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【出席番号17番】塩川 匂(しおかわ かおる)

「せんせぇぇぇ、もっと吸っていいですよぉぉぉ」


【臭気に注意!】

 夏休みが終わり、2学期が始まった。


「おはよう! 」

「先生、おはようございます」


 生徒たちとは約1ヵ月ぶりの再会だ。2学期初日の今日、オレを含む数名の教師で朝から校門付近に立ち、登校する生徒に向かって挨拶をしている。


「センセー、オハヨーございマース! お久しぶりデース」


 イギリ……北アイルランドの祖母の家に帰省していた《グリーンヒル (ゆう)》も元気に登校してきた……手首に縄で縛られた跡があったが無視しておこう。


「若彦ぉーお久しぶりー」

「そっかぁ? この間()()で会ったばかりだよなぁ宇の岬」

「いっ言うなぁー!!」


 久しぶりに会う生徒(せいと)、そうでない生徒(ヤツ)……皆、1学期と変わりなく元気な姿で登校してきている。このように全員が夏休みを変わりなく過ごしてくれれば何よりだが、夏休み明けに最も注意しなければいけないことがある……。


 いわゆる『夏休みデビュー』というヤツだ。


 子どもたちにとって非常に長い期間である夏休み、この長い休みを利用して様々な「変化」をしようと考え、行動する生徒が現れる可能性がある。

 例えば、1学期はごく普通の生徒だったはずなのに髪を茶髪にする、ピアスを開ける……といった服装・容姿の乱れから、急に暗くなった、逆に無理に明るく振舞う……などのような心の変化まで様々だ。我々教師は、こういった生徒1人1人の「変化」を見極めて対処しなければならない。

 なので今やっている新学期の挨拶……本当の目的は「生活指導」だ。つまり生徒にそのような「変化」がないかチェックすることである。


 とはいえ、ここは真面目なお嬢様が通う私立の女子高……突然ヤンキーの格好してくるとか校門まで男友達(パリピ)が車で送り迎えするとかは考えにくい。

 H組の生徒もいつも通りだ。確かに性癖が偏った『変態』は多いが、普段の生活態度は特に何の問題もない生徒ばかり。皆、元気に登校して……!?


 ――ちょっと待て! 


 向こうから見覚えがあるが、明らかに1学期と見た目が違う生徒が歩いて来る。信じたくないが……H組の生徒だ。


 ――髪を金髪にしている!?


 ただ、ウチの学校は髪の色に関しては校則が緩い。それより気になるのが……


 ――マスクをしている。しかも黒いマスクだ!


 何だ? 風邪か? いやいや、あれは風邪で使うマスクじゃないよな? どちらかと言えばヤンキーとかビジュアル系バンドのファンとか中二病男子が着けたがるやつだ。(注※この作品はコロナ渦前という設定です)


 これは服装チェックの対象じゃないのか? でも生活指導主任の先生を差し置いて頭ごなしに注意したら、周りの生徒たちからも悪い印象を持たれそうだ。ここはとりあえず様子見で、挨拶だけしておこう。


「おう、塩川! おはよう!」

「…………」


 その生徒はチラッと一瞬だけこっちを見たが、無言で頭も下げずそのまま校門を通り過ぎていった。


 ――挨拶もしないとは……どういうことだよ!?


 生徒の名前は《塩川(しおかわ) (かおる)》。1、2年と特に素行が悪いわけではなく、3年の1学期も素直で挨拶もきちんとして、むしろ少しおしゃべりなくらいの生徒だった。

 夏休みに一体何が? 隣にいた副担任の《御坂(みさか) 月美(つきみ)》先生に聞いてみた。


「御坂先生、塩川の様子……変でしたよね?」

「さあ……私にはいつもの()()()()に見えましたけど?」


 ――えぇっ? いやいや、あれはどう見ても変わっているでしょ!



 ※※※※※※※



 新学期最初のH組の授業だ。今朝のSHR(ショートホームルーム)も特に変わったところはなかったが……やはり塩川のあの風貌は気になる。

 秋なのでブタクサなど花粉症の可能性はあるが、まだ早い気がする。H組の花粉症クイーン、《岩松(いわまつ) (はな)》ですら今はマスクをしていない。


「起立」

「礼」

「着席」


 他の生徒と同様、普通に号令に従っている。決してグレていたり、反抗心が強いワケではなさそうだ。そもそも、そのような反抗的な態度をとる生徒は授業に出席したりしないだろう。

 だが、これだけで生徒を信用することはできない。ちょっと試してみよう。今は生徒に教科書の小説を朗読させている最中だが……


「はい、そこまで! じゃあ次……塩川、読んでくれ」


 〝ガタッ〟


「…………」


 塩川は立ち上がって朗読しているように見えるが、全く声が出ていない。


 ――どういうことだ? 話せない理由でもあるのか? それともオレに対して何か不満でもあるのか? 


