【出席番号39番】百合切 彩(ゆりきり いろは)
「でへへ、若彦乃氏……尊いでごじゃる┌(┌^o^)┐」
「お待たせしました、こちらが商品になります」
週末の午後、オレはH組のある生徒の家に訪問するため、駅前のケーキ店でクッキーの詰め合わせを買っていた。
生徒の家に訪問すると言っても決して教師が家庭訪問する意味ではない。卒業を控えた生徒の自宅に今さら家庭訪問する理由もない。これは教師としてではなく、オレのもうひとつの顔・ラノベ作家の「粟津まに」として訪問するのだ。
以前連載していた小説が単行本化する話になった。先日、表紙と挿絵を描いていただくイラストレーターを編集部から紹介してもらったのだが、話を進めていくうちに今回お世話になるイラストレーターの「ならむうゐ」先生が偶然にもウチの学校の生徒、しかもH組の《百合切 彩》だということがわかった。
百合切がネットでは有名な「絵師」だということは噂に聞いていた。父親がアニメ制作会社の社長、母親がアニメのキャラクターデザインも手掛けているイラストレーターという環境で育った彼女がこうなるのは……まぁ自然の成り行きだろう。
一般的に小説家とイラストレーターが打ち合わせする場合は編集者が間に入るのだが……オレの担当編集者、《大穴 中》が「何だぁ、知り合いだったら直接打ち合わせすりゃいいじゃないっすかぁ~(笑)」と自分の仕事を放棄して丸投げしやがった……アイツ、早くクビになれ!
元々、オレがラノベ作家だということは生徒に内緒だったのだが……オレの正体をばらす「謎のメール」などで今ではH組の生徒全員がオレの正体を知っている。なので百合切には包み隠さず「粟津まに」として、改めて挨拶がてら打ち合わせをしようということになった。
今月で彼女も卒業だ。もう「教師」と「生徒」という関係ではなくなる。これからは……仕事仲間か? 何か複雑な心境だなぁ。
※※※※※※※
店を出たところで、ある生徒の姿が否応なしに目に入った。
――うわっ! マズい!
H組の生徒なのだが正直、プライベートでは絶対に会いたくない生徒だ。自分の教え子に会いたくないなんて非情に聞こえるかもしれない。別に、オレがその生徒に対して後ろめたいことがあるワケでもない。しかし……
その生徒は全身ピンクでフリフリの衣装……「甘ロリ」と呼ばれるロリータファッションに身を包んでいた。それだけでも十分浮く存在なのにさらに身長が180センチ近くある……近くを通りかかった人がほぼ100パーセント二度見をしていた。頼む! 関係者だと思われたくないから絶対オレに気付かないでくれ!
「あっ、ひこり~ん!」
うあぁああああ! 《背戸山 萌》に気付かれてしまったぁああああ!!
背戸山はロリータのコスプレが趣味の生徒だ。まぁ自分が着るのは個人の自由だが、コイツは他人にロリ衣装を着せて興奮する【変態】なのだ。仕方ない、まだ目線が合ってないから「オレは気付かなかった」フリをしてここから立ち去ろう。
「えっ、ちょちょっとひこり~ん! 無視したでしょ今? ちょっどこ行くんですか~? あ、すみませ~んその人チカンで~す! 誰か捕まえてくだ……」
「あぁ認めたくないがオレはオマエの『担任』だよなぁ~背戸山ぁ(怒)」
冤罪にされてはかなわん! オレは瞬時に背戸山の目の前に立った。
「は~い、ひこりん先生! お待ちしていましたわ~」
「待ってた? どういうことだ?」
「今日、イロハちゃんの家に行かれますよね~? 移動は電車ですか~?」
「あぁ電車だが……何で知ってんだ?」
「イロハちゃんから聞きました~! 萌も~イロハちゃんの家に遊びに行くって言ったらぁ~、じゃあついでに先生を乗せて来てって彼女から連絡がありまして~」
「乗せて来て?」
「は~い、実は……」
そう言うと背戸山は、バッグの中から何かを取り出した。
「じゃ~ん! 運転免許を取りました~!」
「おぉそうか、それはおめでとう……って、え?」
「はぁ~い、なので今日は車でここに来ました~! 今から初ドライブでイロハちゃん家に行くので~ひこりんも乗ってくださ~い」
「いや遠慮する……それと、まだ卒業前に車の運転はするなよ」
免許取りたての初心者ドライバーに同乗なんてとんでもない! それにまだ高校在学中だし、何か問題があっては学校に迷惑がかかる。
「え~、せっかくパパに車買ってもらったのに~」
「何だよ、もう買ってもらったのかよ? ちなみに……何買ってもらったんだ?」
「ベ●ツのSクラス(新車)で~す」
――何だって?
