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殺人館の不死鳥  作者: かなかわ
生命編
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第一章【表】不死鳥の首は切りづらい 第三部

 それから数十分、船は乗客を島に降ろすと、さっさと別の島へと進み出す。

 それを横目に見送り、八木は改めて島に展開する自然を正面から見据えた。

 降ろされた桟橋からは、すぐに深い森へと続いていた。目を凝らして見れば、奥で道が折れており結局館は見えないつくりとなっている。


「ここ進むの? アタシブーツなんだけど」


 兎薔薇が辟易とした声を上げる。


「まあ、たまにはこんな自然の中を歩くのもいいだろう」


 たったこれだけの獅子神の言葉に「普段私は大都会のビルの中にいるからね」という嫌味ったらしさを感じるのは何故だろうか。


「ここから館までは遠いな。だろう?」


 鳳凰堂は案内役である漆田に問う。鳳凰堂は船から島と、それから館を見ていた。だから距離がわかったのだろう。


「おそらく館は島の奥にある。実際上陸して島の大きさを知ったが、些か遠そうだ」

「俺は疲れてると言ってんのに……」


 漆田は鳳凰堂の問い、月熊のぼやき、兎薔薇の視線に答えた。


「ご安心ください、皆様。ここからは車でお送りいたします」


 そう言って桟橋から森を進むのではなく端に設けられた木の階段を降り始めると、そのまま階段は砂浜に敷かれた木の道路となる。追いかけるように続けば、木の道路の先には大きなキャラバンが鎮座していた。


「おそらくは、本土から持ち込んだものを館へと輸送するものですかね」

「その通りでございます。八木様」


 ピッピッ、とキーのスイッチから遠隔でロックを外せば、後部座席のスライドドアを開き客人を招く。後部座席に三席、中ほどに二席、客は六人だ。


「申し訳ございません。お一人は助手席へどうぞ」

「ならば私が」


 意外なことに獅子神がそれに名乗りを上げた。後部の三席を一人で占領しそうだとも八木は思っていたのだが、一応招待されざる客である遠慮のためか……いや、助手席に座ることは遠慮になるのだろうか。八木はその背を見送りながら無為に考えた。


「どこでもいいわよ、そんなの」


 大した理由でもなければそんなものだろう、残りはふと与えられた選択肢にまごついた。

 意外なことに、鳳凰堂もそのまごつきの中にいた。ほんの少ししか交流をしていないが、八木には彼女はこういう時すぐに乗り込んでしまう性格に見えたが。


「じゃあ、僕が後ろで」


 八木がキャラバンの後部座席に収まる。


「……では、私も」


 神大はようやく口を開き、後部へ。八木の隣、後部座席の真ん中に腰を下ろす。座高も高いのかこの人、と八木は視線だけでこっそり伺っていた。


「よし! なら私はこっちにしよう」


 鳳凰堂は後部ではなく、中ほどの二席へと乗り込んだ。

 残されたのは二人、月熊と兎薔薇だ。

 ふと、八木は自分の前に座る鳳凰堂の視線が気になった。スライドドアの向こうを見るその横顔は、どうやら外の二人を見ているようだ。何がそれほど気になっているのか、気にすることでも無いと意識を逸らそうとした時、兎薔薇が車に乗り込んだ。「アタシ後ろ」

 兎薔薇が乗り込んだ時、鳳凰堂はもう視線を逸らしていた。何が気になったのか、八木も兎薔薇の化粧気の濃い顔を観察しようと目だけを向けると、「何見てんのよ。童貞」などと酷い言葉が兎薔薇の口から飛んできた。


 ガコン、ガコン、とレバーが操作される音が響き、やがてキャラバンは走り出す。


 羊が運転するその車には、獅子、熊、兎、山羊、狼、鳥が乗せられている。


 自分たちがこれよりどこに連れられていくのかも、知らないまま。


 おそらくはこの車が谷底に落ちたとしても、彼らには何もできないのではないだろうか。


 あるいは、怪物が大きな口を開けて待ち構えていたとしても。


 ※


「ようやく着いた」


 深い森の中、ほとんど獣道と言っても差し支えないであろうその道を車で十分ほど進んだ時、ようやく館の外観が木々の合間に姿を表し、一行は巨大な門扉に到着した。一足先に降りた漆田によって開けられたスライドドアからめいめいに客人たちは門扉を見上げ、その奥の館を目にして嘆息する。


