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【出席番号2番】岩松 花(いわまつ はな)

「先生! そのお顔、素敵でふ……クシュン!」


【ちょっと汚い描写があります】

 

「……ックシュン!!」



 ――またコイツか。



 〝ズズッ……ヂーーーーン〟


 H組の教室に()()が響き渡った。おいおい、授業のジャマだぞ。


「おーい岩松、相変わらず豪快な音出してんなぁ」

「ずっ……ずびばぜんっ」


 教室内がクスクスと小さな笑い声に包まれた。


 音の正体は《岩松(いわまつ) (はな)》。少し体が小さくて細めな、黒髪の美少女だ。美少女とは言ったが今の時期はずっとマスクをしているか、鼻をかんでいる姿しか見ないので顔全体を拝むことはできない。

 すでにスギ花粉症はピークを過ぎている。H組も2月から3月にかけてはクシャミと鼻をかむ音で、教室内はさながらDJバトルだった。だが4月に入ってからは終息に向かっていった……はずなのだが。


 岩松だけは未だに「重症」だ。どうやら彼女はスギだけではなく、ヒノキ()()反応しているらしい。ヒノキ花粉はスギより症状が遅れてくるのだ。

 生徒に朗読をさせている間に岩松の席へ近づいた。岩松の机には国語辞典の上にティッシュボックスが積まれていた。机の横にあるフックにはレジ袋が掛けられており、中には鼻をかんだティッシュが大量に詰め込んであった。


「オマエ、大丈夫か? あまりにも辛かったら保健室で休んでもいいぞ」


 思いやりでも気遣いでもない、うるさくて授業にならないのだ。


「だ、大丈夫でふ……ズズッ」


 まあ気の毒といえば気の毒だ。そういうオレも症状は軽いがスギ花粉症だ。気持ちはわからなくもない。


 〝ズズッ、ヂーーーーン〟


 でもやっぱうるさい。これが共学なら、異性のいる教室内で豪快に鼻をかんだりしないだろうが、ここは女子高なのでそういった概念がそもそもない。一応、オレも男なんだが……。


 〝キーンコーンカーンコーン〟


 授業が終わった。岩松(コイツ)のせいであまり進めなかったな……まあしょうがない。岩松に声をかけた。


「おいオマエ、マジで大丈夫か?」


 ピンク色のマスクをした岩松は、目を真っ赤に腫らし申し訳なさそうに答えた。


「あ、ずびばぜんっ授業の邪魔しちゃって」


 ……根はマジメで良い子なんだが。


「スギ(花粉症)だけじゃないよな?」

「はっはび、ヒノキ(花粉症)もでふ……クシュン!」

「そうか、ちゃんと薬飲んでるか? まぁあまり無理すんなよ」


 オレはそう言うと教室を後にした。教室を出ていくオレの後ろで〝ヂーーーン〟という豪快かつ不快な音が聞こえた。



 ※※※※※※※



 2時限目は別のクラスで授業だったが、3時限目は担当の授業がない。なので、5月に行われる修学旅行の準備や事務作業をするために職員室に向かっていた。

 職員室に移動中、チャイムが鳴って次の授業が始まっている時間なのに、階段の近くに立っている生徒を見つけた。これは注意しないと……


「おい、もう授業は始まっているぞ! 早く教室に入り……」




 ――オレは、見てはいけないモノを見てしまった。




 岩松だった。マスクを外していたのだが、どうやら鼻水がマスクに付いてしまったらしい。そしてオレは、岩松が外したマスクと鼻の間に……鼻水がまるで吊り橋のように繋がった状態で垂れ下がっているのを目撃した!



