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【出席番号31番】火打石 築(ひうちいし きずき)


「211号室さん……新年は一緒に迎えましょうね」


「先生、相談したいことがあります。ちょっと悩むことがあって……」


 2学期の終業式も終わり、明日から冬休みというこの日、オレはある生徒から相談を持ち掛けられた。

 生徒の名前は《火打石(ひうちいし) (きずき)》。建築物……その中でも特に東京タワーなどの鉄塔が大好きで、東京タワーの設計をした建築家の内藤多仲を崇拝し、全国のタワーを巡り歩くのが趣味……というちょっと変わった子だ。


「え……あぁ、いいよ。じゃあ生徒指導室か進路相談室を取っておくよ」


 この生徒はすでに、学園(ウチ)の大学の短期大学部への進学が決まっている。なのにこんな時期に深刻な顔をして悩み相談とは……一体なんだ?



 ※※※※※※※



 終業式の後のホームルームも終わった。生徒たちは明日から高校生活最後の冬休みを過ごすことになる。


「先生、よいお年を」

「おう、よい年を!」

「若彦ー! よい年をー!」

「いやオマエとはまだ会うだろ宇の岬」

「あーそーだよ補講だよ! じゃーな!!」


 ていうか3年の冬休みに単位足りず補講って……マジでアイツ卒業大丈夫か?


 生徒はほぼ全員帰った。午後からは普通に仕事だが……その前にやらなければならないことがある。


「先生……」

「おう火打石、生徒指導室取っておいた。じゃあ行くか」


 昼休み、学食は営業終了していたが購買は開いていたので、2人でパンと飲み物を買って生徒指導室に入った。


「で、何だオレに相談って……?」


 高校3年のこの季節、いろいろ悩みごともあるかもしれない……いや、これからもっと増えていくだろう。進路に対する不安、卒業に対する不安、友人関係に対する不安……環境が大きく変わっていき、今まで均衡を保っていたモノが崩れることにより、得も言われぬ不安を掻き立てられていくことだろう。


「あ……あの、せ……先生」

「んっどうした? 何か不安でもあるのか?」


「それ……私のメロンパンなんですけど」

「え? ああっ!」


 不安を掻き立てたのはオレだった。


「先生の豆大福パンはこっちです……まぁこれも嫌いじゃないですけど」

「すっ……すまん」

「先生、これを間違えるなんて相当お疲れのようですね?」


 あぁ、確かに疲れているよ。今年に入ってからオマエらH組の連中が次々と変態カミングアウトして暴走しているわ、オレが学園に内緒で活動している(百合)ラノベ作家「粟津まに」だということがH組の連中に次々とバレ始めているわ、おまけにオレと同じ(百合)ラノベ作家「良坊種夢(よしぼうたねむ)」などという商売敵(たぶん正体は産休代替教員の雁坂良夢(かりさからむ))が現れるわ……散々な1年だったわ! で、とどめの一撃は先日、H組の《羽根戸(はねど) (まかな)》が()()()()()分の「使用済みナプキン」をオレのアパートにぶちまけられるわ……未だに臭いが取れねーぞ! そうか……ってことは火打石(コイツ)も共犯じゃねーか!


「まぁオレのことはいいとして……何だよ、相談って?」

「ええっと……担任の先生が私のメロンパンを食べてしまって……」

「おい、それは冗談だよな?」

「もちろん冗談です」


 コイツ……冗談言う余裕があるってことは大した悩み相談じゃねぇな?



「実は……好きな人がいるんです」



 ――え? ここにきて恋愛相談かよ?


「あ……あぁ、そうなんだ」


 先日、羽根戸から「H組に彼氏持ちはいない」と言われていたが……やっと変態じゃない普通(ノーマル)の人間が出てきたか! まぁ卒業まで実質2か月ちょっと……進路も決まっているし、特にトラブルさえ起こさなければ恋愛は自由だろう。

 火打石はウチの学園の短大で、インテリアデザインのコースに進学する。将来は家具のデザイナーを目指すそうだが、いずれは建築士の資格を取って家や施設の設計をしたいらしい。


「いいんじゃない? ところで、その相手とはもう付き合っているのか?」


 オレがそう言うと、火打石は顔を赤らめながら


「いえ……その……まだ、片……思……いの……段階でして」


 何だまだ付き合っていないのか……え? まさかオレに付き合うための指南をしろと言うつもりじゃ? おいおい、オレにそんなことができる器用さがあれば、すでにH組副担任の《御坂(みさか) 月美(つきみ)》先生とお付き合いしているわぃ!


