【出席番号3番】宇の岬 知(うのみさき とも)
「ねぇ知ってる? アタシ……若彦のこと……好きだよぉ」
大型連休が終わり、いつもの日々がいつものように流れている。
放課後、掃除の時間が終わって多くの生徒が帰宅したり部活動に励んだりしている頃、オレはH組の教室に忘れ物をしたので取りに来た。教室にはまだ数名の生徒が残っていて談笑をしている。
この年頃の子たちはおしゃべり好きだ。第三者が聞いたら何でもないようなことでも、彼女たちは楽しくて仕方がないのだろう、なかなか帰宅しようとはしない。
「このコーデ、カワイくない?」
「えー、カワイイけどモデルさんだから似合うんだよ~私じゃムリー!」
なにやらファッション誌を見て盛り上がっているようだ。本来なら没収だが、放課後だから大目に見ている……だがいつまでも教室に残っていられると、こっちも帰りが遅くなるのでハッキリ言って迷惑だ。
「おーいオマエら! ちゃんと戸締りして帰れよー」
「「はーい!!」」
返事はいいが、オレの注意なんてまず聞いてない……もとい、効いてない。
「ねえねえ、この服なんてどうかな?」
「えー、ピンク~ぅ? 何かエロくなーい?」
このとき、彼女たちの話に割って入ってきた生徒がいた。
「ねえ知ってる? ピンクがエロいって思ってるの日本人だけなんだよぉ」
「えっそうなのー!?」
「知らなーい!」
生徒の名前は《宇の岬 知》。雑学が好きな子で、普段から雑学の本やネットでそういう知識を取り入れては他の生徒にひけらかしている。ただ……
「そうだよぉ~! 例えば成人映画って日本では『ピンク映画』だけど、アメリカでは『ブルーフィルム』っていうじゃん! 同じようにエロいイメージの色ってスペインでは『緑』、中国では『黄色』なんだってー」
「「へー、そうなんだ」」
コイツの知識は「エロ系」の雑学に偏っている。「知識」ではなく「痴識」だ。
「おいっ、宇の岬!」
〝ペンッ〟
オレは持っていた自分のノートを丸めて、後ろから宇の岬の頭を軽く小突いた。
「痛ったぁー、何よー若彦ぉ!?」
頭を押さえながら宇の岬が振り向いた。宇の岬はツインテールが似合う、いつも元気な美少女だ。だが、オレのことはいつも呼び捨てだ。
「オマエ、雑学もいいがちゃんと勉強やってんのか? こんな所で油売ってないで早く帰って勉強しろ!」
「いいじゃん若彦ぉ~、まだ中間(試験)まで余裕あるしぃ……」
「それは他の生徒の話だ! オマエは2年のときも赤点ばっか取ったせいで単位ギリギリだったじゃねーか……かろうじて進級できたけど卒業はわからんぞ」
「ふっ、ふぇええええん! 若彦ぉーどぉにかしてー!!」
「なんねーよ! 自分で努力しろ!」
雑学の知識があるから頭が良い……とは限らない。宇の岬の場合、エロ知識は豊富だが勉強の知識は皆無……成績はH組で最下位だ。この学園はエスカレーター式だが、どんな「バカ」でも進学できるというワケではない。
「……ったく、この様子じゃ今年も補習でオマエと顔合わせそうだな」
「む~~っ」
オレは溜息まじりに、
「はぁ、今年はオマエに対して本腰を入れていかなきゃならんな……」
そうつぶやくと、宇の岬が突然ニヤッとした表情になった。そして、少し顔を赤らめながら叫んだ。
「あ~~っ! 若彦エロいぃ~~!!」
「……は?」
すると宇の岬は、鬼の首を取ったように得意げに話し始めた。
「ねえ知ってる? 『本腰を入れる』ってエッチの時に使う言葉だよぉ~」
あ゛っ……
「女の人がエッチの時に本気で腰を入れるからだよぉ~! うわっ、若彦ってアタシとそーゆー関係になるの期待しちゃってんだぁ……や~らしぃ~!」
――はぁ、ここにもいたか……ネットの情報に振り回されるヤツ。
「おい、宇の岬……それ、ガセだぞ!」
