表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
38/42

【出席番号37番】室伏 迷(むろふし まよい)


「・・・・・・・・・・・・」 (←放置中)


 バレンタインデーの「惨劇」以来、オレは体調不良でしばらく休んでいた。

(何があったのかは話すことすらおぞましいので前回の話を読んでくれ)


 数日後、やっと精神的にも落ち着いたので、久しぶりに学校に来たのだが……。



「そっか、そんなことが……そりゃ災難だったね、あははっ!」

「笑い事じゃねぇよニーナ! オレはあれ以来チョコを見るのも嫌になったわ」


 学校に来て真っ先に向かったのが保健室。オレは学生時代からの友人で養護教諭の《鳥居地(とりいじ) 新名(にいな)》に事の顛末(てんまつ)を話していた。


「ごめんごめん、わかったよ……あっそうだ若彦! だいぶ遅れちゃったけどボクからもバレンタインのチョコあげるよ!」

「オマエ何もわかってねーじゃねぇか!! いらねーよ! しかもソレって生徒からもらったヤツだろ? オレにも生徒に対しても失礼だ!」

「あ……バレた?」

「バレるわ! アレを見れば一目瞭然だろ!?」


 オレは保健室の角を指さした。そこにはバレンタインデーから1週間近く経っている現在でも、未だに大量のチョコレートが積み上げられているのだ。

 ニーナこと鳥居地新名は生物学上「女」に分類されるが、いわゆる「イケメン女子」だ。毎年、バレンタインデーになると学校内の()()()()()()()からチョコをもらうので、保健室の中がチョコレートだらけになる。


「あーあ、同じ()として生まれて何でこんなに差が……」

「おいっボクは一応女だぞ! ま、女のボクよりもらったチョコが少なくて、しかも……ププッ……チョコを口移……」

「うわー、やめろぉ! ニーナ! オレがPTSD(心的外傷後ストレス障害)発症したらオマエを訴えてやるからな!」

「おー怖っ! モテない男のひがみだな?」

「うるせぇよ!」


 そんな会話をしている間に、オレたちの傍をある生徒がそーっと通過した。


「おっおい、室ふ……」

「シッ!」


 話しかけようとしたらニーナに止められた。


「あ、あぁ……すまん」

「でさぁ若彦! この前の……」


 ニーナは話題を変え、何事もなかったかのように話を続けた。その間に通過した生徒はノートを机の上に置き、無言で保健室を去っていった。


 生徒はH組の《室伏(むろふし) (まよい)》、今日は登校日なので学校に来ている。


 実は室伏は、車いす生活をしている障がい者だ。下半身に問題があるだけで学力は一般的なので、普通学校であるこの高校に通学している。

 ウチの学校のバリアフリーは完璧だ。それでも日常生活で何か支障がないか、体調管理上で何か問題はないか、などをノートに書いて時々、保健室に持ってきてもらい問題点があれば学校に報告して改善しているのだ……これはニーナの発案だ。


 だが、この室伏という生徒には「謎に満ちた」一面がある。それが今の一連の行動だ。普段は穏やかな子でクラスの誰とでも仲が良く、生徒たちも移動教室に行くときにはさりげなく車いすを押して手伝ってあげたりして良い関係を築いている。

 ところが月に数日程度、このように誰とも関わらない日があるのだ。室伏自身が目に見えない「壁」をつくるため、他の生徒は彼女と一切口をきかず、車いすを押してやることもしない。例えドアやスロープで苦戦していても誰も助けない……完全「無視」だ。この状況を傍から見ると、まるで「イジメ」のようだ。


 このことは全ての教職員にも伝えられていて、このときは授業で絶対に彼女を指名してはいけない決まりになっている。話しかけるどころか目線も合わせてはいけないのだ。これはオレの中で「学校の七不思議」のひとつになっている……まぁ残りの6つが何なのかは説明できないが……。

 なので、今のオレとニーナの対応もそういう前提があってのことだ。


 それにしても、なぜこんな行動を取らなければならないんだろう? もうすぐ彼女も卒業、このまま何も知らずに見送るのも何かスッキリしない……理由くらい知りたいところだ。



