【出席番号9番】鴨狩 紬(かもがり つむぎ)
「先生、わたしのオ●●……どうでしゅか?」
【閲覧……ちょっと注意でしゅ】
予想外のことが起きてしまった。
今は中間テストの「補習」中。ウチの学校では年5回の定期テストで赤点を取った生徒には後日、放課後に簡単な授業と小テストを行なうことになっている。
まぁウチは偏差値の高い進学校ではないから、小テストはかなりハードルを下げている。それでもなお、中間と期末で連続して赤点やそれに類する成績の悪い生徒には夏休みなどの長期休みに本格的な「補習」を行なうことになる。
今回の中間テスト、赤点最有力候補で「下ネタ雑学女王」の《宇の岬 知》が何とギリ赤点を回避した。これはうれしい、これで補習をやらなくて済む……と、胸をなでおろしていたら、意外な人物が赤点を取ってしまったのだ。
生徒の名前は《鴨狩 紬》。成績はあまり良い方ではないが、赤点を取るほどではない子のはずだ。今回は鴨狩1人だけの補習だ。間違えた部分を中心に授業をして現在、小テストをやらせている。
「先生、できました」
この子は滑舌が悪い。「せんせい」ではなく「しぇんしぇい」……「サ行」がうまく言えないみたいだ。
「そうか、じゃあ採点するからその間に今日教わったところを復習していなさい」
「あ……しぇ……先生!」
「ん? どうした?」
鴨狩が急にソワソワしだした。指を咥えて物欲しそうな顔をしながら
「採点の間……先生の膝の上に座っていいでしゅか?」
――はぁ?
「おいおい、何考えてるんだよ。ダメに決まっているだろ」
この鴨狩という生徒……身長がH組で最も低い。確か以前聞いた話では135センチくらいだったはず……小学3年生くらいの身長だ。しかも美少女揃いのH組の生徒、ご多分に漏れずこの子もカワイイ顔をしている。それに加えて舌足らずの喋り方でアニメ声……世の○リコンどもが泣いて喜ぶキャラクターだろう。
だがいくら子どもっぽい容姿でもそんな甘ったれた行為をさせる訳がない。教師と生徒の過度なスキンシップはご法度だ! だが、この後の鴨狩の一言でオレは凍り付いてしまった。
「えーでも先生、わたし……《もえちゃん》の膝の上には座っていたんでしゅよね? ハダカで……」
――ギクゥ!!
こっコイツ……アレを知っているのか?
アレとは……オレが「粟津まに」で書いた百合小説「校庭の二人」のことだ。クラスの中で最も身長差がある2人が親友になり、お互いのコンプレックスを補いながら惹かれあいやがて恋人同士になっていくという話だ。この中で、主人公2人が部屋のベッドで裸になり膝の上に乗ったままキスをするシーンがあり、これは身長差を利用したネタ的な感じで書いたのだが意外と読者には好評だった。この小説に出てくる主人公のうち低身長の子はこの鴨狩をモチーフにしている。
「えっ? な……何の話だ?」
「しゅっとぼけてもダメでしゅよ先生、わたしのところにも謎メール来たし身長135シェンチで舌足らじゅなんてわたし以外いないじゃないでしゅか!」
コイツの所にも「謎のメール」が来ていたのか。一体誰が……?
「わっわわわかった! 悪かった! だから……」
オレは初め、教卓で採点をしていたが、仕方なく鴨狩の席に座りなおし、膝の上に鴨狩を乗せて採点を始めた。135センチで少し痩せ気味な鴨狩は、膝の上に乗っても重量感を全く感じさせない。
よく小さい子どもが父親の膝の上に乗りたがるが、今のオレはそんな父親と同じ感覚……なんだろうか? でも実際はオレが25(歳)、鴨狩が高校3年(18歳)なのだが……。
まぁでも悪くないなパパの気分ってのも。オレの同級生でも既に結婚して子持ちのヤツもいるし……オレもそういう家庭を築きたいなぁ。
そうなるとやっぱ奥さんは…………御坂先生か? うわぁ、いかんいかん! 思わずオレ(父)、御坂先生(母)、鴨狩(娘)の一家団欒という妄想が膨らんでしまった。すると膝の上に乗った鴨狩が、
「先生、もうちょっと深く座っていいでしゅか?」
というと尻を左右に動かし、オレの上体に完全に寄り掛かるように座り直した。
――おいおいっ! オレの股間の所に鴨狩の臀部が完全に当たっているぞ!