「……え?」
オレが素っ気なく言うと、宇の岬の動きが止まった。
「いいか宇の岬、『本腰』は武道が語源だ。本式の腰の構えという意味であって、腰が基本の武道において『真剣に取り組む』ってことだ」
「……」
「まあ確かにネットでは、オマエの言った説がまかり通ってるけどな……でもそうやって自分で判断しないで、何でも目の前の情報を鵜吞みにしてしまうから、応用問題とか解けないんだよ鵜吞みさきくん!」
オレを誰だと思ってる? 仮にも国語教師だぞ……そのくらいの情報はちゃんと知ってるわ。すると宇の岬は、顔を紅潮させ口を尖らせて、
「うるさいうるさい! もう若彦なんか知らないもーん、バカバカバーカ!!」
と言うと〝バチーン〟と大きな音を立ててドアを閉め、教室を出ていった。
――怒らせちゃったか? まぁでも、正しいこと教えたんだし……。
※※※※※※※
次の日の昼休み、オレは国語準備室で昼食を済ませていた。国語科の他の先生は学食や職員室で食べているので、ここにいるのはたいていオレ1人だ。
たまに学食を使うが、香水の臭いをプンプンさせた女子高生に囲まれて食事をするのは正直キツい。なのでいつも隣の購買部で弁当を買ってここで食べている。
だがこんな心休まる場所にも生徒はやってくる……困ったことに。
〝コンコンコンッ〟
「若彦ぉーいるー!?」
――宇の岬の声だ。
「……いるけどな、オレはオマエの友だちじゃねーぞ!」
〝ガラガラガラッ〟
「あははっ、それな! あー、若彦ぉー……昨日はそのぉー……ゴメンね? あんな態度とっちゃってさぁー」
――あぁ、あのことか。一応本人も悪いと思っていたんだ。
「でさぁー、お詫びと言っては何なんだけどぉ……リンゴ食べる?」
と言うと宇の岬は、自分の弁当箱に入っている皮が剥かれた2切れのリンゴをオレに差し出した。
「ん? いいけど……どういう風の吹き回しだ?」
「あっああー、いやちょっとお弁当のデザートに用意したんだけどぉー、たくさん入れすぎちゃって……」
「そうか、じゃあ頂くよ」
普段こんなことを全くしない宇の岬の行動に疑問を感じたが、とりあえずリンゴをもらって自分の弁当の容器の上に置いた。
「あぁ、ありがとう宇の岬。後で頂いておくよ」
「えっちょっ待って! 今食べてよぉ若彦ぉ~」
「ん……何でだよ!?」
「えっあああのさぁ、そのぉ……食べた感想、聞かせてほしいんだよねぇー」
――感想? 何か怪しいな……イタズラでも仕掛けるつもりか宇の岬。
「そうか、じゃあ……」
まあコイツのことだ、大したイタズラじゃないだろう。
オレは自分の割りばしでリンゴを一口食べようと口に近付けたが……ん?
――何だこれ?
――何か……うっすらと妙なニオイがするな。
腐ってる? いや違うな。何か汗というか……腋臭のような……今までリンゴから嗅いだことのないニオイだ。
見た目も何か変だ……皮はすべて剥いてあるのだが、角が取れて丸みを帯びている。まるで果物ナイフで切った後、何か加工でもしたような……。それと切り方も変わっている……4等分とか8等分じゃなく、16等分くらいに薄い。
まあ、さすがに毒が盛られているワケじゃないと思うが……。もし何かのイタズラだったら、宇の岬だけ今日の宿題を倍にして与えてやろう。
オレは疑いながらもリンゴを一口食べてみた……ん、何か生温かい。人肌くらいの温度だ……弁当だからか? まあでも味はリンゴだ……食えないことはない。だが、やっぱり何か変だ。すると宇の岬がオレに聞いてきた。
「若彦ぉ~どぉ? 食べれた?」
宇の岬、「食べれた」じゃなくて「食べられた」だ。「ら抜き言葉」になっているぞ……ていうか味の感想以前に、食べられたかどうか聞いてくるってどういう意味だよ? やっぱ何か仕込んでいたのか?
