【出席番号11番】唐沢 水(からさわ あくあ)
「ワカヒコ先生、私の……飲んでくださぁーい」
7月に入ってウチの学校もいよいよプール開きだ!
……と、言いたいところだがここは金持ちのお嬢様が多く通う私立の学園。プールは「温水プール」になっているので1年中入ることが可能だ。
今オレはプール棟の管理室にいる。なぜ国語教師のオレがここにいるのかって? それは体育の山伏先生が出張で、暇だと勝手に決めつけられたオレに「ご指名」がきたからだ。相変わらずあのオバ……お姉さまは人使いが荒い。
オレもそこまで暇じゃねーよ! まぁでも授業は当然自習だし、何かトラブルがあったときは保健委員がすぐに連絡くれるし、逆にここからプール内をジロジロ監視したら「セクハラ」と言われるだけなので過度な干渉はしないですむ。
今日は午後まで授業ないし……最近遅れ気味の小説でも書いているか。
――そういえば4時限目はH組だったな? 水着に着替えたアイツらがぞろぞろやって来たみたいだ。
「ねぇ、水温は大丈夫? 冷たくない?」
――そういえばこのプール、1年中入れるとは言ったが……
「ねぇ、照明大丈夫ー? 」
「オッケー! 大丈夫やでー」
――1年中入れるのは水泳部員だけ……
「浮き輪ふくらませたー!?」
「いいよー! イルカもやっといたよー」
――それ以外の生徒が授業で入るのは7月から9月までだ。
「みなさーん、飲み物の準備ができましたわ」
「アルコールじゃないよね?」
「さすがにそれは……購買のジュースですわ」
――なので水泳部以外の生徒たちにとって……
「ターンテーブル持ってきたっスよ」
「じゃあスピーカーに繋いで」
「CDは? 持ってきたー?」
――プールは楽しみの一つ……らしい……。
「それじゃいくよー!」
「「レッツパーリィ!!」」
〝ブチッ〟(頭の何かがキレた音)
「コラーーーーーオマエら! ここはナイトプールじゃねぇぞーーーーー!!」
「ええー自習だからいーじゃん若彦ぉー!!」
「ダメに決まってるだろうが! とっとと片付けろ! それと、オマエら何でビキニとか着てんだよ! 早く着替えてこーい!!」
「ちぇー、ケチー」「ブーッ」
H組の連中はいったん帰っていった……油断も隙もない。
※※※※※※※
〝キーンコーンカーンコーン〟
――4時限目が終わった……はぁ、疲れた。
ただ管理室にいればいいと楽観的に考えていたが、思ったよりハードだった。
あまりじろじろ見ているとセクハラ扱いされるからと、できるだけ無視していたら急に「シーン」となったから心配になってプールの様子を窓から覗いたら全員が窓の下に隠れていて一斉に「キャーッ、若彦が覗いてるーエローい」と言って驚かしてきやがった。こっちはビックリして腰抜かしたぞ。
他にも出欠確認したら宇の岬のバカが「ねぇ知ってる? 今日プール休んだ子の理由はねぇ……」と、いらんこと言ってきやがって……プライバシーがあるんだから聞かねーし察しが付くし……宇の岬が言おうとした瞬間、手でヤツの口を塞いでやった。
結果的に、アイツらが自習中やってたことはナイトプールと大して変わらなかった気がする。結局、1時限を通して誰も泳いでなかったよな……1人を除いて。
唯一、真面目に泳いでいた生徒は《唐沢 水》。水泳部に所属している。基本的に泳ぐのが好きなんだろう。
泳げない生徒に指導もしていた。彼女のおかげで少しは楽できたかもしれない。
あ、そういえば昼休みだけどメシどうしようか……そういえば管理室、今日は昼休み誰もいなかったはずだ。
ここで食っていくか……オレはカバンの中からコンビニ弁当を取り出した。
※※※※※※※
「あれぇー、ワカヒコ先生、ここなんですかぁー?」
プールの管理室で1人だけの昼食をとっているオレの元に生徒が訪ねてきた。唐沢だった。
「おう唐沢! さっきはありがとな! 泳げない生徒の指導までしてくれて」
唐沢は少し照れながら
「いやぁー、みんなが泳げるようになってぇー、水泳が好きになってくれたら私もうれしいですよぉー」
なかなか大人びた発言だな……って、あれ? さっきから制服姿の唐沢に違和感を覚えるのだが……?
