【出席番号1番】愛宕 星(あたご あかり)
「先生……私がもっと痺れさせてあげるっス」
「先生……服、脱いでもらっていいっスか?」
――なっ……何だって!?
3年H組のクラス委員長《愛宕 星》に、担任であるオレ《不逢 若彦》の裏の顔……ラノベ作家の「粟津まに」だということを突き止められた。正体を学校中にバラさない代わりに愛宕からある「お願い」を頼まれたのだが……これはこれで問題行動だろう。
「え? オマエちょっと何を……」
「あ、言い方間違えたっス、上着をめくってもらえますか?」
――何だよそれ、誤解するとこだった……って、
「いやいや、それも何だかわからん! ちゃんと説明しろ」
「ああ、これっスよ」
そう言って愛宕はバッグから小さな段ボール箱を取り出した。
「低周波治療器?」
「そうっス」
「何でこれを……?」
「今度、パパのサイトで低周波治療器の特集をやるっスよ。で、そのモニターを先生にやって欲しいっス」
そういえば……愛宕の父親は家電品を中心としたレビューサイトを運営していて結構人気があるらしい。常に新製品が手に入るせいなのか、この生徒はいつも最新式のスマホを持ち歩いている。
「私も協力してくれってパパから言われたんスけど……正直、肩こりとか腰痛ってよくわからないっス、だから若彦先生に試してもらおうかと思ったんスよ」
――なるほど、そういうことか。それにしてもまだ引っかかる。
愛宕は、オレが「粟津まに」だってことを突き止めた。つまりオレの「弱味」を握ったってことだ。なのになぜ、この程度の……正直、対価も必要としないことを頼んできたのだろうか?
「先生、どこか疲れているところないっスか? 2か所までOKっスよ」
「そうか……じゃあ腰と右肩かな? 教師は立ち仕事だからな、腰は痛めやすいし黒板に書くとき腕をよく上げるから右肩も疲れる」
「そうっスか……先生も大変っスね」
そう言うと愛宕は、めくりあげたシャツの下に手を入れ、低周波治療器のパッドを腰と右肩に張り付けた。
「ん? やけにパッドが大きくないか? まるで湿布みたいだが……」
「あ、コレ最新式の治療器でちょっと変わった機能がついてるっスよ」
――なんだかよくわからんが……とりあえず愛宕に任せよう。
「じゃあ先生、スイッチ入れるっスよ」
――んんっ? すぐに筋肉がピクッと反応した。
おおっ! 自分の筋肉が勝手に動いて揉まれているかのようだ……気持ちいい。
しばらくの間、普段の仕事疲れから解放された極楽気分を味わっていたが突然、地獄に突き落とされた。
〝ビリッ!〟
――いっ……痛ってえええええええ!!
何だこれは? 今までは心地よい刺激だったが、急に強い衝撃が走った。何か針で刺されたような痛みだ。
実際に〝ビリッ〟という音はしないが、感覚的にはそんな感じがした。
――もしかして……最大出力にしたのか?
操作は愛宕に任せている。何をやってるんだ? 「実験台」だから出力をいろいろと変えているのか?
「おい愛宕、それはさすがに強す……」
〝ビリッ!〟
「痛っ!」
思わず声が出てしまった。苦痛で顔が歪む。
「おい愛宕〝ビリッ〟痛っ! コントローラーを〝ビリッ〟痛っ! 貸しなさい」
「あ、それ無理っス」
「何でだよ!?」
「だってコレ……スマホで操作してるっスよ」
――何?
「これ、コードレスの低周波治療器っス! スマホの専用アプリを使って操作してるっス、私の個人情報が入ってるスマホだから貸すことはできないっスよ」
「何だと〝ビリッ〟痛っ! オマエまさか〝ビリッ〟痛っ! はじめっからそのつもりで〝ビリッ〟痛っ! オレにこんなことをしてる〝ビリッ〟痛っ! んじゃないだろうな〝ビリッ〟痛っ!」
すると、刺激……いや、激痛が走るたびに苦痛で顔が歪むオレを見ていた愛宕の態度が変わってきた。いつもは常に沈着冷静でテンションの低い愛宕が、少し興奮した感じで顔を赤らめ、息遣いも荒くなっていた。
「せっ……せせ先生! ハァハァ……」
――何だ? なんかいつもの愛宕じゃないぞ。
「先生……ハァ……先生の……その……苦痛の表情……最高っス……ハァハァ」
――何? 怖い怖い。
「先生……私は……私は男の人が痛みで苦しんでいる顔を見るとメチャクチャ興奮するっス……ハァハァ……先生、もっとぉ……もっともっと私にその苦痛の表情を見せてください!! 先生! 大好きっスよぉ! ハァ……ハァ……」
――こっ……コイツ!
