第終章【表】そして誰もいなくなった
じゃく、と鳳凰堂は足元の砂利を踏んだ音を聞いた。
それは一度だけではなく、鳳凰堂が足を踏み出すごとに続く。
じゃく、じゃく、じゃく……。
木々が囲むここは、静謐を湛えていた。
冷たく、暗い世界だった。
腕の中の花束が、一歩ごとに揺れる。
一歩ごとに、あの島で起きたこと、そして出会った人の顔が鳳凰堂の中に浮かんでは消えていく。
八木黒彦。
的羽天窓。
漆田羊介。
獅子噛皇牙。
兎薔薇真美実。
大神狼華。
的羽森子。
そして、月熊大和。
彼らは全員、島の外に出て、そして死んだ。
今鳳凰堂が前にしているのは、かつて燃え盛るホテルから不死身の鳳凰堂を救い、そしてあの島で再会した男の墓。
鳳凰堂は、死んだ知り合いたちの墓参りの最後に、彼の墓前に現れた。
ここは霊園。
墓石の並ぶその霊園の一角に、それはあった。
かつて鳳凰堂が恋とも呼べる感情を向けた男は、その墓の下に眠っている。
あの事件からしばらくが経った。
唯一重体となって病院に運ばれた月熊は、その時既にかなり際どい状態だったらしい。
鳳凰堂が病室に入り込むと、包帯に巻かれた月熊がベッドに横たわり、細い息をしていた。
意識があるのかも分からない彼のそばで、鳳凰堂は尋ねた。
「大和、お前は死んでしまうのか?」
月熊の目は薄く開き、答えが返ってきた。
「死なねえよ」
鳳凰堂は、月熊の墓石を撫でた。
あの日、月熊の容態を見にきた医者に鳳凰堂は尋ねた。
残りどれほど月熊に残されているのか、と。
「傷は全て塞ぎましたし、月熊さんの健康面はかなり良いので、完治すれば五十年は生きられますよ」
たったの五十年。
無限の命を持つ鳳凰堂にとっては一瞬であり、驚いたが、月熊は笑っていた。
それからの時間、鳳凰堂と月熊は多くの時間を過ごした。
月熊だけではない。大神や兎薔薇、そして的羽森子との時間も、やがて島での出来事が一つの思い出となるほど増えていき、流れていった。
あの事件から、ちょうど百年。
彼らを殺したのは殺人鬼などではなかった。
時間は鳳凰堂にすら止めることはできず、彼らを手の届かない場所へと連れていった。
だが、彼らは最後まで生きていた。
特に月熊は医療技術の進歩もあり、そして鳳凰堂と共に生きる強い意志のためか、医者の余命宣告以上に長い時を生きた。
彼らは一人として理不尽に命を奪われることはなかった。
それだけでも、鳳凰堂は心から嬉しかった。
けれど、それでも鳳凰堂の胸には、寂しさが残っていた。
あれだけ隣にいて幸せだと思ってきた友達が、今は一人もいない。
一度輝かしいまでの人生を生きてしまえば、それを失った今が悲しく思える。
この日、鳳凰堂が月熊の墓を訪ねたのは、意識を閉ざそうと思ったからだ。
死ぬわけではない、意識を閉ざすのだ。
まるで物のように、ただそこにあり、夢の中を漂うように時間をやり過ごす。
人の体をやめ、炎をやめ、生き続けるだけの物となる。
鳳凰堂は墓石の隣に座り、眠るように自分の目を閉じ、そしてゆっくりと閉じていく。
幸せな記憶の中に閉じこもっていく。
最後の一人が、消えていく。
それは自殺とも言えるのだろうか。
数々の死を救った不死鳥の命は、最後に自殺という形で幕が降りようとしていた。
極楽島に立つ不死鳥館。
そこで起きた殺人事件は、奇妙なことに一人の死者も出さなかった。
しかし、彼らを殺していったのは時間だった。
それは一人、また一人と殺して回り、最後の一人はその時間に負けて意識を閉ざす。
そして、誰もいなくなった――。
『貴方、誰?』