そうだった! コイツらは【変態】だが、とんでもねぇ金持ちのお嬢様の集まりだ。ベ●ツのSクラスといったら最低でも1千万は超える超高級車、とてもじゃないがオレのような安月給じゃ一生買えない代物だ……うわぁー乗ってみてぇー!
「本当はロールス●イスが欲しかったんですけど~、パパが~初心者は運転に慣れるまでこれで我慢しなさい~って」
うおぉー! 金持ちの感覚は理解できねぇー!!
「そっそうか……まぁ、ここまで来ちゃったんなら仕方……ないよ……なぁ、それに……免許取ったとはいえ、まだ助手席には運転に慣れた人がいたほうが……いいんじゃ……ないのか?」
道徳心が欲に負けた瞬間だった。
「うれし~! ひこりんが乗ってくれるなんて夢みた~い! じゃあ萌は~コインパーキングから車持ってきますね~」
と言うと、通行人から大注目され周囲に人だかりができていたロリータ大女は駐車場に向かって行った。5分ほどすると
〝プップ―〟
「ひこり~んお待たせ~! さぁ、乗ってくださ~い」
そこには、欲に目が眩んだオレを戒めるかのような光景が待っていた。
背戸山の車……確かにベ●ツのSクラスだ。だがそのボディーはほぼ全体がド派手なピンク色に再塗装され、全面によくわからないアニメのキャラクターらしい絵が所狭しと描かれている……いわゆる『痛車』というヤツだった。
そのクオリティーは本来の車が持つラグジュアリー感を全て打ち消していた。これはメーカーの人たちにとってメンツ丸つぶれ……いや、ベ●ツ丸つぶれだよ!
「ひこり~ん、さぁ乗って乗ってぇ~!」
「いっ……イヤだぁ~っ!」
「そんなぁ~、電車代浮きますよ~! さぁ早く乗ってぇ~」
背戸山に強引に乗せられた。電車代が得した分、何か大事なことで損している気がする。すでに通行人に取り囲まれて全員がこの車を物珍しく眺めている。あっ! おいっそこのオマエ、スマホで撮影してんじゃねーよ! 間違ってもそれをSNSにアップするなよ! せめてオレの顔にはモザイクかけとけよー!
※※※※※※※
「ひこり~ん! 着きましたよ~」
背戸山の運転で百合切のマンションに着いた。恐怖心と羞恥心のツインターボで乗り心地など全く分からなかった。
オートロック付きの高級マンションだ。両親が多忙で家を空けることが多いという理由で、百合切はここで独り暮らしをしている。
エントランスにはインターホンがある。あ、そういえば部屋番号は確か……すると背戸山が慣れた様子で
〝ピッピッピッ〟
部屋番号をプッシュした。あれ? この数字って……。しばらくすると百合切の声がインターホンから聞こえてきた。
『いらっしゃいませ、ご注文は?』
「ベーコンレタスサンド! 受けはΩ(オメガ)で~」
『ナマモノですので砂を吐かないようにお気を付けくださーい』
エントランス入口のドアのロックが開いた。つーか……
――なんちゅう合言葉を使ってんだオマエら!