「おい、どうした塩川、全然聞こえないぞ」

「…………」

「オマエ、どこか具合でも悪いのか?」

「…………」

「それよりどうしたそのマスク・・・風邪でもひいたか?」

「…………」


 ――何だコイツ! ふざけてんのか!? 頭にきた!!


「おい、どうした!! 返事もできんのか!?」


 オレは久しぶりに教室で大声を上げた。クラス中がざわつき始めた。


「あっ……ウチが代わりに朗読したろか?」

「鍛冶屋坂、黙れ! 今は塩川の番だ!」

「……」


 久しぶりに真剣に怒ったので今度はクラス中がシーンとなった。お笑い担当、ムードメーカーの鍛冶屋坂には悪いことをしたが、今は塩川の教師をなめ切った態度が許せない。しかも塩川は、これだけ怒鳴られたのに顔色一つ変えていなかった。


 ――何があったんだ塩川(アイツ)……何なんだ、あの反抗的な態度は?


 授業が終わり、イライラしたまま職員室に戻ってきた。塩川の態度が気になって仕方がない……特に、一番気になるのがあの「マスク」だ。

 オレが考える一番最悪なパターンが「ピアス」だ。ウチの学園は社長令嬢や政治家の娘といった、将来的には「淑女」とよばれる存在になる生徒が多い。

 なので表向きは校則で規制されているが、社会常識的に認められる髪の色や、耳たぶに目立たない大きさのピアスくらいなら……特に大学生や社会人に近い年齢の「3年生」に対しては規制が緩い。線引きは難しいが、富裕層のパーティーのドレスコードに抵触しない程度なら問題はない。


 だが、「口ピアス」や「鼻ピアス」などは論外だ。今、オレが一番危惧していることは、塩川が口ピアスや鼻ピアスの穴を開けていて、それを隠すためにマスクをしているのではないか? ということ。


 ――とにかく……塩川のマスクを外して白黒ハッキリさせないといけないな。



 ※※※※※※※



 6時限目終了後、現文以外の塩川の授業態度はわからないので、他の先生方にも聞いて回った。


「H組の塩川? ……あぁ、今日はマスクして黙ったままだったね」

「うーん……特に問題はなかったですよ」

「まぁ確かに髪の色はギリアウトでしたけど……それ以外は別に……」


 うーん、オレの考えすぎか? もっと生徒を信用していいのだろうか? でも、あの変化は完全に「夏休みデビュー」ってヤツだ、間違いない。

 6時限目の授業を終えた御坂先生が戻って来た。確かH組の授業だったはず。


「御坂先生、塩川の様子はどうでしたか?」

「あら若彦先生、まだ気にしていらっしゃったの? 別に1学期と何ら変わりありませんでしたよ」

「そうですか……」


 うわぁ、やっぱオレの考えすぎかなぁ? まぁ夏休みに限らず髪型や色を変えてくる生徒はいるし、何かしらの理由でマスクをすることもあるだろう。


「あ、そういえば……」


 突然、御坂先生が何かを思い出したようだ。


「どうしました?」

「匂ちゃん、お昼ごはん食べなかったそうですよ……私の授業のときにお腹が空いていたみたいでちょっと集中力が足りなかった感じでしたね」


 ――やっぱり様子が変じゃないか!?