「片思い? それでオレに何をしろと? 彼を振り向かせる方法とかか?」

「いえ、先生に『お許し』をいただきたくて……私、その人とけっ……結婚を考えています!」


 ――はぁ!?


 それって「娘さんをボクにください」ってヤツか? ってオレには娘いないし妹もいないからお許しも何もないが……っていうか火打石(オマエ)は女だし、そもそも片思いなのに結婚を考えているって考えが突飛しているし、いろいろおかしなことが多すぎる……何なんだ?


「ちょっと待て……いったん整理しよう。その相手って一体何者なんだ? 社会人か? 他校の生徒か? それとも同性か? それだけでも教えてくれ」

「あー、()()も名前もわかりませんが……住所ならわかります」

「え?」


 名前知らないのに住所知ってるって……ストーカーか? ってか業者って何だ?


「住所は、○○市●●町△△-△、シャトー虻野丸211号室……」

「なーんだ、オレの住むアパートと一緒じゃ……っておいっ! それってオレの住所じゃねぇか!?」


「えぇそうです! 先生の部屋、『211号室()()』です」


 何だコイツ……ははーん、H組の連中は3年になってからオレに好きとか言い寄ってくるヤツが多いが、コイツもその1人か? 相談とか言っておきながら最終的には結婚の約束かよ? まわりくどいことしてきやがるな。


「オマエさぁ、そんな変化球使ってきていきなり結婚を迫ってきたところで、オレは女子高生に興味ないし年下にも興味ない! もちろん()()()()()()なんて1()()もありえないぞ」


 すると火打石があっけにとられた顔をしながら言った。


「は? 先生、何言ってるんですか? 私が先生と結婚? はぁ? ありえないんですけど!? うわうわうわっ! 信じられない! 私、先生と結婚なんて1()()()()も考えてないんですけどー! 先生、自意識過剰ですよね? ナルシストですか? マジキモいんですけど……」


 うわっ、何でこの状況で完膚なきまでにディスられなきゃならないんだぁ!?


「いやだってオマエ! さっきオレの住所を言ってオレに()()()って……じゃあオレじゃなかったら、オレが誰に対して結婚の許可をするっていうんだよ?」


 オレがそう力説すると、火打石はため息まじりにこう言った。




「先生……先生は『対物性愛』という言葉をご存知ですか?」




「え? 対物……な、何?」

「ご存じないようでしたら質問を変えます! 先生は、エッフェル塔と結婚した女性の話を知っていますか?」


 あ、それならだいぶ前にテレビで見たことがある。他にもベルリンの壁などのように人間や動物などではない無生物、つまり建物や乗り物などを(性的に)好きになるというヤツだ。

 オレに言わせれば最も理解不能な【変態】のひとつだが……まぁ、誰かに迷惑がかかるワケではないので特にこれといった感想はない。


「私、()()()()が好きなんです。で、その建物というのが……」


 ――え? ちょっと待て! その状況でオレに『許可』ってまさか……?



「私は……先生の住むアパートの部屋、『211号室さん』が好きなんです!」



「はぁ? どういう意味だ?」

「先生……私、この間H組のみんなと一緒に先生のお宅に伺いましたよね? そのとき『211号室さん』に一目惚れをしまして……部屋の間取り、壁紙の色、方角に対する窓の配置、耐震構造……どれをとっても私の理想だったんです!」


 そういえば……11月に期末テストの勉強会とか言って、H組の何人かがウチに押し掛けてきたことあったな……っていうかゴメン、今の理想とかいう話……オレにはさっぱり理解できない。


「なので……冬休みの間に、先生のお宅へ()()()ご挨拶にお伺いしようと思っておりますが……」


 いや「2人で」っておかしいだろ? もう「ひとり」はすでにオレが住んでいる場所だ。それと……


「いや、それって今度からオマエがオレのアパートで『新婚生活』を送って、オレに出て行けってことか?」

「いえ……結婚後は、私が週末に211号室さんの元に通います……通い婚です! 先生はいつも通りの生活をなさっていてください」


 なーんだ! じゃあ今までの生活と特に変わらず……ってことは結局、火打石の戯言(たわごと)ってことじゃねーか……何なんだ一体?


