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【出席番号32番】日野春 紫(ひのはる ゆかり)


「先生! 私を捕食してください」


【苦手な方はムシしてください】

 

「「あけましておめでとうございまーす!」」


「……」


 オマエら昨夜、人ん家でカウントダウンパーティーしてたよな? 今さら明けましても何もないだろうが……。

 年明け早々、アパートの部屋の玄関先にH組の生徒が3人も押しかけてきたせいで虫の居所が悪い……こいつらヒマか?


「……何しに来たんだよ?」


「あ、なんやその辛辣な態度は!? どうせ正月は実家にも帰らへん友達とも会わへん彼女もおらん寂しくて哀れで惨めな正月を過ごしてるに違いない童貞のセンセェをみんなで面白半分に見にきただけやでー」

「辛辣なのはオマエだよ鍛冶屋坂……オレを殺す気か? 言われるまでそんな自覚なかったわ……ていうか有ること無いこと勝手に決めつけて想像するな!」

「なんやて? そないなこと言うなら有ることと無いことをひとつずつ順番に確認させてもらおうか?」

「ノーコメント! だから帰……」

「上がるでぇ!」

「あっこら!」

「ごめんやしておくれやしてごめんやっしゃー」


 〝ドタッ!〟


 また鍛冶屋坂が吉●新喜劇のネタでボケた。前回はクラス全員コケたのでオレも一応やっておこう。


「あっ、お邪魔します」

「おっ……お邪魔し……ます」


 残り2名はスルーして上がっていった……やらへんのかーい!


「あれっセンセェ、()()()()せぇへんなぁ? その代わり何か臭うでー?」


 去年のクリスマスイブ、《羽根戸(はねど) (まかな)》にクラス全員分の使用済みナプキンを渡されたせいで、大晦日まで臭いが取れなかったのだが……


「あぁ、オマエらがここで年越しそば食った臭いが上書きされたんだよ!」


 おまけに《扇崎(おおぎざき) (まな)》が汚い食べ方をしたので、カーペットに蕎麦つゆが染みついてしまった。しかもアイツら、ロクに片付けもせず蜘蛛の子を散らすように帰っていきやがった。そういえばあれ以来、オレの部屋「211号室」と結婚したと言い張っていた生徒の《火打石(ひうちいし) (きずき)》は来ていない。帰そうとしたとき「何で新婚夫婦を引き離そうとするんですか!?」と蜂の巣をつついたような大騒ぎになってしまったのだが……何なんだ一体?



 ※※※※※※※



「で、オマエら今日は何しに……っていうか珍しい組み合わせだな?」

「そぉーそぉっ! 本当は今日、()()()()()()()()()()の2人だけで来たかったらしいんやけど、この2人ってカワイくて非力やんか? 欲求不満オオカミ童貞のセンセェに襲われんよう、こうして絶対に襲われないウチがボディーガードとして付いてきて……って誰が()()()やーっ!?」


 勝手にボケツッコミをかましている五月蠅い(うるさい)生徒は《鍛冶屋坂(かじやざか) (えみ)》。卒業後は進学せず、お笑い芸人を目指して芸能事務所の養成所に入るそうだ。あと、誰が欲求不満オオカミ童貞だ!? オマエも含めて誰も襲わねーよ!


「まぁ心配するな安パイ! 『(たで)食う虫も好き好き』っていうことわざもある」

「なんやソレ! どういう意味やゴルァ!?」


 鍛冶屋坂は腹の虫がおさまらないようだ。でもコイツからわざわざネタを振ってきたのだから飛んで火にいる夏の虫だ。こっちだって少しはやり返しておかないとな……一寸の虫にも五分の魂だよ。


 で、鍛冶屋坂以外の2人というのが、ニコちゃんこと《金井(かない) (にこ)》と、むーちゃんこと《日野春(ひのはる) (ゆかり)》の2名だ。今日は着物を着ているので学校で会うときと雰囲気が違う……あぁそういえば鍛冶屋坂も着ているなぁ。

 虫も殺さないような大人しい顔をした2人、中学生くらいの見た目で、血縁関係はないのだが双子のようにそっくりだ。着物の色が違っていなければ見間違えるほどだ。性格は日野春の方が、どちらかといえば引っ込み思案なところがある。


 ――よりによって来たのがこの2人かよ……正直コイツらは虫が好かない。


 彼女たちはウチの学校で2人しかいない『生物部(現在は休部)』の元部員だ。なのでオレはコイツらとは距離を置きたい……なぜなら、


 ――オレは『虫』が大大大嫌いだからだ!!