 体調不良、弁当忘れ……昼食を食べない理由は色々ある。だが、体調不良なら早退すればいいし、弁当忘れなら学食や購買がある。お金を持っていなかったらクラスメイトから借りたり、何なら弁当を分けてもらえばいい。H組は団結力が高く助け合い精神が強いからそのくらいできるはず。となれば考えられるのは……

 口ピアスで開けた穴が痛くなり、食事ができなかった可能性だ。


「食べなかった? やっぱり何かあるんじゃないですか!?」

「んー……まぁ、あの年頃の子は色々あって食べられないこともありますわよ」

「そうですか? でも朝の様子から考えても……何か問題があるでしょう?」


 御坂先生は高校までこの学園のOBで、お嬢様育ちだ。教師としても異性としても憧れている存在だが、ちょっとのん気なところがある。


「えー、じゃあ若彦先生、もし気になるようでしたら彼女と直接お話しされてはいかがですか?」


 そうだな、余計な推測しても始まらない。昼食の件もあるし、本人と向かい合って直接聞くのが一番だろう。


「御坂先生、まだ塩川は帰っていませんよね?」

「えぇ……彼女、教室の掃除当番みたいですから、まだいると思いますよ」


「あ、ちょっと放送借ります!」



 ※※※※※※※



 オレは塩川を生徒指導室に呼び出した。塩川は相変わらず一言も発することなく座っている。


「おい、塩川……オマエ、今日昼食を食べてないらしいな?」

「…………」

「いや、別にメシを食わないことが悪いと言っているワケじゃない。お前の体調を心配しているだけだ。夏休み明けていきなりソレだからな、そりゃ心配になる。体の調子が悪いのか、それとも精神的に何か困ったことでもあるのか……それだけでも教えてほしい」

「…………」


 それすら答えないというのか? 正直こっちが精神的に困っている。何を聞いても答えないというのなら「あの質問」をするしかない。


「なぁ塩川……実はオマエに対して1つだけ疑っていることがある」

「…………」


「オマエ、マスクの下に何か隠してないか?」

「……!?」


 無言、無表情を貫いてきた塩川が一瞬だけ〝ピクッ〟と反応した。怪しい。何か隠している可能性が高い。


「単刀直入に聞こう! オマエ……鼻か口にピアスしてないか?」

「…………」


 塩川は無言だが、確実に視線を逸らした。これはますます怪しくなってきた。


「違うというのなら、マスクを外せるよな? ……もし風邪だとしても、ここなら他の生徒もいないから問題ない。もし花粉症だったら、ここにティッシュがあるから一度、後ろを向いて鼻拭いてからで構わん」


 オレはあらかじめ用意しておいたティッシュペーパーをテーブルの上に置いた。


「なぁ塩川、この学校は校則が緩いとはいえ、毛染めやピアスは禁止だ。ましてや耳以外のピアス、そしてタトゥーなんかは停学レベルの問題になるぞ」

「…………」

「とりあえずマスクを外してくれ。やましいことがなければ外せるよな?」

「…………」

「もし、ピアスをしていたとしても、今、認めれば反省文だけで許してやる。他の先生にも言わない。信じろ」

「…………」


 塩川は疑いの目でこっちを見ている。まぁ「お母さん怒らないから正直に言いなさい」っていうのと同じ扱いになっているのかもな……じゃあもっと熱血教師みたいに攻めてみるか……


「なぁ塩川! オレはH組の生徒を信用している! H組の生徒は全員()()()! だからオマエもオレを信用してくれ! オレは、たとえどのような状態であってもオマエを()()()()()()()! さぁ!」


「…………」


 すると塩川は、オレの熱意が通じたのか、マスクに手を掛けた。そして、耳からマスクの紐を片方ずつゆっくりと外していった。


「…………」


 塩川はマスクを外した……だが、ピアスなどどこにも見当たらなかった。


「なんだ、していないじゃないか! 疑ってすまなかった。もう行っていいぞ」


 オレの勘違いか? じゃあ何で最初から「していない」って言わないんだ? オレは部屋を出ようと後ろを向き、塩川に背を向けた。すると背後から、塩川がようやく聞き取れるくらいの小さな声で……


「…………してますよ」


 ――え? 何だって?


「ピアス……してますよ」

「何? いや、見たところピアスしているようには……」


「舌……です」


 ――何だって!? 舌ピアスかよ? オレ的にはもっとハードなイメージのやつだ。何か想像しただけで痛そうだ。オレは振り向いて塩川の顔を見つめ、


「オマエ……マジか?」


 すると塩川はコクリと頷き、


「……見ます?」


 と、腹話術のようにほとんど口を開かない状態でしゃべった。


 そうか、まだ穴を開けたばかりで痛みが残っているのか? それでしゃべらなかったり、昼食もとらなかったりしていたのか?


