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殺人館の不死鳥  作者: かなかわ
生命編
8/38

第一章【表】不死鳥の首は切りづらい 第四部

「さて、どうするか」


 八木は与えられた自室のベッドに倒れ込んで思案する。

 個室の鍵は先ほど手渡されたカードキーによって施錠されている。

 意外だったのが、古い洋館だと思われていたこの館の個室の扉には、カードをカードリーダーに押し当てて反応させ、施錠がされる仕組みがあった。

 現在は十六時、夕食の時刻まで後三時間はある。

 朝から移動し続けていて体の疲労は少なくない。眠ってしまっても良いのだが、せっかくの孤島であり、洋館だ。興味が惹かれないと言ったら嘘になる。


 八木は今にも意識を眠りへと引き摺り込もうとするかのような寝心地の良いベッドから体を引き剥がし、立ち上がる。一度、二度、と体を伸ばすと、自室を改めて見回す。何度見ても自分には不釣り合いだ。

 大学受験や仕事で何度かホテルを利用したことはあるが、経験した中でもかなりの広さだと言える。これがホテルとして開放されるとなれば、自分のような一般市民には二度と手が届かないだろう。


 小さめの書き物机、ドレッサー、戸棚の中には菓子類とティーパック。扉を除けば広い洗面台とトイレ、その奥の浴室には浴槽は無いもののシャワールームが広く取られていた。

 レースがあしらわれたカーテンが添えられる窓は白い手すりに囲まれたベランダへと通じており、その先には深い森が見える。

 調度品ひとつとっても高価であろうそれは、壊すどころか汚すのも躊躇われるため、手に取れない。


挿絵(By みてみん)


 現に戸棚の菓子を食べるか食べないかで散々迷い、小分けにパックされた小さい焼き菓子を開くことすら躊躇い「今はその時ではないか」などとよくわからない納得をして戸棚にしまい込んでいた八木だ。小市民さにうんざりする。

 そんな自分の小ささを振り切るように部屋を出ようと扉を開くと、ちょうど自分のスーツケースを持った漆田がやってくるところだった。


「八木様。お荷物をお持ちしました」

「ありがとうございます。あ、そこに置いておいてください。あとは自分が中に入れます」

「お心遣い、痛み入ります。しかし、部屋を出られようとしていたところを見るに、八木様は御用があると思われます。お邪魔をするわけにはいきません。どうぞ、お任せください」