「ふし、ちょう、館?」


 門扉の横に提げられた館の名前を読み上げる兎薔薇。ふしちょう館――不死鳥館。そう名乗る館は、一見にして妙な形をしていると八木に思わせた。

 少なくとも二階構造ではあるのだろう、高い壁には窓が縦に二つ並び、それが平行に続いている。二階部分の窓にはベランダのようなものまで設置されていた。

 館の中心、その屋根の頂点には、巨大なガラス張りのドームが被せられている。おそらくは天窓なのだろう。

 やけに左右に長いその館は、その一部が異様に外側に伸びてあったり、異様に奥へと引っ込んでいたりとまとまりがない……いや、あるのだろうか? 八木は考える。例えば、上から見たら何かの意匠になっているとか。不死鳥館、ならば――鳥の形、とか。

 目に見える範囲の館の壁は、平面が少ない。逆に言えば曲面が多い、内部はどのような構造になっているのか。八木はそれを外部から想像しようとし始めたが、彼の背後でキャラバンのエンジン音が止まったかと思えば降車した漆田がすぐに門扉に備え付けられたボタンを軽く押してしまう。キンコーン、キンコーン、キンコーン……と、鐘の音が館のどこかで鳴り響く。インターホンだったようだ。その音で八木の思考は無理矢理にピリオドを打たれてしまう。


 そして、しばらくすると。

 不死鳥館の玄関扉が、開かれた。

 中から現れたのは、一人の少女であった。


「皆さま、お越しくださり心から感謝します。ようこそ不死鳥館へ」


 少女は門扉に歩み寄り、裏の装置を操作すると自動で鉄の門が内側に開いていく。

 その少女もまた、美しいと八木は感じた。

 日本語を癖なく話すが、その顔立ちから日本人なのかも怪しく思えた。彼女はまるで人形のようだった。陳腐な言い方をすれば、彼女はフランス人形のようだと捉えることができる。

 肌は白く、ウェーブがかかった背中へと伸びる髪の色は金に近い茶色。服装は鳳凰堂と同じくワンピース姿であった。肩から袖にかけては白いそのワンピースは所々に白いリボンがあしらわれ、いかにも高価に見える。

 そして、その瞳は碧眼であったことも、日本人らしさがないと感じた所以である。

 碧眼――青ではなく緑に近いその目を彩る表情が八木達の来訪をお世辞ではなく心から感謝するかのように微笑み、その名を告げた。


「私の名前は【的羽まとば 森子もりこ】です。今回の催しの主催者である【的羽まとば 天窓てんそう】の娘であり、漆田と共に皆様の生活のサポートをさせていただきます」



 名乗り、ぺこりと頭を下げる的羽森子。その頭が再び上がっても、その表情は変わらず。


「皆様と会えましたことを、心から感謝します」


 その言葉は、嘘とは思えなかった。しかし、それだけではないようだ。齢は十七だろうか、成人はしていないだろう。しかし主催者の若い娘が使用人とは妙だと八木は訝しむ。


「では皆様、これより館の中をご案内させていただきます」

「車」


 森子を先導に館の案内が始まろうと全員が進み出した時、囁くような声が転がった。


「車は、どうするんですか」


 神大だった。門の外に放置とも言える扱いを受けているキャラバンをじっと見つめる彼女は、それの扱いがどうなるかを気にしているようだ。


「そちらの車でしたら、後ほど敷地内の車庫に収める予定です」

「……そう」


 漆田の返答にようやく視線を外す。


「なかなか大きくて綺麗ではないか! 趣があるな!」


 鳳凰堂は両手を広げてその大きさと館を比べるかのようにして叫んでいる。森子はその様子を見て小さく笑い、「ありがとうございます」と礼を言った。

 八木は全員の観察を続ける。兎薔薇は館の外観をスマートフォンの写真フォルダに収め続けており、獅子噛は興味深げにしげしげと窓枠などを眺めていた。月熊は全てがどうでもいいとばかりに大口を開けて欠伸をしている。


 ※


 玄関扉が、今度は外から開かれ一行は中へと案内される。靴を脱ぐ場所は無く、裏側の泥を落とすためのマットが広く敷かれているが、その先は絨毯であった。さらにその先には、もう一つ両開きの扉が。

