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殺人館の不死鳥  作者: かなかわ
生命編
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第一章【表】不死鳥の首は切りづらい 第五部

 時刻は十七時を回ったところ。漆田と月熊と別れた八木は、夏ゆえにまだ陽が高く明るい外へと出ていた。

 振り返り、改めて見ると、この不死鳥館は奇妙な形をしている。不死鳥のシルエットを模すためとはいえ、横から見れば曲面が多く、不安定な気持ちになる。

 某有名テーマパーク内に建てられた家のハリボテが、目の錯覚を利用して高さを演出するために上端にいくにつれて細く作られているような違和感。

 気にし過ぎても仕方ないと敷地を囲む門扉を開いて外に出る。数時間前には八木たちを乗せたバンが通った道だ。海でも見に行こうか、と数歩歩き始めると、左右まばらに道が伸びており、意外と海へ一本道というわけではなかった。だが迷うほどでもない。というのも、傍から伸びる道は車の通れない獣道だったからだ。


「獣道……か?」


 しかしただの獣道でも無さそうだ、と八木は目を細める。一部、舗装されていた跡が見えるのだ。しゃがみ込むとよくわかる、砂利の質が周囲のものと大きく違うのだ。おそらく舗装に使われていたのであろうが、その上を長く歩かれたことと年月による風化で消えた道、そうとれるものだった。

 八木は元の道に戻る。そして注意深く見渡せば、その獣道、いや【廃道】とも言える道はかなり多いことに気づいた。

 バンが通れる大きな道。そこから何本も伸びる廃れた細い道。大きな道の両端は、海と館。それらから何が読み取れるだろうか。八木は思案する。

 が、その時、どこか遠くで不自然に葉の擦れる音を聞いた。動物か? いや、音の先に視線を向けた先は廃道の一つであり、脇から伸びる植物は最近折れたらしい様子だった。そしてそれは八木の胸元あたりの高さだ。間違いない、人間だ。人間がこの廃道の先にいる。

 八木はそこに不穏な何かを感じ取った。行ってみるべきか。一歩、一歩と慎重にその廃道を歩き出す。


 それからどれだけそうしただろうか。元の大きな道が見えなくなり、足元のか細い道筋だけを頼りに歩く八木は、えも言われぬ不安に襲われつつあった。

 周りは深緑の闇とも言っていい。方向感覚も無くなりつつあった。これで道の先にいるのがバケモノであったら、八木は絶叫を堪える自信が無い。

 だが、しばらく歩いた先にあったのは、バケモノでは無かった。


「家……?」


 家、とも言えなかった。一見は石が積まれた仕切りとでも言うべきか。長い時間ののちに屋根や壁も崩れたのだろう、辛うじて残る屋根と壁の痕跡から、どうにか元の家のシルエットが見えて来る程度だ。

 おそらくは玄関だったであろう開いた口から中に入ると、石が敷かれた床、窓、小部屋と、今は天井すら無いがたしかにかつては住居がそこにあったことがわかる。だが、日本家屋とは思えない。昔地理の教科書で見たような、遠い国の世界のような。


「あの」

「うわあっ!?」


 八木は心臓が爆発するかと思った。神経を張り詰めさせているところに突然背後から声が響いたのだ。飛び跳ねるように振り向くと、そこには女が立っていた。見たことのある女だ。彼女には今日初めて出会った時も驚かされた、大神狼華だった。


「か、神大、さん?」

「驚かせてすみません。ここで、何をしているのですか」


 伏せ目がちな視線で、体が大きい割にどこか挙動不審に尋ねて来る。


「神大さんこそ、ここで何しているんですか。僕は不審な音を聞いて今ここに来たんですけど、おそらく神大さんの音ですよね」

「多分、そうだと思います」

「何をしていたんですか?」

「……」


 黙ってしまった。

 その伏せられた視線はふらふらと揺らいでおり、神大の精神の不安定さを感じた……が、八木はその刹那少し身構えた。その泳いだ視線は、ただ泳いでいるだけでは無いと気づいたからだ。

