島の外
「こんなに早く、また会えるとは。
僕としても、貴方に挨拶しておきたかったので、ありがたいです。
ところで、貴方は本当は僕も救うつもりだったんですよね。
初日の夜に貴方の部屋を訪問した時、確かに僕はすぐにナイフを突き出しました。ですが、それで即死させたというのは買い被り過ぎです。貴方は本当は、たとえ廊下が暗くても僕の姿を見ることができたんじゃありませんか? 即死に近いあの瞬間、僕の姿を見ることができたのでは?
それなのに僕をすぐに告発しなかったのは、貴方が僕のことも救おうとしたから。違いますか?
……はぐらかさないでください。
どうせ、十五年前のあの火災で僕の人生が狂ってしまったことを気にしていたのでしょう。あの時自分が何か出来ていれば、僕の生き方が変わっていたのではないか、なんて。
嬉しいですが、僕の人生と僕の選択と僕の罪は……やっぱり僕のものです。貴方には関係ありません。
僕から、言わせてほしい言葉があります。
本当に、ごめんなさい。
……まさか、殺人犯が殺した相手に謝ることができるなんて。
……そして、赦しの言葉をもらえるなんて。
貴方には感謝してもしきれません。ようやく、こんなことが終わる。
そういった意味では、貴方は確かに僕を救ってくれました。
……え? はは、あり得ませんよ。僕は最低でも塀の中で命を落とすことでしょう。僕はそれだけのことをしてきました。逃げるつもりはありません。
ですが……貴方の人生はこれからも長く続きそうですね。
その長い人生で、もしかしたら……また会えるかもしれませんね。
その時は……ええ、そうですね。
僕とも、友達になってくださいね。
……さようなら」
八木黒彦は微笑み、パトカーに乗り込んだ。
※
「鳳凰堂様。少しお時間よろしいでしょうか。
ええ……やはり、確認を取っていただきましたが、母は亡くなっておりました。当時確認の方も旦那様が使いの者を代理に寄越されたようで、私に伝わらない様にと徹底されておりました。
私が起こしたと思われていた十五年前の火災については、自供もあり旦那様が首謀した事で間違いは無いそうで、大きな罪には問われないことになりそうです。ですが……あの日の厨房担当は、この私でした。私がもっと注意深ければ爆弾の爆発は未然に防がれ、皆様の人生が大きく歪むことはなかったのでは、と深く反省しております。
そして、鳳凰堂様があの火災で苦しむこともなかったはずです。
申し訳、ございませんでした。
……ありがとうございます。そのように言っていただけるなど。
それから、森子お嬢様は私と共に私の生家にて暮らすことになるかと思われます。お嬢様からの合意はいただき、その為の手続きも警察の方で調べていただいているところです。
旦那様からのお給金、そして母の遺した資産もありますので、今度こそ……お嬢様のためにできる限りのことをしたいと思っております。
よろしければ、いつでも遊びに来ていただけると……あの子も喜びます。
それでは、失礼致します」
漆田羊介は微笑み、パトカーへ乗り込んだ。
※
「貴方は、僕らの神なんかでは無かった。
僕らの一族は、くだらぬ幻想を見たのか」
的羽天窓は呟き、パトカーに乗せられた。
※
「こんなものは、何かの間違いだ。
第一、死んだ者が生き返るなどあり得ない。そう、あり得ない!
そんな状況での殺人事件など、解けなくて当たり前だ。そもそも成立していないでは無いか!
その上なんだ? 死んだと思われた奴らがみんな生きていて、私たちが過ごす裏で動き回っていただと? それで? 結果私は【探偵】などと言う実存も知れない妙な暗殺集団に狙われていると? はは! ははは! 馬鹿げている、くだらない! ふざけるな!
誰だ、誰が仕組んだ茶番だ! 触るな、離せ、私は正気だ!
いいか、狂ってるのはアイツの方だ! アイツはな、不死身だ! そう、不死身なんだ! 首を切られてもニョキニョキ生えてくるのを私は見た! 違う! 私は薬などやっていない!
