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殺人館の不死鳥  作者: かなかわ
復活編
32/38

第五章 解決編 第二部

 犯人だと糾弾を受けた相手らしからぬ八木の明るい声に、全員の口は動かなくなった。

「……どういう、ことですか」

 勢いを削がれた顔をして、森子は呟く。

「ん? ああすみません。ちょっと手間取ってしまって」

 そしてスマートフォンを取り出すと、辛うじて充電が残っているそれから音楽アプリを立ち上げ、ファンファーレの音を流す。

 パンパカパーン、と寒々しい電子音が聖堂の中を跳ね回る。

「よし、これでオッケー」

「な、何がオッケーだ……説明しやがれ!」

「ああ、今からしますからそう焦らないでください……ちょーっとお待ちを……とっとっと……」

 八木は歩き、四つの生首が置かれた供物台の中央に立つ。

「皆さま! 此度の『スカイウィンドホテルプレゼンツ、究極のリアル殺人ゲーム』にて見事犯人を当てることができたようですね! おめでとうございまーす!」

「究極の……リアル殺人、ゲーム?」

「はい! まずは主催者である的羽天窓さん! これはもう、ネタバラシしてしまってよろしいですか〜?」

 八木に水を向けられ、全てを黙って微笑んでいた天窓が、久しぶりに口を開いた。

「ええ、あとはお好きにどうぞ」

「承知しましたっ! ではでは、ゲームを最後までプレイしていただいた皆さまにネタバラシ! そう、皆様の推理どおり、僕こと八木黒彦は的羽さんによって雇われていた犯人役でございます!」

 ぱちぱちぱち、と八木は自ら手を叩いて朗らかな笑顔を見せる。

「スタッフ兼、犯人役といったところでしょうか。一応、ゲームマスターとしての役割もあったのですが……皆さまにはあまりピンと来ないでしょうね……基本裏方ですから!」

 たはは、と頭を掻く姿は、どこまでも嘘っぽいものだった。

「八木様! 惚けないでください! 貴方が鳳凰堂様を……」

「そうそう! 皆様の中に紛れ込んだスタッフはもう一人いますよ!」

 スマートフォンから流れる音は、ファンファーレからドラムロールに切り替わる。

 ドロロロロロロ……と期待を煽るような音が響き、八木もそれに合わせて手のひらをひらめかせている。

「それは〜? ジャン! 鳳凰堂椿さーんっ!」

 流れる歓声の声。しかし当の鳳凰堂は未だに大神の姿で倒れたままだ。

「鳳凰堂……様が?」

「はい、彼女には今回被害者役として僕と一緒に雇われております。今回の彼女の設定は、【不死身の少女】、しかしてその実態は〜?」ドラムロール後、「ジャジャン! 世界で一番腕のいい、特殊メイクアーティスト〜!」再び歓声の声。

「じゃあ、アンタたちって、アタシが考えた通りの……」

 呆けた顔で、兎薔薇が言う。

「あれ、もしかして前からわかってました? そうなんですよ、これぜーんぶ、奇術を組み合わせたリアル殺人ゲームだったんです」

 八木は再び両手を広げる。

「当然でしょう? もしかして、本気で人が生き返ると思いました? だとしたら脚本家冥利に尽きるんですが……残念ながら、不死身なんてあり得ません。実際には鳳凰堂さんは身長が子供の時のままで止まっている小人症でして、これは肉襦袢を着てるようなものなんです。首から上は遠隔操作で動くロボットでできています。胸にナイフが刺さっても、実は内部に鉄板があるので中の鳳凰堂さん本人には刺さりません」

 ニコニコと貼り付けたような笑みで、八木は解説する。

「さて、楽しんでいただけたでしょうか」

 改めて向き直り、八木は声高に宣言した。


「絶海の孤島に建つ、怪しい洋館に集められた男女。その島には不死鳥伝説があり、それに準えるように一人、また一人と首を切られて殺されていく……題して、【不死鳥館の殺人】!」


「ふ、【不死鳥館の殺人】……!」


 森子は白くなるほど青ざめている。今にもその場にへたり込んでしまいそうだ。

「ええ、鳳凰堂さんの演技、なかなか良かったでしょ? おーい、鳳凰堂さーん、もう起きてくださーい」八木は鳳凰堂の肩を叩き、それでも目を開かない彼女を見ると、困ったような笑みを浮かべる。

「あらら、またこれだ」

「また……?」

「鳳凰堂さん、一度役に入ると最後までやり切るタチなんですよねえ。だからもし目が覚めても、まだ【不死身の少女】としての役割に徹しちゃってたら……ごめんなさい。皆さんでもう終わったと言ってあげてください」

 そんな八木を見る目の一つが、やがて鋭くなっていく。

「やはり……」

「ん?」

「やはり貴方は、この連続殺人を丸ごと、茶番劇にしようとしているんですね!」

 それは目に涙を溜めた、的羽森子だった。

「あ〜、ちょっと、すみません……森子さん、もうゲームは終わったんです。実は全部、ウソだったんですよ」

「いいえ、貴方は確かに悪意を持って人を殺そうとした。たまたま最初の一人が不死身だったと知った貴方は、その不死身の方がターゲットに入れ替わって代わりに死んでくれると知った貴方は、それを利用して私たちの動きをコントロールし……いざとなればこれを全て茶番劇だとするつもりだったんですね、最初から!」

「あはは……えっと……どうしようかな。森子さん、今回のゲームでは、誰も死んでいないんですよ?他に何だと思うのですか?」

 八木は困惑した表情を浮かべ、言葉を探す様子を見せた。

「ああ、もしかして自分の家が木っ端微塵になったから、全部ウソなんて思えないんですよね? それに関してはご安心ください! このゲームは的羽天窓さんがこの館を解体する計画を利用したものなんですよ、ねえ」

 的羽天窓は微笑むだけだ。

「安心してください、ね? もっと良い家に立て替えの予定がありますから」

 森子以外は、全員が状況に困惑していた。

 それを見て、八木は最後のトドメに入る。

「それとも皆さん……【被害者は不死身で、本当に殺されそうになっている相手と入れ替わっていた】という話と、【そういうシナリオの、よくできたゲームだった】という話……どちらを信じますか? 現に今回、皆様に大きな危険は降りかかっておりません。あくまで被害者役は鳳凰堂さんで、皆様が危険な行為をしようとしたら僕たちがシナリオを壊さない程度に阻止していたんです。さて、どちらを信じますかね?」

