第33話 栞の心配事
あの晩の後――栞は伊子の父親について飛斗に相談した。飛斗はこのことに真剣に耳を傾けてくれて、当初は警察に相談した方がいいのかもしれないといった話にもなり一緒に警察に行ってくれた。
だが警察では現状すぐには動けないといった対応だった。
警察からしてみたら親子のいざこざ程度にしか感じ取れなかったのかもしれない。手を出されたわけではなく被害に繋がっていないことも要因にあったようだが、何かされてからでは遅いだろうと栞は憤りも覚えた。
結論としては暫くは誰かと一緒に帰るようにしてもらい警戒する他ないという結論に落ち着いた。
その際、できるだけ調整して飛斗が付き添うという結果に。この決定に伊子が約得だねと笑って言っていたが、なんとなく強がりなのは栞にも察する事ができた。
それから数日経つが伊子の話では父親が再び姿を見せることはなかったらしい。
『もしかしたら諦めたのかも。だとしたら警察の人が言っていたようにあまり騒ぐのは大げさだったかもね』
伊子はそう言っていたが栞や飛斗に気を使っているのが見てとれた。勿論だからといって飛斗が帰りに付き添うことをやめることはなかったが――
栞としては確かにそれで諦めてくれたならそれが一番だが――そんなことを思いながら仕事をしているとある日、印象に残る客が二人本を買っていった。
一人は眼鏡を掛けた少年だった。地味な印象を受けた少年は年齢的には中学生ぐらいに思えた。
平日の午前中だったこともあり少々気になりもしてが、その少年が持ってきた本で更に驚いた。
それは以前飛斗から祖父の役爺が買い取った謎の本であった。一冊は栞が役爺に頼んで購入したが残りの二冊は本棚に収めておいた。
ただ、どこの国の言葉かもわからない言語で書かれた本であった為、流石に売れないかもしれない、と栞は思っていた。
暫く買い手が現れなければ残りの二冊を栞が買い取ってもいいとさえ感じていた。
しかし少年は二冊とも栞の立つレジまで持ってきたのである。
「あ、あの、これは一冊幾らですか?」
そしてどこか辿々しい口調で少年はそんなことを聞いてきた。
「え、えっと……一冊五千円となります」
「え?」
栞が戸惑いつつも答えると少年はちょっと驚いた様子でポケットから財布を取り出しお金を数え始めた。
「……一冊分しか無い――」
財布を確認しながら少年はそう呟き、どちらにしようかと悩みだした。
その様子に栞はどうしようかと一瞬悩んだが、今は他の客の姿もないしとりあえず様子見をした。
「き、決めた。こっちの妖精召喚術の方をもらいます……」
「えッ!?」
栞が思わず叫んだ。何故ならこの本に刻まれている文字はかなり特殊であり語学に堪能な栞でさえ未だ読めていない代物だったからだ。
「……その失礼ですがお客様は――」
「い、いえ今日はたまたま学校が休みなだけなので、それで買い物に来ただけです!」
栞が聞こうとすると慌てた様子で少年が答えた。どうやら学生がこの時間に出ていることで咎められると思ったようだ。
勿論最初は栞も気になっていたが、今はそれどころではない。
「ちがいます! いえ、それも気になりましたが、君はこの本の文字が読めるの?」
「え? あ、えっと――」
栞の問いかけに少年が困ったような顔を見せ頬を掻いた。
「その、僕は妄想が好きで、読めるわけじゃないんですがこういうの見てると、なんとなくファンタジーを感じると言うか……」
少年がそう答えた。それを聞いた栞の目が、輝いた。
「わかるよ! なんというかこういう本には不思議な魅力があって妄想が捗るもんね! うんうん」
栞が一人納得し頷いた。表情はすっかり笑顔になり、少年に対する警戒心も薄れていたようだった。
「あ、ありがとうございます」
「こちらこそ。また来てくださいね♪」
栞は結局少年が選んだ本を売り機嫌よく見送っていた。少年が自分のような本好きと思ったのか随分と嬉しそうであった。
そして午後になり――今度は黒いコートとマントといった出で立ちの男性が店にやってきて例の謎の本の残りの一冊を手に取り購入した。
今度は年齢的に問題なさそうなので販売することに問題はない。ただ栞としては少し残念にも思えたのだが――
「君。こういう本は良く入荷するのかね?」
謎の本を購入した男性が栞にそう聞いてきた。どうやら本に随分と興味があるようだ。
「いえ、これはたまたま入っただけなので」
「むぅ。なんてことだ。このような言語で書かれた本は始めてであったが、しかしこの本からは不思議な力を感じるのだ。それがたった一冊とは――」
最初に買っていた少年と違うタイプのお客であり、栞としては戸惑いを感じた。とはいえ代金はしっかり支払ってくれたので結局最後の一冊も売れ、三冊とも売り切れたわけだが――