捕まるのはお前の方だ! はは、そのうち研究機関に捕まって死ぬより辛い解剖でもされるかもな! あるいは人体実験か? ははは! ざまあまろ! 不死身だか何だか知らないが、私が、この私があらゆる機関に手回しをしてやる。お前は終わりだ! 終わりなんだ! 終わりなんだよ!
離せ! 離せ! 離せ!
クソ! こんなの認めないぞ!」
獅子噛は引き摺られるようにしてパトカーへと乗せられた。
※
「そんな顔をしないでくれ。俺は死んだわけじゃねえよ。
大丈夫だって。身体が丈夫なのが取り柄だからな、このくらいすぐに塞がっちまう。
……そんな昔のこと、よく覚えてるな。
アンタに会った時、俺、変だっただろ?
言わないでくれよ、自分のことを僕、だなんて。つい出ちまったんだ。
あの時は緊張してたんだよ。ガキだったし、アンタがあんまり綺麗だったもんだから。
ああ、確かに包帯で全身を巻かれてて、見える肌も全部焼けては居たが……それでも、どこかただの人では無いっていうか……芯の部分が美しいと、思ったんだ。
この両腕の火傷を気にしたことは一度も無え。本当だ。
むしろ……アンタを死なせてしまったことの方が辛かった。
あの時、もっと早く助けることができたら。そればかりを考えてたよ。
だけど、それももう終わりだ。だってアンタは生きてたんだもんな。それも俺を探し回って海外に行ってたって? なんだそりゃ。俺は生まれてこの方、日本から出たことがねえよ。
はは、あの病室にもう少し居たら、復活する姿を見ることができたんだろうな。
……謝らないでくれよ。本当に。
この数日間で俺はアンタに会えて、全部知ることができた。それで充分だ。
アンタが人間じゃなかったとしても、やっぱり関係ねえよ。あの日言った言葉は、今も変わらねえ。
だから、その……良ければ、なんだが。
俺とアンタはこうしてようやく会えたわけで、その……。
俺が退院したら、その時は……飯でもどうだ?
ぐぁあっ! やめろ! 傷が開くから飛びつかないでくれ!
……それじゃ、その時まで。
じゃあな」
月熊大和はそれでも笑いながら、救急車へと運ばれて行った。
※
「やっぱり、許せないことには変わりないわ。
世間から見て正しいことでも、仕方のないことでも、情状酌量の余地があっても、アタシが納得できなければ、やっぱり許せない。
今でも全員死ねばいいって思うし、できるなら殺してやりたいって強く思う。
アタシの人生めちゃくちゃにしやがってって。
ふざけんじゃねえ死んじまえって。
だけど……アタシのことも、アタシは許せない。
アタシは……人を殺せる人間だった。
死ねばいい、殺してやる、そう思う人間なんていくらでもいるけれど、アタシはその時殺せてしまう人間だった。それがわかった。わかっちゃった。
復讐はね、今でもしたいわよ。悪いことだなんて思わない。
だけど……やり方はちゃんと考えようって思った。
もっとアタシがスッキリできて終わったその日に何の抵抗もなく笑ってベッドに入れてすっかり忘れちゃって、おばあちゃんになってからふっと思い出した時に孫に笑って話せちゃえるような。
それがどんなものかも……考え続けるつもりよ。
少なくとも分かることは……人殺しじゃない。
そんな簡単なことに手を汚してから気づく自分が、許せない。
これから、自分のしたことの精算があるわけだけど、それが終わったとしても、アタシは誰のことも許せないし、怒り続けるんだと思う。自分のことも含めて。
きっとこういう生き方しかできないし、そういう人間なんだと思う。
だけどアンタにはちゃんと言っておくわ。
助けてくれてありがと。
それにね、アタシの人生をめちゃくちゃにしてくれたやつでも、一人だけ許してやってもいいかなってやつは居るのよ。
……条件付きでね。
それじゃ、またいつか会えたらいいわね」
兎薔薇真美実は笑って言うと、自分の足でパトカーに乗り込んだ。
※
「やはり、罰は受けることになりました。当然ですけどね。
警察としてかなり勝手なことをしましたし、最善を尽くせたわけでもありませんでしたから。
本当に、申し訳ありませんでした。
兎薔薇さんを追いかけてこの場所へやってきた時の私は、計画的な殺人事件が起きるとは思いませんでした。
薬物が動くことだけを警戒していましたから、貴方たちを守ることができませんでした。申し訳ありませんでした。
ですが、結果的に大きなグループの元を摘発することができたと言うこともあり辞職することにはならなそうです。
本当は、自分が何も出来ていないことを告げて、評価を取り下げてもらうつもりだったんです。
そう思った時……兎薔薇さんに言われたんです。
それでクビになったら、誰が探偵の奴らからアタシを守るわけ?
