【出席番号6番】大石 夢(おおいし あゆむ)
「先生……隣で寝てもいいですか?」
〝ドサッ〟
「おいおい、しっかりしろよ大石」
「あ……先生、すみません」
オレは今、高等部3年の担任として、他のクラスの先生たちと修学旅行の引率をしている。生徒たちにとっては一大イベントだろうが、オレは旅行とか正直あまり好きではなく、ましてや引率なんて面倒以外の何ものでもない。まあでも、安全に問題なくこの旅行を終わらせるのが引率教師の仕事だ……仕方ない。
ただ、こういうイベントでは生徒たちの意外な一面がみられることもあるので、小説を書くヒントが出てくるかもしれない。人間観察の場として有効活用しよう。
するとさっそく見学場所の移動中に1人の生徒が転倒した。オレが起こしてやった生徒の名は《大石 夢》。体が小さく大人しい性格だが、少々ドジなところがあるH組の生徒だ。でも確か、彼女は体育会系の部活動で代表選手に選ばれるほどの運動神経の持ち主だったはず。何もないところで転ぶとか考えられない競技だったような……何部だっけ? 思い出せない。
※※※※※※※
特に問題もなく1日目が終わった。生徒たちの就寝時刻の点呼を済ませ、他の引率教師たちと軽く晩酌をし上機嫌のまま自分の部屋に入った。そういえば最近、学校の仕事が忙しすぎて小説の執筆が遅れていたな。続きを書かなくては……。
宿泊先は観光ホテルだが、部屋は和室の畳部屋だ。まあまあ広いが何とこの部屋に泊まるのはオレ1人。というのも今回の修学旅行、引率の教師で男性はオレだけだ……元々ウチの学校は女性教師の割合が多いのがその理由。おかげで誰の目も気にすることなく原稿を書くことができる。
持参したパソコンで原稿の続きを書く……そういやプロットではこのシーンで、ちょっとドジっ子なキャラを登場させて主人公に絡んでいく設定だったな? あっそうだ! このキャラ……大石をモチーフに書いてみるか。
――それにしても大石って何部だ? まぁ……ストーリーには関係ないか。
意外なことに環境が変わると筆 (パソコンだが)も進む……調子がいい。たまにはこういうイベントも悪くないな。そんなことを思いながら執筆を進めていると、
〝コンコンコンッ〟
誰かが部屋のドアをノックした。誰だ? もう生徒は就寝時間……先生か? まさか御坂先生が飲みなおしたいから誘いに来たとか?
H組の副担任、《御坂 月美》先生は2つ年上の先輩教師でオレが憧れている女性でもある。オレの頭の中で、いやいやそんな都合のいい話はないだろ……という現実的な思考と、いやここで大人の恋愛が一気に加速して……という妄想がぶつかり合った状態でドアの前に来た。
「はい、誰ですか?」
「あ……あの、H組の大石です」
――えっ、何で大石が? オレはドアを開けた。
「おい何だよ、もう消灯時間はとっくに過ぎているぞ」
すると大石の口からとんでもない言葉が出てきた。
「あのっ先生……今晩、こちらで寝かせてください!」
――ぜっ・た・い・ダ・メ・だ・よ・!
修学旅行で生徒が教師の部屋で寝るなんて聞いたことないし、そもそも女子生徒が1人で男性教師の部屋に泊まるなんて言語道断! オレのクビが簡単に飛んでしまうレベルの不祥事になる。
「そんなことできるワケないだろ! 早く自分の部屋に戻れ」
半分キレ気味に突っぱねた。すると大石はとても困った顔をして
「お願いします! 私……班のみんなと一緒に寝られないんです」
――何だって!?
「どういうことだ? ちゃんと説明しろ」
「あっあの、私がいると……みんなが迷惑しちゃうから……だから……」
――何てことだ! それって2年間もほぼ同じメンバーのH組に『イジメ』があるってことじゃないか!? しかも確か大石の部屋は……愛宕たちと同室だ! 何やってんだ愛宕は……委員長だろ!?
