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殺人館の不死鳥  作者: かなかわ
生命編
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第一章【表】不死鳥の首は切りづらい 第二部

 八木黒彦は【探偵】である。齢十九歳にして、彼が解決に導いた事件は十を超える。

 物心ついた時から母親はおらず、十五年前に宿泊していたホテルが全焼する火災において、当時五歳であった彼はその原因と犯人を当てたことで注目が集まり、以来少年探偵として一部囁かれることが多かった。


 しかし、その火災で得られた名声と引き換えに、同じ部屋を取っていた父親が失踪したことは、八木は忘れることができなかった。

 彼はホテルにて出会った女性が【探偵】であったことをきっかけに、その女性の手引きにより、八木もまた【探偵】となった。


 ひとつ、ふたつ、みっつ――。解決した事件の数はそのまま実績、信頼として警察からも頼りにされることが増え、養親たちの誇りとなっていった。

 そんな彼が大学から帰ると、郵便受けに消印の無い封筒が押し込まれていたことに気づいた。ファンタジーの世界でしか見たことのないような封蝋で閉ざされたその中身は、一通の招待状であった。

 そう、この【極楽島】へと向かう定期船の中に座る男女の全員が持っているであろう招待状だ。

 八木は自らを探偵とは思っているが、名探偵とまでは驕ってはいない。故にこんな言葉を使うのは彼の本意では無いのだが、「名探偵の勘」とでも言うべきものが彼を島へと向かわせたのも事実だった。


 何か、嫌な予感がする――。

 自分の仕事を妨げる、何か――。


 八木は乗客全員の顔をゆっくりとそれとなく伺うと、手のひらに滲んだ汗を握りしめた。

『間もなく、極楽島です』

 船内にアナウンスが響く。元々この船は定期船とはいえ巡回する場所に極楽島は含まれていない。一ヶ月に一度だけ島の人間が必要なものを買うために本土からこの船を呼び寄せるのらしく、今回は宿泊客の送迎にも使われることになった。


「あれが極楽島、か」デッキから身を乗り出しながら鳳凰堂は言う。「なるほど、確かに極楽のようだ」

「そうですか? 無人島のように見えますが」


 おそらく独り言であっただろう鳳凰堂の言葉に応えるように八木は鳳凰堂の隣の手すりに寄りかかる。鳳凰堂はそんな彼の素振りを気にする様子もなく、船体に跳ねる飛沫を指で弄びつつ「見えるだろう? あの館。城のようだ。嬉しいな、私は常々お城で暮らしてみたいと思っていた」などと八木に瞳だけを向けて笑うのだった。


「お城、ですか? 見えますかね……それにしても、お城で暮らしたいとは夢がありますね」

「うん、いつかはいつかはと思ううちにのんびりしていたら、ほとんどが文化財になってしまっていた。残念だ」

「は?」

「冗談だ」


 まるで用意していたかのように無理やりな結びの言葉に、八木の口の端から「はは」、と乾いた笑いがかろうじて漏れる。

 結局鳳凰堂が船に乗り込む前に言った、「自己紹介」は行われなかった。そんなことが起きる気がしないほど、船内の空気は悪い。

 しばらく、ざぶ、ざぶ、と船が海に切れ込みを入れる音だけが響く。さわやかな潮風に乗ってカモメの声でもと八木は思ったが、そう都合の良い話もないらしく、ただ静かであった。


「え? あれ? ちょっと!」


 その静けさを、女の甲高い声が引き裂き反射的に八木が船内が見通せる窓に振り向いた時、背の低い派手な女、兎薔薇が漆田に詰め寄っているところだった。


「ねえ、急に電波なくなったんだけど? まさかこれから行く島ってのは電波の届かない前時代的な島ですなんて言わないわよね?」


 兎薔薇はスマートフォンを振り回しながら漆田に詰問を繰り広げていた。返事の余地もなく捲し立てるため、およそ会話になっていない。他の乗客……特に大男の月熊が顔を顰めて睨んでいた。

 問題になる前に、と八木は慌てて船内に戻り、羊に噛み付く兎を引き剥がした。


「す、少し落ち着いてください、兎薔薇さん。そう話されては漆田さんが答えることができません」

「……何よ」


 ようやく動きを止めた兎薔薇の手に収められているスマートフォンの画面には、読み込み中を表すモーショングラフィックスがぐるぐるといつまでも円を描いていた。


「申し訳ございません、八木様、兎薔薇様。私めの説明が遅れただけでございます」


 漆田はそれでも謝辞を述べ、ようやく現れた隙に兎薔薇の問いに答える。


「極楽島における電波につきましては問題ございません。島には基地局が設置されており、無料のワイファイもご用意しております。ただ、この辺りの海域はちょうど本土と島から届く範囲の外であるため、一時的に圏外となっております」


 その説明を聞き、ようやく兎薔薇は仏頂面のままではあるが席へと戻り腰を下ろした。

 八木と漆田は、彼女に見えないように安堵のため息を吐いた。

 するとそこへ「なあっ!?」とデッキから叫び声が響く。八木が振り向くより先に足音が響き、船内へと飛び込んできたのはデッキに残した鳳凰堂だった。今度は何をと身構えた八木と漆田に、彼女は叫んだ。


「で、電波がなくなった。インスタに写真が載せられないのだが!」


 手元のスマートフォンが映し出しているのは読み込み中を表すモーショングラフィックス。ぐるぐる、ぐるぐる、と回り続けるそれは、八木の目をも回した。


「それアタシが先にやったわよ」

「うーん、困った。せっかく綺麗な風景を撮れたものだからアップしておこうと思ったのだが」

「鳳凰堂様、それにつきましては――」


 やんややんやと騒がしくなる船内に、密かに「ちっ」と舌打ちが響く。八木はそれを聞いてふと並んで座る男二人に視線を送ってしまったが、気付いたのは鬣のようにセットした髪を揺らす獅子噛だけだった。しかし、彼は肩をすくめて「私では無い」というアピールをするので、ならば隣の月熊であろう。そもそも月熊は不機嫌さを隠す様子もなく、騒ぐ鳳凰堂を睨みつけていた。


「……おい」


 地響きのような声は、今度こそ船内を沈黙に満たす。

 鳳凰堂は、視線だけを月熊に寄越し「なんだ」とだけ。


「俺は疲れてる。静かにしてろ」

「そうか、すまない」


 たったそれだけだった。鳳凰堂にしても、ちょうど漆田からの説明が終わった頃であったのか、再びデッキへと出ていった。兎薔薇は我関せずといった様子で使い物にならないスマートフォンをそれでも指先で叩き続けている。

漆田は何も言わず、プロらしく奥へ引っ込もうとするところに、八木は声をかけた。「漆田さん」振り返る漆田に、八木は続ける。


「電波で思い出したのですが、これから向かう島のライフラインはどうなっているのでしょうか。例えば電気などですが……」

「ご心配なく。電気は本土から海底ケーブルがありますし、ガスは十分な備蓄がございます」

八木は丁寧な返答に短く礼を告げるが、船内に座る、高価そうなスーツの男が皮肉めいた声で、「海底ケーブル、ねえ」とつぶやいた。

「もし、その電気が何らかの理由で途絶えてしまうことがあれば、どうするつもりだい? 例えば、地震などで断線するなど」

「その場合は予備電源が作動しますので、数日程度であれば問題はありません」

 獅子噛は、「ほう」とだけ返し、また沈黙が訪れた。

挿絵(By みてみん)

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