「そ……そりゃ一応、確認はさせてもらうぞ」


 オレは机を回り込んで塩川の元に近付いた。そして塩川の口に注目し、塩川が口を開けるのを待ち構えた。


 それにしてもさっきから気になっているのが……この生徒指導室は学食の近くにあるのだが、学食でガス漏れでもあったのだろうか? それとも残飯の廃棄でもしているのだろうか? ……何か臭うな。


 それよりも塩川の舌ピアスが気になる。すると塩川はいきなり、両手でオレの両肩を掴むと、顔を思いっきり……あわやキスする寸前くらいにまで近付けてきた。そして――




「はぁあああああああああああああああああっ」




 塩川が、まるで肺活量検査をするような感じでオレに吐息を吐きかけてきた。



 うっ……



 くっ……



 ――くっせぇええええええええええええええええええええええええええええ!!


 クサいクサいっ! 何だこれは!? この世のものとは思えないクサい息だ! とんでもない臭気に鼻が潰されたと同時に


「おっおぇえええええええええっ! げほっげほっ」


 ものすごい吐き気に襲われた。さすがにその場では吐かなかったが正直、思いっきり吐きたい気分だ。

 何なんだこの臭い? まるで生ゴミとウンコをドブに捨てたものが、硫化水素を噴き出している火山に流れ着いて一気に蒸発したような臭いだ。

 すると、さっきまで無表情だった塩川の顔が突然、ニヤリとまるでイタズラを企んでいる子どものような表情になった。


「あっはははぁぁぁ、せんせぇぇぇ、引っ掛かったぁぁぁぁぁぁぁ!?」


「お、おい……げほっ、どういうことだげほっ」


「ピアスなんてうっそぉぉぉ! ほんとぉはぁぁぁ、せんせぇにわたしの『口臭』を嗅がせたかったんだよぉぉぉぉぉぉぉぉ」


 ――はぁ? 口臭?


「げほっ、そっ……それにしても……これはクサすぎじゃ……ごほっ」


 それを聞いた塩川がさらに顔を近付けてきた。顔を近付けただけでもクサい! さっきから微妙に臭っていたのはこれだったのか!


「クサいぃぃぃ? クサいですよねぇぇぇそりゃ当然ですよぉぉぉ! わたしはぁぁぁこのために夏休み中、ずっと準備してきたんですからぁぁぁぁぁぁぁぁ」

「なっ何だよ準備って?」

「夏休みの間、ずうぅぅぅっとクサい食べ物ばかり食べてましたよぉぉぉ、ニンニクでしょぉぉぉ納豆でしょぉぉぉくさやでしょぉぉぉ鮒ずしでしょぉぉぉ、それとぉぉぉホンオフェとシュールストレミングも食べていましたよぉぉぉぉぉぉぉぉ」


 何じゃそれ!? 臭い物オリンピック代表選手じゃないか! それ全部食ったら身体そのものが発酵しそうだ。


「それとぉぉぉ、もっと臭いを強めたかったからぁぁぁ、1週間前から歯を磨いてないんですよぉぉぉぉ」


 本当だ……ニヤッと笑った塩川の前歯を見たら黄色っぽいものが付いている。これは歯垢だ! うわっ汚いっ! 虫歯になるぞ、危険だ!

 その後も塩川は両手でオレを掴んだまま離さない。体の自由が奪われていることよりも呼吸の自由が奪われている現状の方がキツい。おぇええっ


 ――それにしても……自分の口臭を嗅がせて何のメリットがあるんだよ?


「おっオマエ……何でこんなことをするんだ!?」

「わたしぃぃぃ、せんせぇのこと大好きなんですよぉぉぉ、好きになってもらうんだったらぁぁぁわたしの口臭だって好きになってもらいたいじゃありませんかぁぁぁ、できるだけ強烈な口臭でぇぇぇせんせぇにわたしのこと印象付けたいじゃありませんかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 ――少しでも理由を考えたオレがバカだった。要するにコイツは……


「意味わからん! オマエは単に【変態】なだけじゃねーか!」

「変態? えぇぇぇそぉですよぉぉぉ変態ですよぉぉぉ! 変態の何がいけないんですかぁぁぁ!? さぁせんせぇぇぇ! わたしのこともっと好きになれましたかぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」