――【変態】だ!!
今まで2年間一緒にいたが、まさかこんなヤツだったとは!?
これは教育上よろしくない、早くこの治療器を止めないと……
「先生!」
「はっはい! 〝ビリッ〟痛っ!」
「今、止めようと考えてたっスか?」
――そのつもりだよ、いろんな理由で。
「だめっスよ、止めちゃ……次は現文の授業っスよね? 先生はこのまま授業をしてください。もし、パッドを外したら……先生が『粟津まに』だってこと、学校中に言いふらすっスよ!」
――何だってぇ! このタイミングで脅しにかかるんかぃ!
※※※※※※※
次の授業はH組だ……正直、気が重い。
日直が号令をかける。
「起立!」
「礼!」
「着せ……」
〝ビリッ!〟
――痛ったぁああああっ!!
あまりの痛みに教壇でうずくまってしまった。生徒たちが一瞬ざわついた。
「あ……すまん、何でもない。じゃあ授業を始める」
愛宕の顔を見た。愛宕の席は教卓正面の前から2番目だが、オレの顔を見ながらニヤニヤしてやがる。オレは一瞬だけヤツの顔を睨みつけたが更にニヤニヤしてきた。コイツにとって、この睨んだ顔はむしろ「ご褒美」なのかもしれない。
――ちくしょう、これじゃ地獄だ!
「で、あるからこの部分に入る助動詞は……」
〝ビリッ!〟
「いーっ!! じゃないすまんすまん、ここは肯定の推量なので『う』だ」
低周波治療器に、最大出力(だと思われる)の電気が流されると苦痛で顔が歪んでしまう。この顔をするたびに教卓の真正面にいる愛宕は、顔を赤らめトロンとした目でこっちを見ながらニヤニヤしている。
――愛宕、何すんだよぉおおおおっ!
何とかしてこの状況を脱することはできないだろうか?
そうか! 愛宕に顔を見せなければいいんだ。簡単なことだ。オレは黒板に向かい……つまり愛宕に背を向け、チョークで授業内容を書き始めた。
「えー、ここで主人公の心情として一番当てはまるのは……怒りに〝ビリッ!〟
ふぅぅぅぅ〝ビリッ!〟
るぅぅぅぅ〝ビリッ!〟
えぇぇぇぇ〝ビリッ!〟
てぇぇぇぇ〝ビリッ!〟
いぃぃぃぃぃぃぃ……」
――うわっ! 肩の筋肉が勝手に震えて文字が書けない!
「先生、ちゃんと書いてください」
「あぁすまんすまん、書き直す」
――愛宕ぉおおおおっ!
ふざけんじゃねぇぞてめぇー! 怒りに震えているのはオマエに対してだ! これじゃ授業もままならない。他の方法を考えよう。
――そうだ!
治療器のパッドと愛宕のスマホを繋いでいるのはおそらく「Blueto●th」の電波だ。Blueto●thは離れていると電波が届かないハズ……。
――つまり、オレが愛宕から離れればいいんだ。
「じゃあ3行目の『私に』のところから……高田、読んでくれ」
オレは生徒に教科書の小説を朗読させ、それを聞きながら教室内を回るふりをして、さりげなく愛宕から離れた。
教室の後ろの方にやって来た。ここまでくれば電波も届かないだろう……これで安心だ。残念だったな愛宕!
〝ビリッ!〟
――痛ってぇええええええええっ!!
もう大丈夫だろうと油断していたのでメチャクチャ痛く感じた。
――え? 何で? 何で?
あ……そういえば聞いたことがある。確かBlueto●thには電波の強さにランクがあって、一番強いのは100メートルくらい飛ばせるのもあるとか?
――ま、まさかっ!?
黒板の方を見る。愛宕がこちらを振り返って……スマホを見せながら笑顔でVサインをしている。
――そういうことかぁあーー!!
こいつは常に最新式のスマホを何台も持っている。おそらくBlueto●thの電波が強力な機種に違いない。つまりこの教室のどこにも逃げ場がないってことか!?
なんて用意周到なヤツだ〝ビリッ〟痛っ! これは困った、何かほかに対策はないのか〝ビリッ〟痛っ!
――そうだ!!
確かアイツは、オレが「痛みで苦しんでいる顔」を見るのが好きって言ってたよな? つまり、オレが痛みで苦しんでいる顔をしなければいいんだ!
