第始章【裏】殺人館の不死鳥
命は、炎に似ている。
煌めき、ゆらめき、温かい。
人を温め、誰かを燃やし、誰かのものを消していく。
物を動かす力となり、誰かの道を示す篝火ともなる。
炎は、命に似ている。
消える時は、音を立てず。
――再び燃える時も、また然り。
※
一片の光もない。暗闇の中で、女は死んでいた。
冷たい壁と床と天井に囲まれてできているこの部屋は、さながらあの世とこの世の境目に似ているのかもしれない。
ズ……。
突然、布の擦れる音が部屋に湧き上がった。
ズ……ズズ……。
その源は部屋の中心、倒れ伏す首無し死体。
動きを忘れたはずのそれがゆっくりと、しかし確実に、身を捩る。
もがく腕が床を掴む頃には腰が浮き上がり、浮き上がった腰の間に足を折りたためばピンと背をそらし、女は完全に起き上がっていた。
そして――なんとも、なんとも奇妙なことに、首を切られ、持ち去られたはずの首が、その上の頭が、あろうことかそこにあるではないか。
墨で縁取ったように美しい黒の睫毛が彩る緋色の切れ長の目は瞬かれ、人形の如き白い肌は見てわかるほどの弾力を持っており、やがて日に当てると赤く輝く黒い髪が頭からスルスルと伸び、最後には――元に、戻っていた。
「……マズい。私は今、殺されたのか。しかも、首を切られて」
しかしその美しい顔立ちも、一粒冷や汗が浮かべば苦悩に歪む。何しろ、殺すだけならまだしも相手は体の一部を持って行ってしまったのだから。ましてや頭、女は頭を抱える。
死んだはずの女は起き上がるだけでは飽き足らず、立ち上がり、さらに歩きまですると部屋の扉に飛びつき、ドアノブを捻り――その時。
『いやあああああああああああああああ!』
館全体に絶叫が鳴り響いた。
捻りかけたドアノブを掴む手が、ぎくりと止まった。
『どうかされましたか!』
その声を聞きつけて館が途端に騒がしくなる。ドアの外に人が集まり始めたと女は察知する。
『漆田さん、館内の全員に呼びかけ、食堂に集めてください。ここへは近づかせないでください』
そして、彼らが何をみたのかも。マズい、マズいぞ。女の頬を流れる冷や汗はドアの外の声に比例してどんどん増えていく。
『何よこれ、なんなのこれ、何なのよこれえ! これ、何かのドッキリ? そうなんでしょ、みんなでアタシを嵌めてんでしょ!』
『少し黙れ!』
『本当に、鳳凰堂さんは死んでいるんですか……?』
『君は首を切られても生きている人間を見たことがあるのかね?』
『皆さま、落ち着いてくださいませ。まずは警察に連絡を……』
『椿、ちゃん……』
やがて複数の声達から、女は彼らが、その生首を発見したことを知る。
ドアノブを掴んだまま硬直を続ける女は、彼らの声が落ち着いてからようやく手を離した。全身が汗でじっとり濡れている。
何故なら、"殺された鳳凰堂椿さん"とは。
何を隠そうこの女の名前だからだ。
「マズい……マズいマズいマズい……! 私の首を見られてしまった……! 今出て行ったら……いや、そもそもこの私を生きてる誰かに見られたら……!」
絶海の孤島に佇む館、曲者だらけの宿泊客たち、姿の見えない連続殺人鬼、それに挑むは青年探偵、そんなよくあるミステリーの幕は、今度こそ鳳凰堂の次の一言で切って落とされた。
「私が不死身だってことが、バレる!」
この物語の大前提。
鳳凰堂椿は、不死身の鳥。
人間に変身してバカンスを楽しんでいたところ、うっかり連続殺人事件の『第一の被害者』となってしまった、炎の鳥。
これは、よくあるミステリーの【不死鳥館の殺人】、その【裏】で起きる、ある不死鳥の物語。