 ※※※※※※※



 〝キーンコーンカーンコーン〟


 H組での授業が終わった。授業と言っても今までの復習で、ほとんど自習に近い消化試合のような内容だ。


「おーい、愛宕!」

「あ、何スか先生?」


 オレはクラス委員長の《愛宕(あたご) (あかり)》を呼び止めた。H組の生徒のことなら彼女に聞くのが一番手っ取り早い。たまたま同じ方向に用事があったので、一緒に廊下を歩きながら話をした。


「愛宕……もうすぐ卒業だよな?」

「え? 何スかいきなり改まって……そうっスけど」

「いや、実を言うとオレはオマエらが卒業する前にどぉ~しても気になることがあってだな……その、室伏の……」


「あ、あぁ~……」


 室伏の名前が出た瞬間、愛宕は全てを察したようだ。


「それは知らないままの方がいいんじゃないっスか? プライバシーに関わることっスよ! それに……()()()()の問題ですし……」


 愛宕の言うことは正論だ。だがしかし……えっ? 女子特有って……何なんだ?


「いや、オマエの言うことはわかるが……これは全教職員を巻き込んでいる問題だし、何か正当な理由があるのなら言ってもいいんじゃないのか? 卒業するんだからもう隠す必要もないだろう? それと……今、女子特有って言ってたが、オマエは理由を知っているのか?」


 愛宕は一瞬「しまった!」という顔をしたが、すぐにいつもの無表情に変わり


「さぁ……ま、先生がそこまで気になるっておっしゃるのなら本人に直接聞いてみたらどうっスか?」

「そ、そうだな……まぁ、知ったところで教師という職業柄、口外することはできないから問題ないだろう……じゃあ聞いてみるか」


 オレは室伏本人に直接聞いてみると決心し、愛宕と別れた。愛宕はすぐにスマホを取り出し、誰かに連絡を取っていた。



 ※※※※※※※



 オレは、ある「仮説」を立てていた。それは「室伏『二重人格』説」だ。


 実は過去、室伏が機嫌の良いときに「この行動」についてチョットだけ聞いたことがある。しかしこのときはアハハと笑ってはぐらかされてしまった。

 なので、もしかしたら今の「無視されることを望んでいる室伏」は、普段の室伏と「別人格」ではないかと推測した。二重人格の場合、別人格が登場するとそのときの記憶は元に戻ったときに覚えていない……と、何かの本で読んだ気がする。

 なのでこの「真実」は普段の室伏に聞いても意味がない。この「無視され」モードの室伏に聞かないと解決できないのだ。


 授業が終わり、帰りに連絡事項を告げると生徒たちは一斉に帰宅した。今日は登校日、部活もすでに引退した3年生は学校に残ってもやることがないので誰ひとり残ることなく帰っていった。

 そんな中、無視されている室伏だけ帰りが遅れていた。いつも車いすにカバンを掛けて帰るのだが背中のフックに引っ掛ける仕様なので、ひとりで掛けようとすると座ったまま後ろ向きになるから容易な作業ではない。いつもはクラスメイトが手伝って、みんなと一緒に帰るのだがこの日はひとり残って悪戦苦闘していた。でも今日は誰も手伝わないし、本人もそれを必要としていない。

 やっとの思いでカバンを掛け、帰ろうとしていた。もちろんオレの存在も無視しているので挨拶もなく、オレの前を無言で通過したとき……



「おい、室伏!」



 オレはついに禁忌を破ってしまった。室伏は、自分がまさか相手にされない、声を掛けられないだろうと油断していたので驚いて肩がビクッと上下に動いた。

 室伏はそのまま無視してハンドリム(車いすを手でこぐために使う部分)に手を掛けようとしたが、すぐに手を止めゆっくりこちらに振り向いた。


「……は……はぃ」


 室伏は小刻みに震えていて、怯えているようにも、オレに対して怒りを抑えているようにも見えた。いずれにせよ今、彼女はオレに対して良い印象は持っていないだろう……だが構わない。オレはこの何ともいえないモヤモヤした状況を、彼女が卒業する前に断ち切りたかったのだ!