「なれるわけないだろ! オマエなんか嫌いだぁああああ!!」


 すると、オレを掴んでいた塩川が、両手をパッと離し立ちすくんだ。



「……ウソつき」



 塩川は目に涙を浮かべたが、その表情を隠そうとしてオレに背を向けた。


「え?」

「さっき……せんせぇ『H組の生徒は全員好き』って言ってたじゃないですか」

「おっおいそれは教師として自分の生徒を守ろうという意味であってな……性的に好きとか、そういう意味じゃないぞ!」


「しかも『どのような状態であってもオマエを受け入れてやる!』とも言ってたじゃないですか!? だからわたし、全力でぶつかっていったんですよ……それなのに頭ごなしに『嫌い』って……」


 ――うわっ言い過ぎた。だけどあの臭いを嗅がされたら、その場から離れるあらゆる手段を考えるだろう。


「あっ……す、すまん塩川……オレが言い過ぎた。そうだよな、ちゃんと生徒のことを受け入れなければ教師失格だ。だから……ぶつかってこい」


 すると塩川は、再びこちらに顔だけを向けた……ニヤリとした表情で。


「じゃあ、せんせぇぇぇ、わたしの口臭……直接吸ってくださいぃぃぃぃぃぃ」

「……えっ!? 直接って?」


 すると塩川は、机の上にあった紙を丸めてメガホンのような形にした。


「これをせんせぇのぉぉぉ、鼻と口に直接あててくださいぃぃぃぃぃぃぃぃ」

「い、いやちょっと待て! いくらなんでもそれは……」


 オレは後退りしながら1歩1歩、生活指導室の扉に近付いていった。隙をついて逃げようと考えたのだ。

 扉の前に来た。よし、逃げよう! オレは扉の引手に手を掛けた。だが……


 〝ガチャガチャガチャッ〟


 ――あれ? 開かない……何でだ?


「せんせぇぇぇ、もしかしてぇぇぇ逃げようとしてますぅぅぅぅぅぅぅぅ? 」


 そうだよ! 逃げようとしてんだよ! でも開かない……何でだ? 普通、部屋の中からロック解除すれば開けられるはずなのに?


「無駄ですよぉぉぉ、だって……外側から特殊な金具を使ってロックしていますからぁぁぁぁぁぁ」


 ――何だって!? 外側から塩川がカギを掛けることはできない……ってことは誰か「協力者」がいるってことか?

 たぶんH組の生徒が犯人だろう……あいつらチームワークが良いからな。こういうイタズラをやりそうなのは……宇の岬、神戸、鍛冶屋坂、愛宕、唐沢……うわぁあ、いっぱいいすぎて絞り込めないぃいいい!!

 そんなことを考えている間に塩川が迫ってきた。もう逃げられない。


「せんせぇぇぇ、わたしのこと嫌いって言ったこと、謝ってくださぃぃぃぃぃぃ」


 そう言うと塩川は、メガホンの大きく開いた部分をオレの顔……鼻と口に押し付けた。そして大きく息を吸いこむと……息を止めた。


 ――おい、そうやって体内に留めて口臭の濃度を上げるな!


 塩川は息を止めている最中、頬を膨らまして左右に大きく動かした。


 ――おぉおいっ! エアー「ブクブクうがい」するんじゃねぇよ!! さらに高濃度になるじゃねーか!


 しばらく息を止めた塩川は、限界が近づいたようでメガホンの狭い方に口を当てた。そして……


「ぼはぁあああああああああああああああああっ」



 そういえば……塩川に「嫌いだ」って言ったこと……謝らなければ……






 吸い(すみ)ませーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーんっ!!






「おぇええっ」


 吸わないつもりでいたが……無呼吸に耐えられず、結局オレは、塩川の口臭を受け入れて……吐いた。


 ちなみに、塩川の髪の毛の色の真相は……どうやら夏休み中にヘアカラーをしようとしたとき、間違ってブリーチをしてしまったそうだ。で、ずっとカラーで染めていたが今日はたまたまカラーをするのを忘れてそのまま登校したらしい。

 黒いマスクの正体は、活性炭入りのマスクだった。1日中ずっと口を閉じていても微妙に臭気が漏れるので、それを吸収させるためだったらしい。


 結局、黒いマスクと髪の色は何の関係もなかったようだ。翌日、塩川は髪の毛を染めて元の色に戻し、歯を磨いてマスクを外した状態で、いつもと変わらない状態で登校してきた。


 とんでもない夏休……じゃなかった「2学期デビュー」であった。


最後まで読んでくれてありがとぉぉぉぉ! お礼に口臭嗅がせてあげるぅぅぅぅ!

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