「それ、は……」

「ああ……まあ、今回色々話しちゃいましたもんね、獅子噛さんとか特に、最初に秘密とかかなりぶっちゃけちゃいましたし……でも、一応オフレコって事で」

「全部ゲーム……だったって、本当なの?」

「不死身とか、入れ替わりとか……無かったのか?」

「私はまだ信じないぞ、私がこんな恥辱を受けるゲームがあるか!」

「全部悪趣味なシナリオだった……八木さん、貴方はそう言いたいのですか」

 それぞれがそれぞれの反応を見せる中、それでも一人、少女は八木を睨んでいた。

 しかし、その少女は肩を落とし、俯いてしまう。前髪が顔を覆い、表情が読み取れないが、おそらくはその顔は悔しさに歪んでいるのだろうと八木は判断した。

「八木様……貴方がそこまでこの数日間をゲームだと言うのであれば、最後に一つだけ……一つだけ教えてください」

 その少女が低い声で呟く。

 森子だった。

「はい、良いですよ。なんでしょう?」

「貴方の話ですと、この生首は偽物なんですよね? この生首はこのあとどうなるんですか?」

「一応、小道具ですからね。回収させていただきます。あ、もしかして自分の頭、欲しくなっちゃいました?」

 冗談めかして言った言葉に、しかし……八木以外の笑い声が混じった。

「回収……? それはどうしてですか? 偽物なのでしたら、もっと良く見せてくださいよ……」

「あー、壊されちゃうとまずいんで……それに、かなり精巧なので見分けがつかないかと思います」

「あれ? 露骨に嫌がりましたね。もしかしてその生首、本物なんじゃないですか? 警察に押収されると困るから、そんなことを言っているんじゃないですか?」

 森子の様子は、明らかに変化していた。

 八木は念の為に警戒の体制に入る。

「何言ってるんですか? 警察だって馬鹿じゃありませんよ。皆さんは、【生きている】。だから、どれだけ精巧な生首を見せられても、同一人物がちゃあんと生きているんですから、この生首は偽物だと言う判断に必ず行き着きます」

 くすくす、くすくす。八木のものでもない、天窓のものでもない、かすかな笑い声が溢れていく。

「では、生首があり……その同一人物が、【死んでいる】なら? さらに言えば、死んだ痕跡だけを残して、死体が無くなっていたら……警察は残された生首を見て、どう判断するんでしょうね?」

 くすくすくすくす……。顔を伏せたままの森子が、その髪の内側で笑っている。

「……森子さん、貴方何をする気ですか?」

 プツン、と八木のスマートフォンから流れる寒々しいファンファーレが消えた。電池が切れたのだろう。代わりに聞こえるのは、森子の笑い声と遠くで爆ぜる館の音だけだ。

「あはは、私が何をするのか? 貴方は探偵でしょう? 推理すれば分かるんじゃないですか?」

「森子さん、馬鹿なことはやめてください」

「馬鹿なこと……ですか」

 森子は顔を上げた。

 顔を上げて、上げて……空を見るようにして。

 いつのまにかポケットから取り出していたナイフを。


 自らの喉元に突きつけていた。


「お……お嬢様ッ!」

「来ないで!」

 真っ先に動こうとした漆田を、森子は声だけで制した。

「あ、それ……アタシが盗んでたナイフ……」

 兎薔薇が小さくつぶやいた。前の晩、兎薔薇が鳳凰堂に向けたナイフだった。

「森子さん……もう一度言います。馬鹿なことはやめてください」

「馬鹿なことかどうかは、やってみてから決めようと思います」

「……これも何度も言いますが、全部お芝居だったんですよ。鳳凰堂さんも、お芝居として貴方と友達になったんです」

「だとしても」

 漆田は、森子の行動を止めることができなかった。

 目の前の少女から、確固たる意志を感じたからだ。

 その結果自らの首に刃物を突きつけていても、何故だか止めることができない。


「私は、鳳凰堂様を信じたいのです。

 私の境遇を憐れんでくれたあの人を。

 私を外に連れ出してくれる約束をしたあの言葉を。

 私のために、命を差し出してくれたあの姿を。

 確かに……全部お芝居だったら、私も救われます。

 全部お芝居で、殺人なんて起きなかったと。

 全部嘘で、怖い思いなんて一つもなかったと。

 全部虚構で……苦しい思いなんて誰もしなかったと……。

 もしそうだったら、どんなに良いでしょうか。

 ですが……違います。一連の殺人は本当に起きたことなんです。

 そうでなくては……いけないのです」


 八木は目の前で行われようとしている自害の光景を止めようとして、しかしどこかに違和感を感じていた。

 森子の言葉は、どこかおかしい。

 どこだ?

 八木は言葉全てを精査して、一つの違和感の正体に気づく。

『全部お芝居だったら、私も救われます』

 私……も?

 全てがお芝居だったとして、森子の何が救われると言うのだろうか。

 そう思案を続ける八木に、当の森子から声がかかった。

「八木様!」

「……なんですか」

「まだ気づかないんですか?」

 その一言は、どこまでも冷静で……自棄になって行動を起こしているとは思えない。

 何かを、企んでいる。だがそれは一体なんだ?

「気づかないって……何がですか? 言っておきますが、森子さん。貴方がそうやって自害したところで、やっぱり問題は解決しませんよ。もしこれが本当の連続殺人だったとするならば、そして僕が本当の殺人犯だとするならば、僕がみすみす貴方の生首を警察に提出するなんてこと、するわけありませんよね? その前に貴方の生首を捨てるか埋めるかするだけです。ちょうど、この館の裏には崖もありますしね」