 ただ、週末ごとに火打石が押し掛けてきたら正直ウザいが……。



 ※※※※※※※



 大晦日の朝……とは言っても昼の12時近いが。


 特にいつもと変わらない1日が始まった。28日に仕事納め、翌29日から教職員も休日……久しぶりの長期休暇だ。だが長い休みといってもどこか出かけるワケでも実家に帰省するワケでもなく、執筆が遅れている小説の続きを書いている生活だ。今回は連載に加え、短編も頼まれているから忙しい。


 〝ピンポーン〟


 オレの部屋のインターホンが鳴った。ん? 誰だこんな朝早く(実際には12時ちょっと前)から……オレはインターホンのモニター画面を見て驚愕した。


 ――火打石だ!


 そういやアイツ、冬休み中にオレの部屋に(オレの部屋との)結婚の挨拶に来るとか言ってたよな? どうせアイツの戯言だから実際には来ないだろうと見くびっていた。まさか本当に来るとは……。


「あっ、ちょっと待ってろ! 今、(ドアを)開けるから」


 オレは小説の執筆を一時中断して、玄関のドアを開けた。


「おぅ、遅くなって悪かったな……入れ」


 火打石は女子高生の普段着というよりは、少し落ち着いた20代後半の女性が着そうな服装をしている。コイツ……完全にお見合いか何かと勘違いしている格好だな? それと、火打石は大きなトートバッグを小脇に抱えていた。


「あ、先生こんにちは! 本日はお日柄も良く……」

「いいから黙って入れ」


 何、結婚式の挨拶みたいなこと言ってんだ……だいたい今日は赤口だからお日柄が良いかどうか微妙だわ! しかも新婦が言うセリフじゃねーわ……いや新婦じゃねーし!


「お邪魔します! あ、211号室さん、お久しぶりです……会いたかったです」


 火打石は玄関ドアを両手で握ると、ドアに向かって話しかけてから静かにドアを閉めた。やはりコイツはこの建物が好きな対物性愛者なのだろうか?

 オレは火打石をリビングに案内したが、入ろうとした火打石の動きが止まった。


「あれ? 先生、211号室さんに何かしましたか? クサいんですけど……」

「それはな……オマエらのせいだよ!」


 1週間前、この部屋でH組の羽根戸がクリスマスプレゼントと称して、クラス全員分の使用済みナプキンをよこしやがった。そのため次のゴミ出しの日まで3日間捨てられなくて、すっかり臭いが染みついてしまったのだ。

 クラス全員ってことは当然、火打石の分まであるんだろう……なのでオマエも原因の一端を担っている共犯者なんだぞ!


 染みついた臭いが気になっていた火打石だったが、リビングに入っていった。だが、リビングの中を見た火打石は大きなトートバッグを床に落としその場に立ちすくんでしまった。


「なっ……ななな……なんですか先生! これはぁああああ!!」


 実はリビングが散らかっていたのだ。クリスマスまでは片付いていたのだが、年末に小説を一気に書き上げようとパソコン周りに資料をかき集めていて、本棚周辺も本を出し入れするのが面倒だったので仕舞わずに散乱していたのだ。


「せっ……先生、私の大切な211号室さんに何てことを! それに……年末だっていうのに大掃除はしないんですか?」


 火打石の身体が小刻みに震えだした。


「いや、年末年始は予定ないし……火打石(オマエ)の訪問は想定外だったけど、他に誰も来ることないし……独身のひとり暮らし、片付ける必要もないかなぁーって……」

「ダメですっ!!」


 火打石は大声を上げると、目に涙を浮かべてオレにこう言った。


「私の大切な211号室さんが汚れているなんて許せません! ちゃんと片付けてください! 私も手伝いますから一緒に大掃除をしましょう!」


 というと火打石は、大きなトートバッグを持って別の部屋に移動した。しばらくしてリビングに入ってきた火打石は、グレーの上下スウェットに着替えていた。


「なっ……オマエ、何でそんなの持ってきてんだよ? はじめから掃除するつもりだったのか?」

「いえ、これは部屋着です!」

「部屋着って……オマエ、この部屋に居座るつもりかよ?」

「当たり前です! 私、この部屋(かた)と夫婦になるんですから……正月くらい新婚で迎えさせてくださいよぉ」


 ――やっぱりそういうこと(対物性愛はウソ)だったか!? こりゃ早く追い出さないと……。


 だが、愛する部屋のために動き出した火打石は、すでに片付けを始めてしまっている。すると、オレが「粟津まに」の小説で参考にしている資料に手を掛けた。ヤバい! アレは同性愛(レズ)に関する写真やデータなどの本がまとめてある。


「おいっ火打石、それは……」

「あ、先生が〈粟津まに〉なのは承知しているのでお気になさらずに」


 火打石は淡々と答えた。おい、もうH組全員に公表しても全く問題ないレベルじゃねぇのか?