オレはGL小説を書いているが「こっちの言葉」も少しはわかる。ちなみに百合切の部屋は「801号室」だ……そこまで徹底するか?
「なぁ背戸山、前々から気になっていたんだが……」
移動中、オレは百合切について気になっていたことを背戸山に聞いてみた。
「百合切って『腐女子』だよな……GLとかって興味あるのか?」
正直オレは百合切が苦手だ。彼女はいわゆる『腐女子』でBL小説や漫画を好んで読んでいる。オレが書いているGL小説とはいわば反対方向だ。何で今回、オレの小説の挿絵を描く話を引き受けたんだ?
「あぁ、あの子はGLも読みますよぉ~。それに女の子のイラストもメッチャ上手ですしぃ~……実は萌の車も~彼女が描いたんですよ~」
「えぇっ、そうなの?」
「もちろん~実際に塗装したのは業者さんですけど~、図案をイロハちゃんに描いてもらいました~」
「いや、前に見せてもらったイラストと全然タッチが違うんだが……」
「あの子は~画風を色々変えることができるんですよぉ~!」
そうだったのか! それは知らなかった……今までアイツが描いていたイラストといったら……いや、これ以上はおぞましくて言いたくない。
「それと~……あの子、リアルではバイ(セクシャル)ですよ~」
「えっ、そうなの!?」
「H組の子は~ほぼ全員バイですよ~。だってぇ~つむつむ(鴨狩紬)と縫ちゃん(中津森縫)の2人も先生のことが好きなのに~付き合っているでしょ~?」
「ま、まぁ……な」
ここに来てとんでもないカミングアウトだ! 全員【変態】だとはわかっていたが……もうすぐ卒業だっていうのに、オレはH組のことを何も知らないよなぁ。
〝ピンポーン〟
『……はい』
「いいか、中に挿れるぞ! オレたちを受け止めろ!」
『うん、挿れていいよ……んっ、ぁあ……いっ痛い……ぁあ、んぁっ』
「オマエら玄関前で何やってんだよ!」
ここに来るまでにかなり疲れたのでもう止めてくれないか?
〝ガチャッ〟
「イロハちゃ~ん、こんにちは! ひこりん連れて来たよ~」
「おぉ、背戸山氏と若彦乃氏! ご無沙汰でごじゃる」
――先週の登校日で会ったばかりだけどな。
「こんにちは! 『ならむうゐ』先生、本日はよろしくお願いします……あ、これはつまらない物ですが……」
百合切に買ってきたクッキーを手渡した。いつもなら「おい、百合切!」と呼び捨てだが、今度からは仕事仲間だ。ここは社会人の先輩として「親しき仲にも礼儀あり」ということを教えておこう。
「あ……これはこれは、つまんない物をありがとうでごじゃる!」
おいっ! この野郎にはやっぱ一般常識を叩き込んだ方が良さそうだな? 日本語もメチャクチャだし……誰だ! 国語の教師は…………あ、オレか(汗)。
「あらぁ~、イロハちゃ~ん今日はずいぶんおめかししてるじゃな~い?」
「本当だ! 卒業式にはまだ早いぞ。それに高校の卒業式は制服だ」
百合切は矢絣柄の袴姿……まるで大正時代の女学生みたいだ。
「えっあっあぁこれはその……大事な話なので正装をじゃな……」
「イロハちゃ~ん、もしかして~ひこりんが家に来るから緊張してる?」
すると百合切は顔を真っ赤にして
「そっそそそそんなことはごじゃらぬ!」
「そ~ぉ? いつも萌と会うときはジャージなのに~……おまけに部屋も片付いてるし~BLゲームやBLCDも見当たらな……」
「あわわわわっ、わー! わーっ!!」
――いや、今さら清楚ぶってもオマエの本性は知ってるわ。
※※※※※※※
「粗茶でごじゃる」
百合切が、さっきオレが渡したクッキーと紅茶を出してくれた。紅茶でも粗茶というのか甚だ疑問だが。
「あぁいただきます……これはこれは、結構な粗茶で」
さっき百合切に「つまんない物」と言われたので仕返しだ(←大人げない)!