「あはっ!」

 そしてとうとう、森子は笑い出した。

「あは、はははっ!」

 この中の誰もが聞いたことのない、壊れた笑い声。

「何がおかしいんですか」

「あははははっ! だって、だっておかしくてたまりませんよっ!」

 身を捩り、腹を抱え、森子は首にナイフを突きつけたまま笑う。

「八木様ったら、本当におっかしい! 貴方が探偵じゃないって、本当だったんですね!」

「いい加減、話してください。貴方が何をしようと、この数日間は【精巧なゲーム】です。それを覆すことはできません」

「まだ気づかないんですか?」

 まただ。二度目の全く同じ言葉を聞いて、八木は足元がぐらつくような気分に襲われた。

 しかし、何に気づかねばならないのだろうか。

 どちらにせよ、全員が生きていて、生首はここに揃っている。

 この生首さえ手元にあれば、八木はこの数日間をゲームにできる。

 もし森子が本当に死んだとしても、生首さえ処理して仕舞えば人が一人いなくなったとしても問題ない。

 さらにダメ押しで、事件現場となるパーティホールは今もこうして火に飲まれている。

 それに、相手は出生届も出されていない的羽森子だ。

 誰がその存在に気づくと言うのだろう。


 こうして、的羽森子の生首が手元にある限り……。


「……あ、あぁっ。あぁあっ!」


 八木は森子の生首を見下ろす内、思わず声を上げていた。

 途端に全身が冷たくなった。顎が震え、カチカチと奥歯が鳴る。

 八木は、森子のやろうとしている全てを悟った。


「ようやく気づきました?」

「お、お前……これは……!」

 顔面が蒼白になる八木とは対照的に、的羽森子の顔は歪み始める。ニヤニヤと、ニヤニヤと。それはまるで、八木が首を切った鳳凰堂のようだった。


「そうです! 貴方がこうして、全てを茶番に仕立て上げようとすることは想定済みです! だから既に……手は打たせていただきました!」


 八木は聖堂から飛び出して、館の中を走り回ろうかとも思った。だが、既に燃え盛る館にはどうあがいても戻れない。

「なんだよ、お前ら、何の話してやがる!」

 着いて来れていない月熊が、キョロキョロと森子と八木を交互に見ていた。

「漆田!」

「は、はい!」

「貴方に最後のお願いがあります。私が死んだら……その体を、海へと投げてください」

「で……できません! お嬢様……八木様の言う通り、そんなことをしても意味はありません!」

「漆田……私は言ったはずです。こうなることを見越して、既に手は打ったと」

 不意に、森子の張り詰めたような声が、優しいものへと変わった。まるで、自分の親代わりの執事と思い出語りをするような。

「ねえ、漆田。私、実はあの話を、【裏】から聞いていました」

 それは、漆田羊介の罪の告白。

「貴方は自分のことを、愚かで間違っていると言っていましたね。ですが……違います。私は、貴方に育てられたからこそ、今この場にいるのです。漆田、どうか自分のことをそんな風に言わないで。私の方こそ……貴方に何も返せていないのです。返しきれない恩を、貰っているのに……」

 漆田は何も言い返すことはできなかった。

 何かを言うべきことは分かっているのに、何かをするべきことは分かっているのに、目の前で語る少女に、どこか、『いつの間にか大きくなった』と、そう感じていた。

 的羽森子は首に添えるナイフを持つ手を握りなおす。


「八木様、この数日間を、私は【不死鳥館の殺人】なんて名前には絶対にしたくありません」


「不死鳥は……本当にいたのですから」


「貴方はそれを、不死鳥の優しい気持ちを、利用しようとしている。私はそれを……絶対に許さない」


「逃げても無駄です。私は、生と死の研究のために生きた集団の血が濃くあります。この程度の残酷な方法など、いくらでも可能なのですから」


「けれど……」


「けれど、ごめんなさい、皆さん」


「ごめんなさい、漆田」


「ごめんね……鳳凰堂様」


 そして、ナイフは的羽森子の首へと突き立てられ――。


 ※


「あ、あ……あ」


 ナイフは、時間が止まったかのように静止していた。

 それを持つ的羽森子の手を、手首を、強い力で握るものが居たからだ。

 その力はあまりに強く、森子が手を引くことも押すことも、ましてや握ったナイフを首へ突き立てることも許さない。


「全部、聞いていたのですね……」


「うん」


 その人物は、優しく微笑み、森子の手首を強く握りながらも姿を変えていく。【変身】をする。

 少しの時間の後、その人物は変身を終えていた。黒く長い髪を伸ばした、美しい少女がそこにいた。

 特殊メイクの一言では済まされない、人智を超えた【変身】。

 それは、彼女が人間でないことの証明でもあった。


「いつから、でしょうか」


「私が最初の日に二回殺されたって話してたあたり」


「本当は、ずっと起きていたんですね」


「ごめん」


 そうか、森子は待ち望んでいた彼女の復活が、既に終わっていたのだと気づいて、ほんの少し安堵して、それ以上に暗い気持ちになった。

 これから始まるのは、森子の罪。

 彼女に訊かれたくなかった、知られたくなかった、罪の話。


「頑張ったな、森子」


 優しい声を聞くたびに、森子の目から涙が溢れてくる。

 せっかく、狂った犯人役をしていたのに。

 自分を守るためのキャラクターが、自分の大切な部分を守るための着ぐるみが、彼女の一言一言によってボロボロ剥がれていく。

 薄っぺらいキャラクターの破片が、涙になって溢れていく。


「頑張らせて、ごめん」


 違う、違うのに。

 森子は首を振る。

 手に持ったナイフがどこまでも重くなっていって、持ちきれなくて、手を離してしまった。

 感じた重さとは裏腹の、あまりに軽い音が聖堂に甲高く響いた。

 目から溢れるのは、涙ばかり。

 元は血液だったそれ。

 しかしその原液をこの数日間、目の前の少女は一体何人分流したのだろうか。


 その少女は、優しく言葉を吐く。


 それは優しい、告発だった。


「私を殺した犯人は……お前だ」


 そして、鳳凰堂椿は自らを殺した犯人の名前を呼んだ。


「的羽森子」


 ※


「最初の違和感は、三日目の夜。あの大騒動の後だ。

 私が拷問薬を飲み、悶え苦しんだあの後。

 私の意識は車に乗せられて凄まじい衝撃を受けたところまでだ。

 それ以降の記憶は全くない。

 目が覚めると、そこはパーティホールで、お前は泣いていたな。

 私はてっきり、私が拷問薬を飲んだことでお前が自分を責めていたのかと思った。

 あるいは、あの木箱に入っていた薬こそが解毒薬で、それを捨ててしまった負い目から自分を責めているのだと。

 だから、私はお前は悪くないと言った。

 全部馬鹿なことをした自分のせいだと。


 だけど、お前はそれでも……その瞬間から、私のことを『椿ちゃん』と呼ばなくなった。


 私がお前にそう呼ばせているのは、私たちは友達だからだ。

 お前もそれを分かっていたはずだ。

 それを、指摘してもなお改めなかったな?