 丁寧な態度でそう言われたら言い返せない。せめて通りやすいように扉を開けておこうとする。

 漆田は「失礼します」と一礼しスーツケースを運び入れ、また一礼して退出する。


「あの」廊下に出た漆田に八木は声をかける。

「お仕事をしながらで構いませんので、よければ色々お話を聞かせてくれませんか? 邪魔は致しませんので」


 館のことを知るには、執事に聞けば正確で早いだろうとの考えだった。

 漆田は皺に囲まれた切長の相貌を一瞬驚いたように丸くしたが、すぐに柔らかい笑みを作り「私でよければ」と承諾したのだった。


 ※


「マスターキー、ですか?」

「ええ。荷物を運ぶにあたって、中に人がいなかった場合、荷物を中に入れるためにマスターキーのようなものを使うのでは、と思い」

「そのようなものは当館にはございません。もし中に人がいらっしゃらない場合、ドアの前に置かせていただくこととなります」


 現在漆田が抱えるスーツケースは月熊大和のものらしい。隣を歩く八木の質問にも淀みなく答えていく。

 そして現にノックの反応がなかった月熊の部屋の扉の脇には、そのスーツケースが行儀良く立つことになった。


「あ、マスターキーといえば」

「何か心当たりが?」

「ええ。この館には、どんな強固な扉も開く、共通のマスターキーがございます」

「え」


 八木は一瞬驚きで目を見開いたが、漆田の表情はどこかいたずらめいており、それは冗談の類だろうと推測がついた。


「こちらに、そのマスターキーはございます」


 戻ってきた中央ホールの、玄関ホールとは線対称に位置する扉の先は倉庫であり、その壁にかかっているのは、まさしくどんな扉も開けられる鍵だった。

 というか、かなり大きな斧であった。


「な、なるほど……確かに、どんな扉でも開けられる……」

「ふふ、少々おふざけが過ぎましたね。申し訳ございません」

「あぁ、いえいえ」


 むしろ、目の前の老執事がジョークを理解する方だと言うことに驚いていた。

 そこへ。


「何してるんだ、お前ら」


 二人の後ろから低い声が響く。見れば、そこには月熊大和がいた。立ち位置からして、不死鳥の体で言うところの首、【聖堂】の方面から来たのだと思われた。


「現在、八木様に当館の案内をさせていただいておりました。月熊様、スーツケースはお部屋の前に置かせていただきました」

「お、悪い」


 大柄な男はぐわあと大口を開けて欠伸をする。度々見せるその仕草から、普段は身体を酷使する仕事に従事している弊害が見える。

 包帯の巻かれた大きな手が、寝癖のついた髪をガシガシと掻いている。


「で、それは済んだのか? 少し腹が減っちまった。何か作ってくれねえか」

「あ、客室の戸棚にお菓子がありましたよ。小さい焼き菓子です」

「菓子か……いや、甘い物はあまり好きじゃねえんだ。執事さん、頼めるか?」

 漆田は「承知いたしました」と一礼すると、「では、八木様。私はこれより軽食の用意に入るのですが、いらっしゃいますか?」と八木に伺いを立てた。

「あ、はい。行きます」


 こちらです、と先導する漆田を八木と月熊が着いていく。

 自分が同行することを月熊はどう思っているのかと横目でチラリと表情を窺うが、その顰めっ面はずっと変わらず、不機嫌なのかご機嫌なのかは推し量れなかった。


 ※


「俺は別に、来たくて来たわけじゃねえよ」


 食堂にて同じテーブルに向かい合うようにして座る月熊が、八木の問いに答える。


「ここに来たのはただ、タダ飯を食って美味い酒を飲んで豪華な部屋で寝れるって聞いただけだ。来ねえ理由はねえだろうが」

「な、なるほど」


 漆田は軽食を作るために奥の厨房へと引っ込んでしまい、八木はその間を持たせるために適当な話を振ったのだった。話題は「この島に来た理由は?」であり、その答えが先の月熊の発言だった。


「ですけど、来たくて来たわけじゃない、というのは? 来なくてはならない理由があったんですか?」

「……チッ」


 八木の追加の質問はしかし、舌打ちで返されてしまった。そこまで知りたい事柄でもなく、舌打ちされるくらいなら聞かなきゃよかったと八木は苦笑いの裏で愚痴る。


「お前、適当に言いふらしたりはしねえだろうな?」


 しばしの気重い沈黙の後、顰めるような声色で月熊が言う。


「え? はい、まあ」

「……俺はいわゆる鳶職なんだけどよ、俺が行く現場で変なことが起きるようになったんだ」


 途端に、話しがきな臭くなった。

「足場の一部が壊れたり、現場監督が体調不良を起こしたり……俺が行く先々で起きるとはいえ、行く人間は俺以外にも大体同じだから俺一人のせいだとは思ってねえ。しかし、俺としてはなんだか気持ちが悪くてな……最後は本社が様子を見るってんでしばらく休業しやがった」

「ああ、それで」


 建設現場にて従事する職人は会社によっては日雇いである。月熊もその一人なのだろう。ならば休みになればその分給料が入ってこない。だからこそ、こうしてタダ飯の機会にやって来ざるを得なかったのだろう。


「この島から出る頃には、何とかなっててくれねえかな……金を稼がねえと」

「ご家族がいらっしゃるんですか?」

「あ? 何言ってんだ。大人はな、生きてるだけでバカみてえな金がかかるんだよ」


 切実な話だった。


「お前、大学生だっけ? 羨ましいぜ」


 結局、漆田が軽食を持って来るまで十五分ほどだった。

 銀色のトレイに乗せられた二つの皿には、ホットドッグが食欲をそそる匂いを上げていた。


「ありがとうございます」

「どうも」


 食べやすいように真ん中から斜めに切られたそれに齧り付くと、それは八木が普段自宅にて寝ぼけ眼で適当に作り上げるそれとは全く違っていた。ふわりとしたパン、パリッと皮の張ったソーセージ、みずみずしいレタスから味にスパイスを効かせるマスタードまで、どれもが食欲を倍増させる物であった。


「お、美味え」


 流石の月熊も表情が綻び笑顔に……とまではいかなかったが、少なくとも仏頂面では無くなっていた。


「ありがとうございます」と、微笑む漆田に、包帯に巻かれた手についたケチャップを舐め取りながら月熊が訪ねる。


「この館の主人は、いつになったら出て来るんだ」

「主人は現在、自室にて仕事をなさっております。皆様の前に姿を見せるのは、お夕食の時となります」

「そういえば」と八木。

「他の皆さんはどうしてるんでしょうね。部屋にいるんでしょうか」

「あいつらには少し前に会ったぞ。長い黒髪の女と、主人の娘。聖堂でな」

「鳳凰堂様と、森子お嬢様でございますね」

「森子さんはご主人のお嬢さんなのに、漆田さんと一緒に身の回りのお手伝いをしてくださるんですね」

「ええ」


 ホットドッグが全て消え失せる頃、空いた皿を片付ける漆田の表情はどこか遠い記憶を読み返すかのように優しく。


「森子お嬢様は、とても気立の良いお方で……このような老いぼれ執事を心配して、手伝いを申し出て下さったのです」

「……なるほど」

「だけどアンタほどじゃねえんだろうな。さっき聖堂で会った時は黒い髪の方と楽しく話してたぜ。仲良さげにな」

「それはそれは、申し訳ございません。後で注意いたします」

「気分を悪くしたわけじゃねえから、程々にしてやれ」


 頭を下げる漆田。しかしその表情はまた、柔らかい物だ。


「お嬢様はこの島で産まれてから一度も外へ出たことがなく、人との関わりがご主人様と私しかありませんでしたので、きっとこの機会を楽しんでおられるのだと思います……もしよろしければ、月熊様、八木様、この島に滞在する間で構いません。森子お嬢様のお友達となってはいただけないでしょうか」


 その申し出は、小腹を満たして落ち着いた二人の頭を揺り起こした。


「お友達、ですか」

「悪いが俺は無理だ。倍近い年下の娘と話せる話題なんざねえよ」

「無理にとは申しません。ですがいやはや、出過ぎた真似をしてしまいましたね、お忘れください」

 深々と頭を下げる漆田。八木は頭の中で先ほどの話を反芻する。


 産まれてから一度も、この島から出たことがない。


 そんな少女は一体、どのような人生を過ごして来たのであろうか?



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