「そうじゃろう! これは高級な粗茶でごじゃるからな」
――オマエやっぱ「粗茶」の意味わかってねーだろ!?
リビングに3人……片や袴姿の大正時代の女学生、片やピンクのロリータファッション……ここはコスプレイベントか?
「じゃあならむ先生、今回の小説のキャラデザインですけど……」
今回は挨拶だけで終わらせるつもりだったが、一応話も進めておこう。
「ええっと……粟津先生、とりあえず拙者の方で勝手にイメージしたものを描いてきたでごじゃるが……これでよろしいかな?」
と言って百合切は1枚の紙をオレに渡した。
「あぁいいですよ、ここから少しずつ摺り合わせていきましょう!」
オレは渡された用紙に描かれたイラストを見た…………
「おい、貴様!」
オレは、目の前にいる人間をイラストレーター「ならむうゐ」先生から3年H組の生徒「百合切彩」にモードを切り替えて話をすることにした。
その紙に描かれていたのは小説のキャラクター原案……ではなく、オレと産休代替教員の《雁坂 良夢》が全裸で抱き合っているイラストだった。しかもここでは言えないくらいどぎつい内容だ。
「きゃっ!」
背戸山も思わず顔を手で覆った……指を広げて凝視していたが。
「でへへへへっ、とっ尊いでごじゃるっ! 尊いでごじゃるぅぅぅっ」
コイツはいつもこうだ! 今までもヒマさえあればオレの裸を妄想で描き、他の男性教師と「カップリング」させてはひとりでニヤニヤしたり他の生徒に見せていた。わかってはいたがコイツは「ナマモノ」好きな【変態】だ。
だがすぐに、背戸山が不快な表情を見せ
「えぇ~でも、相手がラムちゃん先生ってのが……なんかヤだなぁ~」
「うむ、まぁ確かに拙者も好かぬが……容姿だけなら完璧な『総受け』であろう」
「ちょっと待った!」
オレは、この2人の会話を聞いてある「疑問」を思い出した。H組の生徒はほぼ全員、雁坂良夢のことを嫌っているのだ。
「前から気になっていたんだが……オマエたち、ずいぶんと雁坂先生のことを毛嫌いしているようだな……何でだ?」
すると2人は一瞬だけ顔を見合わせ、
「そっそれは奴が『あの方』の身辺をしつこく調査しているからでごじゃる……奴が来る前からあの方はそれに気づいておられていたでごじゃる」
「あの方?」
「うっ!」
「イロハちゃん! 言い過ぎよ」
なるほど、わかったぞ! 百合切の言う「あの方」とは、オレ(粟津まに)を打ち切りの危機にまで追いやった小説家「良坊 種夢」で、さらにその前からH組の生徒に対してオレの正体をばらす「謎のメール」を送りつけた犯人に違いない!
だが先週の一件で、雁坂が良坊だという考えは……まだ白ではないがグレーにはなった。そして雁坂が言った、オレを拉致して運んだ運転手が当日欠勤した職員では? という言葉を信用すると……思い当たる人間が1名あぶり出されてきた。
ただ……今の段階では確固たる証拠がないし、こんなことをする理由も思いつかない。特にペンネームの謎だ! 以前、H組の《鴨狩 紬》がペンネームから名前が連想できると言っていた。オレも色々考えたのだが……どうもわからない。
ただ、「この人」が黒幕なら全てつじつまが合う……正直、信じたくはないが。
「まぁいいや、この話は……それより、マジでこの絵か?」
「冗談でごじゃるよ若彦乃氏! こっちが原案でごじゃる」
「当たり前だ、アレが正式な案だったら即、この話は白紙だよ」
百合切から別の用紙を渡された。
「どれどれ~? ねぇイロハちゃ~ん、萌も見ていい~?」
「良きに計らえ」
「あぁ、じゃあ背戸山! 一緒に見……」
――しまったぁ!