 だったら、お前の中で何かがあったんだ。

 自分を……鳳凰堂椿の友達だと思えなくなるほどの何かが。


 それが最初の違和感。

 次の違和感はすぐにやってきた。

 状況を森子に尋ねたところ、お前はこう言った。

『三十分前に兎薔薇が地下へと連れて行かれた』と。

 私が飲んだ拷問薬は、一時間苦しみを与えて、その後死に至らせるもの。

 それを私が飲んだならば、【一時間苦しみ遂には死に、そしてさらに一時間後に復活する】はずだ。

 つまり、拷問薬を飲んでから計二時間後に私は完全復活するはずじゃないのか?

 私が毒を飲んだのは二十一時。毒で死ぬのは二十二時。生き返るのは二十三時だ。

 よって、森子の発言から、兎薔薇が地下へ連れて行かれたのは私が生き返る三十分前の【二十二時三十分】となる。

 よく考えれば、これはおかしい。

 あれから兎薔薇を助けたあと、あいつは言っていた。

『犯人扱いされたのは、二十二時』

 

 三十分以上が、どこかへ消えている。


 森子、お前の推理の中で、第一の殺人において、本来一時間で復活するところを、復活した直後に殺し直したことで二時間に延長させた、と言う話があったな?


 だとすれば、今回はその逆が起きたんだ。


 本来二時間後に訪れる復活時刻を、それより前に殺すことで前倒しさせた。


 ……お前は、初めて拷問薬を見た時に私の話を思い出して、考えたはずだ。

 私はこう言ったものな。

『苦しみ続けることは、死ぬより辛い』と。

 だからお前は、拷問薬で苦しむ私に、死ぬより辛くない、死を与えることで苦しみを終わらせようとしたんだ。


 私が、長く苦しまなくて済むように。


 あの時、私の死は毒による自殺ではなかった。


 私は……お前に殺されていたんだな。


 お前は……私を助けるために、私を殺したんだ」


 ※


「そんな風に、言わないでください。まるで私が、良いことをしたかのように……」

 森子の涙は止まらない。

 あの日、あの時、あの場所で。

 森子は血を吐きながら苦しみ続ける鳳凰堂を見て、パニックを起こしていた。

 解毒薬は森子がその手で捨ててしまった。

 自分のしたことの大きさを、森子は正しく把握することができなかった。

 どうにかしなくては、でもどうすることもできない。そんな思いの中、森子の頭にあったのは鳳凰堂の言葉。

『私は苦痛には耐えられない。この毒も似ている、人に長く痛みを与えるだけの薬など、ゾッとする』

 どうにかして、森子自身が与えたその苦しみから解放させなくてはならない。

 森子は無我夢中で、鳳凰堂の体を引きずり、せめて見つからないようにと、初めは体を隠す意味でパーティホールのエレベーターの扉をこじ開けた。その際隠し部屋の存在に気づき――。


 そして、【あれ】を見た。


「私は、鳳凰堂様を、殺しました。残酷な、殺し方で……」

 その殺し方の結果、この不死鳥館には、犯人すら予想のできなかったあるものが現れた。


 その犯人こと八木黒彦は、汗を額に滲ませて狼狽える。


「まさか、そんな理由でっ! そんな理由で、それがあるっていうのか!」

 森子は流れる涙を拭うと、八木を睨みつける。


「そうです、パーティホールのエレベーター、その扉の向こうには、もう一つ扉がありました。そこには……【ギロチン】があったのです。

 私は……鳳凰堂様を殺すため、その首をギロチンで切り落としました。

 その結果、この館の中に、それは産まれたのです。


 私の生首が、もう一つ!


 この館には、この私、的羽森子の生首が二つありました。

 一つは犯人と協力者によるピアノ線で。

 もう一つは、私によるギロチンによって!」


 閉じた瞼の裏側に、あの夜の記憶が蘇る。


 ※


 森子の眼下にあるのは、苦しみに悶えながら血を吐き続ける鳳凰堂。

 自らの罪。解毒薬は捨ててしまった。

 目の前に現れた、隠し部屋のギロチン。

 胸に浮かんだ、鳳凰堂を毒の苦しみから救う方法。

 鳳凰堂を苦しみから救うため、鳳凰堂を殺す。

 森子はギロチンの刃を持ち上げ、鳳凰堂の体を台に横たえ、固定する。

 手に持ったロープが、刃の重さを自覚させる。

 森子にとっては無限の一瞬の後、刃は鳳凰堂の首へと落ちていく。

 刃が肉を断つ音。

 重たい、転がる首の音。

 その顔は……森子自身の顔だった。

 勘違いしてはならない。

 甘えてはならない。

 逃げてはならない。

 自覚しなくてはならない。向き合わなくてはならない。忘れてはならない。間違えてはならない。受け止めなければならない。取り違えてはならない。救われてはならない……目を背けてはならない。

 森子は、自分は、人を殺した、友を殺した……その事実から。

 森子は自らの顔の頭を抱え、立ち上がる。

 せめて、この殺人を、武器にしなくては。

 この死者のない連続殺人事件における、最大の懸念。

 死者がいないことを利用され、茶番に仕立て上げられ、逃げられること。

 森子の罪は、それを防ぐ武器になる。

 おそらくは、唯一の武器。

 だがそれを言い訳にしてはならない。森子は痛いほどに胸に刻みつける。

 ならば、もう自分は彼女の友達にはなれない。

 回復を始めた鳳凰堂の体を置いて、森子は一人で歩き出す。

 向かった場所は聖堂。そこで森子は、自らの頭部を……入れ替えた。

 戻る頃、鳳凰堂は目を覚ます。

 何も知らない鳳凰堂に、もう彼女の友達ではない森子は声を掛ける。


「目が、覚めたのですね……鳳凰堂、椿……様」


 ※


 八木は喉の奥から、ぐうぅ、と妙な声が漏れた。

 この聖堂の中にある的羽森子の生首には、明らかな異常があった。

 八木の知らない特徴があった。

「だが、おかしいぞ。そんなのハッタリだ! 二日目の夜に森子さんを助けるために鳳凰堂さんは森子さんに変身した。それならば、普通は助けた後に【鳳凰堂さん】の姿に戻っているんじゃないのか! その後で首を切られて現れるのは、【鳳凰堂さん】の生首のはず! それなのにどうして、【森子さん】の生首が現れているんだ!」