「わかった! 今から大石の部屋に行こう。オレが話を付ける」
「えっ!? 先生、ちょっと……」
オレは大石の腕を掴むと生徒たちの部屋に向かった。だが大石はオレが腕を掴んだ瞬間、まるで条件反射のように振り払った。何だこの俊敏な反応は……この子は何部だっけ?
※※※※※※※
今回の旅行ではクラスを6~7人で班分けをし、1班1部屋で宿泊している。
「おい! 愛宕はいるか?」
部屋をノックして修学旅行の班長でもある愛宕を呼び出した。
「あれ? 先生、何か用っスか?」
クラス委員長の《愛宕 星》が出てきた。部屋の様子をうかがうと灯りがついており他の生徒も起きているようだった。コイツら、消灯時間守っていないのに何も悪びれた様子がないな……だが、今はそれどころじゃない。
「オマエたち……何で同室の大石と一緒に寝られないんだ?」
愛宕は少し間を置き、何の話か理解したようで
「あぁ、そのことっスか? それは……ユメちゃん(大石)が自分から言い出したことなんスよ!」
――は? 大石が自らオレの部屋に行きたいと言った……だと?
「おい、だからってそんなバカなこと許されるわけないだろ!? それにオマエたちもなんでそんな単独行動を許すんだよ!?」
夜も遅く他の部屋に迷惑が掛かりそうだったが、思わず激高してしまった。すると愛宕は少し困惑した表情で
「いやぁ~私たちもできればしたくなかったっスけど……その方がユメちゃんのためだし、私たちにとっても最良の方法で……」
「ふざけんな! もういい」
――何が「最良の方法」だ!? 愛宕と話しても埒が明かない。夜も更けてきたのでオレは仕方なく、大石をいったん自分の部屋に置いてから女性教師たちがいる部屋を訪れた。
※※※※※※※
「あ~ら? どうしたのぉ~若彦センセェ! まだ飲み足りないのぉ~?」
ドアをノックすると御坂先生が上機嫌で出てきた。奥の方で他の教師の高笑いも聞こえる。ええっ!? この人たちは部屋に戻っても飲み続けているのかよ……明日大丈夫か?
「いや、ウチのクラスの大石のことで相談が……」
「え? ユメちゃんがどうかしたのぉ?」
「いやぁ~それが……」
――あ゛っ!
後頭部を掻きながら少し下を向いたオレの目線の先に、衝撃的な光景が飛び込んできた。浴衣の襟元が少しはだけ、確実にノーブラであろう御坂先生の「谷間」が見えてしまったのだ。今まで気が付かなかったが意外と巨乳だ。
「あっあのっ! 大石がオレの部屋にやってきて……」
オレが動揺してしどろもどろになっていると御坂先生はクスッと笑い
「あぁ~、たぶんアレね?」
と、まだオレが説明し終わっていないのに全てを察したようだった。すると
「若彦センセェ、悪いけど今夜はユメちゃんを泊めてあげてくださらない?」
予想を裏切るとんでもない答えが返ってきた。
「いやいや、そういうワケにはいかないでしょ!? 女性教師の部屋で預かっていただけないですか?」
「うーん、でもこっちは定員いっぱいだしぃ……それに若彦先生の方が『適役』だと思いますよ!」
――何だ「適役」って……意味わからん!
「いや、そんなこと明るみになったら例え何も起こらなくても問題でしょうが」
「え~例えって? 何か問題起こす気ですかぁ~淫行はダメよぉ~アハハッ」
――ダメだこりゃ! 御坂先生、完全に酔ってる。すると
「何だ何だぁ!? アンタたちドアの所で何イチャイチャしてんだよっ!?」
部屋の奥からドスドスと足音を立て体格のいいオバ……女性がやってきた。B組の担任で体育教師の《山伏 巴恵》先生だ。
「さっきから話が丸聞こえなんだけどな……若彦っ、悪いが大石はお前が預かってくれ! なぁに、お前みたいな童貞なら何の間違いも起きねぇだろ!?」
――だっだだだ誰が童貞だっ!? 正直このバb……先生は苦手だ。
「大丈夫! このことは引率教師全員の秘密にしとくよ……お前だって今さら秘密の1つや2つ増えたところで気にすることないだろ?」
――え? 何だそりゃ?