 生物部元部長の金井は、カタツムリやナメクジなどの陸上に棲む貝類が好きな生徒だ。以前コイツには、カタツムリをオレの身体に這わされたり、ナメクジを顔面に浴びせられたりと散々な目に遭っている。


「そっ、そういえば金井……あのカタツムリは?」

「あぁ、ワカヒコちゃんですか?」


 金井は目を輝かせてそう言うと、バッグの中からひざ掛けのような小さな毛布で包まれた小さい飼育ケースを取り出した。


「今日、お留守番させたら寒くてかわいそうなので連れてきました!」

「うげっ! 連れてきたのかよ!」


 金井はカタツムリをペットにしている。しかもオレと同じ「ワカヒコ」という名前を付けているのだ。うわぁ、コイツ連れてきたのかよオレの家に……やだなぁ。


「え? でもそいつって冬眠とかしないのか?」

「自然界ではしますよ! でもちゃんと温度管理をしている飼育下では冬眠させる必要がないんです。むしろ冬眠させるとそのまま死亡するリスクがあるので冬眠させない方が安心です」


 相変わらずデカくて元気なカタツムリだ。テーブルの上に置いた衝撃でも体を引っ込めることはなく、飼育ケースの中を元気に這いずり回っている。


「あーこれがワカヒコかぁー……ホンマや、常に角(触角)が()ちっぱなしやん! さすがヘンタイ童貞の若彦に名前負けしとらんわぁー!」

「おい、どういう意味だ鍛冶屋坂!?」

「あ、むーちゃんは何か連れてきてへんの?」

「わ……私は……その……オオクワガタは越冬させているので……冬の間、成虫で飼育している子はいません。カブト虫も幼虫ですし……」


 一方、蚊の鳴くような声で話しているのは生物部元副部長の日野春だ。彼女は昆虫が好きらしい。金井の話では日野春は、カブト虫やクワガタだけではなくチョウチョやバッタ、カマキリなど飼育可能な昆虫なら何でも飼っているらしい。以前、カタツムリの天敵であるマイマイカブリとかいう虫を飼おうとしたときには、さすがに金井とケンカになってしまったそうだ。

 オレはカタツムリやナメクジも嫌いだが、昆虫やクモやダンゴムシといった脚がいっぱいある虫はもっと嫌いだ……普通、体を起こさずに歩くのなら脚は4本あれば十分だろう? あのたくさんの脚を動かしている姿を見ると虫唾が走る。それに目の前を飛ぶのも嫌いだ! 特に蛾やゴキブリや羽虫! アイツらは何でわざわざ顔に向かって飛んでくるんだ?


 なのでオレがH組の中で最も距離を置きたい生徒……それが日野春だ。だが今回は虫を連れてきていないらしい……少しほっとしたが、何か少し引っ掛かる。



 ※※※※※※※



「で、オマエら今日は何しに来たんだよ」


 すると金井が


「あっそうそう! 今日は先生のためにいい物を持ってきたんですよ!」

「え? 何だよ」


「「おせち料理です」」


 見た目が双子の金井と日野春が声を揃えて言った。金井が風呂敷をほどくと、中から重箱が顔をのぞかせた。


「おせち料理?」

「はい、笑ちゃんが先生の所へ持って行くならおせち料理がいいと……」

「そや、家族も友達も彼女もいない寂しい独身童貞野郎が正月らしいことなんか何もせぇへんやろから、この美女3人が着物着ておせちでも持って行って、独身童貞野郎に正月気分でも味わってもらおうって魂胆やでー」

「さっきから童貞童貞って五月蠅いぞ鍛冶屋坂!」


「まぁまぁ、せっかく()()()んですから……どうぞ食べてください」


 ――え?


「ちょっと待て金井! 今、作ったって言ったよな?」

「はい、私たちの()()()()()()ですが何か?」


「てっ……手作り?」

「あ、ウチは作ってへんでぇ!」

「いやそれはわかる……鍛冶屋坂にはムリだ」

「何やと!」

「私とむーちゃんの手作りですよ」


 それはそれで悪い話だ。金井と日野春の手作りおせちだと? そうか、さっきから何か引っ掛かっていたのは虫の知らせだったのか?


「あ、それ持って帰ってくれ」

「えぇっ! 何でですか!?」


 重箱の蓋を開けようとした金井が声を上げた。蓋を開ける寸前でよかった。


「どうせ虫が入っているんだろう?」


 見なくてもわかる……金井は以前、生物準備室で食用にするためのナメクジを飼っていた。きっと日野春も同じだろう。



「え? おせちって昆虫やナメクジ以外に何の食材を使うんですか?」



 正解だったぁー! やっぱ虫入っているんじゃねぇかぁ!!