「簡単なことだ」

 問われた森子の代わりに、鳳凰堂が答える。

「私、森子を助けた後……元の姿に変身しなかったんだ。次の日の夜、兎薔薇を助けるために兎薔薇に変身するまで、ずっと」

「それはなぜ!」

「決まってるだろう」

 鳳凰堂は美麗な顔で微笑み、狼狽する八木に、告げた。


「なんとなくだ」


 そう、二日目の夜から三日目の夜までの丸一日弱のこと。

 鳳凰堂が森子を助けるために変身を行い、そこから廃墟にて語らい、眠り、寝坊し、昼間の館に忍び込み、隠し部屋を漁り、出られなくなり、暗くなってから行動を開始し、高圧洗浄機で蝋燭を打ち抜き、暗闇の中パニックになり、拷問薬を飲み、車で暴走し、崖下へ落とし、パーティホールにて目を覚まし、兎薔薇を助けるために地下へと潜り、そして……兎薔薇に変身する、その時まで。


 的羽森子は二人いた。


 そして、首は二度切り落とされた。


 この時、同一人物の生首が二つ生まれた。


 二つの生首は入れ替えられた。


「貴方にも、気づくチャンスはあったのですよ」

 森子が八木に一歩歩み寄る。

「私が、私の姿の鳳凰堂様の首を切り、もう一つの生首を手に入れた時、貴方は凶器を取りに鳳凰堂様の部屋へと向かっていたのだと思います。そこで私は、眠ったままの鳳凰堂さんをパーティホールに残し、切断した直後の生首を抱え、聖堂に置かれた貴方が殺した際の生首と入れ替えたのです。ですが、二つの生首には違いがあります。切断面はピアノ線とギロチンは同じ、綺麗なまっすぐではありますが……」

「髪の長さだ……!」

 八木は絞り出す。すぐ近くの的羽森子の生首は、髪が切断面の高さに切られていた。

「そうです、ハサミで切断した場合、髪の毛は切断面と同じ高さに切られます。一方、ピアノ線では髪の毛は切られず、長さは変わりません。しかし、ギロチンで切断した場合は、同時に髪の毛まで切られてしまう。それを入れ替えたのですから、それを発見したであろう四日目の朝、あるいは兎薔薇さんの頭部を置きに行った夜、貴方は気づいてもよかったはずです。私の生首が入れ替えられていることに!」

 ※


挿絵比較

【三日目】

挿絵(By みてみん)

【四日目】

挿絵(By みてみん)


 ※


 気づけるわけがない。八木は毒を吐くのを堪える。


 今回起きていることは、通常の殺人事件においてあり得ないことの連続だからだ。


 ましてや、同一人物の生首が、二つ存在するなど!


 確かによく見れば表情や血のつき方など、違いは沢山ある。

 だがしかし、頭というのは本来一人の人間にひとつだけ。それを切り取るならば、【もう一つ】などはあり得ない。

 その固定概念がある以上、殺し方だけが違う生首が入れ替えられたなどと思い至ることは不可能だ。

「そこにあるのは私が殺した私の生首です。貴方が殺した方の生首は……私が隠させていただきました」

「なんだとっ!」

「それはこの炎の届かない場所……今もそこにあるはずです。貴方が殺したという証拠をたっぷり残した、生首が。確かピアノ線を首と口にかけるところまでは貴方がやったはずですから、当然頭部には痕跡が残っているはずです。口にかけるピアノ線が傷つけることを防ぐためのタオルかハンカチ……その繊維くらいは見つかるかもしれません」

 否定できない。実際に八木は森子の生首、その口に自らのハンカチを噛ませていたのは事実だ。

 八木はこの連続殺人を最終的に茶番劇にするつもりだった。そのために動いていた。

 だが、生首が偽物にすり替えられていたならば、それは不可能だ。

 八木が殺した生首は、向こうの手元にあるからだ。

「八木様……八木黒彦様! 貴方がこの事件を茶番にするというのであれば、私は今すぐにでも首を切り、死なせていただきます! そして皆様! その場合、八木様を拘束し、私の生首を探してください! そうすれば……死んだ痕跡と残された生首から、私が死んだことになり……」

「もう、いい」

 八木は、全身から力を抜いてその場に頽れた。


「僕の……負けだ」


 その言葉を持って、この数日間の連続殺人は、現実に起きた殺人として、ゲームと呼ばれることも無くなった。


「森子、少し良いか」

「なんでしょう、鳳凰堂様」

「お前は、私を殺した。しかしそれは私を救うための殺人だった。ならばやはり、お前はお前の祖先とは違うよ……お前は、良い人間だ」

「鳳凰堂様……そんな風に言わないでください。どうあれ、私は貴方を殺したのです。それは……やはり私にとって、悪いことです」

「そうだな、ここからはお前の問題だ。私はお前が私を殺したことを、許すよ。そこから先は自分で折り合いをつけろ。だがな、森子」


 鳳凰堂は、森子の手を握り、言った。


「何度も何度も何度も言っているが、私のことは椿ちゃんと呼べ」


「……はい! 椿ちゃん!」


 ※


【鳳凰堂椿の最終的な死亡の記録】

【一日目】

①八木により鳳凰堂が殺され、首が切られる。

②聖堂の倉庫に移動、同じく八木により復活と同時に刺殺。


【二日目】

③八木により的羽森子に変身した鳳凰堂が殺され、的羽天窓により首が切られる。


【三日目】

④拷問薬を飲むも、死にいたる前に森子によりギロチンにて首が切られる。

⑤兎薔薇真美実に変身、八木により首が切られる。


【四日目】

⑥復活後、兎薔薇により胸を刺され殺される。

⑦大神狼華に変身、斧で的羽天窓により首を切られる。


 ※


「【探偵】、という言葉にはいろんな意味があります。

 名推理で難事件をたちまち解決するヒーロー。

 はたまた、猫探しと浮気調査しか依頼の来ないしがない職業。

 世間一般ではそう思われていると思います。

 いえ、実際その通りだと思います。

 ただ、僕たちの場合は、その名前を借りているというだけで。

 ええ、僕は正しくは探偵という役職ではありません。

 正しく言うなら……暗殺者が近いでしょうか。殺し屋かもしれませんね。

 ですが、今時そんな看板を掲げていても、お客さんは依頼をしません。

 殺す、というのは実際その通りですが、役職名に入っていると入っていないのとでは結構違うらしいです。

 だから、【探偵】。

 暗殺者と殺し屋との違いは名前もありますが、違いはその殺し方にもあるんです。

 大きな違いは、前者二つがその存在すら誰にも気づかれずに影から殺すならば、僕たち探偵はそもそも関係者から認知され、事件の内側に大きく関与するんです。

 これによるメリットはいくつかあります。

 まず、事件の当事者として関与するわけですから、虚偽の報告をしやすいこと。例えば嘘のアリバイを言ったりとか。

 今回の件もそうです。

 二日目の夜。森子さんを手にかける際、僕が厨房に行った時は誰もおらず、エレベーターで下へ降りて森子さんを殺した時の話です。

 廊下に出たのは月熊さんが先で僕が後。しかし月熊さんは書斎へと寄ったために僕が先に厨房へと入りました。

 その話が月熊さんから出ないように、それでいて他の人には月熊さんが先に厨房へと入ったように印象付けるために話を誘導したりしてましたね。そう言ったことが、【探偵】だと可能です。