「なぁ、前から聞きたかったんだが……何でオマエは毎月、こんなことをしているんだ? いつもクラスのみんなと仲が良いじゃないか!? 何でわざわざ自分が損するようなことをしているんだ?」


「……」


 室伏は答えようとはしなかった。


「で、思ったんだがオマエ……まさか別人格でもあるのか? これだけキャラが違うとオマエは、いつもの室伏とは別な人間のような気がするんだが……」

「いえ……違いますよ、私は二重人格じゃありませんよ」


 えっ、違うの? じゃあますますわからなくなってきた。


「じゃあ何でなんだ? このままオマエが卒業したらずっとモヤモヤしたままになってしまう。頼む! 教えてくれ! 学校の先生方まで巻き込んでいるんだ! 当然、正当な理由があるんだろう? そろそろ教えてもらってもいいんじゃないか? もちろん、これは生徒のプライバシーで守秘義務がある。誰にも口外しない!」


 すると室伏がその重い口をやっと開いた。



「実は私……もうすぐ生理なんです」



 ――え? それって何か関係あるのか? ってかしまったぁ! そのワードが出てくると男性教師は一気に聞きづらくなる……でも、何の関係が?


「先生は、PMSってご存知ですか?」

「まぁオレも、オマエたち女子を相手にしているから名前くらい聞いたことはあるよ。月経前症候群っていうヤツだろ?」

「そうです。私、結構生理が辛いので何もかもやる気がなくなって……その関係で誰とも会いたくない気分になってしまうんです」


 そういえば、()()のような状態になるって聞いたことがある……それでか?


「初めの頃は、みんなと距離を置くようにしていました……それを察してか、みんなも私を避けるようになりました。そして私は誰からも相手にされなくなって……完全に放置されるようになってしまったんです」


 そっそうか、それは辛いよな? 室伏が気の毒に思えてきた。


「……でも!」


 ――えっ……でも?




「それがだんだん……『快感』に変わってしまったんです」




 ――は?



「私……放置プレイが大好きになったんです! 私は周囲から、人でもない虫ケラでもない……完全に『石ころ』と同様に扱われるようになって……みんなが私に目を合わせない、車いすを誰も押してくれない、SNSに誰もいいねを押してくれない……この地球上から完全に見捨てられているという精神的な不安や苦痛が……あぁっ! 考えただけでもゾクゾクして……とっても気持ちが良いんですよぉ!!」


 え? ちょっと待って! オレは今、頭が混乱しているのだが……。


「おかげで……あれだけ辛い生理が今では待ち遠しくなってしまいました! 普段はあまり意識しないんですけど、生理が近付くと……あぁ、またあの絶望感、焦燥感、孤独感でゾクゾクワクワク……はぁ、はぁ……あぁ、たまんない」


「ちょっと待て! 最初の方でオレは思春期女子特有の悩みだと思い込んでいたのだが……何か話がだんだんと『性癖の暴露』になってきたような……ひょっとしてだが、オマエはもしかして【変態】か?」

「えぇ変態ですけど……何か?」

「ふっふざけんな! じゃあ何か? オレたちはオマエの性癖のために協力してたってことか!?」

「えぇーっ、だってぇ~! せっかくクラスのみんなが無視しているのに先生が相手してきたらそれだけで興ざめしちゃうじゃないですかぁ、台無しですよぉ~」


 何てことだ! この意味不明な「暗黙の了解」が実は生徒一個人の性的欲求を満たすためだったとは……。


「とっとにかく、そんな性癖は精神科に通ってでも治しなさい! オマエの将来のためにも」

「はぁ? 何でですか? 意味わかりません」

「それは……オマエが車いす生活をしている障がい者だからだ! オマエ、車いすを押してもらったりするのに健常者の介助が必要だろ? そんな、放置されることを望んでいるような生活を続けていたら介助もできないじゃないか……これからの人生、せめてオマエくらいはあのH組の生徒(ヘンタイども)とは違ったまともな生活を送れよ!」


