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殺人館の不死鳥  作者: かなかわ
生命編
10/38

第一章【表】不死鳥の首は切りづらい 第六部

 全員が揃ったのは数分後だった。

 早すぎた鳳凰堂、十分前にホールにやってきた八木、しかしそれ以外の招待客は時間にルーズなところがあるらしく、次の入室があったのは集合時間を少しすぎてからだった。

 しかし鳳凰堂と言えば、先の八木によるイジワルが効いたのか、しばらく扉付近に立ち、数人誰がどこに座ったかを見てからようやく席を選んでいた。八木は大人気なく内心舌を出し、そして自らのその大人気なさに少し気が沈んだ。

 だが、まだ空席が残っている。他の皆はマナーというものを心得ていたのか、八木が上座と嘯いた席は空席のままであったがその隣も一つ空いていた。おそらくは娘である森子の席だろう。漆田のように働くものだから失念しかけるが、彼女もまた的羽天窓と同じく八木たちを招待した側なのだ。

「遅いわね、いい加減お腹すいたんですけど」

 兎薔薇が誰にともなく愚痴を吐く。遅いと言う兎薔薇はしかし、集合時刻から五分遅れた入室だったので、言えた義理では無いのだが。

「仕方ないだろう、的羽はいつもこうして人を待たせる」獅子噛が愚痴を拾い、繋げる。「会議の場に三時間遅刻くらい、あいつにとっては造作もないことだ」

 どこかから聞こえる「聞いてねえよ」という小さな声が、獅子噛に届かないことを祈った。

「皆さま、お待たせいたしました」

 音もなく開かれた両開きの扉の内側に、森子の姿があった。そして、もう一人。

「これより、お食事会を開始いたします」

 森子が一歩傍に逸れると、後ろから一人の男性が現れた。

 柔らかな印象を与える、薄い黒のスリーピーススーツ。髪には整える程度にワックスが使われ、その下の顔は齢五十を超えているだろう、浅い皺が口元や目元に見てとれた。

 的羽、天窓だ。

森子の父というのも違和感はない、翡翠の瞳に日本人離れした顔立ちは、海外の俳優を思わせた。

「はじめまして皆さん。私はスカイウィンドホテル最高経営責任者、【的羽天窓まとば てんそう】という者です」

 その男性はどこか儚げな笑みをその顔面に貼り付けていたが、自己紹介の後、それは悲痛な物へと変わる。そして、その顔面は頭部から大きく前方に振り下ろされた。頭を下げたのだ。見れば、傍の森子も同じく深々と礼をしている。

「まずは、十五年前のスカイウィンドホテルにおける火災による皆様の心身へ与えてしまったショックを改めましてお詫びいたします。この会はそのお詫びの印であり、最高責任者である私へ直接の補填の対談の場とお考えください」

 そして、的羽天窓はステージの壇上へと登り、火災事故の発生原因から走る謝辞を滔々と述べ始めた。

 つまり、この会ではかつてのホテル火災によって負ったダメージを、好きなだけ社長に直接訴えることができる場か、と八木は視線だけを壁へ向ける。

 ホテル火災。

 それはこの場にいるほぼ全員をつなげるリンクであった。

 この島であり館に招かれた者は全て、あのホテル火災に関係がある。

 例えば八木は……被害者だった。


 十五年前の冬。

 八木は父に連れられ、ある山麓に建てられた豪華なホテルに泊まっていた。

 八木は当時まだ幼く、吹雪の吹き荒ぶ外へ出ることが許されず、そして子供の玩具に乏しいホテル内で暇を持て余していたことを覚えていた。それから自らの父が当時、日々を何かに追い立てられるように過ごしていたことと、それなのに豪奢なホテルに自分を連れて宿泊できたことに対する違和感。なんとなく、何かの終わりの節目に自分はここにいる。そう思っていたことも。