「食べたが……何なんだ?」
すると、宇の岬は下を向いてプルプルと震えだした。顔が赤くなって口角が上がっていくのがわかる。やっぱりコイツ、何かイタズラを仕掛けて大爆笑するつもりだな……と思っていたら、
「わっ……若彦ぉおお!! やったぁああ!!」
いきなり宇の岬がオレに飛びついてきた。何だ何だ? 予想外の反応だ。
「ねぇ……知ってる?」
知ってる? って……これは宇の岬がエロ雑学をひけらかすときの話し方だ。何だよコイツ怖い怖い。
「中世ヨーロッパでは昔、女の人が告る時に自分の脇の臭いを染み込ませたリンゴを好きな男の人に食べさせるんだって!」
――え?
「若彦ぉー、食べてくれたよねぇ~!? ってことはアタシの告白OKって意味だよねぇ~!?」
――は?
――はぁああああああああっ!?
「何だそれ!? どういうことだ!!」
「あのね、きれいに皮をむいたリンゴを脇にはさんで1時間ほど汗が流れるくらいダンスをするんだって! 4時限目が体育でダンスだったから頑張ったよぉ!」
「え? じゃあオマエ、まさかこれって……」
「うん、アタシが授業中ずっと脇にはさんでいたリンゴだよ」
――う゛っ、うげぇええええっ! 妙なニオイの正体はそれかぁっ!
「若彦ぉ! これでアタシ達は恋人同士だね♪」
「ふっふざけるな! そんなんでなれるかっ! 第一それって中世ヨーロッパの話だろ? ここは現世の日本だ!」
「大丈夫! 愛の形に時代も国境もないよ!」
「いい加減にしろ! ていうか知ってるか!? 皮膚には常在菌ってのがあってだな、特に脇には集中しているんだぞ! オマエ、菌をオレに移す気か!?」
「えっ……だったらさぁ若彦ぉ」
宇の岬は、オレの顔に近付くと耳元でささやいた。
「アタシとキスしよっ♥」
「はぁっ!? 何でそうなるっ!?」
「ねぇ知ってる? 1回キスすると8000万もの細菌が移動するんだって! 計算では1日9回キスすると唾液中のほとんどの細菌は共有できるみたい、そうすればアタシの脇の菌も若彦の口内細菌もどっちがどっちだかわからなくなるよぉ!」
「何だよその理屈は! 意味わからん」
オレは宇の岬の頭の中が全く理解できず、早くこの不毛なやり取りを終わらせたかった。だが、興奮した宇の岬から繰り出されるエロ知識が止まらない。
「だっだだだだったらさぁ~アタシとS●Xしよっ!」
「何でだよ! オマエはバカか?」
「ねぇ知ってる? 女の人って13時頃が性欲のピークなんだって! あ、でも男の人は15時がピークだから間を取って14時頃が一番燃える時間帯だと思うよ! だからさぁ~5時限目が終わったあたりでさぁ~アタシと菌の交換しよっ! 5時限目が終わったら若彦の●●、いっぱいちょうだ~い!!」
「だからオマエはバカ……いや……」
――オマエは【変態】だーっ!!
オレは止まることのない宇の岬の減らず口を手でふさごうとした。すると宇の岬は逆にオレの手を掴み、指先をまじまじと見つめると恍惚の表情を浮かべ、
「はぁああっ! 若彦って……人差し指より薬指の方が長いんだねぇ!」
「はぁ!? だからどうしたんだよ?」
「ねぇ……知ってる? 人差し指より薬指が長い男ってエロくてアソコも大きいんだって! だからぁ~5時限目終わったら……ね!?」
「わ、わかった……5時限目だな……じゃあ終わったら……」
5時限目は現文……オレの授業だ。
授業が終わった後、宇の岬の●●だけ「3倍」にして渡しておいた。
ねぇ知ってる? 最後まで読んだら次回も読むんだよぉ!