「そうか……で、何か用事か唐沢」
「あ、そうそう! ワカヒコ先生、最近お疲れじゃありませんかぁー?」
まぁ確かに疲れてはいる……その原因の一つが唐沢と同じクラス・H組にいる『変態たち』の存在だよ。スタンガン当てられたりハリセンでどつかれたり放屁されたり……散々な目に遭っているよ。
「ああ、正直疲れてはいるな」
「え、うれしぃー! だったらここに来た甲斐がありましたぁー!」
急に唐沢の目が輝きだした。
「私、ワカヒコ先生のために『栄養ドリンク』を差し入れにきたんですよぉー」
「えーマジか? そりゃ気が利くじゃん!」
良かった! H組にもこんなマトモな生徒がいたかぁー。わざわざ購買から栄養ドリンクを買って来たってことか……まぁ生徒にお金を使わせるのは好ましくないことだが、こういう好意は踏みにじらないようにしないとな。
「じゃあ、せっかくだし頂くよ!」
「ありがとうございまぁーす! じゃあ、今から〈準備〉しますねぇー!」
――え? 準備って??
※※※※※※※
そういえば唐沢は何か大きなバッグを持っていた。栄養ドリンクの差し入れだけなら必要のない大きさだ。
――あっ!
準備をすると言って背中を向けた唐沢の後ろ姿を見て気が付いた。コイツ、いつもよりスカートの丈が長い。これが違和感の原因か。
この生徒はいつも、抜き打ちの服装検査で引っかかるほどスカートの丈が短い。もちろん他にもこういう生徒は多いが……今日は全く問題のない、校則で規定された長さになっている。ここに来る前に生活指導の先生にでも注意されたのか?
すると唐沢は、大きなバッグの中から調理で使うボウルとコップを取り出した。何だ何だ? 今から果物とか使ってジュースかスムージーでも作る気か?
――いや……果物や野菜などではなかった。
「ワカヒコ先生! これぇー」
唐沢が防水バッグから取り出したのは……授業で着用した水着、いわゆる「スクール水着」だ。
「お……オマエ、それって? 」
「そうですよ、スク水ですよぉー……4時限目の授業で私が着たヤツでぇーす」
唐沢はそう言うと水着を広げて見せた。絞っていないのか水がボタボタ落ちた。
「おい、ずいぶん水が垂れているが……ちゃんと絞ったのか? 」
「ああそうですねぇー、もったいなぁーい」
――はぁ?
すると唐沢は、できるだけ水滴が落ちないように慎重に水着を持ち上げると、用意したボウルの上でギュッと水着を絞った。ボタボタっと音を立てながらボウルに水が溜まっていった。
「オマエ……一体何を?」
「わかりませんかぁー? スク水にしみ込んだ私の〈エキス〉ですよぉー! 私、このために今日はスク水を着たまま登校して午前中そのまま過ごしていたんですぅー! だからぁー、私の汗やぁ私の匂いぃー、私の●●(自主規制)……とにかく色々な成分が含まれていますよぉー」
唐沢の目つきが変わった……こっ怖い! 唐沢はボウルに溜めた水着を絞った水をコップに移し替えると、それをオレの前に差し出してきた。
「現役女子高生のエキスですからぁー絶対元気になれますよぉー、さあ! 飲んでくださぁーい!」
「おっおい、そんなの飲める訳ないだろ!」
――結局それって「プールの水」だろ!? そもそも衛生的に問題だ!
「え? 私のじゃお気に召しませんかぁー? 私のこと嫌いですかぁー? 私はワカヒコ先生のこと好きですから私のエキスいっぱい飲んでほしいでぇーす」
「いっいや、そういう問題じゃない!」
コイツの発想はおかしい。これって『変態』じゃねえか!!
「え? じゃあ他に好きな子がいるってことですかぁー? ならば心配しないでくださぁーい。このプールにはさっきH組も入っていたし、他のクラスの子も入っていまぁーす。純粋に女子高生だけが入っているんですよぉー! つまり……」
――つまり?
「JK汁でぇーす!!」
「いやただのプールの水だぁー!!」
「あ、そうだ! これって商売できるかなぁー? 今度ネットオークションにでも出品しようかなぁー? 」
――おいやめろ、全国の変態が集団食中毒おこすぞ。
「あっ! ……やっぱりダメかあぁー!?」
唐沢が頭を抱えて悔しがった――思いとどまってくれたか?