 話を戻すと、暗殺者や殺し屋と違い、殺し損ねても周りにバレなければすぐに次を狙えること。暗殺者とかだと銃で撃ち損ねたら一旦退く必要がありますからね。

 あとは、事件の形を作りやすいというのもあります。罪をなすりつける相手をその場で切り替えれますし、臨機応変な対応が可能です。

 そのためにも。

 僕はずっと考え続けました。

どう推理すれば、自分以外の誰かが犯人だと指摘できるか、ということを。

 それは例えば大神さんであったり月熊さんであったりと、手元にある情報で自分以外の誰かを犯人に仕立て上げる。それこそまさに、探偵のすることでしょう?

 デメリットももちろんあります。というかこっちの方が大きいですね。

 事件の中に潜り込むわけですから、関与する時間も長いですし、行動にはアドリブ力が試されます。

 森子さんの事件がそうです。

 僕は大神さんを呼び出したはずが、死んだのは森子さんだった。

 あれは驚きました。僕としては警察と明かした大神さんが邪魔になると思って狙ったはずなのに。

 まさか、大神さんの部屋の前に置いたメモを、鳳凰堂さんが拾っていたとは。

 また、臨機応変に動けると言っても、依頼人とは仕事を始める数ヶ月前のやり取り以外音信を断つため、事前の下調べや計画を練ったりとかもあんまりできません。今回だと、館の構造とか地下があったりとか牢屋が動くギミックだったりとかは、事前に知ることはできません。

 兎薔薇さんの事件ですね。

 まさか牢屋が回転するとは思いませんでした。森子さんの首切りトリックについても同じですね。

 的羽天窓さんともできるだけ会話はせず、事件の構成のために一日目の夜、鳳凰堂さんを殺した聖堂からの帰りに、第二の殺人についての打ち合わせを少しした程度です。

 一応、凶器の類はパーティホールの隠し部屋にあるとは事前に聞かされていたので、首切りの時短が容易なフランヴェルジュのハサミを手に取ったわけですが、他の隠し部屋やギミックについては知らされていませんでした。

 この凶器を取りに行った時というのは、漆田さんと森子さんに中央ホールで話をした後のことですね。

 あー、あと一般人として潜るわけですから、あんまり大きな凶器は持ち込めないですね。刃型から特定されるのも困りますし。銃なんかも持ち込めません。

 そんな探偵という役職に、どうして僕がいるのか。

 それは、やっぱりあのホテル火災に起因します。

 当時僕はまだ五歳、薬物中毒のクソ父親に連れられて、あのスカイウィンドホテルに行きました。

 朧げな記憶ですが、ろくに食べるものもない家から僕を連れて薬物の取引現場となるホテルに向かった理由としては、父は金の代わりに僕を売ろうとしたのでしょう。

 当然ながら父は僕を使った売買を拒否され、怒りを僕に向けて乱暴を働きました。

 そこに、女の人が現れたのです。

 彼女は父に僕への暴力の理由を聞き、そして……僕を買ったのです。

 父は晴れて手にした金で、改めて薬物を買ったのでしょう。そこから父は僕の前から姿を消したのですから。

 ただ、彼女に買われたことから、僕の人生は一変しました。

 わかりますよね?

 彼女もまた、【探偵】だった。

 今の僕の上司にあたり、育ての親。

 ちょうど、今の鳳凰堂椿さんに似た、若くて長い黒髪の女性でした。

 そんな【探偵】の下で僕は、【探偵】としての仕事を任されるに至ったのです。

 依頼を受け、クローズドサークルの中へと入り込み、依頼通り人を殺す仕事。

 何人も何人も何人も何人も殺しました。

 そしてその罪を、他の人に擦りつけました。

 僕は【探偵】なのだから。

 そんな僕を買った彼女が当時、ホテルに居たのも、仕事のためです。

 珍しく殺人ではなく、ホテル火災を発生させるだけのようでした。もちろん、昼間に的羽さんが話していたように、クライアントは的羽さんです。

 あれから十五年経ち、的羽さんは再び【探偵】に依頼することにしたのです。あのホテルの関係者を全員殺し、あわよくば自分の悲願である不死鳥降臨の実験をするために。

 こうして、僕は当時の探偵である彼女の命でここにいるのです。

 まあ、本当は彼女もここに来る予定でしたが。

 直前になって大神さんからコンタクトがあり、招待状を渡してしまったようなのです。


 こんなところでしょうか。僕の犯人としての告白は」


 ※


 八木の告白を、誰もが黙って聞いていた。

 やがて八木が告白を締め括り、ふうと息を吐いた時、大神が尋ねた。

「貴方は【探偵】なのですよね。しかし的羽さんが呼んだのは【アスモデウス】ではなかったのですか?」

「ははっ」八木は思わず笑ってしまった。「【探偵】の名前は複数あります。そのどれもが探偵という言葉に由来するもので、【アスモデウス】もその一つですよ」

「無関係に思えます。貴方が的羽さんの前で解説したように、【アスモデウス】とは悪魔の名前ではないのですか」

「ええ、ですがあえて語っていない意味があります。それは……detective」

 detective、それは探偵を意味する単語だ。

「この単語の語源に、lifter-off of roofs。あるいはuncovererというものがあります。意味はそのまま、『屋根を剥がす』。それはアスモデウスの行う屋根を剥がして中を覗き込むという姿との類似性があると言われています。シャーロックホームズの登場により探偵像が変わるまでは、探偵とは悪魔的な行為と呼ばれていたらしいですよ」

 八木は嘲るような口調で言った。

「探偵とは、何か。そんなことを問いただすようなミステリ作品は最近多いですよね。シャーロックホームズの登場以降、まるでヒーローのように描かれてきた影響もあるのでしょう。『事件が起きてからようやく動き出す探偵は、果たしてヒーローなのか?』『不躾に事件をかぎまわり、人の秘密を暴き立てる探偵の行為は、果たして善いことなのか?』全く、くだらない。片腹痛くて堪りません。現在の探偵像はあくまでホームズ作品の登場により作られたもの。それ以前は、悪魔的だとすら言われていたと言うのに……事件に介入し、屋根を覗き込み、形を内側から変えていく悪魔」