今回、書籍化される小説は「校庭の二人」という作品だ。雑誌での連載はとっくに終わっていて今回やっと書籍化されるのだが……。
この話の主人公は、H組の生徒の中で最も高低差……じゃなくて身長差のある2人、「鴨狩 紬」と……目の前にいる「背戸山 萌」をモチーフにしている!
百合切のイラストなら、背戸山本人が見たらバレるかも……。
「あっ、ひとりはつむつむ(鴨狩)ね~!? 似てるわぁ~、もうひとりは……」
うわぁ、やばっ!! 鴨狩とカップリングしてたら背戸山も怒るだろ?
「あっこれは縫ちゃんだわ~、すご~いイロハちゃ~ん、ちゃんと小説でもCPしてるんだね~」
そこには、身長180センチの設定で顔だけ《中津森 縫》に似たキャラクターが描かれていた。中津森は鴨狩と付き合っているH組の生徒だ。
オレが百合切の方を見ると、ドヤ顔でVサインをしてこちらを見ている百合切の姿があった。ふぅ、助かった……一応、この話が背戸山をモチーフにしているのは本人も知っているが、改めてイラストになったらまた怒られそうだ。
「若彦乃氏、いかがじゃろうか?」
「うーん、初めて描いてもらったにしてはオレが考えてたイメージに近くて良いと思うよ。ただ、ちょっと『萌え』の部分を意識したのか全体的にアニメっぽいような気が……」
「なぬっ、そうでごじゃるか!?」
「あぁ、背戸山から聞いたけど……タッチを変えられるんだよな? もう少し絵画っぽくできないかな? オレの(BL設定の)イラストはどちらかといえば絵画風じゃん、あんな感じで……」
「大丈夫でごじゃる! むしろ拙者はそちらの方が得意でごじゃるよ」
「そうか、それはありがたい! ちなみにどんな画風ができる?」
「あっ、ならば拙者のアトリエに来るでごじゃる」
オレと背戸山は、隣にある百合切の「アトリエ」を見学することにした。
※※※※※※※
百合切の「アトリエ」は……本来なら寝室だろうか? 少なくとも12畳以上はありそうな部屋に机や本棚、参考資料と思われる男性用の衣装、仮眠用のベッドなどが乱雑に置かれているのでとても狭く感じる。
机の上には大きなモニターがつながれたデスクトップPCと、ペンタブレットが置かれていた。ノートPC1台で小説を書いているオレと違いかなり物々しい。
「へぇ、これ全て百合き……ならむ先生が描かれたんですか?」
プリントアウトされた多種多様な作品が壁一面に貼られていた。
「なるほど、確かにいろんな画風が……って、おい百合切! オマエまたやりやがったな!?」
その中に、明らかにオレをモデルにしたイラストが貼られていた。しかも、ただのBLとは違い……
「何でオレが『オメガ』になってんだよ!」
そこには、オレが子どもを抱いてさらに第2子を「妊娠」しているイラストがあった。わからない人のために説明すると、BLにはオメガバースという設定があって、そこでは男女以外の「第2の性」と「3種類の性別」がある。このイラストではオレがΩ(オメガ)という、男だけど妊娠できるといういわば「両性具有」というキャラに……って、こんな説明したくないわ!
