1-2お姫様との出会い
「魔人と契約なんて初めて聞いたんだけど!」
「実例は多くありませんが、過去にも契約した話はあります」
魔人と契約しましたなんて話、少なくとも俺の周りで聞いたことがない。
余程レアなケースな気がする。
「……ちなみに、具体的な契約内容は?」
「契約内容は燈夜の魔力を私に供給してもらうというものです。先の戦いで私は魔力を供給してもらわないと立て直せないほど弱ってしまいました」
「ティアが対価として差し出すものは?」
「1つ目は人間へ危害を加えない。これは異種同士の契約である以上信頼関係を築くために必要かと。2つ目は、微力ながら燈夜のために力を尽くしてあなたのお手伝いを致します」
「契約の反故は死を意味します。以上2点は確実に守りますのでご安心を」
「あ、ちなみに契約の破棄は双方の同意の元でないと行えないので悪しからず」
んー。嘘を言っているようには見えないし、契約内容からしても悪意は無いのだろう。
無いのだろうけど、こう何というか、内容も見ずに頼まれてサインした紙が借金の連帯保証人でした、みたいな詐欺にあった気分である。
……っと、それよりも重要なことをティアへ伝えないといけない。
「というか、俺、魔力使えないんだけど」
少し悪い気がするが、俺は魔力が使えないのだ。
学校でも魔力判定の診断テストが幾度かあったが、結局最後まで魔力の発現は見られなかった。
そもそも、魔力の発現は本人の意思や努力とは関係なく、完全に才能によるものなのだ。
人類に魔力が発現してから数百年経っているが、魔力を使った異能力者の割合は現在でも世界人口の数%しか居ないらしい。
「その点はご心配なさらず。燈夜にも魔力は流れています」
え?そうなの?
「魔力とは本来、生物の体内を流れるエネルギーの総称です。この星で生きるモノは例外なく魔力を持っています」
「じゃあ、何で俺は魔力が使えないんだ?」
「魔力を持っていることと魔力が発現していることが同義ではないからです」
魔力は持っていてもそれを感知する感性と扱う知能が必要ですから―――とティアは付け加えた。
「まとめさせて頂くと、私が復調するまで魔力供給に協力して頂く…そういうことです」
契約の手続きに納得いかない所も多々ある気はするが、とりあえず敵ではないってことで飲み込むことにした。
それからもティアに色々と聞いていると、部屋の戸が開けられた。
「燈夜よ。朝ごはんの準備ができたぞー」
扉の向こうには老年の男が立っている。俺に話しかけてきたのはじいちゃんだ。
「わかった。ありがとう」
「おお、お嬢ちゃんも目が覚めたか。ご飯だから食卓においでのう」
ティアも連れてじいちゃんと共に食卓を囲む。
「……ティア、じいちゃんにはさっきの話内緒にしてくれよ」
じいちゃんが朝食を並べている隙を見て、ティアに耳打ちする。
「契約の件ですか?」
「しっ!声が大きい……!」
「2人で何の話をしとるんじゃ〜?」
じいちゃんにも聞こえたようだが、内容までは聞き取れなかったらしい。危ねえ。
「……とりあえず、じいちゃんには契約とかティアのことは内緒にしてくれ」
「……了解です。」
食卓の準備も済んで、じいちゃんも席に着いた。
3人で手を合わせて朝食を頂く。
「おじいさん。怪我の手当てだけでなく食事まで用意して頂き、感謝に堪えません」
「そう畏るで無い。こういう時はお互い様。改めてよろしくのう、ティアちゃん」
「ウチはわしと燈夜の2人きりじゃからな。ティアちゃんみたいな可愛い子が来てくれるなら大歓迎じゃよ」
そう、俺の家族はじいちゃんだけなのだ。
幼い頃に魔人の被害で両親を亡くした俺はじいちゃんに引き取られ、今まで2人で暮らしてきた。
「―――そういえば燈夜よ、じきに対魔教会へ働きに出るのだろう?準備はできとるのか?」
「準備って言っても制服とか大体は教会から支給されてるから。残りは今日買い出しに行くよ」
「護衛隊に配属じゃったな。お前が昔から言ってた討伐隊にはなれんかったが、それでも魔人からは人様を守る仕事じゃ。頑張れよお」
ガハハと豪快に笑いながら俺の肩をバンバン叩いている。いてーよ。
“討伐部隊”と“警備隊”。
討伐部隊とは対魔人専用の戦闘部隊であり、魔人討伐のスペシャリスト集団である。魔人出現の報告を受けると現場へ赴き、魔人を討ち倒す役割を担っている。
魔人と対等に戦えるだけの力が必要となるため、隊員は魔力の使える異能力者のみで編成されている。
俺の希望はもちろん討伐隊への入隊だった。ヒーローになりたいのだ、幼い頃から魔人と戦う討伐隊に入ることを夢見ていた。
それでも現実は非常で、俺に異能力の発現は見られなかった。
異能力のない者は警備隊に配属となり、日々のパトロールや魔人事件発生時の避難誘導等、サポート的な業務内容をこなすこととなる。
例に漏れず、異能力の無い俺も警備隊へ配属となっているのだ。
「ところで、ティアちゃんのご家族はどうしておるのじゃ?」
じいちゃんがティアへ問いかける。
「私の親も亡くなっています。親代わり、と言うか兄のように慕っていた存在も今はもう……」
答えるティアの瞳に暗い影が映っている。
「ティアちゃんも、ずっとウチにおってええからのう。遠慮せんようにのう」
「ありがとうございます」
最初にティアを見た時は、さすがのじいちゃんも驚いた様子だったが、すぐ受け入れてくれた。今では孫が増えたくらいの感覚なのだろう。
それからも豪快に笑うじいちゃんと朝食を取っていると玄関の方から声が聞こえてきた。