「世間一般は昆虫やナメクジ()()()食材を使うんだよ!!」


 やっぱコイツらは頭がおかしい。


「それじゃ、ニコちゃんとむーちゃんがこしらえたおせち料理……オープン!」

「こらっ鍛冶屋坂! 蓋を開けるな!」

「箱の中身は何だろなっ♪」

「虫だよ!」


 願いむなしく鍛冶屋坂が蓋を開けた。


「うわぁ!」


 重箱の中は想像をはるかに超える惨状……虫のオンパレードだ。


「こんなもん食えるか! 1秒でも早く持って帰れー!!」


 すると、今まで黙っていた日野春のすすり泣く声が聞こえた。


「せっ……先生ひどい……グスッ、せっかく買ったのに……」

「え?」

「今は冬で……虫さんが手に入らないから……グスッ、食材は市販品だけで作ったんですよ……せっかく大好きな先生のために作ったのに……」


 いや市販品だろうが採集したものだろうが虫は虫だ。


「あーセンセェ、むーちゃん泣かしたあーっ! こりゃH組全員に一斉送信やな」

「おいちょっと待て鍛冶屋坂!」

「待たへんで! こんな悪人童貞教師、H組の敵や! ついでに粟津まにのこともH組に……」

「え? 笑ちゃん、それはもう全員知ってるでしょ?」

「おい金井! それマジか?」

「だって……先生の家にお邪魔した時点で参考資料(百合関連)の本棚はみんな見ているし、先生のPCのログインパスワードも知っているし……最新作はミサミサをモチーフにしているでしょ? 彼女、『きゃー! いやぁああっ!』って絶叫した後、トイレにこもって()()してましたよ」


 ミサミサとは《榧ノ木(かやのき) (みさお)》のことだが……オレのプライバシーはないのか!? ってか人ん家のトイレで何してんだよ榧ノ木は? そういやあの騒々しかった大晦日に一度だけマンドレイクの絶叫が聞こえたが……それだったのか!


「……うっ、グスッ、うぇえええん」


 日野春はまだ泣いたままだ。困ったなぁ、どうにかしないと……


「お、おい日野春……」

「まっまだ私……グスッ、粟津まにの小説に出ていないよ……うぇええん!」


 ――そっちかーい!!


「大丈夫よむーちゃん、次回作は私たち2人をモチーフにするって」


 ――勝手に決めるな金井―! でも……実は正解だー!!


「そういえばセンセェ! まだウチ主役になってへん!」


 ――話をややこしくするな鍛冶屋坂ー!!


「何でその話になってんだよ……だが勘弁してくれ日野春、いくら教え子の好意でも受け取れるものと受け取れないものがあるんだよ」


 すると日野春が


「でも……ここに来る前に……グスッ、御坂先生にも同じ物を持っていったら……先生、喜んで食べてくれましたよ」



 ――ちょっと待った!



「い……今、何と?」


「御坂先生は……全種類食べてくれました」



 ――何だってぇええええ!?


 H組副担任の《御坂(みさか) 月美(つきみ)》先生……オレの憧れの人だが、まさか生物部の虫入りおせち料理を食ったというのか?


「金井、そ……それ、本当か?」

「本当ですよ、御坂先生は喜んで食べてましたよ……で、私が『これが食べられない男と付き合えますか?』って聞いたら一言『ムリ』って答えていましたよ」

「マジか? かっ鍛冶屋坂……間違いないのか?」

「ホンマやで! 御坂センセェ、がま……喜んで食べてたで!」


 ――オマエ今、「がまんして」って言いかけなかったか?


「それと『ムリ』って言ってたのもホンマやで! そんな弱虫童貞野郎、御坂センセェから嫌われるで! ついでにH組からも嫌われるで! 更に粟津まにの正体をSNSに拡散するで!」


 何でそうなる!? だがこれはマズい、オレがコレを食べないと、御坂先生の信用と社会からの信頼を一気に失ってしまう……虻蜂取らずだ! まぁH組(ヘンタイ)の信用なんか失っても構わないが……。


「わかった……く……食うよ」


 仕方ない、ここは我慢して食べて威信を守るしか方法が……小の虫を殺して大の虫を助けよう。



 ※※※※※※※



「じゃあ先生、お好きなものから召し上がれ♪」


 ――どれも好きじゃない!


 重箱はコンパクトなサイズの二段重ねだ。まずは一の重、すでに虫っぽいものが見えている。


「こっこれ食べるのオレだけか?」

「え? まぁみんなで食べた方が楽しいですからね、よろしければ私たちもいただきます」


 ――うん、全然よろしい! 何なら全部食ってくれ!