「あっ……はぁあああっ……い、いやぁああああっ!」



 岩松はオレの顔を見るなり顔面蒼白になった。誰もいないと思って安心していたのだろうか? 思いっきり震えた声を出すと今度は顔を一気に紅潮させた。


「あっ……すまんっ!」


 オレは反射的にそう言うとすぐにその場を立ち去った。もしかしたら「すまん」なんて言わず、何も見ていないような配慮をすればよかったのかもしれない。



 ※※※※※※※



 〝キーンコーンカーンコーン〟


 3時限目終了のチャイムが鳴った。オレは事務作業をしていたが、岩松のことが気になって仕方がなかった。普段は授業中でも人前で鼻をかんでいるが、そこは思春期の少女だ。さすがに鼻水で汚れた顔は見られたくなかっただろう。

 そんなことを考えながら次の授業に向かおうと準備をしていると、背後から何やら殺気に近い気配を感じた。


「先生……」


「ん? うわぁああっ!」


 振り返った瞬間、驚いて椅子から落ちそうになった。そこに立っていたのは、白いマスクに交換した岩松だった。

 元々大人しい性格だが……目を真っ赤に腫らし、覇気が全く感じられないマスク姿の岩松は完全に霊的な何かに見えた。


「なななっ何だ! 何か用か!?」

「先生、さっき私の顔……ズズッ、見ばしたよね?」


 ――やっぱり「あのこと」を気にしていたのか!


「えぇっ何のことだ? 先生は……みみ見てないぞっ!」


 まるで怪談だ。オレは恐怖のあまり思わず嘘をついた。


「嘘でふよね先生? あのとき『すまん』って言ってたじゃばいでふか」


 ――うわぁああ! やっぱあのとき、黙って知らんぷりしていればよかった。


 すると岩松は、


「先生、あんば姿見られたら私……グスッ、もうお嫁にいけばせん……」


 そう言うと花粉症で赤くなった目が、うっすらと涙であふれていた。


「いっいやいやいや、そんなことはない、気にするな! 先生も見なかったことにするから……なっなっ」


 オレは岩松を慰めるのに必死だった。すると岩松は、


「ムリでふ……先生、責任を取ってくだばい!!」


 ――えぇええ! 何でこうなるんだぁあああ!


「えっ? せっ責任って……」


 すると岩松は、オレを呪い殺しかねない怨霊の顔から一転……ニコリと仏様のような笑顔になってこう言った。


「先生! 今日のお昼休み……()()()()()でお弁当食べばせんか?」


 ――えっ何? その要求……まあ、呪い殺されるよりはマシか。



 ※※※※※※※



 昼休みに進路相談室を使えるよう許可を取った。ここは一貫校なので、ほぼ100パーセントの生徒がエスカレーター式に上の大学に進学する。

 そのため、()()()()室というのは名ばかり、実際は生徒の心のケア=カウンセリング室としての利用がもっぱらで、昼休みに教師が生徒と昼食をとりながら個人面談することも度々行われている。


 岩松と向かい合わせになって座った。岩松の弁当は今どきの女子高生といった感じの弁当箱だ。ただ、ちょっとご飯が多いような気がする。


「えっ先生、コンビニ弁当でふか?」

「そうだよ、一人暮らしの独身だし……誰も作ってくれる人はいないよ」


 岩松はマスクを外すと、


「あっ私、料理得意ですよ! 今度、お弁当を作ってきましょうか?」

「いいよいいよ、そんなことしたら岩松も大変じゃないか」

「えー、だって私……ズズッ、先生に作ってあげたいんですよ!」


 マスクを外した岩松は、さっき見た絶望感あふれる涙目の顔とは対照的に、とても生き生きとしていた。元々この子は可愛い顔をしている。この時期の目や鼻が赤くなっている顔はさすがに辛いだろう。