 ※※※※※※※



 その後も火打石は黙々と片付けをこなし、はたきや掃除機を持ち出して掃除まで始めた。2時間ほどかけてリビングはキレイになった。


「先生、コレでこの部屋もスッキリしましたね」

「あ……あぁありがとう、じっじゃあそろそろ帰っ……」

「まだですっ!! まだ寝室が残っていますよ」

「おいちょっと待て! 何で寝室まで掃除しようとするんだ?」


「だって新婚生活ですよ!? 当然、初y……あ、いえ何でもないです」


 というと火打石はスタスタと寝室に向かって行った。おい、オマエ今とんでもないこと口走らなかったか?

 寝室は当然と言っていいのかわからないが、いろいろとプライバシーに関わるものが多い。だが、そんなことは意に介さず、火打石は黙々と掃除を進めていった。


 30分ほどかけて、寝室もキレイになった。ベッドの上でぐちゃぐちゃになっていた布団もちゃんと敷き直してくれた。

 だがこの後、火打石が予想外の行動に出た。


「あ、先生……これを」


 火打石が大きなトートバッグから取り出したのは「枕」だった。そういえば羽根戸からクリスマスプレゼント(使用済みナプキン)を渡されたとき、最初は枕だと思っていた。そうか、あのとき枕を欲しがっていたからプレゼントしてくれるのかな? その割にラッピングも何もされていないが……しかも、枕元に何か置いたな? 何を置いたんだ?


「ん? 何だその枕……先生にプレゼントか?」

「えっ何言ってるんですか先生、これは私が普段使っている枕ですよ」



 ――何だって?



「おいちょっと待て! どういうつもりだ?」

「どういうつもりって……私たち新婚ですよ!」

「いやちょっと意味がわからん、それと枕元に何置いた?」

「だって新婚といったらもちろん今夜は……初夜じゃないですかぁ♪ 置いたのはコンドームですよ! えっ何ですか? いきなり生でヤリたいんですか? やっだぁ~それは積極的すぎませんかぁ~? もうちょっと落ち着いてから子作りに励めばいいじゃないですかぁ~?」


 ――いや、積極的すぎて落ち着いた方がいいのは火打石(オマエ)の方だ。


「待て待て待て待てっ! 確かオマエが好きなのはこの『211号室』だよな!? 何でそうなる?」

「何言ってるんですか? 211号室さんの魅力は建物の構造だけじゃなくて、そこにある家具や家電、カーテンなどのインテリアも含む全てです。もちろん……そこに『住む人』も……です」



 ――そう来やがったかぁーっ!!



 コイツ、初めからそれが目的じゃないだろうな? オレも対象物のひとつになった時点で、もはやコイツが対物性愛者かどうかも疑わしくなってきた。


「いやオレは対物性愛の対象じゃないだろ? じゃあ何なんだオレの存在は?」

「それは……さすがに建物とじゃ子孫を残せないので先生は()()()()の……要するに『臓器』ですよ!」

「はぁ? オレはチョウチンアンコウのオスじゃねぇぞ!」


(【一口メモ】チョウチンアンコウのオスは、メスと巡り合うとメスの身体と一体化し、自分の臓器が退化して最終的には()()()()になってしまうそうです)


「とにかくそんなのはダメだ! 今すぐ帰れ」

「え? 何で私たちを引き裂こうとするんですかチ●コのくせに! もしかしてイン●テンツですか?」

「だれが●ンポの●ンポだ! とにかく帰れー!」

「イヤです! 今夜、お寺では除夜の鐘を突きます! こちらでは初夜の種を付けましょう! お寺では煩悩を清めますが、こちらでは本能を高めましょう! さぁ先せ……じゃなかった211号室さんのチ●コ! 今夜はその撞木(しゅもく)で無限に突いてちょうだい!」


「アホか! オマエはいろいろな意味で【変態】だ!!」


 そんなやり取りを続けていると


 〝ピンポーン〟


 インターホンが鳴った。誰だ? こんな日に……まぁどうせセールスか何かだろう。無視して火打石を追い出そうとしていると


 〝ピンポーン……ピンポーピンポピポピポピポ……〟


 ――あぁああっウゼェ!! 誰だよ一体!?