「鍛冶屋坂も食べるよな?」

「えっ? ウチ、虫アレルギーやで!? 食べたいけど食えへんねん! いや~残念やなぁ、せっかくの手料理だってのに……あ~残念」

「あぁー! きったねー!! オマエそうきやがったか!?」

「何やセンセェ、ウチのことをアナフィラキシーショックで死なせたいんか? パワハラや! ついでにセクハラやーっ!!」


 獅子身中の虫……裏切り者が1名。コイツ、今からでも単位落とせるなら落としてやりてぇー!


 一の重には田作り……に見える虫がいる! これはわかる……イナゴの佃煮だ! まずこれは避けよう。他には伊達巻や蒲鉾……これは普通っぽいが、何で上にいちいちイモムシみたいなものがトッピングされているんだよ?

 バレないようにトッピングをさりげなく箸でどけて伊達巻から食べよう。何か少し黒っぽいな……ん? なんだろう……エビが入っているような味がする。


「先生、美味しいですか? それ、コオロギパウダーが入っているんですよ」


 〝ブーッ!!〟


 混ぜこんでいやがったのか? 上にトッピングされていたものだけじゃなかったんだ……ってことはこの蒲鉾も少し黒っぽく見えるがまさか……


「蒲鉾にも入っています……裏ごしが大変でしたよぉ!」


 うげぇ! これもかぃ!? でもまぁ、エビの風味だと思えば食べられなくもないが……できれば正体を知りたくなかった。


「先生、他のも食べてみてください」


 日野春は上機嫌になった。一方オレはすでにテンションだだ下がりで、蛞蝓に塩をかけたような状態だ。とりあえず何か食べられそうなもの……おっ、黒豆があるな……んっ何だ? しま模様があるが……。


「あ、それ蚕のサナギですよ!」


 〝ブブーッ!!〟


 噛んだ瞬間、ブニュッとした感覚が口の中に響いた。きっ……気持ち悪い! ただ、意外にも味はそこまで悪くはなかった。

 なっ何か他に……おぉ! きんとんがある。豆きんとんか? 何か怪しいが白いからサナギとかじゃなさそうだ!


「オオスズメバチの蜂の子を使ったきんとんです」


 〝ブブブーッ!!〟


 やっぱりダメだ! も、もう限界。思わず田作り……に似せたイナゴの佃煮を無意識に食べていた。


 ――うん、エビや小魚だと思えば……蜂の子やサナギ食うよりマシだ。


「先生、ニの重も食べてください」


 いや、この重が一番ヤバいんじゃないのか? すでに正体がバレバレの物が2品ほどある。ひとつは……サソリだ! たぶんエビの代わりだろうが……エビ食わせろ。もうひとつは……何だこれ? 見たこともない虫だが……かなり大きい。


「タガメですよ、外側は食べにくいので中身を食べてみてください」

「たっ……タガメ? なんじゃそれ」

「ご存じないんですか? 田んぼに生息している水生昆虫です。東南アジアでは高級食材なんですよ! ただ、日本にいるタガメは絶滅危惧種ですから……もし田んぼで見つけても食べないでくださいね」

「食わねーよ」


 さすがに……この昆虫の形そのまんまは……ムリだな。


「おい……これ本当に御坂先生は食べたのか?」

「ええ食べましたよ、洋梨のような味だっておっしゃっていました。まぁ正直、現地で食べるよりはフルーティーさは失われていますけど……」


 ――ホントかよ? 虫なのにフルーティーって……。


「先生、ちゃんと中身が食べられやすいように割ってありますから……そのままガブッといっちゃってください!」


 普段物静かであまりしゃべらない日野春が饒舌になっている。仕方ない、御坂先生も食べたのにオレがビビっていたら男じゃないよな。日野春に言われた通り、このタガメとかいう虫をつまんで(正直この行為もイヤだ)口元に持ってきて……うぅっ……勇気を出して咥えてみた。

 うげっ、今のオレの顔はまさしく「苦虫を噛み潰したような顔」になっていると思う。どうやらこの卵のようなものを食べるといいらしいが……ん、まぁ思ったほどではないが確かにフルーツっぽい香りはする。でも塩味の方が勝っているかな?


 オレが虫を噛むことに集中していると……うわっ! いつの間にか目の前に日野春がいた。オレの顔をじーっと見つめながら呼吸が荒くなっている……まさか?