「いえね……昨日の水泳部の部活中、隣のレーンに御坂先生が遊びに来て泳いでいったんですよぉー、ずいぶん大胆な水着を着ていたんですけどぉー……これじゃあ100パーセントJK汁じゃなくなっちゃいましたよねぇー?」
――ちょっと待て!!
想定外の情報が多すぎて混乱してしまった。整理してツッコミしよう。
御坂先生が来ていただと!? しかも大胆な水着って……うおーっ! 見に行きたかったぁー! ってか何してるんだあの人、いくら放課後だからって教師が私的に学校のプール使うってダメでしょ? でも見たかったー! それと100パーセントJK汁って何だよそのネーミング! 衛生的にも倫理的にも問題だわ! でも唐沢は残念がっていたけど御坂先生が入ったプールの水だったら……って
アホかーーー!! それじゃあオレまで変態の仲間入りじゃないかぁーー!?
「さぁさぁワカヒコ先生! ちょこっと大人の色気もブレンドされちゃいましたけどぉー、新鮮なJK汁をどぉーぞ♪」
唐沢は執拗に「JK汁(仮名)」を押し付けてくる。飲むわけないだろ! 御坂先生の名前が出たときに一瞬だけ魔が差したけどそれでもそれはプールの水だ!!
「ワカヒコ先生! 飲んでくれないんですかぁー!? 私のスク水から搾りたてですよぉー! 私の肌に直接触れている水着の搾り汁なんですよぉー!!」
唐沢が強引にオレの口元にコップを押し付けようとしてきた。思った以上に力がある……だが、そんなの飲める訳ないだろーーーーーーー!! その時、
〝コンコンコンッ〟
「失礼いたします」
誰かが管理室に入ってきた。
「あら! 水さん、こんな所にいらっしゃったんですか? 探しましたわ」
副委員長で書道部部長の《右左口 墨》だ。手に何か持っている。
「え? 墨ちゃーん、何か用?」
「用って……貴女が頼んだんじゃありませんか!? はい、これ」
と言って右左口が差し出したのは……え? 短パン?
「バレー部の子が予備の短パン貸してくださいましたわ! 水さん、いくら女子高だからって〈その状態〉で校内をうろつくのはどうかと思いますわ」
――え? ちょっと待て、どういうことだ?
「全く……水着を着たまま登校したからといって、まさか替えの下着を忘れるなんて! 後で短パンを貸してくれた子にお礼言ってくださいね」
そういや唐沢が珍しくスカートの丈を伸ばしていたが……まっまさか! コイツ今……ノーパン?
「おっおい唐沢……オマエ……まさか今……」
すると唐沢は耳まで真っ赤になりプルプルと震えだした。そして
「ばっばっば……ばかぁーーーーーーーーーーーーーーーっ!! 」
と叫ぶと
〝バシャッ〟
「うわっ!!」
持っていた「JK汁」をオレの顔めがけてかけ、右左口から短パンを奪うとスカートを手で隠しながら一目散に管理室を飛び出していった。
※※※※※※※
「あらセンセイ、いらしてたんですね?」
右左口がオレの存在に初めて気付いたように言った。
「さっきからずっといたよ!」
「まぁ、ノーパンの女子生徒とナニをなさっていたんですか?」
「何にもしてねーよ! ってか、唐沢がそんな状態だったなんて今知ったわ」
「ノーパンの女子高生と2人きりでイチャイチャと……淫行教師ですわね? 」
人の話聞けよ! 知らなかったって言ってるだろ! ってか右左口、オマエ何で机の上にある油性ペン手に取ってるんだよ!?
「そんな淫行教師にはレッテルを貼らなければいけませんよね? ワタクシ、今からセンセイのお顔に〈淫行教師〉と書かせていただきますわぁあああ!」
右左口が興奮状態で油性ペンをオレに向けてきた。右左口は男の顔や身体に卑猥な文字を書くことで性的欲求を満たす変態だ。
おっおいやめろ! まだ午後の授業もあるんだぞ!
やっ、やめろこの変態どもがぁーーーーー!!
みなさぁーん! 新鮮なJK汁飲んで次回も読みましょーお!