 オレはイライラしながらモニター画面を見た。そこに映っていたのは……


 ――げっ!?


『おーい、ひこりーん! 長期休み恒例の魅ちゃんがやってき……』


 〝ブチッ〟


 そいつの顔を見た瞬間、反射的にインターホンのスイッチを切った。映っていたのは《神戸(ごうど) (みる)》、夏休みにもウチに押し掛けてきたゴスロリ“視姦”変態娘だ。すると今度はドアの向こうから


 〝ドンドンドンドンッ!〟


「うにゃっ、ぴっくるー! 今インターホン切ったでしょ!? おーい開けろー! 開けないとここでアリプ●のヒットメドレー歌いまくるにょー!」


 近所迷惑だ! オレは玄関のドアを開けて……


「おぅ神戸、いいところに来た。火打石を連れてオマエも帰れ」


 オレはドアを開けると同時に、神戸の頬をつねって横に引っ張った。


「う、うにゃぴっくりゅー(ぴっくるー)……ひこりゅいん(りーん)こりぇは(これは)ひにょい(ひどい)にょお」



 ※※※※※※※



 結局、外は寒いので神戸も入れてしまった。どちらかと言えば、オレが目を離したスキに勝手に入り込んでしまったのが正解だが。


「あれぇ? ひこりーん、何かこの部屋クサいにょー」

「だから! それはオマエらのせいだろ!」


 クラス全員分の使用済みナプキンをぶちまけた……ってことは神戸(コイツ)のだってあるってことじゃねーか!?

 リビングに火打石と神戸と3人で座り、オレは神戸に尋ねた。


「で、何の用だオマエは?」

「やだなぁひこりーん、今日ズッキー(火打石)がこのアパートと結婚するっていうからお祝いに駆けつけたんだじょ―」


 神戸は持ってきた花束を火打石に渡した。


「まぁありがとう魅ちゃん」

「ちょっと待て神戸! オマエ、目的はそれだけか? 他に何かエロいこと考えているだろ?」

「ご明察! 今夜は初夜でしょ? お二人の初夜の様子をずぅーっと視姦し……うりゃ(うにゃ)うぃっくる(ぴっくる)ふぉれじゃ(これじゃ)ひゃへれにゃい(しゃべれない)……」


 今度は神戸の頬をギュッと潰すように押さえた。


「最初っからしねーよそんなこと」

「まぁっ!? 最初っからゴムしないでHするんですか? それは積極てk……」

「話がややこしくなるから火打石(オマエ)も黙ってろ!」


 外はすっかり暗くなっていた。今年もあと6時間を切ったというのに何をやってるんだオレたちは……?


「ところで……オマエら帰らなくていいのか?」


 すると火打石は


「何言ってるんですか? 私は今日、結婚の挨拶を両親にしてから、実家を出てここに嫁いで来たんですよ」


 もしそれを認めて送り出したのなら、火打石(コイツ)の両親は完全に頭がイカレている。


「それに神戸、オマエは特に……」


 そう、神戸の両親……特に母親はかなり厳格な人だ。夏休みにコイツが居座ったときも、母親に連絡すると言った瞬間、コイツはムンクの「叫び」で描かれたような顔をして恐怖におののいてた。


「今夜は大丈夫だにょー! 両親にはー、魅ちゃんはH組のみんなとカウントダウンパーティーするって伝えてあるじょー」

「おい、そんな見え透いたウソ……すぐバレるだろ?」

「ウソじゃないにょ! あとでみんなと撮った写真を送る約束してんだじょ」

「だったら完全にバレバレじゃん! ここにはオマエと火打石しか……」


 オレがそう言うと神戸はニヤッと不敵な笑みを浮かべた。それと同時に


 〝ピンポーン〟


 またインターホンが……何だ? 今日は来客が多い。モニター画面を見たオレは


「うわぁああああ!」


 思わず絶叫してしまった。そこにはH組の連中が大挙して押し寄せてきた姿が映っていたのだ。このまま居留守使ったら完全に近所迷惑だ。仕方なくドアを開け


「なっなんでオマエたちが?」

「えー、だって今日はズッキー(火打石)の結婚記念パーティーでしょ?」

「しねぇよそんなもん!」

「オマエの意思は聞いてねぇよ若彦、主役は211号室(この部屋)だ! チン湖は黙ってろ」

「誰がチン湖だ、波高島!」

「ほなセンセェ、上がるでぇ……おじゃましまんにゃわ~」


 〝ドタドタドタッ!〟


 鍛冶屋坂がボケた瞬間、全員がコケた……吉●新喜劇かオマエらは?