もうだいぶ痛みの感覚がわかってきたので我慢できるはず。これからはどんなに痛くても「平然とした顔」でやり過ごそう!
〝ビリッ〟
――痛いっ! でも我慢我慢……
教壇に戻ってきたオレは、電気が流れるタイミングをあらかじめ想定して痛みが走る瞬間を、何ごともなかったかように平然とした表情で粛々と授業を進めた。まるで電源がオフになっているかのように……
すると、明らかに愛宕が憮然とした表情に変わった。やった! どうだ愛宕……もうお前がスマホを操作したところで無駄なあがきだ。
愛宕は口をとがらせ完全に拗ねている。電気も流れなくなった、どうやら諦めて電源オフにしたようだ。
勝った! オレは再び生徒に朗読させながら移動して愛宕に近づいた。愛宕に対して「ざまあみろ」と言わんばかりに見下してやった。愛宕は下を向いていてこちらに視線を合わせない。
オレは、まるでウイニングランをするかのように、意気揚々と愛宕の隣を通り過ぎようとした。その瞬間……
〝バチバチバチッ!〟
――痛っっっってぇええええええええっ!!
さっきよりさらに強力な、電気的な痛みが全身を走った。耐えられない痛みにオレは思わず涙目になってしまった。
――なっ……何だ?
オレは思わずよろけて2~3歩前に飛び出した。後ろをそーっと振り返ると、愛宕がオレの方をを見て、この日一番の「不敵な笑み」を浮かべていた。
コイツが右手に持っているのは……黒くて棒状のような物だが筆記具ではない。
――こっこれはっ!?
――スタンガンだ!!
――なっ何ぃいいいいいいいいっ!?
なぜそんな物騒な物持ってんだ!?
※※※※※※※
〝キーンコーンカーンコーン〟
授業が終わった……低周波治療器で疲れをとるハズが、逆に疲れてしまった。
授業の後、愛宕からスタンガンを没収した。愛宕は抵抗することもなく素直に差し出した……そして、
「先生! 最っっっっ高の表情、頂きましたっス!」
そう言うと、反省の色が全く感じられない愛宕はオレにスマホの画面を見せた。そこには苦痛で歪み、今にも泣きだしそうな表情のオレが映し出されていた。
――オレの負けだ。
愛宕は満面の笑みで
「先生、画像は今夜から『オカズ』にするっス! 楽しみっス……ハァハァ」
――おいやめろ変態。
※※※※※※※
その日の夜……
オレは低周波治療器を、自宅のアパートに持ち帰った。正確には愛宕からそのまま譲り受けた……モニターの「謝礼」だそうだ。
専用アプリを自分のスマホにダウンロードして、さっそく使ってみた。
「おっ……おぉー……気持ちいいじゃん!」
今日、いつもより疲れた分は相殺された気がした。すると、
〝ペコペコンッ〟
ニャインの通知だ……誰だ?
「何だ……愛宕か」
生徒とのSNSのやり取りは、公立では禁止されているみたいだが、ウチの学園(私立)ではそういった規定はない。むしろ、生徒の悩みや問題を察知するようにと、積極的に活用している。
『今、ビデオ通話いいっスか?』
メッセージだ……何だよ、こんな時間に。
『いいけど?』
『じゃあ、切り替えるっス』
ビデオ通話の着信が来た。
『もしもし、お疲れっス』
「あぁお疲れ……ってか、今日はオマエのせいで散々だったわ」
『アハハ、まあまあ……で、治療器使ってるっスか?』
何がアハハだ。まあその話か……そういやモニターとか言ってた割には、感想とかちゃんと伝えてなかったな。
「ああ、使ってるよ! なかなか気持ちいい……このマイクロなんとかってのがビリビリしなくていいな」
『マイクロカレントっスね? ところで先生! 今、私……先生のアパートの近くにいるんスけど……』
――え? 何だって?
『私、まだその治療器のアプリをアンインストールしてないっスよ! なのでこっちから操作できるっス! 今から最大出力にしますから……覚悟するっス!!』
「え? おい、冗談だろ? やめろっおい、やめてくれ……えっええーー!?」
突然の展開にオレはパニックになった。
『なーんて、冗談っスよ……先生のアパートの近くにいるってのも嘘っス! じゃあいただきましたー! おやすみっス、先生♪』
「あ、あぁおやすみ……」
――何なんだ一体?
翌日……オレがビデオ通話でパニクっている動画を、ハァハァと興奮している愛宕から見せられた。
――この変態がぁああああっ!!
最後まで読んでくれてありがとうっス! 次回に続くっス!