 大神がもういいとばかりに首を振る。

「八木さん、【探偵】とは貴方とその人の二人だけなのですか」

「……大前提として、僕らの内情はあまり語れません。僕はどちらにせよ任務の失敗として処分されることになりますが、もし僕の口からある程度の情報を聞かれてしまうと、聞いた方も処分されるかと」

 つまり、踏み込んだことを聞かされれば危険な目に遭うというわけだ。

 獅子噛は表情を歪め、兎薔薇は顔を赤くして叫ぶ。

「どういうこと? じゃああんたが話した今のこと、聞いた私たちは殺されるってわけ?」

「いいえ、どこまで話して良いかは決まっています。今の部分は聞いても問題ない部分、そしてこれから話すことも、言ってしまえば会社の入り口に置かれたパンフレットに載っている情報みたいなものです」

 言って、八木は大神の問いに答え始めた。

「僕たち【探偵】は、組織です。構成されている人員の数までは教えられません」

「では、貴方を買い取った女性のことは……」

「教えられませんね」

 大神は唇を噛んだ。だが、八木は「ですが」と続けた。

「誰が【探偵】なのか、考えればわかるかと思います。僕から聞かず、自分で考えて出した結論ならば向こうも簡単に手出しはしないでしょう」

「考えれば、わかる……」

 呟き、大神は目を見開いた。

 十五年前のホテルにて、的羽天窓の監修の下、【探偵】により火災が起きた。

 その中で薬物売買に関する証拠が残っていたと気付いた的羽は、関係者を【探偵】の力を借りて全員殺して行った。

 挙句の果てには、この極楽島に関係者残り全員を集め、女性の場合は首を切り落として不死鳥降臨に使おうとしていた。

 さて、この島に集まった中で、一人だけ関係者ではない人物がいる。

 その人物は、的羽天窓の薬物関与に目をつけて行動する警察の一人。

 その人物と入れ替わるようにして、誰かがこの島に来ていない。

 その人物とは……。

「……わかったようですね。とは言え口に出さない方がいいかと思います。ですがまあ、名前も身分も姿も偽装してますから、今から見つけるのも難しいとは思いますが」

 だが、大神は一度、その人物に最大限まで接近したのだ。招待状を手に入れるために。

 大神は彼女の名前を胸の中で呟く。【猫島吉都】……彼女が、幼い八木を買い取った【探偵】。

「お前は、これからどうなる?」

 尋ねたのは鳳凰堂だ。

「処分という言葉は、そのままの意味なのか?」

 何かを気にするように、八木の目を見ている。

 八木は、そこである一つの推理に行き着いた。

 あまりに八木に都合のいい推理。いや、妄想と言ってもいいかもしれない。

 ある意味で、この事件をさらにひっくり返す、チャチな推理。

 だがここで口にする必要もないだろう。答えを待つ鳳凰堂に、八木は笑いかける。

「心配しないでください、鳳凰堂さん。処分という言葉はそのままの意味ではありますが、その前に僕の身柄は警察に抑えられ、刑務所に入れられるでしょう。何も刑務所の中の人間にまで手を出すほど、彼らの力は強くない。まあ……僕のしてきたことを思えば、遅いか早いかの違いでしかありませんが」

「そうか」

 こうして、八木の話は終わった。

 もうすぐで朝日が登る。

 未だに聖堂の外は炎が燃える音が響くが、以前よりは小さくなっていた。時折パチパチと何かが爆ぜる音が聞こえるだけだ。

 不死鳥を描いたステンドグラスも、ゆらめく光が小さくなっている。


 長かった殺人の舞台に、ようやく陽の光が差し込むのだろう。


「……ならば、なんだと言うのだ」


 しかし夜が開ける、その直前。

口を開いたのは獅子噛だ。

「私は、ずっと踊らされていたというのか、的羽に、少年に、裏で生きていたお前たちに!」

 後ろ手に拘束されたまま、牙を剥くように吠えている。

「こんな屈辱を受けたのは生まれて初めてだ、クソ!」

 数日に渡りヘアスタイルをろくに整えることができなかったためか、後ろに撫で付けられている髪が広がり、それこそ獅子の鬣のような気迫を持って八木らを睨んでいた。

「そうですよ、獅子噛さん。散々人を馬鹿だなんだと言った貴方こそが、この数日間一番無様に踊っていたんです」

 八木は既に平凡な大学生という皮を剥がしていた。

 そこにいたのは冷酷な【探偵】だった。

 それに気づくこともなく、獅子噛は吠え続ける。

「ふざけるな、ふざけるな、ふざけるなっ! こんなの、ゲームとして成立していない!」

「貴方が言っていたゲームという言葉は、的羽さんが貴方を誘うための罠だったんですよ」

「黙れッ! 大体おかしいだろうが! 探偵が犯人など!」

「貴方……ミステリ好きじゃないんですか? そんなのいっぱいありますし、これはゲームでも小説でも無いんですよ」

「それに、それに……!」

 この数日間、獅子噛が振り上げたプライドは、事件が進むごとに崩されて行った。

 今となっては光が失せたそのプライドを振りかざす獅子噛は、どこか痛々しい。

「それに! 仮にこれが貴様のいう【探偵】の仕組んだ事件だとしてもだ! その我々の中に不死身が混ざっていたなど、考えが至るわけがだろうが!」

「それはまあ、同意しますが。ですが、これはやはりゲームなんかじゃ無いんですよ。現実的に思えるルールなんて、僕らが把握している分などほんの一握りなのでしょう」

 八木は今度は鳳凰堂に向かって口を開いた。

「鳳凰堂さん、貴方がここにいるのは十五年前スカイウィンドホテルに宿泊し、火災に遭ったからです。では、貴方のような不死身の存在が、なぜあのホテルに居たのですか?」

 聞かれ、鳳凰堂は答えた。こともなげに、何故そんなことを聞かれているのかも分からないというように。

「なんでって、スキーがしたくて。スキー場の一番近くのホテルは予約が必要だったなんて知らなかったんだ」

 八木は思わず込み上げる小さな笑いを堪えながら、怒りと屈辱に震える獅子噛に向きあった。

「ほら、偶然なんですよ。こんな偶然によって不死身の存在が事件に入り込んだせいで、ゲームも殺人計画も、盤面をひっくり返されめちゃくちゃにされてしまった……貴方も、もう諦めた方がいいですよ。貴方は調子に乗って話してしまった。自分が薬物の売買に関与していること。そして最後は斧を振り回して襲い掛かってきた。それはもう、言い訳の余地などありません」