「あれ先生、なんかクサいですよこの部屋……」

「だからぁ! オマエらのせいだろうがぁー!! ってかオマエが言うなぁー羽根戸!! 実行犯じゃねぇかぁー!!」

「センセイ、せっかくですから結婚記念に新郎の211号室様の壁に【初()貫徹】と書いて差し上げますわ」

「おい右左口、絶対やめろ!」

「ねぇ、このうるさいチ●コどうにかならない?」

「どうにかしマース! ワタシ、バージョンアップした亀甲縛りで縛りマース」

「何だよバージョンアップって? うわっ!」

「はいはいっ、じゃあみんな、飲み物行き渡ったっスか? じゃあみなさん今年1年お疲れっス! それとズッキーと211号室さんとの結婚と、211号室のチ●コパーツとの新婚初夜()()()()を願って……」


「「かんぱーい!!」」


うぅ~うぅう~(だれがチ●コだー)


 速攻でグリーンヒルに縛られ、猿ぐつわもされてしまったのでしゃべることができない。っていうか愛宕! 何勝手にカウントダウンパーティーここでやって、しかも仕切ってんだよぉ!?


 〝ピンポーン〟


 ――えぇっ!? 今度は誰だよ?


「はーい」


 ――オマエらが出るなー!


「ちわー、蕎麦屋です、年越しそば出前に参りましたー」

「いえーい! みんな! 年越しそば来たよー」

「「きゃー!」」


 ――おい、勝手に人ん家にソバ注文するなー!


「あ、領収書は〈不逢〉で……」


 ――おい、そんなものはオレの経費からは落とさせないぞ!


「皆の者、年越しそばは行き渡ったであろうか?」

「ふがぁー、ふがぁー」

「ねぇ波の巫女(天目)さま知ってる? チ●コの分が無いよー」


 ――何だよ宇の岬、オレの分ないのか? っていうかこれじゃ食えない。


「ひこり~ん、大丈夫ぅ~?」

「ぶはぁ!」


 背戸山に猿ぐつわを外してもらった。


「おい、オレの分は……って、何でタンスの上に置いてあるんだ?」

「あぁあれは211号室さんの分……」

「食えるわけねぇだろ! それをよこせ!」

「「いっただきまーす」」


「ガヴッ……ガヴガヴガヴッ……ヴヴゥー」

「まぁ! マナーちゃん、そうとう興奮しているみたいねー」


 扇崎が箸も手も使わず口で直接ソバを食べている。この子は唯一、3年になってH組にやって来た生徒だが、すっかり馴染んでいる。それにしても……汁があちこち飛び散って汚い。


「それでは、みんな食べ終わったところで……ズッキーと211号室さんの若チ●コとの公開初夜を……」

「するかーっ! しかも何だその若チ●コって?」

「え? じゃあ粟津ま()?」

「やめろぉおおおお!!」


 そのとき、



 〝ゴオォォォォォォォォン〟



「あ、除夜の鐘だ」


 近くの寺で鐘を突き始めたようだ……今年ももうすぐ終わる。


「今年もいろいろあったねぇー」

「うん」

「来年は……いよいよ卒業だね!」

「うん」


「でも……H組は卒業してもみんな一緒だよ! だって……」


 H組の連中がしんみりとしている。ていうか何だよ「だって……」の続きは? うわっ気になるじゃないか?

 そうか、3月にはいよいよこの【変態】どもとお別れか……



 ――よかったぁ~!! あともう少しの辛抱だ。



 除夜の鐘は108の煩悩を清めるというが、H組の連中も清めてほしいわ。


「あっみんな! そろそろカウントダウンよ!」


 全員がスマホを手に取った。


「5……4……3……2……1……ゼ」






 〝ブッ! ぶぅうううううううう~~~~!〟






「あ゛……みんなゴメンなしゃ()い……」



「つむつむ(鴨狩)ぅーーー!! うわっマジでくっせぇ!」

「アッハハハハハ!」

「あけおめー」「ことよろー」

「ハッピーニューイヤー」

「みんなー、今年もよろしくねー」


 みんな笑顔だった。オレも早くコイツらを送り出して笑顔になりたい……。


みなさんよいお年を! 次回も211号室さんと一緒に読みましょうね!


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