これはマズい体勢だ。ロリキャラとはいえ鴨狩は一応高校3年生だ。こんな姿を他人に見られたら大問題だし、万が一『反応』してしまったらロリだろうがJKだろうが関係なく人生終わる。ここは冷静に対応しなければ……。
まずは別のことに集中しよう。今は採点中……そうだ! こうやって同じ方向から答案用紙見ているのだから1問1問、鴨狩と答え合わせをしながらテストのことだけに集中していればいいんだ。
「おっおい鴨狩っ……6問目はちっ違うぞ! 〈でしゃばっていると思わぬ災難にあう〉と〈行動すれば思わぬ幸運にあう〉の2つの意味を持つことわざ……これが何で〈猿も歩けば棒に当たる〉なんだよ? 」
「えっ? 正解は何でしたっけ?」
「〈犬も歩けば棒に当たる〉だよ、犬だよ犬! これは減点な!」
「え~でもぉ……オシリの方は当たってるじゃないでしゅかぁ~!? 少しは点くだしゃいよぉ~」
――おいおい、忘れようとしているんだから「オシリ」とか「当たってる」とか言うなぁー!
「ダメダメ! ことわざの問題は一字でも間違えたらアウトだ」
「えぇ~っ!? しぇっかくオシリが〈棒に当たる〉なのにでしゅかぁ~?」
――ここここコイツぅううう! 間違いなく意識させようとして言ってるだろ?
「もういい、次の問題だ! 7問目は〈自分の行動が原因で自分自身を破滅させること〉、答えは……」
鴨狩の解答用紙を見ると……『おケツを掘る』になっていた。おいやめろ!
「あぁ~間違えちゃいましたね!? 棒が当たってケツを掘られるなんて……イヤ~ン恥じゅかしいでしゅ」
――オマエ絶対わざとやっているだろ!?(怒)
「どう考えてもおかしいだろ? これは墓穴のことだ、正解は……」
すると鴨狩はチラッとこっちを見てニヤッと微笑んだ。そして
「あ~自分の書いた小説でこんな状況になっちゃってぇ……墓穴を掘っちゃいましたよねぇ~粟津まに先生?」
――正解知ってんじゃねーか!
その後も1問1問答え合わせをして、問題点を話し合いながら何とか採点を終わらせた。よし、何問か間違えていたが(一部わざと間違えていたっぽい箇所もあったが)一応合格ってことでいいだろう。さて、早くコイツを膝から降ろさなければ……いくらその気がなくてもこの体勢を維持しているのは精神的にも肉体的にも倫理的にも良くないことだ。
「とりあえず合格だ! で、そろそろ降りてくれないか鴨がr……」
ところが鴨狩は降りようとしなかった。それどころか、さっきまで饒舌にしゃべっていたのが急に無口になってしまった。少しうずくまるような格好で体が小刻みに震えていた。
「どうした? 具合でも悪いのか?」
体調不良だとしたらマズいな……今日は養護教諭の鳥居地先生が不在で保健室は閉まっている。最悪の場合、救急車を呼ばないと……。
その時、下の方から妙な「音」がした。
〝プッ……プゥ~〟
――ん? 何だこの音は? どこかで聞き覚えのある音だが……まさか?
すると次の瞬間、
〝プッ……ププゥウウウウッ~ブブブッ……ブッ!! 〟
教室じゅうに大きな「音」が鳴り響いた。
――うん、間違いないな。この音は……『屁』だ。
この教室には2人だけ。で、オレは絶対にやっていないと宣言できる自信がある。つまり……
――これは鴨狩が『放屁』したってことだ。
音だけじゃない。オレの膝の上に確かな『気体の流れ』を感じた。それに……くっ……
――くっせええええええ!! 何だよこの臭い!? 卵の腐ったような臭いだ。クサすぎて呼吸したくないレベルだ。
だがここである「大問題」に気が付いた。放屁だけでも大問題なのだが、一番の大問題は「この後の対応」だ。自分で放屁したことに気付かないくらいオレの頭がおかしくなっていなければ、間違いなくこれは「鴨狩の屁」だ。
しかし相手は見た目が小学生のロリキャラとはいえJKだ。「オマエ屁こいただろ? 」なんて指摘すれば年頃の少女にとって大きなトラウマになるだろう。だから今、咳込みたいくらいクサくて仕方ないのだが我慢している。
かといって「ん? 何か廊下で変な音がしたな」とごまかしたり「ああすまん、先生屁が出ちゃったなぁ~」なんて見え透いた嘘ついてもバレバレだ。反対にオレが屁を認識したと鴨狩に気付かれてしまい、その時点でアウトだ。
なのでここは「完全無視」、つまり何も気が付いていないというフリをするのが最善策だろう。オレは何事もなかったかのように無言で資料をまとめ始めた。ここで突然、関係ない話題を不自然に話しかけるのもマイナスだろう。
鴨狩はというと……あーあ、完全に沈黙したまま下を向いている。いくら不可抗力の生理現象とはいえそりゃ恥ずかしいよな。
髪の毛からチラッと見えた耳が真っ赤になっていた。おまけに「息遣い」まで荒くなって……
――え? 息遣い??
すると、オレの膝の上に座ってハァハァと息遣いが荒くなっていた鴨狩がゆっくりと振り向いた。口角が上がった恍惚の表情でとんでもないことを言い出した。
「しぇ……先生……わたしのオナラ……どうでしたかぁああ?」
――コイツ! 故意にやったってことかああああっ!!