 八木は父の元から離れ、探検していた。

 そして、八木は数人の男女と出会った。

 同い年の子供を探していたが見つからず、フロントに確認しても、宿泊客に自分のような子供はいないと言われたのだ。

 視線の高い大人たちへと話しかけた首の痛みがあった。

 その中に、とても綺麗な女性がいた。

 自分は、何を言っただろうか。とても大切な話をした気もするし、他愛無い話だったかもしれない。その声すら、今はもう思い出せない。

 その女性と話している時、強い――強い、衝撃が幼い八木の視界を揺らした。地震? 窓が震える音を初めて聴いた。女性が何かを叫んでいる。地震かな、いや、空気の暑い感じが変わったな。そう思う頃には、八木の視界が赤く染まった。赤、赤。赤――。


 そこからの出来事はもう覚えていない。


 後から、あのホテルは厨房の爆発による火災が起きたこと、吹雪と積雪により消防車や救急車の到着が大きく遅れ、到着する頃には全壊となったこと。そして、その時から八木には父がいなくなったことと、自分はその日から【探偵】となったという結果だけがあった。

 父がいなくなったことには対して悲しくはしなかった。普段から八木に怒鳴り、時には暴力を振るうひどい父だった。嫌気がさした母は八木を置いて逃げた。だから、それらの辛い思い出から切り離してくれたあの火災は、ある意味で感謝をしていた時期もあった。今でこそ、そうは思っていないが。

 ふ、と。回想に耽っていた八木は目を見開いた。あの時の女性。あの時会話した女性。それは、同じテーブルについて的羽天窓の演説を聞いている少女、鳳凰堂椿とよく似ていたのだ。初めて出会った時のあの既視感、その正体はこれだったのか。

 まさか、あの時の女性か? 一瞬思い、内心で鼻で笑う。よく似ている気がするが、記憶の中のあの女性は今の鳳凰堂と同じ程の年齢だった。それくらいは朧げな八木の記憶でもわかることだった。あれから十五年も経っているのだから、同じ年齢のままなど、あり得ない。

 あり得ないことだが、それをおいてもあの少女はどう言った理由でここにいるのだろうか。

 ホテルに宿泊していたならば、十五年前は相当幼かったはずだ。ホテルに泊まっていたのは親などで、今回は娘だけがやって来たということなのだろうか。

 そう言った関係者の親族もまた、招待を受けているのだろうと八木は推測する。

 現に、兎薔薇という女性。彼女が十五年前同じホテルに泊まったというならば、当時の八木と同じ年代だ。あの時、ホテルに自分と同世代の子供はいなかった。それはハッキリと覚えている。遊び相手が欲しくて、フロントに相談までして確認していたのだ。ならば、兎薔薇の親族が宿泊していて、今回は兎薔薇真美実に招待状を渡したのだと考えられる。

「――して、当時の管理体制の不甲斐なさを反省し……」

「もういい、的羽」

 手を上げ、的羽天窓の演説を遮ったのは獅子噛だった。

「獅子噛さん」八木は思わずその名を呼んだ。

「十五年も前の事故のことなど、今更掘り返して何になるというのだ。それにあの事故には――死亡者は一人もいないのだから」

 そう。八木はもう一つ、あの事故に対して覚えていることがあった。


 死亡者ゼロ人。


 大なり小なり怪我を負った者はいたが、死んだ者は居ない、そう当時警察は発表した。

 ならば父は? と当時の八木は思ったが、元から居ない方が良かった父だ。人知れず雪山で死んだのだと思うことにした。

「誰も家族や恋人を亡くしたわけではないんだ、だろう?」獅子噛は同意を求めるように全員の顔を見渡し、「だったら、そうまで謝られることもない。当時も損害分とそれに上乗せした賠償をしてもらった。ここへはただバカンスに来ている者がほとんどだ、興が醒めるような話をするな」聞いたようなことを。八木はやはり彼が好きになれなそうだった。

