第四章【裏】七回死んだ女 第二部
「……さて、とはいえこの状況もまた続いていくのは厄介だぞ」
突然、鳳凰堂は明るく声を張り上げた。
「この状況?」
「この館に殺人鬼がいて、私たちは死んだことになってしまっているという状況だ」
厳密には、大神はまだ死んだことにはなっていないが。
「でも実際、ここからどうする気よ」兎薔薇は目を逸らしつつも、それでもその顔を上げてぼやく。「死んだことにされちゃったら、そもそも家に帰れないじゃない」
その問題は確かにあった。
人では無い鳳凰堂や、戸籍の無い森子ならまだしも、兎薔薇は社会にその身を認知されている人間だった。
死んだ、という情報を迎えの船が来た時に生存者たちに持って帰られてしまうのは、きっと碌なことにならない。
「では、いっそのこと人前に出てしまうのは」
大神が提案するが、その場合、殺人事件がなかったことになってしまう。殺人事件がせいぜい暴行事件になるだろう。
「ふふふ、それがな、実は問題ないんだ」
不敵な笑みを浮かべるのは鳳凰堂だった。
その笑みにどうしても悪い予感がするのは、何故だろうか。
「私に、良い考えがある!」
悪い予感は、凄まじい勢いで膨らんだ。
「この方法ならば、殺人は起きたまま、それでいてお前たちは死ななかったことにできるのだ!」
そうして、鳳凰堂は部屋の中央へと全員を集めた。森子はどうするべきかを迷っていたが、「森子、お前もこっちに来い」と鳳凰堂に手招きされ、森子はようやく部屋の隅から中央へと歩いていった。そこには既に大神と兎薔薇が車座になるように座っていた。
「その……良い考えというのは、どういうものでしょうか」
実に久しぶりに森子が口を開くと、その言葉を待っていましたと言わんばかりに大きく頷き、話し始めた。
「まずは現状確認だ。現在、私と森子は生首が見つかり、死んだことになってしまった。兎薔薇はまだ見つかってはないが、時間の問題だ。これを覆すのは難しいな」
森子の隣で、兎薔薇が俯いた。
「そして、いっそのこと生首を精巧な偽物と言い張って出てきてしまう。この場合、犯人はそれに便乗して罪を逃れてしまう。よって、どちらにもデメリットがある。これが現状だ。だが、両方をクリアする方法がある。それはなんだと思う?」
「あ、もしかして……こういうことでしょうか」森子が手を挙げて答える。「生首を全て隠すのではなく、私のものを残して他を隠してしまうのです。私は戸籍がありませんから、死んだことになっても問題にはなりません。鳳凰堂様や兎薔薇様が皆様の前に姿を表しても、私の生首があることから事件が起きた事実は残ります」
「惜しい!」
鳳凰堂は指を鳴らした。
「生首を一つだけ残して他を隠すのはその通りだ。だが、残すのは私のものだ。なぜなら、生存者組に覚えておいてもらうのは第一の殺人だけだからだ」
「覚えておく?」首を捻ったのは兎薔薇だった。「それってつまり、逆にいえば他の事件は忘れさせるって言ってるの?」
「忘れさせるわけではない。もっと別の方法だ」
思わせぶりな態度に兎薔薇は露骨に腹が立った表情を見せた。
「その話は一旦置いておいて、次を話すぞ。大神、悪いがお前には一旦死んでもらう」
とんでもない言葉に大神は口をぽかんと開けた。
「……間違えた、死ぬのはお前の姿に変身した私だ。時間の流れは止めず、最後まで続けさせるんだ。最後の殺人が終われば、もしかしたら犯人が自分から名乗り出るかもしれないし、あるいは第四の殺人の証拠から八木たちが犯人を見つけることができるかもしれない。こうして、生存者組に犯人を特定させるんだ!」
「ま、待ってください!」
慌てて手を挙げたのは森子。
「それでは鳳凰堂様は、また身代わりになると……?」
「……うん、心配してくれているんだな。だが、みんなが帰るためだから問題ない」
答えを聞いても、それでも森子の胸の闇は晴れる事はなく。
そんな心配をするなんて、烏滸がましい。と、森子は自分を責める声を聞いた。
「それ以前に。アンタがアタシとか森子さんを助けた時みたいなことをこの人にもやるっていうなら」この人、とは指を差した大神のことだろう。「またギリギリのところで入れ替わるわけ?」
その質問を、ちっちっちっ、と指を振って遮る。
兎薔薇はツノでも生えるのではと思えるほどに表情を怒りに染めていた。
「何を言っているんだ、大神はもうここにいるんだ。だったらいつ起きるかわからない殺人に警戒する必要なんかないだろう?」
鳳凰堂はここが作戦の肝心なところだと言わんばかりに立ち上がり、両腕を広げた。
「私は明日以降……最初から大神に成り代わっておくんだ!」
四日目、これから数時間後の朝。
部屋の扉を開き中から現れる大神狼華は、既に鳳凰堂椿。
「これなら、犯人がいつどんな時大神を殺したくなって凶器を振り回しても問題ないだろう! だって最初からこの私、鳳凰堂椿が変身した大神なのだから!」
「そ、それは……その……」
「それに、なんだったらダイイングメッセージだって残してやる。どうだ? これ以上の案はないだろう!」