 見られている。

 神大路傍は、八木黒彦を観察していた。

 その足元から、指先の一本も逃さず、視線を上げていく。

 そしてやがて、八木と視線が交差した時、八木は神大の印象を書き換えた。

 狩人。

 そう例えるのはファンタジックが過ぎるだろうか。しかし、八木はこの時確かに、神大に何かを見定められ、そして飛びかかられかねない気迫を感じ取っていた。

 だが、すぐにそれは鳴りを潜める。ふい、と神大は興味が失せたように八木の脇を抜けて家の残骸の観察を始めた。


「この辺、こういう廃墟が多いんです。興味が引かれまして」


 思い出したように八木の質問にようやく答える。

 廃墟が多い? 八木は視線を周囲に向けると、確かに深い緑の端々に人工的な印象を思わせる、積み上がった石とそれに引っ掛かっている屋根らしきものが確かに複数箇所見て取れる。


「あ、ああ、なるほど……」

「多分この辺、人が住んでたみたいです」

「へえ……」


 神大は石が敷かれた床を突き抜けて生える草の葉を見ては、興味深げに手に取ったりを繰り返す。


「……もう、戻りませんか? 陽も落ちてきましたし」


 八木が促すと無言で立ち上がり、廃道から元の道へと戻ることになった。

 しかし、神大はそれでも、廃墟に何かを探るような視線を送っていた。

 一体何者なのか。八木は喉の奥に疑念が下っていかない気持ちだった。


 ※


 自室に戻る頃には十八時を過ぎていた。八木は一度汗を流そうとシャワーを浴び、肌着を変える。夕食の時刻まで後少し、ドライヤーで髪を乾かし身だしなみを整えて部屋を出た。

 夕食の会場は昼間月熊と共に漆田の作った軽食を食べた食堂の下階、不死鳥の姿で言うところの尾羽、【パーティホール】とついた部屋だ。

 今日館に着いて以来それなりに歩き回ったが、八木は一つ気づいたことがあった。

 この館の床面は客室はもちろん、廊下や食堂、そしておそらくこれから向かうステージホールもといった広範囲に渡り、かなり質の高い絨毯が敷かれているのだ。それも、毛足が長い。

 誰かがコンタクトを落としたら埋まってしまうかもな、と能天気なことを考える裏で、足音が全く響かないことにもまた、八木は気づく。

 であれば、もしや。


「はい、当館客室は防音室となっております」


 中央ホールにて遭遇した的羽森子に尋ねれば、想像通りの答えが返ってきた。防音。


「あれ。しかし、漆田さんは部屋に人がいるかをノックで確かめると言っていましたが」

「ええ、具体的には話し声や楽器の演奏といった空気を伝わる空気音を防ぐものであり、壁や扉を叩くことで響く固体音は防ぐことはありません」


 館の住人である森子は常日頃からその恩恵を感じているのだろう、澱みのない答えが返ってくる。


「この館は古いものだと思っていましたが、カードキーといい防音室といい、随分ハイテクなんですね」

「ええ、数ヶ月前に改修が入りました。ホテルとして開放する際にお客さまにより快適に過ごしていただくためのものとなります」

「なるほど」


 それなら、不自然ではないか、と八木は一旦は納得をし、森子に礼を言う。


「それと、聖堂へつながる廊下には明かりがありません。窓も無いため陽が落ちますととても暗くなり、危険なため聖堂は日没と同時に立ち入りを禁止しております。聖堂に鍵はありませんが、お気をつけください」

「聖堂、ですか。僕は今日入っていませんでしたが、一般開放はされていたのですね」と言ったところで八木の記憶の一つが思い起こされる。昼間月熊が現れたのは聖堂につながる廊下の奥からであったし、彼は聖堂で森子ともう一人の少女、名前は出なかったがおそらく鳳凰堂と出会っていた筈だ。

「聖堂という名前の神聖さから、てっきり許可を得なければ入れないものだと思いました。今日はもう入れないなら惜しいことをしたな」


 冗談めかしてぼやくと、森子はくすりと笑う。


「是非、明日ご覧になってください。聖堂は塔になっており、高い位置に備え付けられたステンドグラスがとても綺麗ですよ」

「そうさせていただきます」


 森子は「料理の準備の手伝いをする」と中央ホールの階段を登っていく。おそらく今夜のパーティの料理は二階の食堂に連なる厨房で用意されるのだろう。しかしその足音もまた、すぐそばにいる八木の耳にすら届かない。その光景の違和感に妙な気持ちを抱きながら、八木はパーティホールの扉を開いた。