 おそらくは車を敷地内に入れるためであろう漆田を外に残したまま、背後の玄関扉が閉まる。天井に埋め込まれた照明が煌びやかに一行に光を落とし、影を作る。


「荷物は後ほど、お部屋にお持ちします」


 森子がそう説明する横で、兎薔薇はキョロキョロとあたりを見回していた。何かを探しているようだ。


「ね、ここの電波ってどうなってんの? 船でWi-Fiあるって説明を受けたんだけど」


 いまだにそれを気にしていたのか。一行の何人かがそんな目で兎薔薇を見ていた。しかしそんなことなどは意に介さないらしく、兎の女王様は森子を見つめている。


「え、えっと……わい、ふぁい……?」


 初めて森子が動揺する様を全員が目にした。どうやら目の前の少女はWi-Fiを知らないようだった。この時世にどうやって現代人には必須とも言える電波の神を知らずに生きていけるのか、しかし少女は困惑を隠した笑みで小首を傾げている。


「申し訳ありません。私はそう言ったものに疎く……後ほど漆田に確認を取らせていただきます」

「……そ」


 そっけなく返す兎薔薇。Wi-Fiは無くとも、確かに船での説明にあった通り通常のモバイル回線は通っているため、大騒ぎするほどのことでもないのだろうと彼女の中で折り合いをつけたらしい。


「こちらは?」壁に向き、瞳だけを森子に向けたまま訪ねるのは神大だ。向けている指の先には、控えめな意匠に縁取られた額縁の中の図面だった。一見、紙人形のシルエットに見える、それは。


「そちらは、当館の見取り図となっております」応える森子。

「見取り図? 上から見た図のようだが、面白い! なるほど、この館は鳥の姿をしていたのか」

「はい、鳥は鳥でも、不死鳥を模した造形です」

「不死鳥ですか」八木が口を挟む。


 なるほど、見れば八木にも確かに手を広げた格好の紙人形、人の形というよりは鳥に見えた。頭の部分から伸びる三角の小部屋は嘴にあたるのであろう。

 現在一行が集まる部屋は鳥の体で言う足にあたる【玄関ホール】と名のついている部分だ。もう一枚の扉の先には、【中央ホール】があるらしい。先導する森子によって開かれる。


 ※


 扉の先は、玄関ホールが霞むほどの非現実的な世界だった。中央ホール、不死鳥を模した館で言うところの腹部にあたるそこは、二階部分が吹き抜けとなっており、巨大なドーム型の天窓に覆われていた。更には、天窓の中央から豪奢なシャンデリアが降り、淡い暖色の光が空間を優しく照らしていた。


 中央には燭台の置かれた休息用の大きな丸テーブル、それを囲む二人掛けのソファが四つ。

 壁側には、館の二階へと伸びる階段が左右に対になって伸びている。

 この光景に、誰もが嘆息していた。


「まるで城みたいだ!」

「絵画の中のようですね」

「ありがとうございます。ここで、皆様のお泊りになる客室の部屋割りを行いたいと思います」


 思い思いの感想を口にする一行を宥めるように、森子が向き直り告げる。その手には何枚かのカードを手にしている。


 トランプほどの大きさで黒塗りのそれは、表面に金の箔押しで三桁の数字が印刷されていた。部屋番号だろう。


「部屋は不死鳥の翼、北側と南側に棟が分かれております。男性は北側、女性は南側に、と主人から仰せ使っております。では、お選びください」


 男性と女性で分けるのは、トラブルを防ぐためだろう。八木は納得し、森子の手の中で分けられたカードの束を見る。

 そして、部屋の振り分けが始まった。一人一人が順に前に出てカードを受け取っていく。

 問題なく終わるかと思われたその時、月熊大和、神大路傍の後、最後の一人となった鳳凰堂椿の番に的羽森子が声を上げた。


「あ、鳳凰堂様。鳳凰堂様はこちらです」

「む、すまない」


 会話から察するに、男性側と女性側で分けていたカードの束の内、男性側へと手を伸ばしたらしい、と八木は推測する。説明を聞き逃したのか、それとも直前に手に取った神大を男性だと思い、その逆へと手を伸ばしたのか、あるいは……鳳凰堂が性別を偽っており、今のはそれが露呈した瞬間だったのか。

 下衆の勘ぐりだろうか、控えねば。八木は胸中で自戒する。

 ようやく、部屋の割り振りが終わった。


「では、これより夕食の時刻、十九時までご自由にお過ごしください。何かありましたら、私か漆田へとお申し付けください」

挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)

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