まさか山伏先生……『オレの秘密』を知ってるってことか?
「じゃあ大石のこと頼んだぞ!」
「えぇちょっと! 山伏先生……」
「じゃあね若彦センセェ! 頑張ってね~!」
御坂先生、「頑張って」ってどういう意味だよ? ていうか山伏先生、やけに大石と親しげだな?
――あっ!?
女性教師たちの部屋から戻る途中で気が付いた。そういえば山伏先生って確か大石のいる部活の顧問じゃないか? 大石が何部か聞いて……って、今頃そんなこと聞いたらあのババa……山伏先生に怒られそうだ。やめておこう。
※※※※※※※
部屋に戻った。すでに大石は自分で勝手に押し入れから布団を取り出し、窓際でこちらに背を向ける格好で寝ていた。
――コイツ自由すぎるぞ、こっちは色々飛び回って苦労していたのに。
さて、原稿の続き……って、しまった!! パソコンの画面に原稿が表示されたままだった! もしかしたら大石がオレの原稿を読んでしまったかも? 一応、省電力設定で電源オフになっていたが……心配だ。
さて、本当なら続きを書きたかったけどもう遅いし、色々あったし、明日もあるからやっぱり寝よう。オレは大石とできるだけ離れた場所に布団を敷いて寝ることにした。「問題」を起こすことは天地がひっくり返ってもないと宣言できる自信はあるが……こうやって年頃の女の子が隣で寝ているとやはり気を遣ってしまう。
それにしても……何で愛宕たちは大石との同室を嫌がった? 愛宕は誰に対しても分け隔てなく接するような生徒なのに。それと御坂先生やバ……山伏先生もなぜこんな「問題行動」を認めるんだ?
そんなことを考えて寝付けないでいると、すぐに「答え」が判明した。
「グ……グググ……」
隣の方……大石の布団から何やら奇妙な「音」がした。やがて……
「グググッ……グォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ! グガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア! ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴォオオオッ! ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガァアア」
――うっ……
――うるせぇええええええええっ!!
オレはたまらず耳を塞いだ。そう、この部屋中に響き渡る殺人的な「騒音」は間違いなく大石の「イビキ」だ。いや、イビキを超越してまるで怪獣の鳴き声だ。とてもじゃないがこの騒音の中で眠ることは不可能だ。
――そうか、そういうことか!
愛宕や先生たちは「大石のイビキ」を知っていたんだ。だからオレに押し付けたに違いない!!
こりゃたまらん! まともに寝れそうにない。しばらく布団にもぐって耳を塞いでいると、騒音がピタッと止んだ。
ん? 睡眠サイクル……つまりレム睡眠とかノンレム睡眠とかいうやつでも切り替わって静かになったのか?
オレは「今のうち」と思い、心を落ち着かせて眠りについた。
――そうか、これが「一緒に寝たくない」理由だったんだな?
だが……このオレの考えは大きく間違っていた。
※※※※※※※
――重い!
眠りについたはずのオレだが、何やら身体に布団以外の「重み」がかかっていることに気が付き、苦しくなってうっすらと目を開けた。暗い部屋の中、オレの身体の上に何かが乗っているように見えたのだ。
――何だ何だ? 霊的なものか? だとしたら怖いな……。
だが……
その正体に気付いた瞬間、オレの脳は一気に覚醒し……霊以上の恐怖を感じた。
オレの上に乗っていたのは掛け布団ではなく、何とパジャマ姿の大石だった。虚ろな目で、どうやら寝ぼけている感じだ。仰向けになって寝ていたオレに顔を近づけると小声でこう言った。
「先生…………いいですか?」
はぃ、ダメでーーーーーーーーす!!
そんなことしたらオレの教師生活が終わってしまいまーす!