 室伏は障がい者だ。ただでさえハンデがあるのだから世間から受け入れられる人間になってほしい……オレは彼女のためにそう思った。


「は? 何ですかソレ? 障がい者が変態じゃいけないんですか? 特殊な性癖を持ってはいけないんですか? それとも何ですか? 障がい者は清く正しく美しく品行方正に生きなければならない決まりでもあるんですか? 障がい者だって人間なんですよ! いろんな性格、いろんな考え方があったっていいじゃないですか? ひとつの型にはめるんですか? それこそ障がい者に対する偏見や差別だと思いますけど……。それに何ですか健常者の介助って? 別に私はハンデ持っているとは思っていません! それとも何ですか? 障がい者が完全に自立した生活を送ってはいけないんですか? ちなみに私、自分のことを障がい者だと思ってはいませんし、そもそも障がい者と健常者っていう区別も好きではありません!」


 うわぁ! 完璧な正論で論破されてしまった……ぐうの音も出ない。


「それと先生、まだ放置プレイの醍醐味をご理解していただけていませんよね?」

「そっそんなもん理解できるわけないだろ!」


「そうですか……じゃあ私と一緒に、放置される喜びを分かち合いましょう!」


「え!?」


 すると何やら背後から気配が……そして、


 〝バチバチバチバチッ!!〟


(いて)ぇー!!」


 突然の痛みが! 何だ、何か電気的な……スタンガン? 愛宕か? いや、これは愛宕のとは比べ物にならないくらい強力だ……あ、やべぇ……だんだ……ん……意識……が……遠……の…………い…………



 ※※※※※※※



「んっ……?」


 どうやらオレは意識を失っていたようだ。何か最近よく気絶する……いや、気絶させられるような気がする。


 ん? オレは車に乗せられているのか? しかも……クソッ! 身動きが取れない! 目隠しと猿ぐつわまでされて、体中を縛られているようだ……この食い込み方は亀甲縛りだな? もう何回も縛られているので見えなくてもだいたい感覚でわかる、これは《グリーンヒル (ゆう)》の仕業に違いない。


「良かったっスねマヨたん(室伏 迷)、念願がかなって」


 この声は……愛宕だ! 何だ、「念願」って?


「はい、うれしいです! これをやるのがずっと夢だったんで……」


 隣から声が聞こえる……室伏は隣に座っているのか?


「あーでもマヨたん~かんにんなぁ、目隠しまでしてもろうて……」

「いえ、私もどこに連れていかれるのか……楽しみです」


 何だ《鍛冶屋坂(かじやざか) (えみ)》もいるのか? にしても何だよ「連れていかれる」って? 完全に誘拐じゃねーか、犯罪だよ!


 コイツらが何を企んでいるのかわからないが、これで役者はそろって……いや、もう1人いる!



 ――誰が車を運転しているんだ?



 3学期に入り3年生は休みが増えたため、この機会に運転免許を取得する生徒は何名かいる。だが、まだこの時期は教習中で実際に免許を取得している生徒は誰もいないハズだ。

 それに、この運転は手慣れている。初心者のぎこちない運転ではない。これは生徒ではなく、間違いなく大人だろう……一体、誰だ?


 もうひとつ疑問がある。あのスタンガンだ! 愛宕が持ち歩いているのはペンタイプの出力が弱いタイプで、一瞬相手を怯ませる程度の物だ。だがさっきオレに当ててきたのは気絶するほど強力だった。じゃあ愛宕じゃないってことか? それとも愛宕はそんな危険な物も持ち歩いているということか?



 ※※※※※※※



 1時間ほど経っただろうか……車のエンジン音が止まった。


「みんなー、着いたっスよー!」


 愛宕の声が聞こえた。運転手の声は結局、最後まで聞けずじまいだった。


「マヨた~ん、おつかれちゃ~ん! どや、ええやろここ」

「うわぁーすごい! 孤独感が増してきましたぁ……あぁっ、興奮します!」


 どうやら室伏は、鍛冶屋坂に目隠しを外されて外を見回しているようだ。孤独感って……どこにいるんだよ? オレはまだ、目隠しされ縛られたまま車のシートに座らされている。


「若彦先生どないする?」

「うーん……今、目隠し外すと誰がやったのかバレるっスから……」


 いやわかるよ、愛宕と鍛冶屋坂だろうが! あともうひとりは……誰だ?