「はっ!」

 八木の言葉を吹き飛ばすように獅子噛は笑った。笑いたくて笑ったわけでも無い。八木を黙らせるために何か音を出すために発した声だっただけだ。滲む怒りを隠そうともせずに獅子噛は再び吠える。

「嗚呼いいとも! 刑務所だろうとなんだろうと、喜んで入らせてもらおう! せいぜい楽しませてもらおう!」

 目の前の獅子噛に、八木は再び強大な悪意を見た。

 この数日間で八木らを動揺させるに至った、悪意。

 それは疑心暗鬼をもたらすものであり、あるいは嘘と罠であった。

「だが……そこから出たとき。君たちがまともな生活を送ることができると思うな」

 悪意は低く、冷たく。

 的羽森子に、漆田羊介に、大神狼華に、月熊大和に、兎薔薇真美実に、それから鳳凰堂椿に向けられた。

「私は刑務所に入れられようと、最大限早く出させてもらおう。無理だと思うかね? 私の持つ資産に加え、中々優秀な手駒の弱みは既に握っている。せいぜい数年だ。そして出所した後……この場の全員を、その家族諸共! この社会に居られなくしてやろう! は、はは、はははははッ!」

 最早誰かを傷つけなくては気がすまないのだろう。笑う口から唾を飛ばし、悪意を振り撒き続ける。

「君たち、生憎だが【探偵】などというくだらぬ殺人鬼から逃げ切れたと安心しない方がいい。君たちは私が自由になったそのとき、職を失い、家を失い、全てを失うことになる! どちらにせよ貴様らは社会的に死ぬことになるだろう! 殺人鬼に殺されるのと、居場所のない社会でゆっくりと死んでいくのは、果たしてどっちが楽だったかな? ははははっ!」

 事件は終わった。しかし、それで全てが終わるわけでも無い。兎薔薇や月熊は、帰った後の生活が目の前の悪意によって危うくなることを察し、顔を青くした。

「大丈夫ですよ、皆さん。獅子噛さんにそんなことできません」

 だが、八木はそう言った。

「はは……は?」

「貴方は刑務所から出てきませんから」

「な……何を言っている。私がそれくらいできないと、そう思っているのか!」

「いえ? 出来るとは思います」

 一見、矛盾のようなその言葉。獅子噛は開いた口を閉じざるを得なかった。

 勢いを削がれつつも、獅子噛は食らいつく。

「何を言ってるんだ、君は……どういう意味だ!」

「僕は、出てこれないと言ってませんよ。『出てこない』と言ったんです」

「それに、なんの違いがあるというんだ」

「貴方は……あくまで自分の意思で出てこなくなる」

「意味が、分からん!」

 しかし獅子噛はすぐに八木の思惑を察知するだろう。

 その頃には既に遅いのだが。

 八木は口元を歪めていた。

 これまでの数日間で見たこともないほどの歪み。それは口角が上がっていることで辛うじて笑っているとわかるものだった。

 人を傷つけることを厭わない、悪意に満ちた、まさしく悪魔のような笑み。

「一度、言いましたが……」

 目だけが黒く、獅子噛を睨む。

「僕は、貴方が嫌いだ。連続殺人を計画する上で恐ろしいのは、全員にパニックを起こされることなんです。それなのに貴方は二日目からずっと全員を疑心暗鬼に陥れ、引っ掻き回し、挙句の果てには暴れ回って。面倒で面倒で溜まりませんでした。ところで貴方……自分の命の危険に、ものすごく抵抗があるようですね」

 獅子噛は八木の思惑を計れず、口をつぐむ。

「皆さん」八木が全員に振り向き、「耳を塞いで貰えますか」と頼んだ。

 困惑する一同に、鳳凰堂だけが「八木、お前何をするつもりだ」と睨んだ。

「大丈夫です。僕は何も獅子噛さんを殺したりしません。ただ、これから口にする話をみなさんが聞いてしまうと……他の【探偵】が皆さんの元に現れるかもしれませんから」

「……ああっ!」

 獅子噛が青くなった。

 八木は先ほど言っていた。『【探偵】について、僕の口からある程度の情報を聞かれてしまうと、聞いた方も処分される』と。

「獅子噛さん、これから貴方には……僕が知る限りの【探偵】について、全てを聞いてもらいます」

「な、何を……」

 身をよじるが、彼の両手は指錠によって後ろ手に拘束されている。

「何を言うつもりだ、やめろ!」

 森子たちは自らの人生を守る為、両手で耳を塞いだ。

 獅子噛の叫びは手に塞がれて聞こえてこない。

 代わりに八木の口が動くたびに、獅子噛は驚愕に見開いた表情で体を硬直していく。まるで魔法の呪文が唱えられていくようだ。

 次第に獅子噛は力を無くし、その場に膝をついた。一体何を聞かされたのか、かつての覇気のある姿は見る影もなく、一気に年をとったかのように見えた。

 時間にして数分でそれは終わった。

 八木はこちらに振り向き、終了を示すように頷いた。

「獅子噛さん、覚えていますか?」

 久しぶりに聞こえてくる八木の声は、どことなく優しさがあった。それだけに、不気味だ。

「【探偵】の手は、刑務所には伸びません。さて……刑務所の中で一生を過ごすか、それともすぐに外に出て、【探偵】に怯えながら生きるか……どっちにします?」

「ぐ、ぐぅう……!」

 獅子噛は、聖堂の石畳に額を擦り付けて、咆哮した。


 長く、長く、長い咆哮だったが、次第にそれは弱々しく、最後には消えた。


「お前、なんで……」

 鳳凰堂が、八木に尋ねる。

 目の前の少年は、その顔を見せないように背を向けたまま、呟いた。

「僕だって、本当は誰も殺したくなんかないんですよ。貴方が不死身だと気づいた時、僕は依頼の内容が『女の生首を四つ揃えること』だけであることに目をつけて、貴方を利用することを思いついたんです。事実、今回僕は、死亡者を出さなかった。そのことについての、ささやかなお礼です。まあ、結局は犯行がバレてしまったんですが……それでも」


「僕の罪を暴いてくださって、ありがとうございます」


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