「……皆様も、同意見でしょうか」

 的羽天窓は尋ねる。

「ええ、まあ」八木は答える。

「そう言っているだろう?」

「別にアタシが被害に遭ったわけじゃないし」

「私は……代理ですので」

 順に、獅子噛、兎薔薇、神大が続く。

「俺も、どうでもいい。だが」

 しかし、月熊は違った。

「――だがな、あの火事を許したわけじゃねえ」

 数拍空いて、的羽親子は「申し訳、ありませんでした」と頭を下げた。

「私も、あの火事はどうでもいい。そして」

 響かせるのは鳳凰堂だ。

「――私は許した」

 月熊はその鳳凰堂を睨み、舌を打つ。おそらくは鳳凰堂の許したという発言は、月熊の許さないという意思を否定する物だと捉えたのだろう。

「それより」月熊の舌打ちを意に介さないどころか、なぜか笑みを浮かべる鳳凰堂は壇上の的羽天窓に言った。「お腹がすいた」

「……ありがとうございます。では、お食事を運んで参ります。森子」

「はい、お父様」

 父に促され、森子は壇上から降りると、壁の一部へと歩み寄る。見れば、そこは目立たぬように壁紙が貼られた扉が設置されていた。

 あそこか。と八木は得心する。二階にある厨房からその真下のパーティホールへどう料理を運ぶのかと思えば、何のことはない、直通のエレベーターが存在しているのだ。

 雰囲気を壊さぬためかエレベーター到着のブザーも無く、壁の一面が開かれる。途端に、良い匂いが漂ってきた。扉の奥の小部屋に押し込められた大きめのワゴンには、人数分のクローシュが見られた。

 森子はそのワゴンを引き出すと、八木達のテーブルまで転がし、手際よく差し出していく。

 開かれると、そこにはオードブルのサラダが現れた。広い皿の中心には、その白さに引き立てられるようにして鎮座する鮮やかな人参と柑橘系の果実。野菜に強い好みがあるわけでもない八木だったが、酸味の強いソースの香りに食欲が掻き立てられてしまう。