 ※


 絢爛、という言葉がふさわしかった。

 ここは【パーティホール】。上階の食堂より広く感じるのは厨房が存在しない分だろう。それでいて、尾羽のシルエットによる扇状の構造から、奥にいくにつれて広くなるため開放的に感じる。

 敷かれている絨毯はペルシャ絨毯によくみられるデザイン。だが、扇状の床に合わせて作られているため特注品だということがわかる。

 中央ホールに下がっているものよりは小ぶりであるが、豪華さで言えば同じほどのシャンデリアが、両脇の二対の窓にかけられた白いカーテンを暖色に照らしている。

 そして、パーティホールの最奥には一段高い壇が敷かれ、その両脇に天井から吊られた臙脂色のカーテンが行儀良く佇んでいる。学校の体育館のステージに鎮座するような演説台のようなものも見える、おそらくは何かの催しの際に演説ぶる者がそこに立つのであろうことが想起させられた。

 そのステージが見える部屋の中央。

 八木達招待客が座るであろう、巨大な丸テーブル。

 綺麗な皿が並べられ、手で触れることすら憚られるようなテーブルクロスで脚を隠したそのテーブル、そのステージ側に、少女は一人座っていた。


 鳳凰堂椿。


 まるで眠っているように首をかしげその双眸を伏せ、それでいて薄く微笑む鳳凰堂は、その下の椿という名前にふさわしく、今にも首がコロリと落ちてしまいそうで、儚さと近寄りがたさが同居していた。


「……」


 眠っているようだ、と思ったものの、実際寝ているのでは無いだろうか、八木は思い当たる。

 であれば、起こすべきか。逡巡しながらも丸テーブルを迂回するように近寄れば、改めて美しい少女だと胸の中で所感を転がした。


「こんばんは」


 その少女の薄い唇が開かれたかと思うと、透明な声が広いホールを転がり回った。


「こ、こんばんは」


 眠っていなかったのか。思わずたじろぐ八木を、今は開かれている双眸に収まった緋色の目が見上げていた。


「まだみんな来ていないのだ。私が一番、お前が二番」

「はあ」

「お前、今日は見なかったな。どこでなにをしていた?」


 外見を見るにおそらくは年下であろうその少女は、しかし口調のせいか妙な威圧感があった。なんでも無いはずの質問ですら、裁判官に尋ねられているようだ。


「ええと、漆田さんに案内を受け、月熊さんと軽食を食べた……くらいでしょうか。あとは外を散策している際に大神さんと出会ったくらい、ですかね」


 それが何か? と尋ね返そうとして、少女の顔がニヤニヤと笑っていることに気づく。


「漆田、月熊、神大……やはり、なかなか面白いな」

「面白い、とは? 以前からの知り合いでしたか?」

「いやなに、お前を含めほとんどが初対面だ。私が面白いと思うのは、その名前だよ」

「名前?」

「私は生き物の名前を覚えるのが少し苦手なのだが、これならある程度顔と名前が一致する。ありがたいな」

「どういうことか、聞いてもいいですか?」


 一人得心した顔で頷く鳳凰堂に焦れる思いで尋ねると、鳳凰堂は「聞きたいか? どうしようかなあ」と八木に椅子の向きはそのままで身体だけ向き直り、なおさらニヤニヤと笑う。背もたれを肘置きにして脚を組みこちらを見上げるその仕草に、八木は少しムカついた。


「先程執事の漆田に宿泊客の名前を教えてもらったが、みんな、名前から動物を連想させるではないか」


 散々満足するまでもったいをつけた鳳凰堂は八木に言う。


「執事の【漆田 羊介】はウールと羊、つまり羊。羊の執事」


 八木は頭の中で漆田を思い浮かべる。豊かな白髭とクセのある白髪に包まれる浅黒く焼けた肌は、種類で言えばシュバルツナーゼを連想させる。


「【月熊 大和】は大柄な熊。苗字の月からツキノワグマといったところか」


 確かに、あの大柄な体躯は熊を思わせる。無骨な表情も、言われてみれば。


「【神大 路傍】は狼。苗字は前後を入れ替えてオオカミ。下の名のロボウは、狼王ロボに結びつけられるな」


 日中、森の中の廃墟で睨まれた時の目が浮かび、八木に怖気が走った。上背があり、目にかかるほど長く荒れた髪の毛から覗く鋭い目。あれは確かに、狼に睨まれたような気さえする。