「で、一緒にいる子どもは……まさかオマエか?」
「正解でごじゃるよパパ~!」
「やめろ気持ち悪い」
「他にも若彦乃氏は様々なシチュエーションで書いておるぞ! 拙者の大事なオカズなのじゃあ~」
「え~イロハちゃん、私にも描いて~ロリータ姿のひこりんを!」
「いいでごじゃるよ! 何ならブルマやスク水でも描いて……」
「おい、ふざけんな貴様……肖像権の侵害で訴えてやろうか」
オレは百合切の両ほほを手で圧縮した。
「ふっ、ふにゅにゅ……ふぉれふぉひったふぁおぬふぃもひょうふぁいひゃ」
くっそぉ、ブーメランが返ってきた! まぁオレもH組の生徒をモチーフにしてエロい話を書いているからな……。
「あれ? このイラストってプリンターじゃなくって手描きなんだな」
オレは壁一面に貼られたイラストの中に、紙に直接描かれたような作品があることに気付いた。
「うむ、最近アナログも始めたでごじゃるよ」
百合切がアナログ……つまり絵の具を使って描いたというイラストには共通した特徴がある。アニメやマンガのようにはっきりとした色彩ではなく、くすんだ色を使った叙情的なイラストだ。
「何か大正ロマンって感じだな……っていうか、どこかで見たような?」
「これ、実は『竹久夢二』の画風を真似ているのでごじゃるよ……とは言っても日本画ではなくて水彩画じゃが……」
「そうか、夢二といえば大正……あっ、それでオマエは袴をつけていたのか!」
「そうでごじゃる! 拙者は最近、大正時代のスタイルに興味があるでごじゃる」
そうか! 普通ラノベの挿絵といったら萌え要素の強いイラストが定番だが、一昔前の文庫本っぽいこういう画風も意外性があって面白いかもな? まぁこれでコミカライズやアニメはムリだけど……。
「なぁ百合……ならむ先生、挿絵だけど……この画風で」
「あ、それはムリでごじゃる」
「えぇっ、何で?」
「すでに他の先生から発注がかかって……っていうかその先生の希望でこの描き方を始めたのでごじゃるよ」
何だそうなのか、それは残念……って、あれ?
オレはある1枚のイラストを見つけたのだが……そのイラストの内容がとても気になった。それは古びた木造校舎の教室とおぼしき場所に、セーラー服を着た2人の女学生が手を繋いで向かい合っているというものだが、もう片方の手の指がお互いの「鼻の穴」に突っ込んでいるという奇妙なイラストだ。
「あれ? このシチュエーション、どこかで見たことが……あっ!」
すると、終始ふざけた対応だった百合切が急に真顔になり
「あぁっ、これは……これはダメでごじゃる!!」
慌ててそのイラストを壁からはがし、オレに見せないように後ろ手に隠した。
「おい、それって……『良坊 種夢』の小説だよな? オマエ、まさか……」
そう、これはH組の《照坂 祭》の変態行動をモチーフにしたと思われる、良坊の小説のワンシーンだ。主人公の女子生徒2人が放課後の教室で、お互いの鼻に指を入れたあと、それぞれの鼻くそを口に含みキスをして舐めまわすという気色悪いシーンとそっくりだ。ただ、時代背景がオレの想像と違っていたが。
すると、観念したかのように百合切が話し始めた。
「こっこれは確かに……良坊先生から依頼された挿絵の練習用に描いたものでごじゃる。この画風は良坊先生の希望で始めたものでごじゃるよ」
「なるほど……で、オマエがファッションまで影響されるってことは、良坊先生とかなり親しいってことだな?」
「……」
百合切は黙り込んでしまったが、ここで背戸山が
「イロハちゃ~ん、もう言っても大丈夫だと思うよ……ひこりん! 私たちH組の生徒は全員、良坊先生のことを知っているわ……良坊先生は、竹久夢二のファンなの……だから、自身のペンネームに『夢』という字を入れてるの」
そうか、「夢」は竹久夢二から取ったのか? 夢二か……夢二といえば……
「あっ、そうか!! そういうことか……くっくっく」
百合切と背戸山はオレの顔を見て目をパチクリさせていた。
――謎が解けたぞ!! 「良坊 種夢」というペンネームの謎が!
先日オレが拉致された件で、車を運転していた「疑惑の人間」が1名浮上したが確信には至らなかった。だが今のヒントでそれは確信に変わった!
――間違いない……あの人だ!!
だが、何でオレの正体をH組の生徒にバラしたり、オレの仕事を奪おうとしたのか理由がわからない。今度会ったとき、ハッキリさせよう!
最後まで読んでいただき感謝でごじゃる! 次が最後の生徒でごじゃる!