鴨狩が故意に放屁したとわかった瞬間、開放感からか一気に「げほっげほっ」とむせてしまった。
「げほっ! 『どうでしたか? 』ってどういう意味だよ! げほっ」
「先生、わたしは好きな人のオナラまで好きになってこしょ〈真実の愛〉だと思うんでしゅ……わたしは先生のことが好きでしゅよ、だからわたしのオナラも好きになって欲しいんでしゅ、わたしのオナラの音、わたしのオナラの風、わたしのオナラの匂いも体感して……しょして感想を聞かしぇて欲しいんでしゅ」
――何だよ「風」って……まさかあの「気体の流れ」のことか?
ていうか……とんでもない【変態】だコイツ。
「感想も何もあるか! ただただクサいだけだ! 心配して損したわ」
「く……クシャい?」
――やべぇ、感情のままに暴言を吐いちまったか?
「しょうでしゅよねぇ~クシャいでしゅよねぇ~わたし、今日のために頑張ったんでしゅよぉ~! ここ数日、お肉や玉子や豆類ばかり食べてきたんでしゅよ~」
――認めやがった。
「それが原因か! 卵の腐ったようなおぞましいクサさだったわ」
「ふむふむ、おぞましいクシャしゃ……が感想なんでしゅか? じゃあ風は? 音は? どうでしたか?」
「知らんわそんなの! だいたい誰彼構わず目の前で放屁して感想聞くなんて変態かオマエは!?」
すると鴨狩はオレの膝から飛び降りるとオレの顔を見て突然怒り出した。
「誰彼構わずじゃないでしゅよ失礼な! しゃっき『好きな人』って言ったじゃないでしゅか!? わたし先生のこと好きだから、先生もわたしの前でオナラをして欲しいでしゅ! 先生のオナラの音を聞きたいでしゅし、先生のオナラの風を感じたいでしゅし、先生のオナラの匂いを嗅ぎたいでしゅ! しゃあ、先生も今しゅぐココでオナラしてくだしゃーい!」
「できるかー! それにさっきから聞いていればオナラオナラって……年頃の娘がそんな下品な言葉を連呼するんじゃない!」
――ここは一応、お嬢様(が通う)学校だぞ。すると
「え? ……先生、〈オナラ〉っていうのは〈鳴らしゅ〉に接頭語の〈お〉を付けた女房言葉が語源だと言われているんでしゅよ! もとは女性の言葉でしゅ。しょれにしゃっきから先生、〈屁〉って言ってましゅけど音が出るのが〈オナラ〉で音が出ないのが〈屁〉って使い分けられているしょうでしゅよ!?」
――え?
「先生、国語教師なのにしょんなことも知らないんでしゅか?」
コイツ、こんなところでマウントを取ってきやがった。本当は赤点取るような生徒じゃないんだよなぁ……あっ!
「そういえばオマエ、さっき『今日のために』って言ってたよな? それってまさか……」
「しょうでしゅ、先生と2人っきりになるためにワジャと赤点取ったんでしゅ」
「お……オマエ、ふざけるなー!」
――何てヤツだ。すると
「……あっ!」
突然、鴨狩が大きな声を出した。
「どうした鴨狩? 」
「今、第2陣が出てきしょうな……」
「だっ第2陣って何だ!? ……ま、まさかオマエ」
「しょうでしゅよ、またオナラが出しょうなんでしゅよぉ~先生、今度こしょはちゃんとした感想聞かしぇてくだしゃいね」
――冗談じゃねぇ、またあんなクサいのをお見舞いされてたまるかっ!
「……ふんっ!」
「おっおい! やめろっ」
鴨狩が両手を握りしめて尻を突き出した。オレは瞬間的に指で自分の鼻をつまんで鴨狩の「第2陣」に備えた。
「…………」
――あれ?
鴨狩の動きが止まった。放屁している様子もない。すると鴨狩は目を見開いたままみるみるうちに赤面し、顔から大量の汗が流れだしてきた。そして
「きっきききき今日のところはこれで帰りましゅ! 先生しゃよオナラ!!」
と言うと、一目散に教室を飛び出していった。
何なんだ一体? 「さよオナラ」ってギャグか? まあでもこの空間が2度も悪臭に侵されなくて良かった……若干、臭いが残っているようだが……。
※※※※※※※
翌日……朝の職員会議で、3年生がいる階のトイレのゴミ箱にウ●チの付いたパンツが捨てられていたという清掃員からのクレームが報告された。
オレはその『犯人』にメチャクチャ心当たりがあるのだが……それを言うと根掘り葉掘り聞かれて最終的に「粟津まに」のことがバレる可能性があったので誰にも言わず……この件は迷宮入りとなった。
そう、「くさい物に蓋をする」のが一番の得策だ。
最後まで読んでくれてうれしいでしゅ! 次回に続きましゅ!