「ラペでございます」

 しかし。給仕は漆田が担当するのだと思っていたが、森子らしい。エレベーターにはワゴンしか乗っていなかった。

「あの……森子さんも食事をとられるのですよね?」八木は空いている席を見て言う。

「はい、ですが給仕の関係上、ヴィアンドから参加させていただきます」

 ヴィアンド、つまり簡単に言えばメインとなる肉料理の時か、かなり後半だ。ホテルとして開くには、まず何よりスタッフが足らないな。八木は思った。


 ※


 そして、言葉通り森子はコースが進み、ヴィアンドを運び終えると、階段を使って降りてきたであろう漆田に言葉少なに仕事を引き継ぎ、空いた席へ腰を下ろした。

「八木さんは、【探偵】であるとか」

 言葉少なではあったが、まばらに交わされていた会話の中で的羽天窓が微笑みを浮かべ尋ねてきた。

「ええ、まあ」

 自らが【探偵】であることはあまり知られたがらなかったが、少なくともこの場の全員には知られてしまった。余計なことを。八木は内心毒づいた。

「ということは、お前は『メェ〜探偵』、ということか」

 知られたがらない理由としては、このようにいう人物が必ず現れるからだ。今回は鳳凰堂だった。

 言った本人は上手いことを言えたと笑みを浮かべ、目の前の皿に視線を落とす。

「ほう、鷄か」

 チキンのステーキ、と漆田が解説をしたその料理を見て、獅子噛が嘆息する。

「ポワソンが近海で取れた魚だったな? ならばこの鷄もまた、この島で養鶏している物か?」

「いいえ、そう言うわけではありません」的羽天窓が答える。

「ふむ」

「この館の名前は不死鳥館、ですから」

 天窓は意味ありげに微笑むと、別の席の鳳凰堂から「ああなるほど!」と響いた。

「炎を纏う不死鳥だから、チキンステーキか。これは面白い」

「ありがとうございます」と天窓は微笑む。

 しかし、不死鳥を象るとは言え、目の前の鷄は焼かれて死んでいるが。八木は天窓のセンスを案じた。

「相変わらずくだらん物にこだわっているな、的羽は」

 ステーキをつついている獅子噛が呆れた口調で言う。こだわるとは、話題に出た不死鳥だろう。八木は推測し、天窓に尋ねる。

「あのホテルもそうだ。チェーン展開をしているくせに、一号店となるあのホテルだけはどこもかしこも鳥の意匠があった。二号店から無くなって本当に良かった。火災で消失してくれたことも、な」

「この島には、【不死鳥伝説】というものがあるらしいですね」

「その通りです。八木さん」

「その伝説があるから、この館は鳥の形をしているのでしょうか。それとも、この島の形から、伝説が作られたのでしょうか」

「前者ですね。この館は、不死鳥伝説が生まれた時に建てられた物です」

「その伝説って……」

 八木がそこまで言った時、漆田が八木の空いた皿を片付け、代わりにデザートを置いた。気づけば、全員の皿がデザートに代わっていた。アイスクリームだった。

「皆様、お聴きになられるでしょうか」

 様子を伺う天窓にめいめいの反応はと言うと、うんざりした表情の獅子噛と、どうでも良さげに黙る月熊、大神、兎薔薇。対照的に興味津々と言った顔で身を乗り出す鳳凰堂。

 鳳凰堂はともかくと、他の無反応を了承と捉えた天窓は慣れた口調で語り出した。

 この島に根付く、【不死鳥伝説】を。


「今から二百年前、この島にはかつて百人ほどの人間が住んでいました。これは私たちの先祖でもあります。日本はまだ江戸時代でしたね。それくらい前のことです。

 外界から断絶されたこの島の人々は、独自の文化、思想を持っていましたが、同時に彼ら島民の共通点として、神を信じていなかったことがあるそうです。

 とはいえ、当時誰にも知られぬこの島に新たな居住者が来ることもなく、島民の数は年月と共に減っていく一方でした。

 それからしばらく、島で四名の女性が同時に命を落としたその時です。

 遺体を囲む島民全員の前に、炎に燃え盛る巨大な鳥が現れたのです。

 その時は月もない夜だったと言うのに、まるで太陽のように明るく燃えるその鳥は、驚いた島民が首元に斧を投げつけ突き立てても死ななかったそうです。

 そして、不死鳥は死んだ四人の女性の内の一人の頭を翼で包み込むと――その女性、文献によると少女を生き返らせた、とのことです。

 生き返った少女は、驚く島民の前で元気に走る様子さえ見せ、そしてどこかへ消えた。

 その時から、島民はいよいよ信じたそうです。死を超越する神の存在を。

 この館、不死鳥館はその時建てられた物です。もちろん当時はカードキーやエレベーターといった物はありませんでしたが、ホテルに改装するにあたり、できるだけ当時の様相を残しております。どうぞ、当時の雰囲気をお楽しみください。

 ご清聴、ありがとうございました」


 的羽天窓は頭を下げ、話を締めくくる。

 興味なさげに聞いていた三人は、いつの間にか視線を天窓に向けていて。

 興味ありげに聞いていた鳳凰堂は、いつの間にか天井を眺めていた。

 あれだけニヤニヤと笑っていた鳳凰堂のはずが、今は無表情で天井を見上げる様に、八木は妙な感慨を覚えた。

「お食事の後は、各自ご自由にお過ごしください。食堂にてアルコールなどもご用意しておりますので、お申し付けくださいませ」

 壁際に佇んでいた漆田が一歩出て言う。

 これで食事会は終わりらしい。


アップロードのペースを上げるため、以降区切る範囲をひろげ、一章ごとに三部に分け、セリフ文と地の文のスペース開けをやめます。

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