「ハァ、ハァ……先生、その顔です! まさに捕食シーンですよ! わっ私、昆虫を食べる……捕食シーンを見るのが大好きなんです。カマキリやトンボが他の虫を大きなアゴを使ってカリカリ食べるシーンを見ると、自分も一緒に食べられたいって思うんですよ! だっだから、先生がそうやってタガメを食べてるシーンを見ると……わっ私もタガメになって先生に……食べられてみたいです……あぁっ」


「オマエ……さては【変態】だな?」


「えぇっ? 違いますよ! 私は生まれてからずっとこの姿のままですよ、『不完全変態』でーす! そんなぁー、私がいくら昆虫好きだからって、卵から生まれたり幼虫やサナギになったりしませんよぉ!」


 ――いやそっちの変態じゃない……まぁある意味『完全変態』だが。


 そういえば、さっき虫アレルギーとか言ってうまいこと逃げやがった鍛冶屋坂は……なんだコイツ、ひとりでスナック菓子をポリポリ食ってやがる。


「鍛冶屋坂、さっきから何を食ってるんだ?」

「あぁコレ? コオロギ煎餅っていうんやて! むーちゃんからもらったんやけど……えびせんみたいな味でなかなかいけるで」

「おい、オマエさっき虫アレルギーとか何か言ってなかったか?」

「え? コオロギってエリンギの仲間のキノコやないんか?」


 コッ……コイツ! 都合のいいことばかり言いやがって……虫のいいヤツだ。


「さぁ先生、まだまだありますから……どうぞ」


 一方、日野春と金井は、この「虫おせち」をパクパクと美味そうに食べている。


「むーちゃん、このタガメ美味しいね」

「えー、ニコちゃんが作ったなますも美味しいわよ」


 あ、そういえばなますがあったな……金井が作ったのか。これは普通に大根と人参だな……ん? 大根以外に何か入っているな……コリコリとした食感だが……何だコレ? ナマコか?


「あっ、ナメクジですよそれ」


 〝ブブブブーッ!!〟


 ――ここにきてとんでもない敵キャラが現れたー!


 確か日野春が用意した食材(むし)は全て市販品だと言ってたハズだよな? 内容はどうであれ、食べることを前提にしたものだが……。


「おい金井、これって食べていいヤツなのか?」

「あっ寄生虫の心配ですか? 大丈夫ですよ! この子たちは生物部で何代も繁殖させている養殖モノです。もちろん十分に加熱していますし……ちなみに先生の顔にパックしたのもこの子たちですよ」


 ――うわっ! オレの顔に集団ダイブしたのコイツらか!?


 もう他にまともなのはないのか? あ、昆布巻きがあった! これなら大丈夫だろう。中に何か入っているな? 身欠きニシンか? ごぼうか?


「あっ、中に入っているのはバンブーワーム(竹虫の幼虫)です」


 〝ブブブブブーッ!!〟


 ――たっ助けてくれぇえええ!!


 あれ? まだ蓋を開けていないさっきとは違う重箱がある。あれは何だ?


「おい日野春、そこにある蓋が開いていない重箱は何だ?」

「え……あぁ! ごめんなさい、これは神饌(しんせん)です。本当は先にこれを神棚にお供えしなきゃいけないのに……先生、神棚はありますか?」


 神饌? 神饌と言ったら普通は鯛だろ……何だ、ちゃんと魚もあるじゃないか!


「おい、それを食わせろ」

「ダメですよ、これは神棚にお供えする物で……」

「家に神棚なんてねーよ! さっきから人の弱みに付け込んで虫ばかり食べさせられて泣きっ面に蜂だ。もう我慢できない! それは神饌ってことは鯛だよな? オレは魚が食いたいんだよ! それを食わせろー!」


 半ギレ状態のオレは、嫌がる日野春から重箱を取り上げ、すぐに蓋を開けた。すると、オレは重箱の中にあった食材と目が合った。そして……


 その目を見た瞬間……オレは意識を失った……虫の息だ。


 以降は意識を失う前にかすかに聞こえた3人の会話だ。


「うわっ! 何やコレ?」

「え? ()()()()()()ですけど……」

「なんや、鯛やないんか?」

「えぇ、八って末広がりで縁起がいいかなって思って脚が8本の蜘蛛を……」

「ねっ! それでいつもより大きめのヤツ用意したんだよねー」

「で、ソレ食えるんか?」

「もちろん、美味しいですよ」

「あら? 先生寝ちゃいましたね? あんなに食べたがっていたのに……」

「そやなー! じゃあ今のうちに口ん中へブチ込んだろか(笑)」



 数分後……オレは目を覚ましたと同時に再び気を失った。


みなさん……おいしかったですか? 次回もムシしないで読んでくださいね!


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