ですって……そして、もし【探偵】とやらを壊滅させることができたら、その時はアンタを許してあげる……なんて言われてしまったんです。
もちろん、そう言われたからというだけではありません。存在を知ってしまった以上、私が動くべきです。
今まで存在すら知られていない、巧妙に隠された組織でしたからきっと難しいかと思います。
しかし、手がかりが全くないというわけではありません。
八木さんは知っている全てを話してくださるそうですし、あの時、聖堂で耳を塞げと言われた時。私は、実は八木さんが獅子噛さんに何を言ったか聞いていたんです。
もちろん、危険だとはわかっていますが、警察として避けては通れない危険だと思っています。
最後に、鳳凰堂さん。
助けていただき、本当にありがとうございました。
さようなら」
大神狼華は微笑み、パトカーへ向かった。
※
「……生まれて初めて、海を越えました。
あの極楽島では……多くのことがありました。
貴方とお会いした日がついこの間とは、何だか思えませんね。
これから私は、漆田の家でお世話になります。
定時の高校に入れてくださる約束をして、卒業したら、大学を目指してほしいと言われました。
こんなに大きな恩を返せる日がいつか来るのでしょうか。
その前に……まず私は警察のお世話になることになりました。
貴方を殺したことを正直に話して、信じてもらえる範囲で正式に裁いてもらうつもりです。
……貴方はそう言ってくれますけど、私が貴方の友達として隣に立つためには必要なことだと思うのです……椿ちゃん。
最後に、言わせてください。
椿ちゃん……ありがとうございました。
……。
……あぁ。
あぁ、あぁあ……椿ちゃん、椿ちゃん!
ありがとう、ありがとう!
私と友達になってくれてありがとう!
私を助けてくれてありがとうございます!
みんなを助けてくれてありがとう!
代わりに怖い思いを、痛い思いを、悲しい思いを引き受けてくれてありがとうございます!
私たち、みんな生きてますよ!
誰一人死んでません! 誰一人!
みんな……生きて帰ってきました!
そして私は……島の外へと出ることができました!
本当に、本当に……ありがとうございます!
……。
……椿ちゃん……これから私は、貴方の友達でいて、恥ずかしくないような人間になろうと思います。
誰かが本当に困っている時、一人で死にそうなほど悲しんでいる時、殺されそうになっている時。
当然のように隣に来てくれて、根拠もなく励ましてくれて、一緒に悩みを考えてくれて、心配ないって笑ってくれて、命まで差し出してくれるような……。
ふふ、それくらいのことをしたいということです。
そのためには……沢山のことを知って、聞いて、考えて、動かなくてはなりませんね。
貴方の初めてできた友達が、椿ちゃんに教えてくれたように。
私は、そのためにも世界を見て回りたいと思っています。
お金も時間もかかるでしょうし、言葉の壁もあります。ですが……いつかきっと、この世界がどれくらい広いのか、この目で確かめてみたいのです。
いつか……遠い、どこかの地で。貴方に会う日が来るかもしれません。
その時は今よりもっと成長して、貴方を驚かせたいと思います。
それでは。
……さようなら! 椿ちゃん!」
的羽森子は人生で一番晴れやかな笑顔を見せ、大きく手を振ってパトカーへと乗り込んだ。