「他の人も行くぞ。【兎薔薇 真美実】は兎。兎の字があるし、真美実はマミミ。ミミちゃんなんていかにも兎っぽい」


 赤いカラーコンタクト、小さな身体、飾り気が多く派手な装飾、荒い気性。言われてみれば、本人にそれらしい意匠は無かったが、総合してみれば兎らしさがある。


「【獅子噛 皇牙】は獅子、ライオンだな。獅子の字に、百獣の皇帝、牙の字もあるのがそれらしい」


 この館に着いて解散されて以来、姿を見ない男を思い出す。確かにオールバックに撫で付けられた髪は鬣を思わせるものであり、その不遜な態度は皇帝らしさがある。ライオン、と言うには少しいけ好かなさが強いが。


「面白い発想ですが、この館の主人、的羽天窓さんと森子さんはどうですか? 僕には思いつきません」

「そこは少し捻る。【的羽】、まとば、並び替え、ばとま、バットマン。すなわち蝙蝠だ」

「蝙蝠……」

「ならば、【森子】も並び替え、こもり、こうもり。【天窓】についてだが、蝙蝠は別名で天鼠、読みはてんそ。天窓に似ているではないか」

「はあ。だから、二人はまとめて蝙蝠、と」


 流石にこじつけが強いな。と苦笑いを浮かべるが、その笑みは鳳凰堂の「それに」という二の句にかき消されることになった。


「それに、知っているか? この島には伝説があるらしいのだ」

「伝説ですか? それはまた、ファンタジックですね」

「その伝説の名は、【不死鳥伝説】。昼間に森子が名前だけ教えてくれた。内容は森子も知らないらしい」

「それが?」

「分からないか? 鳥に憧れる獣……それは、蝙蝠に他ならないではないか」

「……これまでの動物に当てはめる言葉遊びに準えると、その蝙蝠さん達が憧れるのは、貴方になるんじゃありませんか?」

「えっ、何故だ?」


 ここに来て目の前の少女のニヤニヤ笑いが驚きに変わった。八木は何かと失礼な少女に少し嫌味を言ったつもりだったが、意外と効果があったらしい。


「だって、貴方は【鳳凰堂】なのですよね? 鳳凰とは、すなわち鳥な訳じゃないですか」

「あ、そういうことか。なんだ。それは確かに、そうなるな。いやはや、照れちゃうな」

 驚いた表情は消え、すぐになんでもないかのようにくすくすと笑う鳳凰堂。

「で、最後はお前だ。【八木 黒彦】」

「あ、いえ、結構です」


 すかさず遮る八木。そこから先は簡単に思いついたし、その先は嫌いだった。

 なぜなら。


「八木は八木。下の名前も併せて黒八木か」


 八木は自らの職が【探偵】であることも併せて、『メェ〜探偵』と呼ばれることもあった。八木はそれが嫌いだった。

 うんざりした顔を見てもなお笑う鳳凰堂に、八木は仕返しを思いついた。


「鳳凰堂さん、このテーブルの席って指定されていましたか?」

「ん? いや、名前は書いてなかったから適当に座っている。私ここにした」


 かかった。もうニヤリと笑うのは八木の番だった。


「鳳凰堂さん、そこは上座ですよ。主賓の方やパーティの主催が座る席です。今日だと、的羽さんたちが座ることになる席ですよ」


 年下であろう少女に、昨今賛否が分かれる上に成否も怪しいマナーを押し付けるのは意地悪だと八木も思うところがあり心が痛んだが、少々無礼な少女にはこれくらいは言ってやってもいいだろう。しかして、その効果はというと。


「そ、そういうのが……あるのか?」


 覿面だった。


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