確かに合理的だろう。しかし、その作戦には重大な懸念点がある。それを森子は見逃せなかった。
「で、できるのですか? 大神様の、代わりが……」
そう、今までの【入れ替わり】は殺人の直前に行われており、犯人、あるいは他の生存者は変身した鳳凰堂が動くところを見ていない。
しかし今度は、朝部屋から出てから死ぬまでを、人前に姿を晒すことになる。
その間当然、鳳凰堂には大神の言動を真似することが求められる。
それに関しては、この場の鳳凰堂以外全員が特大の不安を抱えた。
「任せろ。『私は大神。悪い奴を片っ端から捕まえるために頑張るぞ』……どうだ、似てるだろう」
不安だ。
「まあ、どうせ大神は普段からあんまり人と話してなかったから、私も真似してずっと黙っていればいいだろう」
酷い。
「へ、変身すれば見た目と声は同じになるので……」
森子は他二人に対して意味のないフォローをした。
「わかりました。それで鳳凰堂さん、第四の事件を起こし、犯人を特定させる。事件収束後、鳳凰堂さんの生首以外を隠した私たちは姿を現し、鳳凰堂さんの事件はあった上で、他の事件は起きなかったことにする……ということですね。この、『他の事件は起きなかったことにする』という点は、具体的にはどうするのですか? 先程は忘れさせるわけではない、と言っていましたが」
一度は置かれた問題に、ようやく鳳凰堂は答えた。
「うん、忘れさせるわけではない。厳密には、妄想だったことにさせる、だな」
「もっと意味わかんないんだけど。もったいぶらずにさっさと言ってよ」
「もう少し待て。妄想では伝わらなかったようだから、言い方を変えよう……第二の殺人以降、全ての殺人を、気のせい、脳の錯覚、蜃気楼……あるいは、【幻覚】だったことにする」
幻覚。
その言葉を聞いた時、三人はある一つの点に考えが至った。
「まさか!」
「そう! そのまさかだ! 大神、お前はこの島に何しに来た? 何から兎薔薇を守ろうとした? 今度はそれを利用しようじゃないか!」
「い、違法薬物……!」
「そうだ、つまり……」
再び鳳凰堂は立ち上がり、叫んだ。
「第一の殺人が起きてからの数日間、みんな薬でラリってたことにしよう!」
※
「まとめるとこういうことですね。生存者組はわたしたちも含めて、一日目に鳳凰堂さんの死を確認した。ここまでが事実としてあり……それ以降は、二日目に出された食事に混ぜられていた薬物によって見ていた幻覚だったことにする、と」
鳳凰堂は頷く。
彼女の考えを全て聞き、森子たちはそれを踏まえて作戦を立てることにした。
「ゴールは、犯人に犯行を認めさせた上での全員生還。そのためにも、むしろ第四の犯行は起こさせる。犯人が特定される、あるいは迎えの船が来る時に私たちは姿を晒し、この時食事に薬物が混ぜられており、二日目以降は幻覚を見ていたと話す」
大神がまとめると、兎薔薇がそれに対して意見を放った。
「でも、私たちが姿を見せても、薬物の件は信じてもらえるかわからないわね。だったら実際に薬物を見せるくらいはしないと。【違法薬物が存在する証拠】、これを探す必要があるわ。森子さん、アンタ知らない?」
「いえ……ですが、たくさんの薬品が隠されている部屋を知っています」
森子は書斎の奥の隠し部屋の存在を二人に話した。
「私が見ればわかるかもしれません。それから、私は一日目に館の外を周り散策していると、敷地の外の森にいくつもの廃墟を発見しました。そこに隠されている可能性があります」
「なら、それは陽のある内に探すべきだわ。暗くなったら探すどころじゃないもの。それから、生首を隠す件だけど、生存者組に余計な混乱を与えないことと、犯人につながる証拠を消しちゃわないためにも、隠すのは犯人特定後の方がいいわね。鳳凰堂さん、アンタが死んだことになるなら迎えの船にも乗らないのよね。事件後に人気の無くなったタイミングで隠しておいて」
意外なことに、兎薔薇はまともな意見を出していた。おそらくはこれまでが極限状況下におけるパニックと復讐心に支配されていただけで、こうして自分が安全圏にいるのであれば相当頭の回る方なのだろう。
「廃墟の数は沢山あります。大神様、全て回る必要はありますか?」
「いえ、大丈夫です。一日目の昼と夜にほとんど確認しました。残り一つ……唯一屋根のある廃墟だけは、それを確認しに行こうとして鳳凰堂さんの生首を見たために捜索を中断したのです」
森子と鳳凰堂は顔を見合わせた。
唯一屋根のある廃墟。それは二日目の夜に森子と鳳凰堂が寝泊まりしたあの廃墟だ。
「鳳凰堂様が大神様として行動している間、私たちは薬物の証拠を探し出す訳ですね」
これからの方針が固まり、死んだはずの四人の女性たちは顔を見合わせ、頷いた。
随分と長い時間が経ったのか、四日目の朝日の光が滑るように極楽島を、そして不死鳥館を照らし出す。
「ではお前たち。覚悟はいいか」
やがて光が闇を拭い去った時、二人目の大神狼華は口を開いた。
「作戦開始だ」