナを待つのか。それとも来た道を戻りながら彼女を探しに行くのか。

 少しだけ途方に暮れて見上げた空の片隅――正確には視界の端に走る金色の螺旋を櫂の意識が捉えたのはその時だった。


「――⁉」


 金色の螺旋はすぐに消えてしまったが、構わず櫂は首をそちらに向ける。彼女の琥珀色の瞳に宿る契約神能けいやくしんのう“幻惑の瞳”。

 その行使は櫂が見かけた金色の螺旋によって確約されるのだが、それを「見て」しまったと言う事は、その方向に自分達以外の何者かが存在していた事を意味する。


「ベルタさん!」


 警戒せよと名を叫び、櫂はその手を腰に下げた二振りの蛮刀に伸ばした。

 対象の姿は未だ見えてはいない。しかし櫂が視線を向けた直後、その先に居た何者かが慌てて身を隠した事を、風もないのに揺れる木の枝が物語っていた。

 ベルタも慌てて杖を構え、おっかなびっくりの様子で周囲を身を出す。


 すると――音もなく、差し込む陽射しを背に出現する無数の影。

 高い木々の枝に鳥のように立ち、櫂とベルタを睥睨へいげいしながら何時の間にか周囲を取り囲んでいた。

 影は人の形を取りながらも、その容貌は上半身をすっぽりと覆う布に隠れてしまっている。唯一露わにしているのはその節くれ立った腕と、その手首に巻きつく金属製の蛇。

 陽の当らぬ陰に生きる者であれば、その装飾こそが彼らの名乗りであるとすぐに気付く事だろう。

 何故ならば、彼らは決して姿を見てはならぬと謳われる大陸最凶の暗殺者集団。

 その名を『蛇帝の使徒』と云う。




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