キスできるくらいの距離まで大石が顔を近づけてきたので、間違いが起きないようオレは左手で自分の口を塞いだ。
このままじゃ重大な不祥事になる! 早くこの状況をどうにかしないと……オレは大石をどかして逃げようとしたが……なぜか身体が思うように動かない! 金縛りにでもあったような感じだ。
「先生……好きです。好きだから……掛けますよ」
――え? 何だよ「掛けます」って?
と、次の瞬間……大石はオレの左手首を掴むと、瞬時に右足をオレの目の前に出してきた。そして大石はそのまま左側に一気に倒れ込み……
「ぎゃぁああああああああっ!!」
オレは悲鳴を上げた。そう、大石はオレに『腕挫十字固』を掛けてきたのだ。左腕に想像を絶する痛みが襲い掛かってきた。オレは無意識に〝バンバンッ〟と2回畳を叩いた。すると大石は〝パッ〟と手を放したので、そのすきにオレは這って布団から離れ大石と距離を置いた。
――思い出した!!
大石は「柔道部」だ。普段、何でもない所で転ぶようなドジっ子だが、実は体重の軽いクラス(48kg級)で学園の代表選手だ。
「先生……好きです。だから……技、掛けさせて……ムニャムニャ」
大石はしゃべってはいるが、その目はまだ寝ぼけているように虚ろだ。っていうか何だよその理屈。好きだから柔道技掛けたいって……意味わからん! それじゃ変態じゃないか!!
寝ぼけた顔の大石は、膝立ちの状態でオレに近付くと再び掴み掛かってきた。逃げようと背中を向けたオレに、大石は背後から腕を伸ばすと今度は喉元に……
「うっ……うげぇええええっ!」
なんと『裸絞』を掛けてきた。両手が外れないように自分の顔を押し付けた大石はオレの耳元で
「先生、もっと……苦しんでください。苦しむ先生……素敵です」
――やっぱ【変態】じゃねぇかぁー!
それにしても苦しい……ってかこのままじゃ完全に落ちる。オレは大石に〝パンパンッ〟と「参った」をしようとしたら、急に大石が崩れ落ちるように倒れた。
――あれ? と思ったら畳の上で大石は再び眠りについていた。
もしかして夢遊病か? はた迷惑なヤツだ……と思いながら寝ている大石を抱えると元の布団に戻した。そしてオレも痛みに耐えながら寝ようとしたら再び
「グゴゴォオオオオオオオオッ! グガガァアアアアアアアアッ!!」
――あ゛ぁああああああああっ! マジで寝られん!
しばらくして〝ピタッ〟とイビキが止まったのでオレも寝よう……と思ったら、
「先生……技、掛けさせ……」
「ぎやぁああああああああっ!!」
結局、この日の夜はほぼ一睡もできなかった。
※※※※※※※
翌日……
移動中のバスの車内、通路を挟んだ席に座る御坂先生がニコニコしながらオレに話しかけてきた。
「若彦先生、昨夜はユメちゃんと盛り上がってたみたいですね? こっちの部屋まで聞こえてきましたよ!」
――笑い話じゃないよ……全く!
「修学旅行はあと1泊ありますから……ユメちゃんのことは、またよろしくお願いしますね」
――あと1泊「地獄」を経験しなきゃならないのか……冗談じゃない!
オレはバスガイドの説明が耳に入らないほどの眠気と闘いながら、車窓から景色を眺めていた……すると新幹線が通り過ぎるのが見えた。
上りの新幹線だ! これに乗れば修学旅行とおサラバして家に帰れる……オレはその列車を強引に停車させ、新幹線ジャックしてでも家に帰りたい気分だ。意識朦朧としているオレは、そんな非現実的でバカバカしいことまで考えていた。
そして……
隣の席には、オレの腕にしがみついてスヤスヤと寝ている大石の姿があった。
――ふざけんじゃねーよ……コイツ。
グォオオオオオオオオッ! ガァアアアアアアアアッ! ゴゴゴゴォッ!
(訳・最後までお読みいただきありがとうございました。次回もお楽しみに!)