「とりあえず猿ぐつわだけ外すっス」


 と愛宕が言うと右側のドアが開き、オレの猿ぐつわが外された。


「おい愛宕! ふざけんな! これは一体どういうつもりだ!?」

「え? 何で私だってバレたっスか?」

「声でわかるわ! もうひとりは鍛冶屋坂だろ!? オマエら、こんな犯罪まがいのことをして……あとで覚えてろよ!」

「なんや、バレてもーたか? なら説明するで! 今からセンセェには卒業試験にチャレンジしてもらうでぇ」

「何だよ! 卒業試験って?」

「先生がH組の生徒に対して愛情があるかどうかっス!」

「は? 意味わからん」

「まぁまぁ! とりま、試験開始までセンセェにはもう一休みしてもらうでぇ!」


 すると、オレの左わき腹あたりで


 〝バチバチバチバチッ!!〟


 うっ、また強烈な痛みだ! スタンガンか? オレはたまらず、車から這いずり出ようとした。すると……


「センセェ! ほな、バイナラ!」


 〝バッチーン!!〟


 どうやら鍛冶屋坂の特製ハリセンで叩かれたようだ……そのまま、気絶した。



 ※※※※※※※



「……んせい! 先生!」

「んっ……んあぁ……あ、オレ一体何を?」


 オレはしばらく気を失っていたようだ。気が付くと、目隠しと亀甲縛りで縛られていたロープは外され、車いすに座った室伏の膝の上に頭をのせていたようだ。


「あっ! あぁすまん室伏」

「いえ……ごちそうさまでした」

「え?」


 オレはゆっくり起き上がると、四方を見渡した。


 山!


 山!


 山!


 草原……


 周囲には道路が1本あるが、人工的な建造物も、愛宕たちの姿もなかった。室伏と2人きりだった。




 ここ……一体どこだよぉーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!




「おっおい室伏! ここは一体どこだ!? オレたちは何でここにいるんだ?」

「さぁ……私もここはどこなのかわかりません、目隠しをされていましたから」

「おい室伏! 誰もいないぞ! 車も愛宕たちもいない……どうすんだ?」

「はぁぁぁぁ……最っ高です!」

「はぁ?」


 よく見ると室伏の顔は、教室で見た機嫌の悪そうな表情ではなく、いつもの穏やかな表情に戻っていた。いや、どちらかと言えば恍惚の表情に近い。


「これぞ……これぞ究極の『放置プレイ』ですよ! 最っ高ですぅぅぅ!」

「はぁ? 何だって!?」

「先生! 私、先生と2人きりで放置されるのが夢だったんです。先生、さっき教室で、私には介助が必要っておっしゃっていましたよね? じゃあせっかくですからお言葉に甘えて、私のことを看てくださいね!」

「えっ、たっ確かに言ったけど……えぇっ?」

「とりあえず車いす押してください。それとトイレに入ったときにお手伝いしてくださいね……あと、もうすぐ生理が来そうなのでナプキンの交換もよろしくお願いしまーす!」

「ふっふざけんな! 最初の車いす押すのはやるけど、それ以外は自分でやれよ」

「え~何でですかぁ? さっき先生、介助が必要だろって言ってたじゃないですかぁ~。あっもちろん私だけ一方的に介助してもらうことはしませんよ! 私も先生のためにお手伝いしてあげますから」

「おっおいそのハンドサインはやめろー!」


 室伏はリレーでバトンを渡すような手の形を作り、それを前後させていた。


「それにしても……ここはどこなんだ? あっ! そうだスマホ……」


 オレはポケットからスマホを取り出した。地図アプリを使えば現在位置がわかるはずなのだが……。


「あ゛……」



 スマホ画面の左上には非情にも『圏外』の文字が……。



「さぁ先生……外はすっかり暗くなってきました! 一緒に放置された絶望感、焦燥感、孤独感を楽しみましょう!」



 たっ……



 助けてくれーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!





 結局、スマホの電波が届く位置まで2時間以上、室伏の車いすを押しながら歩き続け、聞いたこともない田舎の駅に着いて終電にギリギリ間に合った。



 足……メチャクチャ(いて)ぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!

・・・・・・・・・・・・。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