「岩松、来月は修学旅行だな」

「はい、楽しみにしてます」

「そうか、それまでに花粉症が治っていればいいな」

「はい、たぶんその時までには大丈夫だと思いますけど……クシュン!」


 とりあえず、他愛もない話をしながら食事が進んでいった。花粉症以外、特に悩みもなさそうだが一応聞いてみるか。


「そうだ岩松、いい機会だ……何か普段の生活で困ったこととかないか? よかったら相談に乗るぞ」


 すると、岩松が急にそわそわした態度になった。そして、言葉を詰まらせながら


「あの……先生」

「ん? どうした? 」


「実は……私、好きな人が……ズズッ、いるんです」

「え? そうなんだ」


 ここは女子高だ。他校か? それともまさか……? まあ、そうだとしても深く聞くまい。仮にもオレはそういう小説(百合もの)を書いている身だ。


「でも、なかなか告白する勇気がなくて……」


 多感な年頃だ。きっと失敗したときのリスクを考えてしまうんだろう。まあオレだって最初にフラれたときはかなり落ち込んだけど……。


「うーん、まあそれってとても勇気がいることなんだろうけど……告白して失敗したときの後悔より、告白しなかったときの後悔の方が後々嫌な思い出として残るとオレは思うけどな。上手くいってもいかなくてもチャレンジした方がいいんじゃないか? まだ若いんだし……」


 岩松はしばらく考え込んだ後、弁当を一気に掻き込み


ほうでふか(そうですか)ふぁあ(じゃあ)はんはっへ(頑張って)ひまふ(みます)


 そう言うと岩松は突然立ち上がり、反対側のオレの席に向かってきた……ってかオマエ、ゴハンを口に詰めすぎだよ。


へっ(せっ)……ふぇんへい(先生)ふぁたひ()……」


 口の中にゴハンを詰め込んだ状態で、岩松はオレに急接近した。


 ――なっ何だ? とりあえず口の中のゴハン、飲み込んでから喋れ!


ふぇんへ(せんせ)……ふぇっ……へっ……」


 ――え? 嫌な予感がする。オマエまさか……その状態で




 ――クシャミするつもりじゃないだろうな!?





「へっ……へーーーーーーくしょい!!」




 ――嫌な予感、大的中。


 クシャミをした岩松の口から大量の「ゴハンつぶ」がオレの顔面にクリーンヒットした。すると岩松はプルプルと震えだし、いきなりオレの両肩をつかむと


「せっ……せせせ先生ぃいいいい!!」


 ――なっ何だよ怖い!


「わっ私……好きな男性の……〈(けが)された顔〉が……だっ大好きなんですぅううううっ! せっ先生! そのお顔……素敵ですぅうううう!」


 ――うっ、うわぁあああ!!


 愛宕だけかと思ったら岩松(コイツ)も……





 ――【変態】だ!





「先生っ、もっと……もっと……そのお顔……(けが)したいですぅううう!」


 岩松がさらに顔を近づけてきた。やめろ! 来るな変態!


 すると近づきすぎた岩松の足がオレの足に絡まり、バランスを崩したオレは後ろに倒れて尻もちをついた。一緒に倒れた岩松がオレに覆いかぶさる格好になった。


「せっ先生ぃいいいい!!」


 誰かこの場にやってきたら絶対に誤解されるほどのヤバい格好だ。しかも岩松の顔はさっきまでの物静かな少女の顔ではない……欲望に飢えたケダモノの顔だ。


「よ……よせっ岩松! オマエ今なにをやってるか……」


 すると


「ふ……ふぇっ……」


 ――おいおい! まさか?



「ふぇーーーーーっくしょん!!」



 オレの顔面が岩松のツバだらけになった。さらに……


「あ……」


 オレの顔を目掛けて岩松の鼻から大量の……



 『鼻水』が降り注いできた。



 ――うわぁああああああ!!




 〝ぺちょっ〟




 ――命中。


「先生、私のこと嫌いですか? 嫌いだったら何かおっしゃってください……何もおっしゃらないのでしたら……好きってことでよろしいですね? 先生……センセイィイイイイ!!」


「ん゛~~んん゛~~~~」


 ――何も言えるワケないだろ岩松! オマエの鼻水が……オレの口の上に命中したんだよ! もしここで、口を少しでも開けたら大惨事になるわ!


「先生、大好きですぅううううう!」


 岩松はオレの顔を凝視すると、再び鼻水を垂らしながら……


「ふ……ふぇっ……」



 ――うわぁあああ! オレは嫌いだ、このヘンターーーーイ!!


 最後ばで読んでくれてあでぃがどぉごだいまふ。次回につ……グシュン!

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